【ネット時評 : 会津 泉(ハイパーネットワーク社会研究所)】
多様化するインターネット、グローバルガバナンスへの挑戦(上)――特集IGF2008(1)

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 2008年12月3日から6日まで、国連主催の「インターネットガバナンスフォーラム(IGF)」がインドのハイデラバードで開催された。IGFはインターネットのガバナンスをテーマとする大規模な国際会議で、集まるのは各国の政府代表に加えて民間企業、そして市民社会のメンバーで、今回は94カ国から1280名が参加した。
 

 本稿では、上下2回にわたり、会議当日の模様とその意義について伝えていきたい。ただ4日間の会議では、メインのセッション以外に80ほどのワークショップその他の会合も開かれ、その全体を直接カバーすることは不可能である。以下は主に筆者が参加したもの、重要と思われるものに絞っての報告であることをお断りしておきたい。


「中間点」に到達

 IGFは2005年に開かれた国連主催の「世界情報社会サミット(WSIS)」でその設置が決定されたもので、その誕生の背景には、国際社会でのインターネットの「管理」をめぐる激しい対立があった。具体的には、インターネットのドメイン名を管理する国際組織であるICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)が米国政府の単独の契約・監督下に置かれていることに対して、中国やブラジル、インド、イラン、南アフリカなど、主として途上国側の政府が厳しい批判を続けたもので、3年がかりの交渉の結果たどりついた「妥協」が、決定力をもたない「対話の場」としてのこのフォーラムだった。

 IGFは5年間開かれることで合意しており、第1回がアテネ、第2回がリオデジャネイロで開催され、今回は3回目。ちょうど「中間点」に到達した。2009年はエジプト、2010年はリトアニアでの開催が決まっている。ただし、5年で終了と決まっているわけではなく、今後その成果が関係者によって評価され、その結果によっては延長される可能性もある。


11月、大規模テロ事件が発生

 今回はインド中部のハイデラバードが会場だったが、開会直前の11月26日、インド西部のムンバイで大規模なテロ事件が発生したため、大量のキャンセルが出るのではと心配された。実際には1割程度の人が参加を取りやめたとみられ、取りやめになった会合もいくつかあったが、全体の進行に大きな影響はなかった。日本の企業の多くはインドへの出張が原則禁止となったため、IGFの常連メンバーである富士通の加藤幹之さんや日立の市川明彦さんなどの顔が見られなかったのは、少々淋しかった。加藤さんは、ウェブキャストでネット参加されていたという。

 各国政府の代表も、大臣などの「大物」は少なく、どちらかといえば実務者が中心だった。日本政府は総務省が参加したが、幹部の参加は見送られた。国際機関のなかでは国際電気通信連合(ITU)だけが、トップのハマドゥーン・トゥーレ事務総局長が参加して目立っていた。ICANNもプレジデント(総長)のポール・トゥーミィ氏らが参加したが、トップである理事会会長は参加しなかった。

 会場のハイデラバード国際会議場は、市の中心部からは車で30分ほどの「ハイテクシティ」の一角にあり、当然、セキュリティ面での警戒は厳重だった。市内では、逃亡先から帰ってきた前年の爆弾テロ事件の容疑者を警察が発見したものの、拳銃で撃たれて取り逃がしたとの報道があり、緊張もあったが、大半の人々は通常通りの様子だった。


全体テーマと5つの主要テーマ

 IGFとそれを生み出したWSISは、もともと発展途上国のデジタルデバイドの解消が大きなテーマで、今回も全体テーマは「すべての人のためのインターネット(Internet for All)」と掲げられ、それを受けて、第1回以来の「多様性」「アクセス」「セキュリティ」「オープンネス」という4つの主要テーマが設定された。さらに、前回から追加された「インターネット主要資源」も主要テーマとされ、ドメイン名やIPアドレスなどに関する議論も行われた。

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 オープニング・セッションでは、インターネットの利用者が地球全体で15億人を突破したことを踏まえて、「次の10億人(Next Billion)」にどう普及させるか、その利用による恩恵をどのようにもたらすか」、さらに「その利用による弊害、副作用をどう防ぐのか」という観点からの発言が続いた。


インターネットの拡大、多様性、多言語化

 続くメインセッションでは、「インターネットの多言語化」が取り上げられた。「次の10億人」の利用者の多くは、必ずしも英語などの主要言語の担い手ではないという指摘が、インドなどからなされた。それだけに少数言語によるローカルコンテンツの重要性や、アルファベット以外の文字でドメイン名を利用できるようにする「多言語ドメイン名」の意義が強調されることになった。

 冒頭から、インターネットに関連する世界の言語状況はきわめて複雑だということが、浮き彫りにされた。

 インドはその典型例を提示する。人口が10億を超えたインドのインターネット利用者数は、現在約4000万人という。2億人を突破した中国と比べると、けっして多くない。その要因はいくつか考えられるが、複雑な言語状況が一因だということは、恥ずかしながらIGFに来るまでよく理解できていなかった。

