【ネット時評 : 國領二郎(慶應大学)】
2007年、IT社会の基本戦略を見定めよ――創造と信頼を両立するネットワークの実現

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2007年のスタートにあたり、提案がある。これから2010年代初めまでの5年ほどの期間を、「突貫仮工事で『世界最先端』にした日本のIT社会を、本工事を行って確固たるものにする時期」と位置づけたい。今年はその設計思想についてしっかりと見定める大切な年と言っていい。NGN(次世代ネットワーク)構想に向かって動き始める通信やアナログ停波を控えた放送などのインフラストラクチャー整備のあり方、通信放送融合時代の著作権や個人情報保護と安全のジレンマでゆれる制度整備、(住基ネットなどに代表される)建て直しが必要と思われるシステムの見直し、最先端にありながら国際競争力を持ちきれていないICT産業の競争戦略確立などなど、考えるべきことは官民で多岐にわたる。そうした多様な課題に答えるためにも、しっかりとした基本戦略を持っていたいところである。すでにさまざまな取り組みが始まっている中で、いささか迂遠(うえん)なのかもしれないが、この話を一度、誰が、どんなシステムを、どのようにして、構築するのか?というそもそも論に立ち返って整理する必要がある。

ネット社会の功罪

それは2000年ごろからのインターネットを中心とした日本のネットワーク社会発展の功罪について、しっかり評価して、何を堅持し、何を修正していくか見定める作業となる。

功は何と言っても、インターネットの技術的な特性を生かすことで、インフラからサービスに至るまで、大小多くの主体が競争的にインターネット整備活動や普及活動に参加できるようにしたことだろう。これによってスピードと創造性にあふれる創発的発展が可能となった。創発現象は、経済的にはイノベーション――さまざまな知が新結合して新しい知を生む――の源泉と考えられ、経済の活力を高めるために欠かせない。経済だけでなく、社会的な重要度も高まっている。地方財政がひっ迫する中で今後の地域社会を維持していくためには、地域住民や非営利組織(NPO)などが自発的、創発的に社会を支えるメカニズムを構築していかなければならないからだ。

このように考えたとき、守りたいのはインターネットの創発的な発展を実現したオープン化政策である。中でも重要なのが、物理的な伝送路の適切な開放で、今後も電波や光ファイバーなどの利用にあたって、適切な投資インセンティブを確保しつつも、多様な主体によるネットワーク構築を可能とする状態をぜひ守っていきたいところである。

一方で、インターネットに課題があったとすると、広い意味での信頼性だろう。一元的に結果責任を負う事業者がいない中で、インターネットが防災や防犯の緊急通信に使えるシステムを提供してこられなかったことは事実で、その意味で管理されたネットワークへの要望が高まるのは当然のこととも言える。インターネットの爆発的発展の背後で、ライフラインを支えてきた電話ネットワークを新たな信頼性高いネットワークで置き換える動きを止めるわけにはいかない。

NGNによって進む管理された通信ネットワークや、B-CASによるコピー制御機能を備えた放送システムなど、正統な事業主体がしっかり管理しながら提供する仕組みが広がってくる中で、インターネットが提起してきた(多くの主体が構築に参加して形成する)開かれた「ネットワークのネットワーク」という考え方をどれだけ発展させられるかというところが大きなポイントになろう。

認証基盤の確立を急げ

創造性と信頼性を両立させる上で、2007年中にぜひ方向性をはっきりさせたいのが、認証基盤である。これがないとオープンなネットワークの中での信頼構築は難しい。民間のレベルでは、携帯電話を活用した認証など、それなりの進展が見られているが、公共部門となると、住基ネットがプライバシー問題で停滞しているあおりで、公的個人認証の中心と位置付けられてきた住基カードも2006年8月末段階で交付数109万枚と、人口の1%に満たない状況がある。このような状況下で「IT新改革戦略」がうたうような、「個人の健康情報を『生涯を通じて』活用できる基盤を作り、国民が自らの健康状態を把握」できるシステムを作ることは難しいだろう。民間が提供する個人認証や情報あずかりサービスを公的サービスにも活用するなど、一歩踏み込んだ形で、個人にとって便利で安全な仕組みを提供することを考えたい局面である。

「文脈情報」を提供するネットワーク

認証や、プライバシー保護の基本的な方向性が見えたら、ぜひ「どのようなシステム」を構築するかについても真剣に考えたい。正直なところ、現在デジタル放送やNGNで語られている管理型ネットワークは、高品質化はしているものの、機能的には既存のサービスの置き換えのイメージが強く、これまでの収入を守る効果はあっても、新たな付加価値を提供するものになるとは思いがたい。大きな投資をするからには、利用者に大きな付加価値を与え、業界にも追加収入をもたらすものとしたい。

どのような付加価値が提供可能かは今後の技術発展にもよるが、例えば有力候補は「時間」や「場所」などの「文脈情報」を提供するネットワークだろう。現在、携帯電話のサービスで、端末が自らの所在場所を認識して、自分の望むサービス事業者に情報を提供するものがあって、便利に活用されている方も多いと思う。この考え方を発展させ、全てのデバイスがネットワーク(例えば無線LAN基地やカードリーダ/ライタ)から提供される情報で自らの居場所を認識し、それを自分が望む相手(サービス提供者など)に伝えられるインフラストラクチャーを提供する。この基盤を使えば、誰もが許可を得た顧客の位置情報を把握してサービスを提供できる経済ができる。生産管理、物流からマーケティングにいたるまで、そのようなネットワークが可能とするアプリケーションは無限に考えられる。

この例示では、ネットワーク側ではなく、デバイス側が位置情報を認識して、それを知って欲しい相手に発信するという方式にこだわらせていただいた。それが上述の管理型のシステムと、創発型システムの分かれ目になると考えているからだ。ネットワーク側で、そこにつながる全てのデバイスの位置を追跡し、一元的に位置情報を活用したサービスを提供するのではなく、デバイス側に位置情報を提供して、利用者の意思にもとづいて何らかの情報が提供される仕組みを作ることで、プライバシーを守りながら、創発的に新しいサービスを勃興させることが可能となる。いわゆる「ビッグブラザー」が一元的に国民の信用情報を管理するのではなく、個々人が自分の経歴を自ら蓄積し、個々の情報について関係者が相互に証明しあうことで、信用を積み重ねていく思想だ。できればそのようなものとして、次の5年のシステム構築をしていきたい。

<筆者紹介>國領 二郎(こくりょう じろう)
慶應義塾大学 総合政策学部教授
1982年 東京大学経済学部経営学科卒業、日本電信電話公社入社。86年 ハーバード・ビジネススクールに留学。経営全般を学ぶ。88年 経営学修士号を取得、ハーバード・ビジネススクール研究員。89年 ハーバード・ビジネススクール博士課程入学、経営情報学(MIS)グループに所属。92年 ハーバード大学経営学博士、NTT企業通信システム本部勤務。93年慶應義塾大学大学院経営管理研究科助教授。2000年同教授。2003年同環境情報学部教授、2006年より同総合政策学部教授。また2005年よりSFC研究所長も務める。近著に『オープン・ソリューション社会の構想』 (2004、日本経済新聞社)ほか。


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