【地域情報化の現場から】
第34回「『私おこし』をテーマに地域人財の育成へ~高知のはちきんが支えるアウトソーシング」

業務のスリム化に取り組んでいる高知県庁

 東西約300キロ。太平洋に面する高知県は、過疎と地域経済の縮小に悩む。女性中心のNPOとさはちきんねっとのテーマは「私おこし」。地域を活性化するには自分から変わらねばならない。高知県が実施した地域版アウトソーシングは、はちきんねっとの側面支援が生んだ興味深い成功例だ。

2008年12月に開かれたはちきんねっとの懇親会

8周年でセミナーとパーティー

 2008年12月19日の夕方。高知市の中心街の一角にそびえる高知市文化プラザかるぽーと1階のレストラン「タンドル・ターブル」で、NPO法人「とさはちきんねっと」の8周年のセミナーとパーティーが開かれた。
 事務局長の坂本真由美さんの「とさはちきんねっと8年の歩み」では、過去に行った研修会やイベントの写真が映し出され、「わー、若かったんだ」という声も。
 パーティーでは、参加者がそれぞれ、自分の取り組みを紹介した。県の西端にある大月町から来た町田南州男さんは、「生物学者牧野富太郎の歩いた道を歩くイベントをやりました。来年4月には牧野博士が見つけた月光桜の下でコンサートをやって、大月の魅力をアピールします」。
 奈半利町のグループは「特産品がないので、それを作って、奈半利に人を集めたい」と決意表明。
 香南市赤岡町の美術館「絵金蔵」で働く安藤恭子さんは、「幕末の天才絵師・絵金の番組がNHKで放映されます」と報告した。

出産休暇で情報不足に気づく

 とさはちきんねっとは、2000年10月に産声を上げた。言い出しっぺは、川村晶子さん。
 川村さんは、1989年に高知大学を卒業して富士通のシステム子会社に入社。流通系のシステムエンジニアとして働いた。1997年に出産で5ヵ月の休暇を取った。その間にインターネットを使っていて、地元・高知の子育てや生活、仕事についての情報が全くといっていいほどないのに驚いた。
 情報インフラ整備に熱心な高知県なのに、肝心の情報がない。「何のための情報化であろうか」と考え込んだという。約2年、友人たちを誘い、2000年10月にホームページを立ち上げて、生活情報などの発信を始めた。
 「はちきん」とは、高知の元気いっぱいの女性を指す土佐弁だ。
 川村さんが2001年4月からNHK高知のテレビ番組に1年間出演し、そこで活動を紹介したことや、地元紙に取り上げられたこともあって知名度が上がり、会員は200名ほどになった。最初は具体的な活動目標を決めず、集まった人たちが、それぞれのペースで自分達がやりたいことを、やれる範囲で形にすることを念頭において活動を続けた。その結果、2001年、はちきんねっとの中核活動としてSOHO支援のコミュニティが形成された。
 ちょうどその頃、高知県がSOHO人材研修事業を始めた。はちきんねっとは、この研修を受けた人が、その後起業するまでの受け皿としての役割も担うことになる。さらに、メンバーが会費500円でお互いに学び教え合うOneCoin講座を始めた。パソコン講座だけでなくビーズ、和紙の製作など幅広いテーマを取り上げた。
 はちきんねっとが提唱するのは「私おこし」だ。パンフレットには次のように書かれている。

  「合言葉は“私おこし”」
地域おこし、町おこしの前に、個人のアイデンティティが確立されなければ、継続的に自立した活動は行えません。
『私』一人の力では実現不可能なことを持ち寄り、仲間を見つけて共に実現。
インターネットがなければ生まれなかった「はちきんねっと」の“電縁”を生かし、自己実現していくことが、地域の元気につながると私たちは考えています。
業務改革推進室のメンバー

地域活性化のためのアウトソーシングへ

 川村さんは、2004年、高知県の橋本大二郎前知事がパーソナリティを務めていたラジオ番組に出演、それが縁で、橋本前知事から県の業務改革推進室アウトソーシング推進の外部委員に招かれた。2004年に4期目に入った橋本前知事は、「2004年~2008年4月までに知事部局の業務30パーセント(人役として27パーセント)をアウトソーシングする」という方針を掲げていた。その仕事に巻き込まれたのだった。

