【地域情報化の現場から】
第27回「楽しいから、長続き」~杉並の住宅街のミニFM「ラジオぱちぱち」~

児童館に掲示された「放送中」の垂れ幕
児童館に掲示された「放送中」の垂れ幕
 東京杉並区の住宅街で、毎月第2土曜日、子供と父兄たちの楽しい声が放送されている。ミニFM局「ラジオぱちぱち」は創立して6年。費用もかけず、形式も自由。長続きの理由は「楽しい何か」をみんなで作ってきたからだ。

番組収録は和気あいあい

 とても騒がしかった食卓が、いざ番組収録になると急に静かになった。ナレーションの野田昌弘さんの本格的な声の抑揚にびっくりする。録音が進み、ベテラン声優陣の声を聴いていると、「大学の」劇団サークルの中にいるような気分になる。「大学の」と書いたのは、現場が若さに満ち溢れているからだ。いわゆるおじさん・おばさんのにおいは微塵も感じられない。彼らが東京都杉並区で5年間続けているのが、ミニFM「ラジオぱちぱち」である。

渡辺さんの自宅で行われた番組収録
渡辺さんの自宅で行われた番組収録
 西武新宿線上石神井駅で下車し、徒歩20分。善福寺池に近い住宅街の中に代表の渡辺和俊さんの家がある。そこで月に1度、第2土曜日に放送されるラジオぱちぱちの人気番組・ラジオドラマ「黄金バッド」の収録が行われていた。午後7時頃からぼつぼつとメンバーが集まる。一人一人が持ち寄りの料理をテーブルに並べる。テーブルはまるでお祝い事があるかのような豪華さだ。非常にまったりとした雰囲気で、メンバーはお互いの近況を報告し合っている。中にはメンバーの子供たちもいて、バスケットボールのワールドカップに夢中だ。大人も子どもも和気あいあいとしていて、みんな仲が良さそう。

 収録が中盤に差し掛かったころ、突然メンバーの一人がワールドカップに夢中の一人の少年に声をかける。
「おーい、何か動物の鳴き声やってくれよぉ」
「えー、何も思いつかないよ」
「あれでいいじゃねぇか、亀田興毅」
 恥ずかしそうに、でも嬉しそうに頷く少年。きっと彼の持ちネタなのだろう。「おやじのボクシングが、世界に通用することを証明できてよかった」(注;亀田が世界チャンピオンになった直後に、リング上で泣きながら発したコメント)。  一同爆笑。あれ、そもそも動物の鳴き声を求めてたんじゃなかったっけ?

 この場で求められたのは動物の鳴き声ではなくて、「楽しい何か」だったのだ。シャイな少年から「楽しい何か」を引き出そうとする狙いは、まんまと成功した。5年間続けてきた大人たちのチームワークがなせるわざだ。


出来る範囲で小さく始める

 ラジオぱちぱちは、桃井第四小学校の学童クラブの保護者が創立メンバーだ。帰りの送り迎えや年に1度の「子どもキャンプ」などで保護者同士の交流を深めた。子どもたちの小学4年の学童クラブ修了時に、「これで交流がなくなってしまうのは惜しい、交流を続ける何かがやりたい」という理由で、ラジオぱちぱちは始まった。
 機材などは持ち寄りで、立ち上げ資金はわずか3万円。5年経った今もほとんどを自己資金で運営している。

 ラジオを選んだ理由は2つ。小さな資金続けられるので、メディアとしての余計なしがらみにとらわれないこと。ラジオに関する機材を持っている人が既にいたため、小さい範囲ではあるがとにかくはじめることができるたことだ。ちなみにラジオぱちぱちというネーミングは、周波数が88.0MHzであることに由来している。

 ラジオぱちぱちの形態であるミニFMは、電波法で許可不要の微弱電波によるラジオである。ちょうど桃井第四小学校の学区内を包括できる出力。地域内のコミュニケーションツールとして、ラジオは最適なメディアというわけだ。

 ラジオぱちぱちのメンバーは、多種多様。音楽や脚本・制作、生き字引、大学教授など様々な分野でのプロ・セミプロ・アマチュアが共存している。さらに番組を提供するメンバーの中には、海外居住者もいる。「黄金バッド」収録のこの日、偶然居合わせた女性4人組や筆者も収録に巻き込まれた。

 なぜラジオぱちぱちは人を巻き込めるのだろうか?
 その秘密はラジオというメディアの軽便さだ。音質を気にしなければ、ラジオはカセットレコーダーが1台あれば番組をつくることができる。その上、ラジオぱちぱちでは参加頻度の強制がないため、自分ができることを、できるときに番組作りができる。
 もちろん、「楽しい何か」を追求するラジオぱちぱちメンバーの人の良さも、人を巻き込む要因だ。彼らが面白い活動を行っていることが口コミで広がって、あとから参加したメンバーも楽しそうに活動している。


みんなでつくる生放送

子供たちとのインタビューは素人っぽさが魅力
子供たちとのインタビューは素人っぽさが魅力
 放送は善福寺北児童館から行われ、児童館に遊びに来ている子どもたちも気軽に参加できる。この日は番組の冒頭で、女の子2人がインタビュー役を任され、周りの大人に「夏休みについて」を聞いている。いきなりの大役にたどたどしい調子でしかインタビューができない子どもたち。それを周りの大人が上手にサポートする。
「夏休みは、何をしたんですか?」
「う~ん、大人には夏休みなんて無いんだよぉ」
「ずっと家にいました」
 大人たちは、子供の目線で答えている。

