【地域情報化の現場から】
第30回「取材から生まれる地域の人の輪~区民レポーターが地域の情報を発信する横浜市都筑区の『つづき交流ステーション』~」

「都筑ハーベストの会」の畑で行われた芋ほり
「都筑ハーベストの会」の畑で行われた芋ほり
 港北ニュータウンを擁する横浜市都筑区のポータルサイトが住民の人気を集めている。もともと区役所のサイト運営の一部として始まった活動が、住民主体で運営する地域ポータルサイトへと生まれ変わり、現在では「区民レポーター」による独自の視点での情報発信が、住民にとって本当に価値のある情報の発信を可能にしている。インターネットを通じた地域の情報発信が、地域の人々の交流を活性化させる ―― そんな場を作るための秘訣が、都筑のポータルサイトにはあるようだ。

都筑ブランド焼酎「夢のつづき」誕生

都筑のオリジナル焼酎「夢のつづき」
都筑のオリジナル焼酎「夢のつづき」
 2007年5月27日。都筑区池辺町のサツマイモ畑で、念願の都筑ブランド焼酎「夢のつづき」の完成記念パーティーが開かれた。
 「うまい!」
 自分たちが育てた芋で作った焼酎の味は格別だ。完成した530本は即日完売。パーティーには区民ら約50人が参加した。オリジナル焼酎で喉を潤した参加者たちは、来年の焼酎づくりに向けて新しいサツマイモの苗植えを行った。

子供たちも混じって、和気あいあいの芋ほり
子供たちも混じって、和気あいあいの芋ほり
 このサツマイモは、精神障害者のための地域作業所「都筑ハーベストの会」の畑で栽培された「紅あずま」という品種のもの。甘味が多いのが特徴だ。以前からハーベストが栽培していたものに加えて、2006年に新たに焼酎用として栽培量を増やした。「夢のつづき」はこのサツマイモを原料に、以前から都筑で酒屋を営む「酒のうちの」が、鹿児島の蔵元「神酒造」に醸造を依頼して誕生したオリジナル焼酎だ。

「酒のうちの」の店主、内野敦さん(左)と奥さん(右)
 「酒のうちの」の店主、内野敦さん(左)と奥さん(右)
 酒のうちのの店主、内野敦さんは焼酎づくりを振り返り、こう話す。「神酒造さんはとても理解のある蔵元さんで、区民の人と一緒にみんなで作りたいという話をしたら、一発でOKしてくれました。これが商売ベースの話だと難しかったかもしれませんね。紅あずまは食用の芋で、一般的に焼酎用に用いられる品種とは違います。蔵元さんでも紅あずまで作ったことはなかったようなのですが、逆に、どのような味になるか楽しみにしてくれていました。できあがってみると、甘味のある、まろやかな、女性でも飲みやすい焼酎に仕上がりました」。

芋株券
芋株券
 この焼酎用のサツマイモ栽培には都筑区の住民が出資者として参加した。一株3000円で「芋株券」を購入し、配当として出来上がった焼酎を2本受け取るというユニークな仕組みだ。また、単に出資するだけでなく、苗付け、草取り、つる起こし、収穫など、芋の成長の段階ごとに定期的にハーベストの畑で行われるイベントがあり、自分で芋の栽培にも参加することができる。都会の住民にとっては土いじりができる貴重な機会ということもあり、親子連れで参加する住民が多かったという。

「都筑ハーベストの会」の鈴木智志さん
「都筑ハーベストの会」の鈴木智志さん
 ハーベストのスタッフ、鈴木智志さんは、「このようなイベントをやったのは初めてなので、いままで関わったことのない住民の方が参加してくれたのがよかったです。若いファミリーの方も多かったですね。普段10人くらいで畑作業をやっているところに、50人とか来てくださって…盛り上がりました」と話す。

 横浜に程近いニュータウンの小さな畑から生まれたオリジナル焼酎。福祉施設と酒屋、普段は接点の少ない主体が一緒に焼酎をつくることになったきっかけは何だったのだろうか。

