【地域情報化の現場から】
第28回 手作りSNSがコミュニケーションを活性化 ~~熊本県八代市の「ごろっとやっちろ」~~

運営主体の八代市役所
運営主体の八代市役所
 熊本県第2の都市、八代市に「ごろっとやっちろ」という地域SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)がある。世界的にブームになっているSNSを地域で運営しているが、なんと、このシステムは、市職員の手作り。ここでは全国版SNSとは違った暖かなコミュニケーションの世界が生まれ、ネット上で知り合った友人とリアルな場で会うオフ会では、それまで知り合う機会の無かった市民たちの新しい繋がりが生み出されている。

 「ユーザーは人に集まってくる」と考えた

 八代市は熊本県の南部に位置し、「球磨焼酎」で知られる球磨川の河口にある人口13万8000人の田園工業都市である。いぐさの生産量は日本一。2005年8月1日に、坂本村・千丁町・鏡町・東陽村・泉村と合併をし、今の八代市となった。八代市では他の地方都市のように、大型のショッピングセンターが郊外にある。そのため、町の中心にある商店街では店を閉めている商店も多く、従来市民がコミュニケーションを行ってきた場は失われつつあった。

 そんな中、住民が活発にコミュニケーションを取れる場を作る必要性を感じた八代市企画振興部情報推進課情報推進係主任の小林隆生氏ら10名弱の市職員が、2003年4月に、現在のSNSの前身となる地域ポータルサイトを開設した。掲示板やメールやカレンダーなどの機能があり、市民がIDを取得して書き込む仕組みになっていた。機能も豊富だったので、ある程度は活用されると思われていた。しかし、開設初期がピークで、次第にアクセス数は減り、数月後には積極的に書き込みを行うアクティブメンバーは数十人にまで減ってしまった。

 「この状態では市民の活発なコミュニケーションが行えない」――そう思った小林氏はこの時期から、問題点の分析と様々な事例調査を行い始めた。そんな時、ちょうど出会ったのが開設間もないSNS“mixi(ミクシィ)”だった。人と人の繋がりを可視化するというソーシャル・ネットワーキング・サービスに興味をもった小林氏は、mixiの中でユーザたちが積極的に自分の日記を書き、様々な情報を提供しあっていることに驚いたという。それまで小林氏は、インターネット上で積極的に個人情報を公開するなんてありえないと思っていた。mixiに衝撃を受けた小林氏は、様々な角度からSNSを分析し、「ユーザーは情報に集まってくるのではなく、人に集まってくる」という仮説を立てた。

 従来のポータルサイトでは、掲示板にのみ頼る形になってしまっていた。そのため、情報を強く発信できる人が勝ってしまい、サイト全体が議論の場と化してしまうこともあった。その反面、SNSは人と人の繋がりが中心となり、その他の情報は人間自身に付随する。自分が気になる人間がそこにいれば、人は集まるのではないか。「もしやこれならいけるかもしれない」――小林氏はそう考えた。そして、ポータルサイトに友達リンク機能やアクセス履歴機能などを追加して、2004年10月に地域SNS「ごろっとやっちろ」としてリニューアルをした。その結果、SNS化以前は1日に1000アクセス程度だったのが現在では8000アクセスを越え、アクティブメンバーは以前が40名程度だったのが現在では、250~300名程度に増えた。現在の登録ユーザ数は3000人近くになったという。

 意心地の良い雰囲気作りに工夫

 地域SNS「ごろっとやっちろ」のシステムはそのほぼ全てを小林氏一人で作り上げた。小林氏は、小学校の高学年からパソコンをさわり、1999年には今のMSNメッセンジャーに匹敵するメッセージ交換ソフトを作るほどの実力者だった。システムのコンポーメントはオープンソフトを使い、サーバーは市が運用するものを間借りした。構築には日常業務の合間や仕事が終わった深夜などに残って行った。そのため、「ごろっとやっちろ」の構築には費用はほとんど発生しなかった。

開発者の小林さんは市職員
開発者の小林さんは市職員
 そんな小林氏は、SNSを作るうえで、ユーザーが居心地のよい雰囲気を作ることに努力をしたという。一般的に行政が運営するサイトには、行政に対するクレームなどが集まってきて市を突き上げるような雰囲気に陥る傾向があった。だから、できることならば行政が運営しているという色を見せないようにしたかったのだ。そのため、小林氏は「ごろっとやっちろ」の中に行政が運営していると分かるようなものは載せず、またユーザーの使用に関する制限もほとんど設けなかった。