 川村さんは、アウトソーシングの受け皿作りの分科会座長に選ばれ、職員や民間の協力者と一緒に地域版アウトソーシングの構想を描いた。その時考えたのは、単に県の仕事をアウトソーシングするのではなく、それが県民の参画、地域の活性化につながらなければ駄目だということだった。また、どこにいても、誰でもが受けられるという公平性や公共性にも配慮した。それには、ITを活用したテレワークという働き方が必須であると考えた。

川村晶子さん

 しかし、地域には受け皿を形成するためのリーダーすらいないところが多く、パソコンやインターネットの普及も十分ではなかった。仕事を出すのが先か、人を育てるのが先かで、卵と鶏の机上論が続いた。しかし、こういった改革は、行動して理解者を増やすしかない。そう考えた受け皿作り分科会のメンバーは、とりあえず、切り出しやすく、取り掛かりやすい仕事を準備した。アウトソーシング外部委員のメンバーからも、「そんなことをしても意味が無い。」と意見された中での船出だった。
 まずは、県庁内の各会議のテープ起しを出すことにした。また、受け皿作り分科会の委員の一人、黒潮町役場の畦地和也さんは、県のアウトソーシングに先駆けて、黒潮町議会のテープ起こしを地元のNPOにアウトソースすることに決めた。これまでは職員がやっていたが、これは訓練すれば出来る仕事だ。
  2005年8月からゲリラ的にテープ起しなどテレワーク発注が可能な業務のアウトソーシングを始めた。参加可能な地域の団体やグループを探して、テープやデータなどを送り、成果品をインターネットで送り返してもらうというもの。

 やってみると、意外な効果があることがわかった。テープおこしの仕事を請けたワーカーは、議員の発言を一言一言文字に落とす過程で、「あれ、私の住む町の財政状況はこんな風になっているんだ」「この言葉の意味は?」「議員さんはこう言っているけれど、私はこの意見に反対だな」といった問題意識・疑問を持つ。このようにして行政に関心が高まるワーカーや、地域への愛着を持つワーカーが増える。言わば「育成型アウトソーシング」だ。
 議員たちの発言を理解しようと、作業者が新聞をよく読むようになり、今までは読むこともなかった議会便りをファイルして保存すようになった。川村さんはワーカーが「学び、考え、情報を取りにいくことで、どんどん意識変革が起きている」と感じた。
 ワーカーたちも、「(議会の)この先が心配で、この仕事をやり続けたい」と希望していた。
 多くの「改革」には反対の声があるように、この「改革」にも反対の声は少なからずあった。「県庁のスリム化」というメリットは、コインを裏返してみると、以下二つのデメリットとも考えられるからだ。

  1. 県庁側の仕事が少なくなる可能性がある。
  2. 初期は教育コストが多くかかり、かえって費用が増大する可能性がある。

 このような“リスク”があってもなお、高知県のアウトソーシングが実行されたのは、「【1.仕事の減少 2.教育コストの増大というデメリット】よりも、【ワーカーが仕事を通して地域に愛着を持ち、真の地域活性化になるメリット】のほうが高い。」と、広く・長い目で信じた人の力が大きかったからだろう。
 「個々の利益よりも全体の利益を、そして持続可能な地域発展を」、一般的によく言われる言葉であるが、この言葉の真の形を、まさに肌で感じることの出来る空気が、ここ高知にはあった。
 地域版アウトソーシングは、2006年度は総額約200万円で、一件当たり2-20万円、2007年度は900万円、2008年度も900万円。参加したワーカーは2007年度に71人で、うち新規参加の人が24人だった。額は大きくないが、波及効果は大きいと認められている。

受け皿を作ったはちきんねっと

業務改革推進室主任の大石佳代さん

 発注にはエージェントという人が介在する。そこに、はちきんねっとの活動が貢献した。
 2001年から2003年まで、県のSOHO人材育成事業を受注してワードやエクセルの操作、テープ起こしの講習を行い230人を育成したが、この人たちの中からエージェントになる人が出てきたのだ。
 はちきんねっとの田村貴子さんもエージェントの一人。田村さんは2児の母。はちきんねっとの講習を受けて、メルマガスタッフとして活動に参加するようになった。