 こんな調子で笑いをとりながら、話を膨らませていく。子どもたちはテレビ放送のインタビュアーのようにはいかないものの、テンポが独特で面白い。ラジオを家で聞いているリスナーは、このやり取りに新鮮さを感じるのかもしれない。

柿沼さんを囲んで、議論が続く
柿沼さんを囲んで、議論が続く
 冒頭の時間が大幅に延びて、「プロフェッサー柿沼のぱちぱちアニマルプラネット」が始まる。このコーナーは、毎月旬の話題を取り上げて自由に議論し合うもの。
 今月のテーマは食欲。「なぜ食欲は生まれるのか」から派生して、人類の食習慣や世界の食卓紹介など、話題は尽きない。生放送の20分では話が終わらず、次の収録済み音源を放送している間に、参加者はキャスターの柿沼美紀さんの周りに集まって議論の続きだ。柿沼さんが持参した世界の食卓を紹介した本の1ページ1ページに興味津々の様子。

 ラジオぱちぱちは話題だけではなく、温かい場の雰囲気をラジオの電波にのせて放送している。地域コミュニティの住民同士のつながりの希薄さが問題になっている今、ラジオから流れてくる温かい会話は多くの人に励ましを与える。ラジオは人間くさいメディアなのだ。

続く秘訣は?―「僕らが楽しむこと」

 生放送の間に、代表の渡辺和俊さんから話を聞いた。
「続ける秘訣?それは僕らが楽しむことだね。あんまり地域の責任だとか、地域のことを考えてこれをしようとは考えてないんだ」
「子どものためのラジオって言ってるのは、子どもといると楽しいからだよ。子どもって、想像もしないようなことやるでしょ?あれが面白いんだな」
 どのような番組をつくるかも、何が面白いかを検討するのではなく、個々人が面白いと思うことをやる。

 「ドクターパシリのなんでも相談室」という人気番組を担う、高宮正芳さんは言う。
「僕はたまたま興味のある対象がバラバラで、広く浅く知識を持っていた。会社では使わないことでも、こうやって発表できると嬉しいね」
 「高宮さんは、ラジオぱちぱちの生き字引だから」と傍らの人が解説する。
 ラジオぱちぱちの生き字引―高宮さんは満更でもないような笑顔を浮かべ、また談笑の輪に戻っていった。
 この日は接続ミスがあり、生放送の後半まで電波が町内に行き渡らず、放送を正確に届けることができなかった。メンバーは「これで苦情が来ないのも淋しいね」と冗談を交えつつも、やはり残念そう。それは地域に番組を発信できなかったことからくる責任感ではなく、楽しい話を提供できなかったという純粋の無念さからだった。偶然に起こったトラブルを目の当たりにしたことで、ラジオぱちぱちが「楽しい何か」を追求していることを再確認できた。

「楽しい何か」を1つずつ

 最近、地域にかかわる多くの組織が、崩壊しているという話をよく耳にする。メンバー間の不和によるフラストレーションや、理念の達成を目指しているがうまくいかないというジレンマが原因だという。どのような組織をつくり、マネジメントしていくか、ラジオぱちぱちは参考にすべきモデルだ。

 「楽しい何か」を探し、追求していくことで、ラジオぱちぱちは今年6年目を迎えた。どんな理念を持った組織も、「楽しい何か」をメンバー間で共有し、実現していくことで組織としての力を確実に養うことができるはずだ。成果という数値には表れることができないけれど、「楽しい何か」を1つずつ築いていくことは、組織の土台がしなやかな強さを身につけることにもなるはずだ。

(堀 聡太=慶応義塾大学 総合政策学部4年)


<評価と課題>   魅力は「身の丈の活動」

 ラジオぱちぱちの魅力は、「身の丈の活動」だ。子どもの学童クラブで知り合った保護者たちが、学童クラブの終了後も「交流を続ける何か」として、たまたまメンバーの一人が知識と機材を持っていたことからミニFMを開始した。続ける秘訣は、「自分たちが楽しむこと」で、地域の情報発信や責任のために、などといった気負いは一切ない。口コミで活動を知って、あるいは番組に出演したのを契機にレギュラーメンバーになった人はいるが、メンバーを拡大する「努力」はしていない。番組も「各人が面白いと思うこと」がコンテンツ。

 即ちラジオぱちぱちの活動は、まずは参加するコアメンバーが楽しむための活動だ。それがラジオという人と人とのコミュニケーションを基本とするメディアを使うことで、コアメンバーを核に、たくさんの出演者を巻き込みながら続いている。
 現在、各地に様々な地域情報化の活動があるが、これほどに「身の丈」で無理のない活動は実はそれほど多くない。今後の「地域情報化」の活動には、大がかりな仕掛け(プラットフォーム)を構築、導入していくのではなく、誰もが簡単に、自分自身が楽しみながら参加する、ラジオぱちぱちのような身の丈の活動こそが求められていくのではないか。

 他方で、「身の丈」を超える活動はなかなか進展しないという課題もある。番組のインターネット配信は、メンバー間で課題と認識されつつ、実現していない。ラジオぱちぱちが活動を開始した5年前と異なり、インターネットのブロードバンド化も飛躍的に進展し、ネットを活用した映像メディアとの組み合わせも可能となった。同じミニFMを基本とした活動でありながら、山形県新庄市のFM FLOWERは、webラジオ、動画配信を含む活動に発展させることに成功している。

 「身の丈」を維持しつつ、利用できる技術は取り入れながら、楽しさを増やしていくこと。これがラジオぱちぱちの課題であろう。

杉並住民ディレクター 代表 高橋明子)


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