【地域情報化の現場から】
第25回地域に花を咲かせよう、輝きの連鎖を繋げよう
~山形県新庄市のミニFM局、FM FLOWERの挑戦~

新庄市の商店街
人通りのすくない新庄市の商店街
 山形新幹線の終着駅、山形県・新庄市。人口4万人。JR奥羽本線と陸羽東・西線が交差する「東北の十字路」のこの町に、活発なミニFM局「FM FLOWER」がある。商店主たちの心意気で、FMからインターネットラジオに発展、小都市のコミュニティの中核として健闘中だ。

「このままでは街が終わってしまう」-平成の町おこしが始まった

 新庄市は江戸中期からの祭りを受け継いできた。夏の終りに開催される「新庄まつり」は、江戸時代中期の宝暦6年(1756年)から続き、今年で251年目を迎える。前年の宝暦5年に同地域を冷害が襲った。大凶作に打ちひしがれ、飢饉に苦しむ領民を励まし、豊作を祈願するために始められたという。城下の大半が消失した幕末の戊辰戦争、第二次世界大戦により一時中断するものの、幾多の苦難を乗り越えて祭りの火を受け継いできた。

 郊外に続々と進出してくる大型ショッピングセンター、空洞化が進む商店街、加速する高齢化、活気を欠いてゆく街。「このままでは街が終わってしまう。地域に花を、輝きの連鎖を。」商店街の一角に書店を構える小関淳さん(50)が街の活性化を願って一粒の種を置いた。それが世代を超えて遊べるおもちゃ、「ラジオ」のアイデアだ。

 ミニFM放送局FM FLOWER(周波数80.5MHz)は、2002年9月、「新庄市内でFM局でもやろうか?」というインターネットの掲示板を通じた呼びかけを発端に、5人ほどの有志が集まったのがきっかけだった。その後の呼びかけで、試験放送(同年10月)を行う頃には、世代や職種を超えて20名弱のスタッフが集まった。そして、2003年1月6日、街の中心商店街・北本町の一角にミニFM放送局が開局した。翌2月には商店街の空き店舗にスタジオを開設した。「この街をもっと楽しく」をキーワードに、約30名のスタッフがFM局の運営を軸として多彩な活動を続けてきた。スタッフの年齢層は10代から60代まで、職種も会社員、主婦、学生、自営業者、公務員と幅広い。

FM FLOWERのスタジオとアンテナ
 FM FLOWERのスタジオとアンテナ(歩行者信号の上に伸びている)

 ミニFM局は、微弱な電波を利用した免許不要のFM局だ。通常のFM放送と同じ周波数帯を利用して放送するため、普通のラジオやカーラジオで受信できるが、電波が届くのはごく狭い範囲に限られる。FM FLOWERの場合、受信可能なエリアは、アンテナが立っている商店街の一角から半径数十mの範囲がせいぜいだ。受信可能エリアを広げるために市内各地にアンテナを「花」のように咲かせていきたい、そんな願いを込めて「FM FLOWER」と名付けられた。放送は、月曜日から土曜日の12時から20時まで(日曜日はお休み)。音楽番組、地域の情報番組、子育て番組、トーク番組など十数番組が放送されており、FM放送と並行して商店街のスピーカーから放送内容が流されることもある。放送する番組の多くは毎週月曜日の12時に更新している。番組の更新情報はFM FLOWERのホームページで見ることができる。


商店街に活気を取り戻そう

 ミニFM局の運営と並行して、商店街に活気を取り戻すための様々な取組みがある。

小関さん
きっかけを作った獏書房の小関さん

 2003年2月も末の雪降る夜、FM FLOWERのスタッフ、ボランティアら50名近くが集まり、商店街でプランターに花を植えた。厳冬でも花をつけるパンジーの花を、70個を超えるプランターに植栽した。不況と厳冬で冷え切った商店街に元気を取り戻したいとFM FLOWERのスタッフでもある獏書房(小関さんの経営する書店)が企画した。植栽にかかった費用は約10万円。FM FLOWERのスタッフがポケットマネーを出し合って工面したという。「『朝、目覚めたら商店街に花があればうれしい』と考え夜間にこっそり準備した」と小関さん。(※1)

 現在、商店街で営業をしている店舗は40店強。「行政も、国も、商店街も、『歯』と一緒。1本でも欠けるとダメなんです」と小関さん。2003年5月、商店街の大型店、コピア新庄店(生協)が閉店した。以来、車以外の移動手段を持たないお年寄りが生鮮食品を買い物できる機会が格段に少なくなり、街での生活が不便になった。

 生鮮食品こそ暮らしの要。「街なか暮らし応援プロジェクト」として今年の7月末から生鮮食品をメインとした「もてなし金曜市」が始まった。毎週金曜・土曜の2日間、北本町商店街全域で肉・魚・野菜などの生鮮食品を中心とした市が開かれる。中でも鮮魚部門は人気が高く、売り切れることもしばしばという。もてなし市の当日、商店街には手作りの旗が掲げられる。もちろん、事前に配布されるちらしも手作りだ。街の暮らしに無理なく受け入れられる地道な活動をモットーにプロジェクトが着々と進んでいる。