 「ごろっとやっちろ」では、ユーザー同士の会話がとてもフランクなことに驚く。日記へ書かれるコメントには「キタ━━━━━━\(T▽T)/━━━━━━ !!!!!」などの顔文字が多用され、ユーザーが趣向を凝らした日記が書き込まれ、写真が添付される。「普通、行政が運営するサイトだったらこんなこと書けないでしょという内容でも平気でみんな書き込む」と小林氏は満足そうに言う。

 ただ、「何でも言えるよ」という雰囲気に見せている裏では、行き過ぎた書き込みなどによるトラブルを防ぐ取り組みもしっかりと行っている。それがグレーマンと呼ばれるコメントチェックシステムだ。「ごろっとやっちろ」に書き込まれるコメントは全てサイト管理者の小林氏と<しょうぐんさん>に届くようになっている。通常は届くだけで何も行うことはないが、人を中傷したり間接的に人を傷つけたりするようなコメントに対しては、書き込んだユーザーにだけ分かるように警告ができる。また、SNS内の雰囲気を守ろうとする動きはユーザーの中からも起こっている。有志のユーザーが風紀委員という形で、SNS内の雰囲気を壊すような動きを未然に注意する活動を行っている。

 小林氏の人柄と気さくな雰囲気

 今回の取材に当たって、約10名程度のユーザーに集まっていただいた。その中には、22歳の若いママさんや農業を営む感じのよい叔父さん、すでに孫が数人いる方など様々な経歴の方が集まってくれた。皆さん、待ち合わせの場所に来るやいなやお互いをハンドルネームで呼び合う。八代の強い訛りでハンドルネームを呼び合う光景はまるでお祭り騒ぎだ。

ユーザーが集まると八代弁が飛び交う
ユーザーが集まると八代弁が飛び交う
 ユーザーの一人、<fuku>さんは50歳を過ぎてからパソコンを始め、「ごろっとやっちろ」は友人の紹介を受けて始めたという。そして、「ごろっとやっちろ」を通じて地元の知り合いが増えた、とうれしそうに話してくれた。近年では郊外に大型商業施設ができたことで、昔から続く商店街などでは店を閉めるお店も多い。そのため、地元の友達を作るという機会が少ないそうだ。この八代市でも、市役所の正面の通りに広がる商店街はあまり元気が無かったように感じられた。「ごろっとやっちろ」はそのような町の人々の新たな出会いの場になっている。

 盛り上げ役である<ちびうさ>さんは、子育てママさんのサークルで「ごろっとやっちろ」を知ったという。八代の情報をいろいろ探していると言ったところ、「八代の情報なら『ごろっとやっちろ』だ」と紹介されたそうだ。<ちびうさ>さんは、mixiも使っている。mixiと「ごろっとやっちろ」の違いは、SNS内の雰囲気だという。mixiは日常の繋がりを持つことができない遠くの友人や、学生時代の友人との繋がりに使っているという。それに対して、「ごろっとやっちろ」は地元の仲間と普段からコミュニケーションをとるために使っているそうだ。実際、「ごろっとやっちろ」を使っていて一番驚くのは、ユーザーがとても活発だということ。筆者も実際に取材を終え、日記をアップしてみたが、一日もたたない内に30近くのコメントが寄せられた。多い人では、一つの日記に対して数百のもコメントがつけられることがある。

 集まったメンバーから、この人がいなかったら「ごろっとやっちろ」の盛り上がりは無かったと評されるのが<のぶりん>さんである。彼女は、SNS内の雰囲気を保とうと自主的に風紀委員になり、日々サイト内の雰囲気づくりに尽力している。彼女もmixiと「ごろっとやっちろ」を両方使っている。彼女は、「ごろっとやっちろ」ではみんなが飾ることなく自分を解放できる雰囲気があるという。mixiやgreeなどでは、若者たちが自分たちを売り込むための情報が多くて、それはそれで面白いが使っていて疲れてしまうという。

 「ごろっとやっちろ」がどうしてこれほど盛り上がっているのか――。どのユーザーも口をそろえるのは、SNSを構成するユーザーがみな気さくな雰囲気を作り出していること、そしてその雰囲気の方向性を作っている小林氏の存在が大きいということだ。あるユーザーは、「ごろっとやっちろ」のシステムを一人で作り、いろいろなメディアに取り上げられても、まったくおごらずに「ごろっとやっちろ」を本当に大切にしている小林氏の人柄にみんながついていっているという