 中国は、少なくとも読み書きにおいては標準語(普通話)が全土に浸透している。しかしインドは違う。主要言語だけでも10以上あり、連邦公用語で最大の話者人口をもつヒンディー語でも人口比では4分の1程度だという。各州毎に公用語があり、1000万人以上の話者人口をもつ言語は合計20、それ以外にも重要な言語が10以上あり、方言を入れれば合計2000にもなるという。同じ文字を用いて異なる言語を表記する例も多い。

 ということは、新聞、出版、映画、放送などのメディアの市場は多極化・分極化し、全国をカバーするような大規模なメディア産業は育ちにくいということになる。

 現在インドでインターネットを利用している人々の大半は英語ユーザーだという。アウトソーシングを受けるIT関連業界などを中心に、グローバルなビジネスの世界で生きていくには英語は必須だというのはインドの若者の間では常識になっている。これまでは、インターネットもそうした人々によって使われてきた。

 ヒンディー語、タミル語など、異なる言語を母語とするインド人同士がコミュニケーションするには、英語を共通語とするのがもっとも実際的となる。ただし、それは英語を使える人間同士の間でのみ成立することだ。

 インドでは、小中学校まではヒンディー語をはじめそれぞれの母語・地方語が教えられ、高校以降は英語が中心となる。端的にいえば経済的に豊かなほど英語の利用率が高く、貧しいほど地方語中心となる。その貧しい人々にインターネットを普及させるには、英語では無理なのだ。

 最近はアラビア文字をやめてアルファベット表記に転換したトルコの例にならおうという動きもあるという。ヒンディー語をヒンディー文字ではなく、アルファベットで表記するというものだ。現に「ボリウッド」とも呼ばれる巨大なインドの映画産業で制作される作品の多くは、アルファベット表記のポスター、看板がすでに一般的だという。また携帯電話では、ABCで入力すると画面にはヒンディー語やタミル語に変換された表記が表示される技術が広く浸透してきたという。ローマ字変換で日本語を表記するのと同じようなものなのだろう。多言語化は技術的なツールで支えられるという側面は見逃せない。

 アフリカも言語の多様性という点では、インドと似た種の困難をもっている。アフリカには8億人の人口に対して2000ほどの言語が存在しているが、1億人以上の話者がいるスワヒリ語を例外として、4000万人以上の話者人口をもつ言語はほとんどないという。ここでもメディアの市場は多極化、分極化している。文字をもつ言語自体が4分の1程度で、そのなかでコンピューターを利用するために必要な文字コードの標準化ができている言語はごくわずかだという。

 つまり、インターネット上で利用できる文字・言語はきわめて限定的だということなのだ。頭ではわかっているつもりのこうした話も、実際にインドやアフリカの人々の口から語られると、強いインパクトがある。


多言語ドメイン名、文字より音声のコンテンツ

 ICANNでは、アルファベット文字以外でドメイン名を入力・表示可能とする「多言語ドメイン名」の導入に長年取り組んできたが、昨年ようやく国別ドメインからそれを実装できることになった。これについては、あまりにも時間がかかりすぎたという批判も強かった。

 日本でも昨年末から総務省情報通信審議会のインターネット基盤委員会で、「ドット日本(仮)」の運用管理者の選定方法などについての検討が始まっている。日本のように言語と国家・国民の範囲が地理的・社会的にほぼ重なっているところは比較的容易だが、アラビア語など複数の国家・地域にまたがる言語で単一のドメイン名(アラビア語による「ドットアラブ」など)を実現するのは、かなり複雑な作業となる。逆にインドのように州単位の公用語が20以上もある国では、国別ドメイン名をヒンディー語に統一することが難しく、かといってすべての州別公用語を採用することも現実的ではない。

 ブロードバンドの普及にともなって、インターネット上でも文字ではなく映像や音声によるコンテンツが急速に増えつつあり、それが多言語による利用を促進しているとの指摘がIGFの場でなされたことは興味深い。文字の読み書きが可能になるためには教育を受けることが必要だが、途上国など識字率の低いところでは、読み書きはできないが音声での言語表現ならできる人々の人口は無視できないほど高い。従来のラジオ、テレビに加えて、動画と音声を伝達するメディアとしてのインターネットが、そうした人々にも利用され始めていることが報告された。ここでは、放送に対するような規制をネットにも適用するかどうかも問われる。

 視覚障害者が利用できるデジタル録音図書に関する国際標準規格の開発・維持を担ってきたDAISYコンソーシアムの河村宏会長からは、視覚障害者、聴覚障害者、知的障害者などにとっての「言語」上の制約を撤廃し、ネットはあらゆる人々がアクセスできるようになるべきだとして、そのための標準化に取り組んでいることが報告された。視覚障害者にとってタグ・音声のない画像・動画や、聴覚障害者にとって字幕のない音声は、いずれも理解不可能なコンテンツとなる。

