【ネット時評 : 会津 泉(ハイパーネットワーク社会研究所)】
多様化するインターネット、グローバルガバナンスへの挑戦(下)――特集IGF2008(2)

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 2008年12月3日から6日まで、インドのハイデラバードで行われた国連主催の「インターネットガバナンスフォーラム(IGF)」。前回に引き続き、その議論の模様を紹介しながら、この取り組みの意義について考えてみたい。

IPv4v6の「共存」に向けて

 今年の会議で注目されたテーマに「IPv4v6」問題がある。準備段階でこのテーマのワークショップが5件提案され、それらが調整・統合されてメインセッションへと「格上げ」された。

 承知のように現在のインターネットでは、ネット上の資源の「番地(アドレス)」を表すために「インターネット・プロトコル(IP)バージョン4=IPv4」と呼ばれる方式が使用されている。このIPv4によるアドレスの数は「***.***.255.255」というように32ビットの2進数で規定され、合計約43億個ある。ところが、IPv4アドレスはこれまでに多くの割り当てが進んだ結果、実際に使える残量がかなり少なくなり、現在のペースでいくと2011年前後にはグローバルな在庫が枯渇すると予想されている。

 このv4アドレス枯渇への対策は各種提案されてきたが、現時点でもっとも現実的とみられるのは、IPv6と呼ばれる新方式のアドレスを利用することだ。v6は128ビットで規定され、その合計は2の128乗個、つまり約340澗(340兆の1兆倍の1兆倍)個という天文学的な数字となり、少なくとも量的には今後相当の期間心配しなくてよい。

 こう書くと簡単なようだが、ことはそう単純ではない。v4とv6との間に互換性がないのだ。

 つまり、v6アドレスを利用できるようにするためには、基本的にはインターネット上のソフトやハードはすべてv6対応のものを導入する必要がある。当然それなりの投資コストと作業が必要となる。またv4とv6の間に互換性がないため、枯渇後も利用され続けるIPv4アドレス上の膨大な情報資源がv6アドレスからも円滑に利用できるためには、アドレス変換などを含め、相応の対処が必要となる。

 IGFのIPv4v6セッションでは、専門家によってこれらの技術的課題が説明されるとともに、政策ないし社会経済的な課題も議論された。

 v4からv6に単純に「移行」=切り替えればよいわけではない。少なくとも今後数十年、v4の利用はなくならない。ここがデジタルテレビの導入とは異なるところだ。キーとなるのは両者の利用環境の「共存」で、複数のパネリストからそこに向けた取り組みの重要性が強調された。

 インターネット・プロバイダーからは、IPv6の新規導入は現時点では切迫したニーズがないため、投資インセンティブが欠落していると指摘された。しかし、いざ枯渇してから対応するのでは遅すぎる。市場に任せるだけでは解決しないのだ。実際には家庭用のルーターもv4v6の両者に対応するものに切り替える必要がある。誰がそのコストを負担するのか、エンドユーザーの理解を得られるのか。

 ファイアーウォール、ネットワーク管理、データベースなど、ネットワークやサーバー運用のためのソフト群のなかに、v6に対応できていないものは相当あるとみられるが、正確な情報はない。v6での実際の運用経験を積み重ね、不足部分の開発、追加などの作業が必要となる。データセンター、ホスティング、ASPなどのサービス提供者も対応が必要だ。インターネットを利用している一般企業も同様だ。厳しい経営環境に直面している事業者には、IPv6対応への投資余力がない。社内、幹部を説得する作業も必要となる。

 日本政府はインターネットの関係者とともに早くからIPv6の普及活動に積極的に取り組んでおり、2007年8月にはv4アドレス枯渇問題にかかわる研究会を立ち上げた。今回のセッションでは、総務省データ通信課の柳島智企画官が、その成果として昨年6月にまとめられた「アクション・プラン」および9月に発足した官民協調組織「IPv4枯渇対応タスクフォース」について報告し、「行動すべきときがきた」とまとめた。IPv4枯渇について取り組んでいる政府は少なくないが、そのなかでも日本の取り組みは客観的にみて一歩進んでいるといえ、他国の政府関係者からも注目されていた。

 シラキューズ大学のミルトン・ミューラー教授は、市民社会の観点から、IPアドレスの現在のガバナンス体制の問題、とくに現在世界の5地域(北米、中南米、アジア太平洋、欧州、アフリカ)を協調・分担して管理している地域レジストリー(RIR)のあり方を取り上げた。

 具体的には枯渇に向かっているv4アドレスの「二次市場」をどうするのか、そしてセキュリティを向上させる手段として提案されているIPアドレスの公開鍵(Resource Public Key Infrastructure=RPKI)方式について、RIRとしてそのガバナンスをどう行うのか、という問いだった。