 「にこにこして暮らしているおじいちゃん、おばあちゃんを見て、僕らは安心して年を取れるんです。上の年代が輝いているのを見たら、若い世代も自然と輝いてくるはず」。小関さんはそう語る。

※1 毎日新聞 2003年2月28日より


「聞くラジオ」より「出るラジオ」

番組収録
番組収録は和気あいあいだ

 FM FLOWERは聞くだけのラジオではない。「出るラジオ」だ。「この街をもっと楽しく」を合言葉に、10代~60代の幅広い参加者が様々な番組を制作している。街の情報番組、料理番組、子育て番組、子供向けバラエティ番組、松尾芭蕉の足跡をたどる旅番組、トーク番組、どの番組も司会から参加者まで全てが地域に暮らす人々だ。ゲストあり、遠方ロケありと、収録場所は新庄市内のスタジオだけに留まらない。放送コンテンツに加えて、blogを開設して情報発信している番組もある。

田中さんと井上さん
田中さん:左(前会長)と井上さん:右(現会長)

 「僕の番組、基本的に『失敗』というものがないんです。例えば、『あ、話している途中でつっかえちゃった。失敗したなぁ』と思う人が多いでしょ。でも、それは『失敗』じゃない。自然体で繰り広げられる場面の全てが番組なんです」と田中玲さん(35)。

 「グッピー」こと田中さんと、イギリスから来た日本が大好きな学校の先生「ササマキちゃん」がパーソナリティを務めるこども向けバラエティ番組「おどる かいてんずし」の収録は、ゲストを巻き込みながら軽快なテンポで進んでいく。新庄まつりの感想、英語のクイズ、よもやま話に次回の予告、話題は尽きることなく、収録時間ぎりぎりまで次々と話題が飛び出す。

FM FLOWERのスタジオ
FM FLOWERのスタジオ

 商店街の空き店舗を借りて開設したスタジオは、通りに面した大きなガラス戸が出入り口だ。収録中にスタジオから外の様子がよく見えるが、外から中の様子もよく見える。収録中にふらりと立ち寄った人が番組に参加していくこともしばしばだ。住民参加型ミニFM局、そのドアは興味を示す人全てに開かれている。

 「みんな頑張って『何か』を表現しています。情報技術の発達により、たいしたお金をかけなくても情報を発信し、自己表現をすることで自分を変えたり、周辺の意識や着眼点を変えることができると感じています」と田中さんは日々の活動を振り返る。

 田中さんは昨年まで新庄ミニFM発起人会(通称:FM FLOWER)の会長(二代目)を務めていた。活動開始当初は、軌道に乗せるためにどうしても出費がかさむ。一代目がスタートダッシュの時代なら、二代目は収支バランスに気を使いながら活動を軌道に乗せる時代、そして三代目でさらなる飛躍を目指す。


ピンチをチャンスに、そして多くの人にラジオを

 FM FLOWERを予想外のピンチが襲った。2004年の冬から2005年初頭にかけて、「出力が高い」と総合通信局から2度にわたる警告を受けた。機材は中古の機材を安値で買いそろえたものだ。改造も施していない市販品を使った放送がなぜ違法なのか、メンバーは驚きを隠せないまま、3月始めに放送を休止し、5月にアンテナ等の機材を取り外して調査機関に送った。

 この一件でミニFMの存続が危ぶまれたが、ピンチをチャンスに変えた。それがWeb FLOWER(インターネットを使った動画配信)だ。これを機に自分達の活動を世界中に発信しようと、2003年9月12日にWeb放送を開始した。コミュニティFM化、Webでの音楽放送など、他の代替案も検討された。しかし、コミュニティFMを実施するには多額の資金が必要になり、Webで音楽放送を行うには著作権処理に対応しなければならない。そこで無理なくはじめられるインターネットを使った動画配信を行うことにした。

 新庄市の全域にブロードバンドがいきわたっているわけではない。Web FLOWERで提供される全てのコンテンツは、回線速度に合わせてブロードバンド用・ナローバンド用の2種類が用意されている。コンテンツはどれもFM FLOWERオリジナルの動画番組だ。Web放送ならではの工夫もある。視聴覚に障害を持つ方にも番組を楽しんでいただきたい。そんな思いから、手話を使った放送や、テロップでの補足などの工夫を行っている。

 放送休止期間に始めたことがもう一つある。ポッドキャスティングを利用した放送だ。インターネットを利用した音声放送「Web Radio FLOWER」がApple社のiTunes Music Storeに登録され、Web Radio FLOWERへのアクセスがより簡単になった。これでいつでもFM FLOWERが持ち歩けるようになった。