地域のポータルサイト「つづき交流ステーション」

 実は、「夢のつづき」誕生のきっかけとなったのは、地域の情報ポータルサイトを運営する「つづき交流ステーション(交ステ)」という区民団体の存在だ。交ステでは、地元の魅力を発見し、インターネット上で様々な情報を公開している。区民の手で運営され、住民視点での情報発信を目指した活動が行われている。その中の活動の一つとして行われていた「地域ブランド研究会」の中で、今回の、焼酎をつくろうという「紅あずまプロジェクト」が企画された。

 横浜市都筑区は1994年11月に港北区と緑区を再編成して誕生した街だ。ニュータウンとしての開発が進み、新しい人たちが住み始める活気のある一方で、地元らしさが感じにくい場所でもあった。そこで、都筑ならではの名物を発見して多くの人に知ってもらおうと、交ステが立ち上げたのが「地域ブランド研究会」だった。交ステのメンバーは、住民に直接インタビューなどをしながら、地元の特色のあるものを見つけてはホームページ上で紹介していった。「都筑はまだ新しい街。転入者も多い街なので、地元のことを知らない人が多い。だから、地元らしい何かを探してみようと思った。」と、交ステ代表の岩室晶子さんは語る。

「つづき交流ステーション」代表、岩室晶子さん
「つづき交流ステーション」代表、岩室晶子さん
 プロのミュージシャンとして活動中の岩室さんは、新しいイベントを企画するのが大の得意。そんな岩室さんがある日、インタビューを通じて都筑ハーベストの会で紅あずまを栽培していることを知る。ハーベストのような福祉施設は地域社会との隔たりがあることが多いということを知った岩室さんは、「このサツマイモで何かできないか?」と考えた末、オリジナルの芋焼酎をつくることをひらめいたという。

 岩室さんは早速「紅あずまプロジェクト」のアイデアを実行に移した。以前から、地域の祭りなどで交流のあった酒屋の内野さんに話を持ちかけたとこから、実際にプロジェクトがスタートすることになったのだ。初めは半信半疑で軽く返事をしていたハーベストの鈴木さんも、「いつの間にか本当にやることになっていて驚いた」という。

 初めはポータルサイトの運営のために行っていたインタビュー活動が、地域住民同士のネットワークを生み出し、地域ブランド焼酎の誕生へと結びついたのだった。

住民が自ら情報発信する「区民レポーター制度」

 交ステは2004年10月に発足。役員6人を含むコアメンバー16人、区民レポーターと呼ばれるコンテンツの作成者15人から構成されている。基本的にサイトの運営メンバーはボランティア。2007年3月までの2年半の間は区役所からの補助金で運営していたが、2007年4月からは、自主財源を開拓し、経済的に行政から自立したサイトとして運営している。財源としては、主にホームページ制作の委託を行っているほか、区内の情報をもっている団体として、冊子作成、講演等のさまざまな依頼がある。資金は、そのうちの3割をサイト制作費として確保し、残りは交通費やミーティングなどに充てている。

 交ステは、取材を通じた地元の人との直接的な交流が活発であることが特徴だ。それを実現している仕組みが「区民レポーター」というボランティアの存在だ。交ステでは一般の区民がレポーターとして活動に参加できるようになっている。区民レポーターたちは自分の興味に応じて地元の企業や家庭などを取材し、サイト上で紹介していく。時には、レポーター自ら新たなコンテンツを作ることもある。地元民ならではの視点から情報発信することで、他の住民にとっても本当に面白いサイトができているというわけだ。このようにしてつくられたコンテンツには、「都筑ブランド」のほかにも、「地域活動紹介」、「地域の企業訪問」、「つづきヘッドライン」、「フレーフレー都筑の若者たち」、「都筑の風景」など、地元の空気が感じられるものが並ぶ。

 区民レポーターとして参加している人は20代から70代までと幅広い。ボランティアであるため交ステへの関わり方は自由。積極的に取材活動に参加する人から年に数回レポーター活動をする人まで、関わり方は人それぞれだ。「やりたいことをやるからこそ面白いものができる」と岩室さんは強調する。また、区民レポーターとして関わった人自身が“都筑通”になっていくことで、地元を愛する人が増えていくのがいいのだという。

