【ネット時評 : 境 真良(経済産業省)】
デバイスはコンテンツを救うか――2010年、業界・政策はこう動く

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 このコラム執筆にあたり「今年のコンテンツ政策」というお題をいただきました。2009年の出来事や、関連産業の動向を振り返りつつ、2010年を展望してみたいと思います。
 

■昨年ぼっ発した「書籍戦争」が決着?

 2009年は電子書籍の年と言ってよかったでしょう。前にグーグル・ブック検索、後ろにアマゾンの電子書籍端末「キンドル」、横では国会図書館のデジタル化プロジェクトと、書籍の電子配信を巡る動きが一気に顕在化した年でした。2003年ぐらいの時期における、音楽配信の動きをほうふつとさせます。

 それにしても、グーグル・ブック検索とキンドルの動きは、出来すぎなくらいタイミングが合っていました。世界中がグーグルの「暴挙」に目を覚まされて、書籍のデジタル化を進め始めています。もちろん作ったデジタルデータはどこかで使わなければならないわけですが、そこにキンドルがやってきてビジネスへと引っ張り込む。大暴れする者と、手をさしのべる者。まるで「北風と太陽」のようだ、などと牧歌的に語っている場合ではありません。

 業界のうわさも含めてさまざまな見方がありますが、日本でも書籍のデジタル化は進むと思います。しかし、グーグル・ブック検索のように制度や裁判で一気に進むわけではなく、許諾ベースの積み重ねによることになるでしょうし、まずは新作から進めて、だんだん既存の作品に浸透していくような、ゆっくりとした動きになるでしょう。従って、ブック検索訴訟のようなスペクタクル感のあるニュースにはならないと思いますが、大手事業者の名前もある、それなりに迫力あるものにはなるでしょう。日本の書籍デジタル化の枠組みは2010年内に固まると見ています。


■「電子幼年期」の終わり

 書籍の電子化がキンドルで活気づいたのを始め、最近、デバイスが熱い。ここで「デバイス」というのは多機能ではあるけれど、プラットフォーム事業者の管理を受けて、勝手なソフトはインストールできなくなっているような「制限付きコンピュータ」のことです。今、世の注目を集めているiPhoneやアンドロイド端末も、アップルのタブレット型端末「iPad」も同じくデバイスです。昨今ブームのtwitterも、iPhoneや携帯電話からの書き込みが多いようで、その盛り上がりがよくわかります。その反面、パソコンがある意味でつまらなくなってきたと思います。Windows7商戦はあまり盛り上がらなかったという話も聞きました。そうです。おそらくユーザーはもうWindowsに関しては2世代前の「XP」と定番ソフトでかなり満足してしまっている。それがボチボチの速度で確実に動いてくれればいい、というぐらいの気持ちでユーザーはパソコンと向き合っているのです。

 もはやパソコンは、自らプログラムを作り、ハードを組むようなヘビーユーザーにしかアピールできない機械になったのかもしれません。さびしい限りですが、最近、秋葉原を見ているとそんな思いを強くします。

 しかし、これはIT/ICTがついに成熟してきたということなのだと思います。

 近年世に出てきたデバイスとパソコンの違いは、ユーザーによるソフトウエアのインストール制限の有無にあります。IT/ICTが何ものかわからないうちは制限のないパソコンが主流になり、次々と新しい機能が開発されてきました。人々が今、機能的により制限されたデバイスに移行しているということは、IT/ICTの使い方がだいたい分かってきて、むしろパソコンのマイナス面(持ち運びがしづらい、操作が煩雑、セキュリティーの問題、等々)が強く出てきたのでしょう。

 ここで、いわゆる「ムーアの法則(半導体の性能は、1年半で倍になる)」が、デバイスに有利に働くような気がします。小さなナイフを見て、これでは多くのことはできないな、と考え缶切りや栓抜きもできる十徳ナイフを買っていた人も、ナイフが素晴らしい切れ味の包丁になれば、大きくてやや不恰好になった十徳ナイフは捨てるでしょう。同じように、かつてはデバイスに不安を感じてパソコンを買っていた人も、ムーアの法則にしたがってデバイスの性能が向上すれば、面倒なパソコンを離れるかもしれません。いつも、何ものを犠牲にしても、最先端、最大限の性能のマシンを持っていたいというような人は、全体のごくごく一部でしかありません。

 結局、このパソコンからデバイスへというトレンドは戻らないわけです。


■デバイスがコンテンツ産業を救う

 このトレンドが、実はコンテンツ産業も救うことになる、と筆者は考えています。

 従来から携帯電話では有料ビジネスが成立するのに、パソコンではほとんど成立しないことは、経験則として産業界では広く認識されてきました。その傾向はiPodやiPhoneでも生きていて、そしてキンドルまでつながっていきます。

 なぜでしょうか?あくまで私見ですが、人は支払い行動においてそれと同等な何かと比較し、損得を考える動物だからだと筆者は考えています。消費者に受け入れてもらうには、同じ支払い行動でも、これまで無料だったものが有料になる、というのではなくて、以前から有料なものを以前より安く買う行為だと見せないといけない、ということです。筆者はこれを「支払いの文脈」と呼んでいます。パソコンではウェブブラウザーを通じ無料でネット上にあるコンテンツを使う、という体験が深く根付いているため、有料ビジネスをしようとするとこれが働いて、ユーザーの支払いストレスを倍増させるのではないでしょうか。

