【ネット時評 : 加藤幹之(富士通研究所)】
1万マイルの彼方から参加したネットガバナンス議論――特集IGF2008(3)

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 3回目となる国連主催のインターネットガバナンスフォーラム(IGF)が、昨年12月3日から4日間、インドのハイデラバードで開催された。その模様については、この特集の第一回第二回で、多摩大学の会津泉教授により詳細に報告されている。
 

 筆者はIGFの諮問委員会に参加しており、前回前々回と、このコラムで議論の内容について紹介させていただいた。今年も委員として、また日本経団連の訪問団長として、例年通りの参加を計画していた。会議初日にはメイン会場の「多様性」セッションや、日本経団連が世界情報基盤委員会フォーラム(GIIC)ほかと共同で企画したワークショップのパネリストとして発表を行う予定だった。しかし直前になって、ムンバイで同時テロが発生したため、出張を断念せざるを得なくなった。

 欧米や日本の多くの企業がこの時期インドへの渡航を自粛し、会議に参加できない者が続出したが、それでも133名の報道関係者を含め、1280人がインターネットの将来を考えるためにハイデラバードに集まった。日本からも、会津氏や総務省の担当者らが参加した。

 会議場に行けなくなったのは非常に残念だったが、それならば、と4日間の会議期間中、インターネットで「遠隔参加」することにした。現在、筆者が暮らす米国西海岸のシリコンバレーとインドは10時間半の時差がある。まさに昼と夜、反対の時間だったが、おかげで一日を2回使うことができた。

 今回と次回、IGFの遠隔参加についての紹介と、会津氏の報告への補足、筆者の私見を織り交ぜながら、いくつか重要と思われる論点を指摘させていただきたい。


遠隔参加のシステム

複数のパソコンと大画面テレビで自宅から会議に
参加する筆者

 最初に、IGFへの「遠隔参加」についてひとこと触れておこう。IGFでは、世界からできるだけ多くの参加を得るため、これまでもインターネットによる遠隔参加の仕組みを提供してきたが、今回は直前で現地参加を断念した人が多かったため、この遠隔参加が功を奏した格好となった。

 IGFの遠隔参加には、(1)映像と音声のウェブキャスト中継(2)チャットによるメッセージのやり取り(3)会議の会話内容を速記し、テキスト文章として送信、という3つの形で現地から情報提供が行われた。参加者はチャットに加え、電子メールによって質問やコメントも送ることができた。筆者も、大画面テレビに接続したパソコンで映像を確認しながら、別のパソコンでチャットを行い、さらにもうひとつのパソコンで電子メールや速記内容をチェックしていた。

メイン会場の音声は複数の言語で配信された

 日本国内でも、IT意見交換コミュニティーの「日経デジタルコア」は90年代末からネット会議を開催しているし、遠隔地同士をつないだビデオ会議も今や珍しくはない。だが世界中から大勢の人々がランダムに参加するとなると、なかなか技術的にも簡単ではないようだ。ネットが何度も切断されたり、音声や映像が途切れることがあった。同時対話式のチャットも、システムオペレーターが会議との中間に入るため、タイムリーなコメントや質問が難しいと思えた。だが、それでも現場の臨床感は十分感じることができた。


ITU事務総局長のIGF批判   

 会議は、「全ての人のためのインターネット」を全体のテーマとし、(1)「次の10億人への広がり」(2)「サイバーセキュリティーと信頼の促進」(3)「重要なインターネット資源の管理」(4)「新たに生まれる課題」(5)「実績の評価と今後」の5つのテーマに沿って行われた。今年のメイン会場での進行の特徴は、まずパネリストが議論するセッションを行った後、別のモデレーターが公開討論を進行するという2段階方式を採用したことだ。

 初日午前中は「次の10億人への広がり」について、「多言語」と「アクセス」の観点からパネルディスカッションが行われた。「多言語」の問題は、ICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)がトップレベルドメイン(TLD)の国際化を議論していることから、国際化ドメイン名の問題が大きくクローズアップされた。これについては次回、TLDの一般化の問題と合わせて紹介したい。

 初日午後の公開討論の前に、オープニングのセレモニーとパネルセッションが行われた。ムンバイの犠牲者への追悼に始まり、例年通り関係機関の幹部のスピーチが続いたが、最も印象に残ったのは国際電気通信連合(ITU)のハマドゥン・トゥーレ事務総局長のスピーチだった。

