【ネット時評 : 楠 正憲(マイクロソフト)】
「事業仕分け」はネット政治の夢をみるか~インターネットのトリレンマ(12)

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 政府の行政刷新会議による「事業仕分け」が11月27日に終了した。会場となった国立印刷局の体育館には多くの傍聴者が訪れ、報道によると事務局によるネット中継は当初用意した300回線で足りず配信事業者の独自判断で接続可能人数を数千人に引き上げたという。(本稿は「NIKKEI NET IT PLUS」に掲載したものです)
 

 文部科学省や農林水産省、防衛省の仕分けを担当する第3会場では、公式中継よりも高品質な映像がブロガーの手によって動画サービス「Ustream」で配信され、ミニブログ「Twitter(ツイッター)」による実況中継も行われた。仕分け結果や仕分け人による評価は即日でホームページに公表された。


■批判や課題に改善の余地

 事業仕分けは新政権による予算の見直しを可視化し、それが内閣支持率の底上げに繋がったとの評価もある。一方で、個々の議論にかける時間が短すぎ、廃止・縮減ありきの議論となっていないか、政治主導といいながら財務省のシナリオに沿っているのではないか、本来であれば国会の予算委員会で審議すべきではないかといった批判も起きた。

 仕分けの様子を繰り返し放送された蓮舫参院議員は、理解を得るべくTwitterでの対談などを通じて自身の考えを発信した。何人かの仕分け人も経緯や自身の意見をブログで表明している。例えば「議論が拙速に過ぎる」といった批判に対しては、事業仕分けに先立って事前レクチャーがあったことなどが明らかにされた。いずれも予算検討プロセスとしては国際的にも異例で、政権交代を印象付けて政治を身近に感じさせる演出にはなっている。

 一方で個々の仕分けについて、担当官の説明が不十分で、仕分け人や参考人が専門性に乏しく、本来議論すべき論点が抜け落ちている質疑も多々見受けられた。例えばGXロケットのように議論の前提となる資料が誤っており実施事業者の株価にまで影響を与えた例や、次世代スーパーコンピューターのように多くの著名な科学者らが凍結に反対して政治による見直しが表明された例がある。

 事業仕分けの段階で廃止や縮減とされた事業が今後の政治折衝でどう見直されるのか、事業仕分けの手法が今年度限りか今後も続くのかについてはわからない点が多い。しかし、補正予算や来年度予算の策定にあたって、引き続きインターネットを活用したオープンな取り組みが行われるのであれば、諸外国や日本の例も参考にして改善する余地はいろいろとあるのではないか。


■専門家も含めて幅広い議論を

 まず決定へ向けた議論を有意義なものとするために、専門家を含めた幅広い利害関係者でオープンな討議の場を設定し、基礎的な事実確認と争点の抽出を図るべきだ。それぞれの分野の専門家が同じ利害を共有するとは限らないし、議論の裾野を広げれば利害関係者であっても偏った方向に誘導するのは難しくなる。

 例えば次世代スーパーコンピューターについて検討する場合、利用者である科学研究・産業分野の専門家でなければわからない用途ごとの性能要求や国際的な競争環境がある。また、計算機科学者でなければわからない制約条件の変化に伴うアーキテクチャーの変遷、演算装置に使う半導体の微細化に必要な設備投資競争など、専門知識に基づいて検討すべき様々な要素がある。

 研究効果が支出額に見合うか、目論見どおり世界トップを実現できる公算があるか、コスト的に割高であってもすべて国産化すべきかといった争点は、こうした正確な知識と見通しに基づいて十分に議論する必要がある。海外への輸出など産業への波及効果を期待できるか、プロジェクトで見直すべき方針はないかといったことも含めて専門家が検討したうえで、最終的な判断を政治に委ねるべきではないか。


■緩やかにつながるネットの特性

 多岐にわたる分野の専門家を緩やかに組織化することは、ネットの特質を生かし得る分野でもある。例えばニューヨークロースクールは米国特許商標庁と共同で、2006年から「Peer-To-Patent」(http://www.peertopatent.org/)プログラムを実施した。これは専門知識を要する特許の審査について、ネットから参加した専門家が相互評価を行う仕組みとなっている。オバマ大統領は公約で、すべての特許にこのプロセスを適用することを掲げているという。

 日本でも08年に財団法人知的財産研究所による「コミュニティー・パテント・レビュー(CPR)」のトライアルが実施されている。審査官からはコミュニティーでのレビューを通じて「レビュー対象出願と関連性が高い先行技術等、CPRを通じて有益な情報が得られた」「特許審査の質を維持・向上させるという点で有効」といったフィードバックがあったという。一方で参加者253人に対して実際レビューを行ったレビュアー数が22人にとどまるなど、積極的な参加が限られているといった課題も明らかとなった(コミュニティパテントレビューに関する調査研究:http://www.iip.or.jp/summary/pdf/detail08j/20_01.pdf)。

 最近では政権交代後に経済産業省がウェブ上で政策アイデアを募集した「電子経済産業省アイディアボックス」が注目される。報告書(http://www.meti.go.jp/press/20091125001/20091125001.pdf)によると、10月14日から1カ月間運営され、1063人のユーザーから456件のアイデア、1250件のコメント、7041件の投票が集まったという。提案されたアイデアで支持されたものには、「住民票や戸籍はネットで取れるようにして欲しい」「免許証やパスポートの更新をWeb でできませんか?」「公的機関発行カードの集約」など、国民目線で省庁の枠を超えた要望もみられる。現在は運用を停止しているが、「電子政府に限らず」(要望の3位)、「アイディアボックスの継続」(同7位)を要望する声は強い。


■レビューや政治参加にも活用を

 これまで密室で行われていた予算査定プロセスを国民に公開した事業仕分けは、国民の政治や予算への関心を高め、国民参加型のインターネットを使った情報発信の試みとして画期的だ。しかしながら限られた時間の中で、専門家を巻き込んだ質の高い議論を十分行うことまでは難しく、仕分け対象の選定や検討資料の作成プロセスが正確かつ公正だったかについては議論の余地がある。

 政権交代直後の予算編成が変則的になったことはやむを得ないが、補正予算や来年度以降の予算編成プロセスでは査定段階での情報発信だけでなく、予算要求に対するコミュニティーによるレビューなど、幅広い国民の知恵を吸い上げることにネットを活用してはいかがだろうか。

 政策上の課題や制約条件に基づいて議論できるよう、予算に限らず全般的な情報公開が望まれる。さらに、積極的な参加を促すためには単にアイデアを募集するだけでなく、提案が政策の俎上に乗る可能性の実感を持たせる必要があるのではないか。
 
 

<筆者紹介>楠 正憲(くすのき まさのり) マイクロソフト 法務・政策企画統括本部 技術標準部 部長 
1977年、熊本県生まれ。ECサイト構築や携帯ネットベンチャー等を経て、2002年マイクロソフト入社。Windows Server製品部Product Manager、政策企画本部技術戦略部長、技術統括室CTO補佐などを経て2009年より現職。


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