 FM FLOWERには、「読むラジオ」もある。ミニFM放送を開始した翌月(2003年2月)から「目で見る紙のラジオ」=「読むラジオ」として、ミニコミ誌を発行している。電波の届かない地域に住む人、聴覚に障害を持つ人、一人でも多くの人にラジオを楽しんでもらいたい。そんな思いから始まった。季刊誌で年4回発行。新庄市内で開催されたイベントや、スタッフのインタビュー、お薦め本や映画の紹介など、地域の様々な情報を掲載している。毎号約3,000部がFM FLOWERのスタジオを始めとする市内180箇所で無料で配布されており、2006年8月号で13号目を迎える。

 「マイクを持ってしゃべるのが苦手な人もいるでしょ。でも、ミニコミ誌の編集ならやってみたいという人もいるんです。適材適所、携わり方はその人なりのスタンスでいいんです」と小関さん。

 2005年夏、出力調査に出していた機材が調整を終えて戻ってきた。早速試験放送をしてみると、電波の届くところはアンテナからわずか半径50mの範囲(以前の約四分の一)に狭まっていた。ただでさえ小さかった放送エリアがさらに小さくなった。それでもメンバーの士気が衰えることはなかった。放送エリアは小さくなったが、「世界一小さなラジオ局」として、2006年2月6日にFM放送を再開した。


みんなで支えるみんなのラジオ

 FM FLOWERの主な財源は3つだ。ミニコミ誌の広告料、会員が納める会費、それにイベント事業収入だ。ミニコミ誌の広告枠は全部で26枠。1枠3,000円の広告料で企業広告を募集している。会員の年会費は、年会費5,000円と運営費5,000円の計10,000円。現在30人ほどの会員がいる。同じ家族から複数の会員登録が発生する場合には、二人目以降の会費を割り引く家族割も導入されている。

 イベント事業収入は、スタッフがイベントに出かけて行って稼いでくるお金だ。雪祭り、新庄まつりなど地元の祭りに出かけて行き司会を務めるものから、イベントの一部を委託されるものもあれば、スタッフが持ち寄った品をフリーマーケットに出店して売ってくるというものまで幅広い。

 「補助金はもらえれば嬉しいけれど、補助金をもらうことが目的になってしまうと本末転倒。自分達の稼いだお金で自分達の活動を支えたい。身の丈にあった活動を地道に行うのが長続きさせるコツ」と田中さん。当初ミニFMかコミュニティFMかの選択肢があった。初期投資額を比べ、持ち寄りでできる投資額のミニFMを選んだ。今の組織形態は発起人会。当初NPO法人化を目指すという案もあったのだが、今はそれに固執していないという。「NPO法人になることが目的ではない。NPOになることが活動にとってメリットをもたらすならやるけれど、NPO法人化自体が目的になることはない」という。

 毎年度末、活動報告とともに決算書が作成される。活動を開始した初年度は出費がかさんで赤字となったが、二年目以降黒字化に向けて順調に推移している。


無理ない範囲で楽しく、やり続けることで何かが変わる

 人気を博する番組も、司会者や出演者の都合により一旦お休みとなることがある。メンバーの体調不良、転勤、仕事の繁忙期、理由はそれぞれだが、続けられる範囲で無理ない活動が行われている。変則的な企画も、不定期放送も、何でもあり。コンテンツができあがれば、FM FLOWERのホームページでお知らせがある。

 前会長の田中さんは、スタッフの子供といっしょに富士山登山にチャレンジしたこともある(この様子はWeb FLOWERのコンテンツとなっており、ミニコミ誌にも掲載されている)。チャレンジすることできっと何かが変わるはず。日常の会話や思いつきから新企画がどんどん誕生していく。やり続けることで何かが変わる、その言葉をスタッフ皆で体現している。

(藤井資子=慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程)


FM FLOWERホームページ
新庄祭り!(FM FLOWERサイト内)
朝日新聞 2003年2月28日.
毎日新聞 2003年2月28日.



評価と課題

 米国では人口数千人の街にもコミュニティ・ペーパーがある。ところが、日本は戦時中の統制で、新聞は1県1紙に集約された。人口4万人の町で新聞を印刷するのは、コスト的に多分引き合わないだろう。  そうしたとき、ミニFMやインターネット・ラジオは「身の丈のメディア」として軽便だ。  新庄市のFM FLOWERの話を聞いて、解せないのは、総合通信局から「出力が高い」と警告を受けたことだ。半径50メートルなら、大声を出して届く距離だ。活動の趣旨などを見て、杓子定規でない対応ができないものだろうか。  こうした苦難があっても、インターネット・ラジオ、ポッド・キャスティング、ミニコミ誌と、まさにマルチな展開をしていて、そのしたたかさには脱帽だ。  全国の中心商店街は、どこも郊外のスーパーに客を奪われ、シャッター商店街になっている。それを回避するための人のつながり、楽しむ場としての商店街に向かって、ぜひ頑張って欲しいものだ。

(坪田知己=日経メディアラボ所長/慶応義塾大学大学院特別研究教授)

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