区民レポーターとして交ステに参加している大森美保さん
区民レポーターとして交ステに参加している大森美保さん
 「たまたま区の広報で交流ステーションのボランティアの募集見つけたのがきっかけでした。」というのは、仕事の合間に、区民レポーター活動や活動資金調達のための冊子作成に関わっている大森美保さんだ。交流ステーションのなかでは、「となりの晩ごはん」という記事の制作を担当している。その名の通り、各家庭で晩ごはんを紹介してもらい、それを記事にしている。「最近では外国から来ている方のうちにお邪魔することが多いですね。都筑はたとえばドイツなどから来ている人も結構多いんです。そういった人との関わりも面白いですね。お邪魔した家がすごく綺麗だったり、中にはお土産までくださる人もいたりして」。この企画を続けている理由を聞くと、「新しい料理が食べたい…ということですね」と大森さんは笑いながら言った。

 また、区民レポーターが、自分の強みを生かしてイベントなどを企画することもある。韓国にいた経験のあるメンバーが、料理講習会でキムチの作り方を教えたりしたことや、地域のフリーペーパー制作会社で編集長をしていた人が講師となって、取材の方法などをレクチャーしたこともあった。

 やりたい人が自由に参加できる区民レポーター制度では、自ら参加することで、いままで知らなかった人との交流が増えたり、自分の強みを生かして活躍したりすることができる。そのことが面白さとなりボランティアの参加を促しているようだ。

 住民視点でつくられたコンテンツは、行政が一方的に発信する地域ポータルサイトと比べて、他の住民にとっても興味深いものになる。するとサイトを目にした人が興味をもち、自ら活動へと参加するようになる。そうして新たな人のつながりが生まれることがきっかけとなって、また新しい活動が生み出される。都筑のポータルサイトではこうして、インターネットでの情報発信をひとつのきっかけとして、活発なオフライン活動が促進されている。

始まりは区役所のサイト

 現在は区民団体として活発に情報発信を行っている交ステだが、その始まりは区役所のホームページだった。

区役所に勤務する米満東一郎さん
区役所に勤務する米満東一郎さん
 2001年の暮れ。都筑区役所区政推進課に勤務する米満東一郎さんに、上司から区役所のホームページリニューアルプロジェクトの声がかかった。米満さんは話を引き受け、早速リニューアルに取り掛かった。都筑区は新しく、転入者も多い街だ。「引っ越してきた人々が都筑区のホームページを見たときに、都筑区のことを十分に理解できるようであってほしい。そして、できることならそのページを見た人が都筑区の魅力を一気に知ることができて、都筑区を好きになってしまうようなページ、そんなページが欲しい。」と米満さんは考えていた。そのようなページを実現するために米満さんが思いついたのが、区民ボランティアの公募によるページの作成だった。行政のページを市民がつくるというのは、当時としては前例の無い試みだったが、「地元のことは区民のほうがよく知っている」と確信していた米満さんは、この区民手作りホームページ構想の企画を提出。上司には意外にもすんなりと了承され、ボランティアの公募を行うことになった。このときに選ばれた区民ボランティアは15名。その中に現在の交ステ代表の岩室さんもいた。

 この時期はまだ一般にホームページを作っている人はそれほど多くなかった。当然、集まったボランティアも初心者ばかり。年に2回程度更新があれば十分と高をくくっていた米満さんだが、その予想はあっさり裏切られる。いざ初回のミーティングで説明をすると、区民ボランティアからは「3回以上更新してはいけないんですか?」との質問が飛ぶ始末。米満さんは集まった区民の予想以上の気迫に圧倒されたが、期待以上の反応に大きな安堵感と手ごたえを感じていた。そして、初回のミーティングからわずか約2ヵ月後の2002年9月1日、「“都筑の魅力”探検隊」のページが完成した。公開されたサイトは区民からも好評で、その後もボランティアの活発な活動で次々と都筑の魅力が紹介されていった。

