【ネット時評 : 野口祐子(森・濱田松本法律事務所)】
「クリエイティブ・コモンズ」のこれまでとこれから――アイサミット2008@札幌に想うこと・下

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 前回は、クリエイティブ・コモンズ(以下「CC」)の「これまで」についてご紹介した。今回は、2008年7月末に開催されたアイサミット2008の紹介を織り交ぜつつ、CCの「これから」について考えていることをご紹介しよう。
 

 アイサミット2008では、これまであまりCCに馴染みのなかった皆さんにもその取り組みや現状を分かっていただけるように、という観点から、特に日本人の参加者の皆さんに向けていくつかの「アカデミー」講座を開いてその基本をご紹介しつつ、テーマごとにパネルディスカッションを構成して最先端の識者の皆さんに議論をしていただいた。予算の関係上、英語と日本語の同時通訳を入れることができたのは基調講演やアカデミー講座などに限られ、あとは英語と日本語でそれぞれセッションが進められる形になってしまった点は残念であったが、以下では、特に日本の皆様に向けて準備した日本語セッションを中心にご紹介したい。

 日本語セッションは、情報セキュリティ大学院大学の林紘一郎氏やニワンゴの木野瀬友人氏らを招いての「参加型技術を支える技術の現状と展望」、NTTの仲西正氏や日本オープン・コースウェア事務局長の福原美三氏らを招いての「教育モデルの拡張と変革」、北海道大学の田村善之氏やジャーナリストの津田大介氏らを招いての「自由文化と著作権政策」、ソニーやニフティをはじめとするビジネス関係者を招いての「オープンビジネスの可能性」の4つのテーマで開催した。なお、当日の様子は、メディアでも報道されている(CNET Japanの記事INTERNET Watchの記事All-in-One INTERNET magazine 2.0の記事)。

 セッション全体での議論を通して見えてきたのは、CCを媒介として生じつつある「メジャーとアマチュアの協働」「日本型コモンズの展開」「著作権政策プロセスの変容」という3つの現象だ。これらを軸に、日本におけるCCの最先端の状況を紹介していきたい。


メジャーとアマチュアの協働

 CCライセンスの主な活用領域は、従来、著名アーティストらによる(いわば産業としての)コンテンツの領域か、アマチュアによる作品の公開かの2領域に分かれている感があり、この両者がクロスする機会は少なかったと言える。しかし近年では、CGM(消費者参加型メディア)の動きの中で、「メジャー」と「アマチュア」の相互作用の中で価値を生み出そうとする取り組みが生まれ始めている。

 Xartsの和田昌之氏らによって紹介された「クリエイターコラボ」では、ロックバンド「X-JAPAN」のTOSHI氏の楽曲のプロモーションビデオをインターネット上で公募し、投稿されたビデオをCCライセンスによって公開する取り組みを行なっている。また、バグ・コーポレーションの山口哲一氏からは、同社の所属アーティスト「Sweet Vacation」が、CCライセンスなども用いたキャンペーンなどを行いながら、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のマイスペースやYahoo! Musicなどインターネット独自のメディアを活用して展開し、活動開始から約1年というスピードで今年8月にメジャーデビューに至った事例が紹介された。

 そもそも、コンテンツは、コンテンツを作り出す表現者の表現活動のみで完結するものではなく、それがユーザーに親しまれ、表現者とユーザーが相互作用をすることによって、真価を発揮するものともいえる。これまで主にアナログ環境の技術的要因によって前提とされてきた「表現→利用」という一方的な関係から、CCを媒介として生まれつつある「表現→利用→表現→利用……」という円環的な関係へ進化することは、コンテンツの価値を生み出すモデルをより豊かにしていると言えるのではないだろうか。


日本型コモンズの展開

 CCライセンスと同様、柔軟な著作権保護の手段によって自由利用可能な著作物を増加させ、それによって新しい表現活動を拡大しようとする日本独自の取り組みも生まれてきている。