 ネットの普及や電子政府のサービスが拡大しても、国民・市民のだれもが利用できるようにならなければ新たなデバイドが生み出される。今回のIGFでは、そうした課題が鮮明に提示されたといえる。

 いずれにしても、インターネットの利用の拡大は、アルファベット以外の文字による利用の拡大を必然とする。従来のアルファベット中心の管理体制から脱却すべく、ガバナンスにおける多様性の拡大をどう実現するかが問われているのである。


インターネットと気候変動

 IGFは毎回インターネットに関連する「新たな課題」を取り上げる。今回は「地球環境」および「気候変動」問題が初めて本格的に取り上げられ、2つのワークショップが開かれた。前者は、世界情報基盤委員会(GIIC)が日本経団連、世界情報サービス産業機構(WITSA)、国際持続的発展研究所(IISD)と共催したもので、もともと昨年リオデジャネイロで開かれたIGFで、GIICの会長でもある秋草直之富士通会長(当時)がこの問題の重要性を指摘したことが契機となって開かれたものだ。残念ながら筆者は同時刻に開催されたIPv4v6「共存」問題のメインセッションの主催者側だったため、このワークショップに参加することができなかった。

 もう一つのワークショップ、「インターネットと気候変動」は実は当初、筆者の属する多摩大学情報社会学研究所が提案したのだが、事情があってITUの主催となった。

 いずれもICTの利用拡大に伴い、サーバーを中心に増大する電力消費がCO2の発生増につながることが予測されていることから、そうしたICTの利用に起因して発生するCO2の削減の重要性を強調する趣旨である。同時に、様々な分野でICTを効果的に利用することが地球温暖化対策の推進につながる事例も取り上げられた。

 ITUが主催したワークショップでは、ネパールのエベレスト山の直下の氷河湖のモニタリング活動に、地元ネパールで無線LANの普及に取り組んできたプロジェクトのメンバーが参加、貢献している事例が報告された。

 地球温暖化に伴ってヒマラヤの気温も明らかに上昇しており、氷雪が融解して形成される氷河湖の数、規模が増大を続けている。そのなかで慶應大学の福井弘道教授らのチームが、フィールドセンサーと呼ばれる観測装置を海抜5千メートルの氷河湖イムジャに設置し、定点観測を行ってきた。イムジャはエベレストへのトレッキングルートの最終拠点ナムチェバザールから30kmほど離れ、人間の生活圏外の高地である。ナムチェまでセンサーのデータを送信するのに無線LAN技術が使われているが、それをサポートしているのが、アンナプルナ山地の村に無線インターネットを普及させた、マハビール・プン氏らネパール研究教育ネットワーク(NREN)のメンバーだ。IGFにはその一人であるガウラブ氏が参加し、イムジャプロジェクトの状況を報告したのである。

 次回は、この会議で注目されたもう1つのテーマ、IPv4の枯渇とv6への移行問題に関する議論の模様などをまじえ、今後のインターネットガバナンスについて展望していく。


<筆者紹介>会津 泉(あいづ いずみ)
多摩大学情報社会学研究所教授・主任研究員、ハイパーネットワーク社会研究所副所長
1986年ネットワーキングデザイン研究所を設立、パソコン通信の普及を支援し、欧米、アジアのネットワーカーとの交流に取り組む。91年国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)に参加、インターネットの普及を推進。93年大分に設立されたハイパーネットワーク社会研究所に参加、地域ネットワークの新しい方向性を模索。97年マレーシアに移り、アジアネットワーク研究所を設立。アジアへのインターネット普及活動を推進。98年から2000年までアジア太平洋インターネット協会(APIA)事務局長を兼務、インターネットのドメインネーム問題などの政策課題、ICANN設立にかかわり、アジアの意見をグローバルに伝える活動に従事。2000年4月東京に戻り、同12月、G8デジタルオポチュニティ・タスクフォース(DOTフォース)の日本のNPO代表に選ばれ、その活動に参加。2002年-2005年、世界情報社会サミット(WSIS)に市民社会メンバーとして積極参加。利用者中心のネット社会のグローバルな発展をめざす。2003年-2008年、ICANN一般会員諮問委員会(ALAC)委員。2008年、衛星ブロードバンド普及推進協議会の設立に参加、事務局長に就任。電気通信審議会インターネット基盤委員会専門委員。インターネット協会評議員。
著書『パソコンネットワーク革命』(日本経済新聞社)、『進化するネットワーク』(NTT出版)、『アジアからのネット革命』(岩波書店)、『インターネットガバナンス』(NTT出版)、訳書『スカリ-』(早川書房)、『バーチャル・コミュニティ』(三田出版会)ほか多数。

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