 だが、初めから全て順風満帆というわけではなかった。やる気のある区民ボランティアからすると、区役所の対応の遅さや、行政ゆえの様々な制約がストレスになることがあった。時には、役所に対してあからさまに不快感を示すメンバーもいた。これは米満さんにとってはつらいことであった。しかし、行政側の状況を丁寧に伝えるとともにトラブルがあればすぐにフォローをするなどの努力を続けることで、少しずつ和やかに話ができるようになっていった。「こちらがやっていることは基本的に同じでも、前提となる信頼感のあるなしで、受け取られ方は全く変わってくる。信頼関係がいかに大切かということです。」と米満さんは語る。

「つづき交流ステーション」のウェブサイト
「つづき交流ステーション」のウェブサイト
 紆余曲折ありながらも、その後も精力的に新しいコンテンツを発信し続ける「探検隊」に、次第に外部からも注目が集まるようになった。2003年5月には、長野県で開催された総務省の「新世代情報通信フェア」に米満さんと岩室さんがゲストスピーカーとして呼ばれ、「長野に市民手作りホームページを」という内容のプレゼンテーションを行った。その後も、宮城県気仙沼市でのシンポジウムに呼ばれるなど、他の地域のモデルとされるようにもなっていった。

 ところがそんな折、「”都筑の魅力”探検隊」に転機が訪れる。米満さんが異動することになったのだ。これまで区役所の中で「探検隊」のプロジェクトの中心となって引っ張ってきた米満さんの異動は、事実上このプロジェクトの継続が困難になることを意味していた。今後の運営をどうするべきか?区役所のスタッフと区民ボランティアとの間で相談を重ねた結果、区民が自主的に運営する体制に移行することに決まり、2004年10月、現在の「つづき交流ステーション」として生まれ変わった。

行政からの独立が理想の公共サービスを生んだ

 区から独立したホームページになったことは、後ろ盾を失った半面、メリットも大きかった。区の公式サイトとして運営していたことには、周囲の信頼を得やすいといった強みがあった。だがその一方で、区民に対する公平性などの観点から、区民ボランティアが本当に発信したい情報が発信できないといった事態も度々起きていた。例えば、地元の企業や農家にインタビューした記事を載せたくても、区の公式サイトでは公平性と言う観点から、特定の企業や農家の宣伝になるような内容を載せることは難しい。これではせっかく取材を行っても、本当に面白いと思うコンテンツをつくれない。それが、独立した区民団体となったことで自由になった。

 また、これは区にとっても喜ばしい結果につながった。交ステの区民レポーターに取材を行ってもらうことで、地域の人が本当に望んでいるような情報発信が区民自身の手で行われている。「紅あずまプロジェクト」のようなオフラインの活動も活発になり、区役所が「今後は人の輪をつなげるページにしていきたい」と考えていた目標も見事に達成されつつある。いまでは、行政との仕事の経験や、区民レポーターによる独自の視点での取材が強みとなって、交ステに仕事の依頼が舞い込むこともある。住民から、本来なら区に寄せられるような問い合わせが、交ステに届くこともあるという。

 意外なことに、行政から独立した組織となることで、逆に、理想的な公共サービスが実現されることになったのだった。

さらなる夢に向けて

 地域のポータルサイト運営という、住民が活躍できる場の存在がきっかけとなって、住民同士の新たなつながりが生じる。そこで住民がボランタリーな活動を行うことによって、結果的に住民自身の手で新たな公共サービスが行われる。これが、都筑で成功している住民活動のモデルだ。

 順調に活動を続けている交ステだが、これまでには多くの課題を乗り越えてきた。「ボランティア組織の運営、コンテンツのマネージメント、そして活動資金の調達、どれをとっても本当に難しい課題だったと思いますが、岩室さんたちはそれらをすべてやりとげて現在に至っています。大げさに聞こえるかもしれませんが、これは一つの奇跡です」と語るのは米満さん。交ステの運営には、区民レポーター制度ならではの難しさもある。その最たるものが責任の問題だ。時にはレポートに熱が入るあまり、行き過ぎた取材をしてしまい、その後の取材を断られてしまったこともある。区民レポーターは給料をもらっているわけではないので、取材に対する責任を強要することはできない。だが、交ステの活動は地域住民との信頼関係の上に成り立っているというのも事実。区民レポーター制度の運営には、やる気とモラルとのバランスを保つことが必要だ。