 ニコニコ動画を運営するニワンゴの木野瀬氏から紹介された「ニコニ・コモンズ」は、「ライセンス」よりも比較的緩やかな「ガイドライン」による著作権取り扱い規定により、クリエイターやユーザーが自らの著作物を自由利用の領域に提供することで、二次創作等の活動を促進していこうというものである。また、「初音ミク」をはじめとする音声合成ソフトシリーズを展開するクリプトン・フューチャー・メディアによるコンテンツ投稿サイト「ピアプロ」や、後述する文化庁の自由利用のための新ライセンス構想など、「日本型」コモンズ領域の展開は各所において活発化しつつある。

 そもそも「コモンズ=共有地」のガバナンス、そして創造的活動のコミュニティのあり方は、適用される分野やその時々の状況、そして技術的環境によって大きく左右され得るものであり、そのニーズの多様性がこのような様々な提案を生んでいるといえるのだろう。

 このような制度間競争は、よりよいライセンスづくりという意味では望ましい面もある。しかし、同時に、多様なライセンス間の相互運用性の問題、つまり例えばCCライセンスが適用された著作物を、ニコニ・コモンズでライセンスされた著作物と組み合わせることは可能かどうかなど、今後法的・技術的に検討すべき点も多い。せっかく沢山のコンテンツがオープンなライセンスで公開されていても、そのコンテンツがお互いに組み合わせられなければ、結局はコンテンツはタコツボ化してしまうだけで、豊かな生態系を築くに至らないのではないか、という心配があるわけである。この問題は、オープンソース・ソフトウェアの分野でも常に深刻な問題の一つとして指摘される点であり、今後も多様化するライセンスの制度間でのパイプ作りは重要な課題となるだろう。
 

著作権政策プロセスの変容

 CCライセンスが著作権法を基盤として設計されている以上、政府による著作権政策は、重要な役割を果たす。文化審議会著作権分科会の委員も務めるジャーナリストの津田氏から紹介されたように、現在の日本の著作権法改正のプロセスは事業者やクリエイター、ユーザーなどに対して徐々に開かれたものになりつつある一方、実際の影響力としては流通事業者をはじめとする組織力の強い団体の意見がより強く反映されてきた傾向は否めない。

 このような中で、北海道大学の田村氏は、「自分の作品における著作権のあり方」を意思表示できるCCライセンスが、クリエイターやユーザーらのいわば「市民の声」の具体的な表明の手段となり、その結果、これらの声を著作権法の立法過程において反映することが従来に比べて容易になるとすれば、政策形成過程でも一定の重要性を持つことになるだろうと指摘した。

 実際に文化庁では、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの澤伸恭氏より紹介があったが、これまで運用されてきた文化庁自由利用マークを改良して、地方自治体等の多様なニーズに対応した新しいコモンズの領域を生み出すための新しいライセンス作りの研究を進めている。また、今年6月に内閣知的財産戦略本部から公開された知的財産推進計画2008の中でも、CCライセンスを含む「コモンズの取り組みを促進する」という文言が明記されている。インターネット上の豊かな表現活動、そしてそれに基づく文化や経済を発展させていくために、CCライセンスが著作権政策に果たし得る役割は大きいだろう。


今後の課題

 上述の通り、CCライセンスの活用領域は徐々に拡大しつつあり、今後もその展開が期待される一方、よりクリエイターやユーザーにとっての利便性を向上させるため、取り組んでいかなければならない課題もある。

 情報セキュリティ大学院大の林氏からは、現状ではユーザーの自発性に委ねられているCCライセンスの権利処理を、権利登録データベース等を整備することで、より安定的に運用することが可能になるのではという指摘があった。

 また、上で触れた相互互換性の問題も、今後取り組まなければならない問題である。


世界におけるCC

 併せて、世界におけるCCの模様も少しご紹介しよう。

 CCの創設者であるスタンフォード大ロースクールのローレンス・レッシグ教授は、アイサミット2008の「アカデミー」講座のなかで、自身が2002年12月にCCを立ち上げた理由をこのように概括した。