 これまでRIRは、ICANNの一部門であるIANA(Internet Assigned Numbers Authority)と連携してIPアドレスの管理を行ってきたが、主として割当についての管理であり、実際にIPアドレスを与えられたプロバイダーや利用者の側がどう使うか、ルーティングをどう行うかといった運用面にはタッチしてこなかった。割当も、「自主申告」を尊重し、ルールが本当に守られているかを監督する機能は持っていない。また5地域の割当方針は必ずしも均一ではなく、地域の実情を反映して部分的に異なる方針が実践されている。

 ミューラー教授はこうした緩やかな連携・管理がこれまでは奏功してきたことを評価しつつ、RPKIの導入によりセキュリティが強化されることのメリット、デメリット、政府などの介入の危険性などについて注意を喚起した。

 「二次市場」については、現在、地域を超えたアドレスの「移管」=取引を認めるかどうかについて、RIRにおいて議論が進んでいる。希少価値があるものは、売買の対象となる。グレーマーケット、あるいはブラックマーケットを抑制し、アドレス管理の信頼性を確保するためには、この問題も重要となる。


「落ち着いて」きたIGF

 3回目を迎えたIGFは、それだけに「落ち着き」がみられた。参加者には「常連」が多くなり、お互いによく知り合っている同士だから理解も早い。当初はICANNをめぐる政治的な対立が議論の進め方にも微妙な影響を与えていたが、今回はそうした様相はほとんどみられなかった。むしろ、ある種の「逆転」現象があったといえる。

 すなわち、当初IGFの設置そのものに抵抗していた側が、すっかり歓迎する姿勢に転換したのだ。ICANNなど現状の体制を肯定する側の主として欧米の政府や企業などの関係者は、途上国側からの批判、攻撃が継続されることに大きな懸念を抱いていたのだが、そうした心配は不要で、むしろ実質的な対話、理解の促進に意義を見出すようになってきた。一方、現状の体制に不満をもち、IGFの設置を歓迎した途上国側の政府のなかには、IGFでいくら「対話」をしても自分たちの要求が実現されるわけではないこととして、参加そのものを取りやめたところもあるようだ。

 無論彼らの不満、批判が完全に解消したわけではない。今後、IGFの「評価」が進められるなかで、あらためてインターネットの管理、ガバナンスは政府主導とすべきだという主張が強まることは十分考えられる。ITU(国際電気通信連合)のハマドーン・トゥーレ事務総長はそうした流れを代表するような発言を行っていた。

 しかし、ICANNに関連する議論も含めて全体としては冷静な議論が多く、政治的な要素を強調する意見は受けがよくなかった。


「マルチステークホルダー(MSH)」方式の徹底

 IGFの大きな特徴は、「マルチステークホルダー(MSH)」方式の徹底である。すなわち、政府、産業界、市民社会という3分野の代表が、相互に対等な立場で協働し、プログラムの企画・構成から運営までを取り仕切る。そのために、国連事務総長が指名した50名の委員による「マルチステークホルダー・アドバイザリー・グループ(MAG)」が設置されている。

 個々のセッションやワークショップも、原則として政府、産業界、市民社会のすべての分野の代表が必ず主催団体に入り、スピーカー、パネリストなどの構成にもこの原則が満たされていることが公式に求められている。

 日本ではまだ耳慣れない、この「MSH」方式だが、ICANNなどの組織にその原型がみられる。WSISの準備プロセスでは、当初から市民社会メンバーを中心にMSHの重要性が強く主張され、ある程度までは認められたが、最終的な意思決定プロセスでは従来の国際組織同様、政府側の主導権が確保されたままだった。

 しかし、WSISの議論の過程で設置された「インターネットガバナンス作業部会(WGIG)」では、政府と産業界、市民社会とが原則対等という立場が認められた。これまではNGOなど市民社会の正式参加に難色を示していた中国やインド、途上国政府などの代表も、WSISを通して市民社会メンバーの活躍、貢献を評価するようになり、とくにWGIGにおいて立場の違いを超えた実のある検討・交流が実現されたことが、それらの政府を含む関係者によって高く評価され、IGFに受け継がれたものである。

 IGFでは、こうしたWGIGの流れを受けて、実際に全体テーマの決定から個々のプログラムの構成まで、MSH方式が徹底して実現され、ときには「Multi-stakeholderism(MSH主義)」という表現で、その原理的な重要性が表明されている。第一回のアテネ会合、第二回のカイロ会合を経て、このMSH方式は、少なくともIGFに関する限りはすっかり定着し、IGFそのものの大きな成果だという見方も出ている。