 その小林氏は、「SNS内の雰囲気は本当にデリケートなものだ」と話す。今は上手くいっている「ごろっとやっちろ」だが、他のメディアに書かれた記事やコメントによってSNS内の雰囲気が不安定になるようなこともあったという。SNSは文字情報をベースとしてコミュニケーションを行うため、言葉遣いや文脈のちょっとした解釈の違いにより、人を傷つけることもあるという。「だからいかにユーザーが意心地がよい雰囲気を作るかが一番重要なのです」と小林氏は言う。

 地域SNSの全国ネットを目指して

 地域活性化の文脈で言えば、「ごろっとやっちろ」はまだ実験段階だと、小林氏は語る。全国の地域活性化リーダーから注目を集めているものの、まだこれといった確立した成果は出していないと自覚しているからだ。通常のSNS機能に加えて、災害時の緊急情報を流すインフラとしてのサービスを行い、地域の花火大会の際に地元のFMラジオ局と連携してSNS上でストリーミング放送を行うなどの新しい試みを行っているが、「これが本当の地域活性化かどうかはまだ分からない」と言う。

 しかし、小林氏はあまり焦ってはいない。地域活性化という大きな問題に取り組む前に、「地域の人たちが楽しく集える場を作ることが重要だ」という強い信念があるからだ。地元に住民が安心してコミュニケーションを取れる場所を作る。そこに人々が集まり、それぞれの人が持っている情報を流すようになれば、おのずと地域活性化になるのではないだろうか――小林氏はそう考えている。

 小林氏は「ごろっとやっちろ」のソフトウェアをオープンソースとして希望する人や組織に提供している。さらに、「ごろっとやっちろ」で得たノウハウを元に、他の地域と連携して地域SNS同士をネットワークで結んだ自立分散型SNSネットワークの研究を行っている。

 地域SNSの場合は少人数でシステムの管理やサイトの運営を行うので、広い地域をカバーすることはできない。また、一極集中型にしてしまうと、災害時にシステムが止まってしまい、災害時緊急連絡網としてのSNSの機能を失うというリスクを負う。そこで、小林氏は「ごろっとやっちろ」のようなシステムを地域ごとで運営し、それらを連携させることで、全国規模での地域SNSネットワーク作りたいと考えている。このネットワークが実現できれば、自分の地域から他の地域へ遊びに行くような感覚でそれぞれのSNS上の人とコミュニケーションを図ることが可能になると夢を描いている。

 小林氏の夢は「人が優しくなれるようなテクノロジーを使って、今まで世界が閉じていた人のサポートをすること」だそうだ。 Web2.0の時代といわれる現代、地域SNSはどれだけ人を幸せにできるのだろうか。「ごろっとやっちろ」の発展を見守りたい。

(村上聡=慶応義塾大学環境情報学部4年)


 評価と課題

 2006年9月14日、全国版SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)、ミクシィが東証マザーズに上場した。買いが殺到し初日は値が付かず、翌15日、公募価格を90%上回る295万円で初値をつけた。SNSは米国で1億4000万人、日本でも700万人以上が使う一般的なサービスになった。

 電子掲示板について、全国版と地域版があったように、SNSでも地域版が生まれた。そのリーダーが「ごろっとやっちろ」だ。
 SNSの面白さは、特定の人との情報交換を楽しめること。配信の相手を特定でき、受信の相手も特定できる。公開の電子掲示板やブログでは、心ない人が、誹謗中傷をしたりして、雰囲気がぶち壊しになることが起こる。そういう点では、SNSは地縁で結ばれた地域コミュニティには相性がいいとも言える。
 「ごろっとやっちろ」は、なんといっても開発・運営に当たる小林隆生氏の能力、人柄に支えられている面が大きい。ソフトをオープンソースで公開し、全国ネット化しようとしているところは面白い。
 ミクシィのような全国版と、地域SNSの全国ネットがどのような関係になっていくのか、興味深いテーマだ。

 地域コミュニティの電子化のさきがけは、岡山市の「電子町内会」だといわれている。しかし、地域SNSが始まったことで、システム的にはSNSが主力になると思われる。
 最近では、定年になって、改めてパソコンを勉強する人が多いという。団塊の世代の大量定年の後に、地域SNSで結ばれたコミュニティが、各種のボランティアな地域活動のプラットフォームになれば、とてもいいことだと思う。
 「ごろっとやっちろ」がその動きの最先端を示してくれることを期待したい。

(坪田知己=日経メディアラボ所長/慶応義塾大学大学院特別研究教授)


トラックバック

このエントリーのトラックバックURL
http://www.nikkeidigitalcore.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/151

メニュー