はちきんねっとの田村貴子さん

 田村さんは、四万十町、黒潮町、津野町など、高知市からかなり遠い地域に住む主婦たち10人のまとめ役。彼女らに仕事を渡し、メールで送られてきた文章を構成担当の2人に回して修正を入れ、完成品として県に納品する。
 川村さんの同志である行政管理課主任の大石佳代さんは、「例えば、改革やチャレンジにやる気のある個人が高知県に点々と存在している。それは言わば“点”です。はじめは点。点が線になってネットワークに、ネットワークが面になって組織になる。それには、点をつなぎ、まとめていく地域リーダーの力が必要です」と言う。 組織を作る過程に大変な苦労があり、今も現在進行形の苦労を重ねているからこそ、今の組織があるのだ。
 とさはちきんねっとに出会って自分が変わったという田村さんは、「点が線になることにより視点が変わり、見え方が変わった。そして線が面になることにより視点が変わり、見え方が変わった」と語る。立場や見え方の変化を楽しむ人が組織のリーダーとして牽引した組織は、やはり「力強い組織」だった。
 地域版アウトソーシングは、単に仕事の外注ではなく、はちきんねっとという組織が支えているから成功したといえる。大石さんは「いろいろな組織、人の支援があってこそ、地域人材を育成するプラットフォームを創りあげることができます」と言い切る。
「仕掛け人」の川村晶子さんは、「起業した方が(都市部へ)出て行くと今までと同じなんですよね。受身ではなく、自分達が地域を変えて、次の世代に繋いでいかねばならないという問題意識。これによって地域の『自主自立』が達成される。結果的に高知県の発展につながる。」と狙いを語っている。

「“ガシッ”と手をつないでくれる人がいる」

 川村さんは、現在も富士通に籍を置きながら、高知県庁に出向して職員と一緒に地域を活性化するための仕事に従事している。
「地方は過疎化、高齢化が進み、どんどん寂れていく。それでも、人と人が繋がって、知恵を出し、汗をかけば、何とかなる。そういう実例をひとつひとつ作っていくしかない。
はちきんねっとも、いろんな方々の日々の努力が積み重なって8年の歩みになりました。」という。
 川村さんは、富山県で始まったインターネット市民塾のグループと出会い、高知県で市民塾のノウハウに学んで「くろしお学校」を立ち上げた。また2008年には、富山、和歌山、徳島などの市民塾リーダーたちとNPO法人「地域学習プラットフォーム研究会」を立ち上げ、副理事長として活躍している。
 川村さんは、はちきんねっとを始めたころを振り返って、「みんなが手をつないでくれる人ばかりじゃなく、手を叩かれたり、見向きもされなかったりということもありました。でも、そんな中でも“ガシッ”と確実に手をつないでくれる人がいるんです。『そうしたい』と強く思ってアピールすれば、必ず“ガシッ”と手をつないでくれる人がいます」という。
 市民塾のネットワークと繋がることで、高知の元気を全国の仲間と共有して、大きな広がりに発展しつつある。点からネットワークへ、ネットワークから組織へ、着実に発展し続けている。

(慶應義塾大学 総合政策学部2年 今川美里)
(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特別研究教授 坪田知己)

<参考>
とさはちきんねっと http://tosa8kin.cside.to/
Kochiくろしお学校 http://www.kochi-kuroshiogakko.com/


評価と課題

 高知県が始めた地域版アウトソーシングは、行政のスリム化と地域の活性化を両立させたプロジェクトとして高く評価されている。
 これが、成功した理由は、あきらかに川村晶子さんというアクティブな女性と、彼女がリーダーであるとさはちきんねっとのコアメンバーが、受け皿づくりを支援したことにある。見事な官民協調といえよう。
 川村さんを発見して、県庁に招いた橋本大二郎前知事のセンスも評価すべきだろう。
 この事例で、なにより大事なことは、ワーカーが単に仕事をもらうだけではなくて、仕事を通じて地域の問題に気づき、考えるようになったということだろう。
 こうした啓発が広がることで、行政が双方向になり、あらたな動きが生まれるかもしれない。
 もうひとつ、この事例で見逃せないのは、中央と地方に人財の格差はないということだ。地域の問題を真剣に考え、活動する人たち、その予備軍は地方にもたくさんいる。問題は、その人たちが孤立し、能力が顕在化しないことだ。川村さんが「必ず“ガシッ”と手をつないでくれる人がいます」というのは、ネットワーカーならではの確信だ。そうした「縁結び」をさまざまな角度から仕掛けていくことが大事だと思う。

(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特別研究教授 坪田知己)

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