 技術の民主化(誰もがコンテンツを受発信できるように情報発信技術の構造が変化したこと)と、著作権の近年の急速な拡大、というの二つの要因によって、文化の世界には最強の嵐(Perfect Storm)が吹き荒れている。その結果、著作権をさらに増強しようとする人たちと、著作権に反発する人たちの間での戦争が生じてしまった。(これは、レコード会社がP2Pユーザーを何千人規模で提訴したり、絶え間なく著作権の拡大法案が提出されている米国の状況を念頭においている。)CCは、この嵐をしずめ、技術の変化がもたらした恩恵を(適法に)試す機会を提供するため、両極端の考え方に反対してバランスのとれた考え方を主張するために誕生した、と。

 こうして米国で始まったCCは、今や47カ国で、各国の法律に準拠した形にされ、各国のCC拠点がお国柄に合わせた活動を行っている。何でも同じかもしれないが、一度産み落とされたコンセプトは、一度歩き出すと、それぞれの場所で、幾分独自の色を出しながら広がっていくもののような気がする。2008年7月現在、アジアでは、韓国が一番CCライセンスの数が多いといわれているが(世界では4位)、アジアは全般的に、より制限的な内容のライセンスが多い傾向がある、とか、その中で日本(世界8位)は、比較的欧米と同じようなオープンなライセンスの分布である、とか、とあるヨーロッパの国では音楽家によるCCライセンスの採用が多いけれども、それは、音楽家に不人気なその国の音楽著作権管理団体へのアンチテーゼなんだ、とか、いろいろな話が聞こえてくる。CCライセンスは、いわば、著作権者や利用者の声を吸い上げる、マーケット・リサーチ的な側面もあるといえるのかもしれない。ちなみに、CCライセンスの採用数でいうと、現在1位は米国、2位がスペイン、3位がイタリアである。

 少し脱線してしまったので、話をもとに戻すと、2008年4月から、CCの米国本部のCEOには、ベンチャーキャピタリストとして著名な伊藤穰一氏が就任した。伊藤氏は、アイサミット初日の基調講演の中で、CCライセンスはこれまで「アマチュア」による表現活動の可能性を大きく開いてきた一方、著作権者の側にはCCライセンスによって著作権の行使が制限され、収益確保が困難になるのではないかという懸念が未だに聞かれる、と述べた。そのうえで、コンテンツのビジネスモデルの多様性を高め、成功例を積み重ねていくことの重要性を指摘し、ひとつの事例として、米国のロックバンドNine Inch Nailsの事例を紹介した。彼らは、アルバム「Ghosts I-IV」の36曲のうち9曲をCCライセンスで公開しつつ、その「フリーな公開」で集まったファンに対して、限定版のプレミアム付きCDを$300で販売するなどの方法で、実に1億6000万円近くを1週間で稼いだというのだ。「音楽」を売るのではなく、むしろ「音楽」そのものはオープンに共有して、そこで出来あがったコミュニティに多角的なファンサービスを提供してビジネスをするという発想のひねりが成功した事例だろう。


レッシグ教授の「これから」

 余談ついでにご紹介すると、2007年のアイサミットで事実上、CCからの引退宣言をしたレッシグ教授は、現在「新しいCC (Change Congress)」に取り組んでいる。質問に答えてレッシグ教授は、米国の議会が、立法内容の良し悪しではなく、選挙資金の出所に影響されて立法しているという現状に対して挑戦している、と説明した。CCが始まったときから、折にふれてレッシグ教授と意見交換をしてきた私にとっては、一種の淋しさを禁じえないのではあるが、一方で避けられない流れだったとも思う。ご存じのとおり、米国では、非常に乱暴なまとめ方をすれば、共和党と民主党の2党が異なる利益を代弁して立法のバランスをとることが多い。ところが、著作権法については、通常「世の弱者」に味方することが多いとされる民主党が伝統的にハリウッドを票田としていることから、著作権の強化を率先して提案する姿勢をとっており、ハリウッドから票を奪いたい共和党がこれに賛同するパターンがほとんど。そのため、著作権立法については、民主党と共和党の戦いではなく、ハリウッド(とこれに賛同する議員)と有識者(学者、知の共有を使命とする図書館連盟など)との戦い、という構図となり、多くの場合、ハリウッドの勝利に終わってきた。レッシグ教授が、CCの活動を通じて、このような米国議会の構図に挑みたい気持ちを高まらせたのは、一種の必然だったのかもしれない。