 トゥーレ氏は、ITUはWSIS(世界情報社会サミット、2003年ジュネーブ・2005年チュニス)を主催し、そこでは、更なる国際協力等を約束してチュニスアジェンダを採択したこと、そしてチュニスアジェンダの第72項に基づいてIGF会議を発足したことに触れた。そして「IGFはWSISのチュニス会議に参加した各国の期待に沿う方向には至っていないと信じている、と遠慮なく申し上げることをはばからない」と述べた。さらに、もしIGFがすでにチュニスで合意したことを繰り返しているだけなら「批評家が我々の努力を時間の無駄だと決め付けてもおかしくない」と言い切った。さらに話がICANNに及び、ICANNの政府諮問委員会に関して、「この組織は、政策決定の何の力(muscle)も無いだけでなく、極めて限られた代表しか出ていない。ITUの191のメンバー国の内、政府諮問委員会に出ているのはやっと半分であり、実際に活動しているのは、三分の一以下である」と続けた。

 トゥーレ氏は、11月にエジプトのカイロで開かれたICANNの会議でも、「個人的意見だが、IGFは(問題の核心部分の)周囲をぐるぐる回っているだけであり、論点を避け、時には時間の無駄になっている」と批判していた。

 インターネットガバナンスの問題は、民間主導で、(一見)米国主導と見られたICANNを各国政府が批判したことが発端となって取り上げられた問題であった。その経緯については、やはりこのコラムで2005年に紹介させていただいたので参照されたい。

 かつてICANNに批判的な人々は、各国政府が参加する国際的政府間組織により、インターネットのルールを作り管理することを主張した。2回のWSIS会議を通じてIGFが作られ、そこでいろいろな問題を議論することで妥協が図られたが、IGFは議論する場であるが政策を決定し実施する組織ではないことから、こうした不満がまだくすぶっていると思われる。


アクセシビリティに関するDaisyコンソーシアム

 会議初日午前に行われた「多言語」のセッションには、日本からDaisyコンソーシアム(Digital Accessible Information System、視覚障害者に向けたデジタル録音図書の国際標準規格)の河村宏会長がパネリストとして参加した。その模様については日本障害者リハビリテーション協会のウェブサイトでも詳しく報告されている

 Daisyについては、昨年のIGFリオデジャネイロ会議の報告でも触れたが、2008年5月にITUから世界電気通信情報社会賞を受賞し、ますます国際的に注目されつつある。Daisyコンソーシアムの発表によれば、ITUは表彰にあたり「アクセシビリティ問題にかかわる活動や、これまで情報へのアクセスが著しく制限されていたか、あるいはまったく不可能であった、印刷物を読めない障害がある人々や少数派言語を話す人々、書き言葉を持たない先住民族、そして読み書きのできない人々などの情報へのアクセスを確保することによって、デジタルディバイドを解消しようとする取り組みを評価した」という。

 河村氏は、Daisyが、地域土着の教育を含め世界中の教室で使われる教科書や、災害時の非難訓練マニュアルやエイズに関する知識のように人類の安全にかかわる情報までをも取り扱っていることを説明した。また、デジタル技術を用いた時、音、画像、文書がDaisy標準で共通化されることによって、点字しか分からない人でも手話しか分からない人でも同時に知識を共有化できることを指摘した。河村会長は、「現在のメディアは、一定のグループの人々を置き去りにしている。画像のコンテンツはとても内容が豊かであっても、スクリーンを見れない人々にとっては何が起こっているのかほとんどど理解できない」と訴えた。Daisyは、全てを標準化することによって、最も適切な読み方や出版の仕方を提案していると述べていた。

 最後に河村氏は、民主社会は自由と事前の同意を原則とするべきであり、インターネットもこの原則を守るべきであると主張した。

 インターネットやデジタル技術によって、これまで情報にアクセスできなかった多くの人々にアクセス提供が可能となる。インターネットの普及に伴い、デジタルデバイドが指摘されるが、Daisyのような活動を通じてディバイドを解消することがますます期待されよう。

 次回は、今回のIGFでも非常にホットな議論がなされたTLD(トップレベルドメイン)の問題について紹介しながら、これからのIGFを展望してみたい。


<筆者紹介>加藤 幹之(かとう・まさのぶ)富士通 経営執行役
1977年3月東京大学法学部卒業。同年4月富士通に入社し、海外関係の法務案件に従事。84年6月ミシガン大学ロースクール留学(法学修士)。87年7月サンフランシスコ駐在(法律事務所にて紛争処理担当)。89年8月同社ワシントンD.C.事務所開設に伴い、ワシントンD.C.に駐在。02年6月、15年ぶりに帰国し、法務、知財部門を担当。08年9月からシリコンバレー駐在。ワシントン時代から継続して、インターネットや電子商取引、知的財産権、独禁法、科学技術政策等の制度議論に参加し、国際的に活動中。Internet Law & Policy Forum (ILPF)名誉会長や、Global Information Infrastructure Commission (GIIC)電子商取引委員長、Internet Corporation for Assigned Names and Numbers (ICANN)のアジア太平洋豪州地域代表理事等を歴任した。米国(ニューヨーク州、ワシントンD.C.)で弁護士資格を持ち、専門分野での論文や講演も多数。


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