 言うまでもなく、産業活動が成立するためには、商品やサービスの対価としてお金が流れなくてはいけません。しかしパソコン、特にウェブブラウザーからは情報、サービスについて容易にお金を払ってもらえないわけです。ところが、上に紹介したようなデバイスであれば支払い行動が発生する。おまけに情報の不正な横流しや漏えいにも強い。コンテンツの価格を仮に従来のパッケージ流通版より大幅に安くしたとしても、単価あたりの取り分をそれなりに確保できれば、コンテンツ産業としては収益上問題がありません。それゆえ、利用専用機に近いデバイスへとコンテンツ産業は動いていくのです。


■政策面での注目点

 コンテンツ産業を巡る政策では、こうしたデバイスを通じたコンテンツの販売という形を次世代の基本形として位置づけて、促すことになるでしょう。

 もちろん、コンテンツ販売でなく広告費で支える形でいい、という見解もあるでしょうが、広告費の資金源は基本的にGDP(国内総生産)比で一定です。すでに広告費ビジネスが確立している分野に新たな広告モデルを持ち込んでも、単なるゼロサムゲームになるという理由で、一企業の戦略としてはさておき、産業全体の規模やGDPの拡大を目指す国の経済政策としては取り得ません。

 そういう意味では、今年はコンテンツ産業側が、新たな利用専用デバイスの出現による市場拡大の可能性を見越して、それを産業全体の利益として協力できるか、そこに出すコンテンツを準備できるかが焦点になります。ここに知的財産政策が絡む可能性があるかもしれません。現在、ACTA(模倣品・海賊版拡散防止条約)交渉の進捗を背景に、もっぱら知財の保護強化を求める声が高まっています。消費者の利便性とのバランスを考えなくてはならない国としては、保護の強化を行う必要条件として、その対象を、コンテンツ利用デバイスへの対応を含めた消費者への利用開放がなされたものに限定する可能性が強いからです。

 他方で、やや長期目線のコンテンツ産業政策としては、デジタル化トレンドが強くなる中で、収入パターンと業界構造が変わり始めることに対応し、人材の育成、活用、保持を企業レベルを超えてどう行うかが問題になるでしょう。この点では、Jリーグやプロ野球のような、スポーツ分野での取り組みが参考になるかもしれません。

 なお、これはコンテンツ分野に限ったことではありませんが、デバイス中心に業界構造が転換すると、事業者側の対応がこれまで以上に問題になってきます。例えば、消費者側での改変がやりにくくなることによって、IDやデータ、あるいは知的財産などを事業者が過度に囲い込むことは、消費者の利便性低下に直結するようになります。この視点から、IT/ICT産業全体の問題として、事業者間関係のあり方が論じられるでしょう。ちなみに、これは現在クラウドについて議論されていることでもあります(まぁ「パソコンからデバイスへ」と「クラウド化」は表裏一体なので、当たり前といえば当たり前ですが)。


■技術面での注目点

 最後に技術面ですが、筆者の関心は2つの点にしぼられています。

 1つはデータ表現形式の標準化の問題で、特に電子書籍と位置関連サービスに注目しています。中でも、電子書籍についてはマンガの表現形式の標準がどうなるかが重要で、デファクトスタンダードが民間ベースで速やかに決まるか、国がアシストする必要があるか、考えどころでしょう。それは位置関連サービスについても同じなのですが、電子書籍においてもキンドルほか複数の端末が市場に流通し、「iPad」のように新しいコンセプトのデバイスが続々登場してくるという状況では、デファクト設定者がはっきり見えない分、事業者間協議や国による制度・事業を通した誘導の必要度が大きいかもしれません。

 そして、もう1つがユーザーインタフェースの技術革新です。映画「アバター」のヒットや、国内ではCEATEC、海外ではCESといった見本市の動向から3D(三次元)への注目が高まっていますが、筆者は、そこにはあえて触れません。むしろ気になるのは、触覚関連技術です。iPhoneで飛躍的に広がった、タッチパネルを使い指で直感的に操作できるインタフェースや、現実の映像とデジタル情報を融合させる拡張現実(AR)技術で可能になる「仮想接触」など、ユーザーインタフェースの世界では「接触」が重要なキーワードになっています。「盛り上がるアイコン」や「空間キーボード」といった触覚創造技術はかなり重要度が増しています。このあたりはまだ政策的フォーカスが当たっていないところですが、今年は関心が高くなる可能性アリ、と踏んでいます。

 というわけで、いろいろ考えてみましたが、やはり今年は電子書籍、映像デバイス、位置関連サービスの3つに注目、というところでしょうか。それらの動きが明らかになる年、だと思いますし、そう期待したいと思います。今年もよろしくお願いします。
(文中に述べた意見は筆者の個人的見解です)

<筆者紹介>境 真良(さかい まさよし)
経済産業省国際戦略情報分析官(情報産業)
1968年生まれ。高校時代はゲームデザイナー、ライターとしてコンピューター分野で活動。1993年東京大学法学部卒業。同年、通商産業省(現経済産業省)入省後、資源エネルギー庁、瀋陽総領事館大連事務所勤務後、経済産業省メディアコンテンツ課課長補佐、東京国際映画祭事務局長、経済産業省商務情報政策局プラットフォーム政策室課長補佐、早稲田大学大学院国際情報通信研究科客員助教授を経て、2009年7月から現職。専門分野はコンテンツ産業理論。特にアジアにおける日本文化の波及現象については20年以上現場を追っている。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)客員研究員。

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