広がるコモンズ化の動き

 以上が、アイサミット2008における議論の紹介であるが、最後にCC全体の新しい動きも少しご紹介しておこう。

 CCは、現在、コンテンツの対象についても幅を広げている。オープンソース・ソフトウエア運動に示唆を得て始まったCCは、その「オープン」な動きをソフトウエアからその他の著作物へ広げたが、その中心は当初、文章や音楽といった文化的なコンテンツであった。近年では、さらに、サイエンス・コモンズの動きも充実し、科学研究における基盤づくりとしての科学データ(の共有、オープン・アクセス)にCCライセンスを利用する動きも活発化している。日本でも科学分野における「コモンズ」の考え方は注目を集めており、ライフサイエンス分野でのデータベースの統合などデータベースのコモンズ化がすすめられていたり、エコ・パテント・コモンズといった、パテントのコモンズ化に日本企業が参加したりしている。

 翻ってオープンにする意味とは何かといえば、それは、オープンにされるコンテンツやデータを多数の人が多角的に利用できることによって、一人では実現できない豊かな表現や研究が可能になり、新しい時代のニーズにあった方向へ文化や科学研究を進化させることができる点にある。特に、対象となるコンテンツやデータが、その分野の基盤的な位置づけのものであればあるほど、共有することによるシナジーは大きなものになり、その技術の周りに豊かな生態系ができて、公開した人への中・長期的なメリットも大きくなるのである。サイエンス・コモンズやパテント・コモンズは、このようなメリットに着目した動きだということができるだろう。


CCと著作権の「これから」

 デジタル・ネットワーク時代にとって、どのような著作権保護のあり方が最も望ましいのかはまだ誰にもわからない。ただはっきりと言えることは、現在の著作権保護のあり方を唯一絶対のものとして捉えることなく、進化し続けていく表現・利用行為に合わせ、クリエイターやユーザーの意見を取り入れつつ、著作権そのものも共に進化していかなければならないということである。

 CCライセンスに対して現在のような大きな関心が集まっている理由のひとつは、そうした著作権の進化の「触媒」としての役割を期待されているからなのではないだろうか。アイサミット2008での成果を最大限に生かし、新しい著作権保護のあり方に関する議論を、今後も継続的に深めていくことができればと思う。


<筆者紹介>野口 祐子(のぐち ゆうこ)
森・濱田松本法律事務所 パートナー弁護士、NPO法人 クリエイティブ・コモンズ・ジャパン 常務理事
1996年東京大学法学部(公法)卒業。1998年4月弁護士登録(東京弁護士会所属)。米国Stanford Law Schoolにて修士課程(JSM)及び博士課程(JSD)修了。他に国立情報学研究所 客員准教授、文化庁著作権課「次世代ネットワーク社会における著作権制度のあり方についての調査研究会」委員、文化庁著作権課「著作物等のネットワーク流通を推進するための意思表示システムの構築に関する調査研究会」委員を兼任。主な著作・論文は『知的財産法実務シリーズ1 特許法・実用新案法』 (中央経済社  2002年 共著)、『デジタル時代の著作権制度と表現の自由(上)(下)』 (NBL 777号・778号)、『<座談会> 国際知的財産法の諸問題 ―国際裁判管轄・準拠法・特許法の国際的事案への適用―』 (L&T No.31 2006年4月号)など。その他、講演等多数。

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