 さらに、経済的にも行政から独立した交ステには、今後考えていかなければならない課題も多い。経済的な独立といっても、単なる営利目的の活動に向かってしまっては、交ステの魅力が失われてしまうだろう。今後、新たな活動を継続して実現していくためには、「芋株券」のように、地域住民に喜ばれるサービスを提供することで採算の取れる、創造的な解決の仕組みを考え出してくことがますます重要になるだろう。

 また、いかにして交ステの知名度を高めていくかということも今後の大きな課題だ。都筑区民の中には交ステ存在を知らない人もまだまだ多い。最近では、新メンバーの参加が少なく、活動が広がっていっていないのが現状だという。交ステでは、新しいメンバーの参加が新たなコンテンツの種となり、活動の活性化につながっていく。価値ある情報を発信し続け、新しい地域活動を生み出していくためにも、活動の輪を地域に広げていくことが必要になってくる。

 しかし、目の前にこのような課題を抱えながらも、参加者がやりたいことをやっているからいいものができるのだという岩室さんの信念は揺るがない。「今度はオリジナル焼酎を使ったカクテルを開発したい。都筑は子どもも多い地域だから、親子で飲めるカクテルとかいいのではないか…。それを地元のバーで出したら、お店も儲かるかもしれない。」と、都筑のことを考え始めると新しいアイデアが次々と生まれてくる。

 今後、「つづき交流ステーション」からどのような活動が生まれてくるのか。果てしない夢の続きが楽しみだ。

(千葉力生=慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程)


評価と課題:新住民に「つながり」を提供

 戦後、地方から都市への大規模な人口の流入で、大都市近郊に、大規模なニュータウンが建設された。港北ニュータウンも、飛鳥田一雄市長時代(1963-77年)に横浜市の6大事業の一つとして計画され、計画人口は30万人と、全国有数の大規模開発だった。

 こうしたニュータウンには、全国各地の出身者が集まる。古くからの地縁共同体は無いので、新住民たちは手探りで近所づきあいを始める。子供がいれば、保育園、幼稚園、小学校などのPTA活動で親しくなるが、年代が違うと、なかなか知り合いにはなれない。

 そうした状況の中で、「つながりの構築」の手段として期待されるのがボランティア活動だ。「つづき交流ステーション」は、単なるボランティア活動ではなく、地域ポータルサイトでの情報発信を目的とした点で、効果の大きいモデルだといえる。

 つづき交流ステーションの歴史で興味深いのは、発端が区役所職員がボランティアを公募したという話。そして3年後にその職員が異動したことで、区民が自主的に運営する形に変わったという点だ。

 地域情報化の事例の中で、行政の職員が、活動に上手に寄り添っている事例がある。つづき交流ステーションもそうした事例の一つだ。問題は公務員は「異動」があるということだ。つづき交流ステーションの場合は職員が産婆役を果たし、異動したことで、自立につながった。理想的なパターンだと言えよう。

 もうひとつ指摘したいのは、「テーマの創出」だ。人が協働する場合、どういうテーマの下で協働するかが重要だ。「となりの晩ごはん」というのは、出身が多岐にわたる町らしいユニークな発想だ。食べ物という身近なテーマというのもいい。焼酎を作って、地域ブランドに育てるというのも、面白い。一緒に汗をかいて、何かを成し遂げるというのは、連帯感を育てるのには最適だ。

 つづき交流ステーションは、ポータルサイトで出発したが、最近はこの種の動きは、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)やブログで行われている。しかし、協働を生み出すためのイベントの作り方などで、つづき交流ステーションから学ぶものは多い。ただ、大事なことは「仲良くなる」ということで終わりではなく、地域を持続的に発展させるためのエンジンになっていくということではないだろうか。今後の「つづき交流ステーション」に期待したい。

(坪田知己=慶応義塾大学大学院教授/日経メディアラボ所長)

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2008-1-14 14:15

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