 国内でのインターネットの管理運営、ガバナンスに際して、このMHS方式を応用している国もある。その代表がブラジルで、政府省庁、産業界、市民社会、科学技術コミュニティの代表計21名から構成されるブラジルインターネット評議委員会という組織が設置され、ドメイン名の管理運用やインターネット・セキュリティへの対応をはじめ、インターネットに関する各種の規制・政策についての検討・提案機能を果たしている。また、インターネットの普及促進に関連する施策の推進、技術標準化活動、各種統計の整理発表などの機能も担っている。イギリス、オーストラリアなどでも、程度の違いはあるが同様の方式が採用されている。

 今回のIGFでは、東アフリカ諸国が共同して「東アフリカ・インターネットガバナンス・フォーラム」を開催したことが報告されて、注目を集めた。IGFのミニ版ともいうべきこの地域フォーラムは、2008年11月、IGFの一カ月ほど前にケニアのナイロビで開催されたもので、やはり政府、産業界、市民社会の対等参加によるMSH方式で開かれたと報告されている。


これからのガバナンス――「マルチ」が基本に

 IGFはインターネットのガバナンスに限定した活動だが、MSH方式の浸透という点では、他の国連の活動に比べて半歩先を行っているとみても過言ではない。インターネットの発展そのものが、民間の研究者・技術者が草の根型で先導し、市民・一般利用者の、ときに「ネティズン」と呼ばれるような活発な利用、そして通信事業では規制が普通だった政府も側面支援という形で支えられてきた。これはMSH方式そのものといえる。

 マルチステークホルダーの「マルチ」とは、「多様」「多極」「多元」「多角」といった意味で用いられる接頭語で、「マルチ・ラテラル=多国間」、「マルチ・リンガル=多言語」といった言葉もよく使われる。

 経済学者青木昌彦氏は、新年の日本経済新聞・経済教室「危機を超えて 世界新秩序と日本」というシリーズに「『多様性の利益』で課題解決」と題する論文を寄稿し、そのなかで「世界は課題の多様化・多極化に直面し、多様化で相互依存の重要性は一段と高まる」」と論じ、「金融市場においても、多様な可能性に関する多様な評価を集約する情報機能を担う場に向けて進化しなければならない」と示唆している(2009年1月5日)。

 特定の国や地域、あるいは社会勢力の優越性を否定し、複雑に構成されたグローバルな主体が互いに対等に、相手の立場を尊重、認知しつつ、「マルチ」の構成を基本として全体としての最適解を見出そうと努力することこそ、グローバル・ガバナンスのエッセンスではないだろうか。

 これはインターネットのガバナンスに限らず、気候変動などの地球環境問題、アフリカにおける貧困撲滅、HIV問題などの社会経済問題、イラクやアフガニスタンなどの戦後復興問題などにも共通する原理と言え、今後国際社会におけるグローバル・ガバナンスにおいて、MSH方式はその基本となっていくだろう。IGFはそうした普遍性を予感させる試みなのである。

<筆者紹介>会津 泉(あいづ いずみ)
多摩大学情報社会学研究所教授・主任研究員、ハイパーネットワーク社会研究所副所長
1986年ネットワーキングデザイン研究所を設立、パソコン通信の普及を支援し、欧米、アジアのネットワーカーとの交流に取り組む。91年国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)に参加、インターネットの普及を推進。93年大分に設立されたハイパーネットワーク社会研究所に参加、地域ネットワークの新しい方向性を模索。97年マレーシアに移り、アジアネットワーク研究所を設立。アジアへのインターネット普及活動を推進。98年から2000年までアジア太平洋インターネット協会(APIA)事務局長を兼務、インターネットのドメインネーム問題などの政策課題、ICANN設立にかかわり、アジアの意見をグローバルに伝える活動に従事。2000年4月東京に戻り、同12月、G8デジタルオポチュニティ・タスクフォース(DOTフォース)の日本のNPO代表に選ばれ、その活動に参加。2002年-2005年、世界情報社会サミット(WSIS)に市民社会メンバーとして積極参加。利用者中心のネット社会のグローバルな発展をめざす。2003年-2008年、ICANN一般会員諮問委員会(ALAC)委員。2008年、衛星ブロードバンド普及推進協議会の設立に参加、事務局長に就任。電気通信審議会インターネット基盤委員会専門委員。インターネット協会評議員。 著書『パソコンネットワーク革命』(日本経済新聞社)、『進化するネットワーク』(NTT出版)、『アジアからのネット革命』(岩波書店)、『インターネットガバナンス』(NTT出版)、訳書『スカリ-』(早川書房)、『バーチャル・コミュニティ』(三田出版会)ほか多数。

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