【ネット時評 : 湯川 抗(富士通総研)】
ネットバブルから10年――成長のカギはモバイル・ソーシャル・リアルタイムへ

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 1月3日の「日経ヴェリタス」紙によれば、2010年の投資のカギは4つの「E」とのことである。Emerging(新興国)、Eco・Energy(環境)、Elderly people(高齢者市場)、E-commerce(電子商取引)――こうしたキーワードに関連した事業が成長するとの見通しが示されていた。インターネットバブルからちょうど10年が経過しようとしているが、当時もE-commerceは大いに投資家に期待されていたことを思い出した。
 

 E-commerce企業の代表とも言える楽天の2000年度の売上高(連結)は32億円。これが直近の決算年度である2008年度には2,498億円と、80倍近くになっている。このことを考えると、株価はともかく、当時のインターネットビジネスに対する期待は必ずしもバブルだったとばかりも言えない。そして現在、更なる期待が集まっているのは、今度こそインターネットビジネス全体が成長するための基盤が整ったと考えられているためだろう。

 これまで、次々と生まれる新たな技術やサービスにうまく対処し、厳しい競争を生き残ってきたインターネット企業は確かな果実を手にしてきた。こうした技術やサービスの革新の速い世界で成長を続けるために、当面重要になるコンセプトや課題は何なのだろうか。昨年10月に参加した「Web2.0 Summit」から感じたことを中心に考えてみたい。


“Web Squared”?

 Web2.0 Summitは2004年に米技術系出版社、オライリー・メディアを率いるティム・オライリー氏が“Web2.0”という言葉を産み出して以降、毎年開催されており、最先端のインターネットビジネスを議論する場として定着した感がある。今年もチケットは完売し、注目度の高さを改めて示した。2009年に新たに発表されたコンセプトは“Web Squared(ウェブの二乗)”。インターネット世界の変化がリアルな世界をも変化させつつあり、その融合でさらに変化が加速していくことを象徴しているという。

 2匹目のドジョウをねらった、とも見られかねないが、このコンセプトは発表当初ネット上で話題を集めた。しかし、当時すでにインターネットビジネスのメインストリームとなりつつあった現象をとらえた“Web2.0”とは異なり、“Web Squared”は少し先の未来におけるビジネスを表現したものとも言える。あまりにも漠然としたこの言葉が当面の重要なコンセプトとなる可能性は低いだろう。


「モバイル」、「ソーシャル」、「リアルタイム」

 現在、シリコンバレーのベンチャーキャピタルは「モバイル」「ソーシャル」「リアルタイム」の3つのキーワードをゴールデントライアングルと呼ぶ。むしろこれらのコンセプトのほうが重要だ。実際、今回のサミットで語られたビジネスの多くは、これらの言葉で整理することができるものであった。

 「モバイル」とは、世界が本格的なモバイルインターネットの時代に突入することを指すものである。iPhoneの爆発的な普及をきっかけに広がったモバイルインターネットユーザーの増加により、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のようなプラットォームや、ECサイトはモバイル端末からのアクセスを主体に構築する必要を迫られつつある。

 モルガン・スタンレーのアナリストであり、毎年この会議でインターネットビジネスのトレンドに関する報告を行っているメアリー・ミーカー氏が、こうしたことを説明する際に、ミクシィや楽天のユーザーに占めるモバイル端末からのアクセス割合が増加していることを挙げたのは印象的だった。僕は2006年以降毎年このサミットに出席しているが、日本企業の事例が紹介されたのは初めだと思う。日本の携帯電話業界は「ガラパゴス」ともいわれるが、モバイル先進国であることは全世界で認めるところであり、その日本で培った技術やサービスのノウハウを日本企業は世界市場で大いに生かす機会が広がりつつある。

 「ソーシャル」とはユーザー参加型のインターネット世界の圧倒的な広がりを指す。“Web2.0”以降、順調に拡大を続けているソーシャルウェブの世界は依然としてその勢いを増しおり、米SNS大手フェースブックのような企業はインフラの拡張に余念がない。コミュニケーション要素の高い「ソーシャルゲーム」を手がける米Zingaのように、短期間で爆発的にユーザー数を獲得する企業も生まれている。

 「リアルタイム」は、主に「リアルタイム検索」を指すキーワードである。今回のサミットではマイクロソフトとグーグルが相次いでTwitter(ツイッター)との提携を発表し、それぞれの検索結果に最新のツイッター上の書き込みが含まれるようになったことを報告している。ツイッターというプラットフォームを実験台として、リアルタイム検索技術は進化しつつあるのだ。特にグーグルがすでにリアルタイム検索でも高い関連性を維持するための技術開発を行いつつあることは、最近複数のメディアで報じられている。

 
今後の成長領域

 今回のサミットで面白かったセッションの1つに“Humans As Sensors”と名づけられたものがあった。全世界で携帯電話は年間10億台以上販売される。これらの携帯電話は音声入力装置(マイク)、画像入力装置(カメラ)と共に、GPS(全地球測位システム)やインターネット接続機能を標準的に備えているため、理論的には人間自体が世界中に散らばった「センサー」として機能するというものである。このセッションでは、携帯端末を活用したAR(Augmented Reality:拡張現実。現実世界の映像に、各種の情報を重ね合わせて見せるような技術)関連のビジネスなどが紹介されたが、こうしたものも徐々に一般ユーザーに使われ始めている。こうしたビジネスが「モバイル」であるのはいうまでもないが、「ソーシャル」的な機能は当然のように実装されるケースが多く、「リアルタイム」性を備えるのも時間の問題だろう。

 ARに限ったことではないが、これらのコンセプトは相互に密接に関連しており、今後こうしたコンセプトの重なる領域に新しいインターネットビジネスの世界が広がると考えられる。
 
 昨年、あるインターネット企業の代表と会談した際、「インターネットビジネスはまだまだこれから。今はやっと夜が明けて朝食を食べたところで、この先には豪華なディナーも待っている」と話しておられた。

 確かに、ITビジネスの成長領域は完全にインターネット上でのサービスに移行したと考えていいだろう。例えば、昨今の流行語である「クラウドコンピューティング」は完全にインターネットビジネスであり、この言葉には真実味がこもっている。わが国のインターネット企業が、ここで挙げたようなコンセプトに対応できるビジネスを確立できれば、私たちは今度こそ、彼らが経済のけん引役となることを期待していいのではないだろうか。


<筆者紹介>湯川 抗(ゆかわ こう)
富士通総研 経済研究所主任研究員
1965年 東京都生まれ。1989年上智大学法学部卒。96年コロンビア大学大学院修了(MS)。2005年東京大学工学系研究科博士課程修了(Ph.D.)。現在、横浜市立大学国際文化学部非常勤講師。SBI大学院大学教授を兼任。専門はインターネットビジネスとベンチャー企業。【執筆活動】「進化するネットワーキング」(2006年、共著)、「情報系マイクロビジネス」(2001年、共著)「クラスター戦略」(2002年、共著)など。

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