【地域情報化の現場から】
第35回「『地域貢献』を掲げるケーブルテレビ~鳥取県米子市の中海テレビ放送」

中海テレビ放送の本社

 伯耆富士・大山を仰ぎ見る鳥取県米子市。周辺の2市4町1村をカバーする中海テレビ放送は、2009年11月で開局20年。地域密着のユニークな放送局として、地域メディアのモデルを提示している。

国道の死亡事故をゼロに

 2008年10月16日。米子市福市地区の五千石公民館で、中海テレビ放送の高橋孝之専務は「こんな嬉しいことはない」と感涙にむせんでいた。
この日、地区の自治会から中海テレビ放送に、「交通死亡事故撲滅に貢献していただいた」という感謝状が贈られた。それは高橋専務が、創立以来目指していたことの具現化だったからだ。
 中海テレビ放送の上田和泉記者は1999年に入社し、地域の事件や事故、行政などの取材をして来た。その上田記者は2002年に、「これはちょっとおかしい」と気付いた。
 交通死亡事故が起きると、警察はでその原因を解明して、続発しないように対策を考え、現地で住民を集めて「検討会」を開く。米子市福市の国道181号線での検討会を取材して、「どうしてここでの検討会ばかりがあるのだろう」と感じた。

国道181号線では、5年簡易4キロの区間で11人が死亡した
 調べてみると、1997年から2001年の5年間に、わずか4キロの区間で11人が亡くなっていた。しかもそのうち7人は、わずか700メートルの区間での死者だった。

 地元の自治会や警察を取材してみると原因はすぐにわかった。この国道は、かつては片側1車線でスピードは出しにくい道路だった。渋滞を緩和するため、1996年に拡幅が行われて、片側2車線で一直線。ついスピードを出したくなる道路に変わった。しかも24時間に1万8000台が通る幹線になった。
 信号を増やせばまた渋滞が起きる。分離帯を作れば町が分断される。そこで、信号も分離帯もないことがわかった。道路を管理する鳥取県は交通安全対策として地下道を作ってはいるが、利用者はほとんど居ない状態だった。
 事故多発にたまりかね、2002年7月には地元に対策協議会が作られ、照明灯20基、横断歩道1カ所、信号機2基の設置要望がまとまった。そして2003年の初めに18基の照明灯が設置され、3月末には横断歩道や信号機も設置された。
 これ以降、約6年になるが、まだ1件の交通死亡事故もない。
米子市福市の国道181号線(中海テレビのニュースから)
 取材でしばしば現地を訪れた上田さんは、「地元の恥だから、ニュースにしないで欲しい」といわれたこともある。しかし、「親しいおじいちゃんやおばあちゃんが亡くなるのはかわいそう」と、通い続けた。
 もちろん、地元自治会が本気になって対策に立ち上がり、県、市、警察などがそれに答えたのが話の筋だが、地元に密着したテレビ局が、問題点を提示し、地元の動きを取り上げ、丹念に追うことをしなければ、息切れになった可能性はある。地元を元気付けて応援して、大きな成果を挙げた――高橋専務が目指してきた地域メディアの姿を典型的に示したのが、この問題だったのだ。

「泳げる中海」実現へ

日本第5位の湖、中海

 中海テレビの大きな顔になっているのは、「中海再生プロジェクト」だ。
 中海は、島根県の宍道湖からの水が、日本海に流れていくルートにあたり、海水も流れ込む汽水湖。広さ96.9平方キロで、琵琶湖、霞ヶ浦、サロマ湖、猪苗代湖に続く日本で五番目の面積がある湖だ。

中海は昔は泳げる湖だった(中海テレビの番組から)
 水深が浅いこともあって、秋田県の八郎潟のように、国や島根県はこの湖の干拓と淡水化を計画し、1968年から工事が始まった。途中、水質汚染や環境破壊について工事反対の運動があり、全国的な公共事業見直しの機運の中で、農林水産省は2002年に工事の中止を決定した。
 汚染が進み、湖岸にはゴミも堆積した中海。老人たちは「子供の頃はここで泳いだ」と懐かしむ。その中海を昔の姿に戻そうという動きのきっかけは中海テレビの「中海物語」という番組から始まった。
 2001年から毎月放送されているこの番組には、中海再生に関わる個人や団体、延べ200人以上が登場する。
 そういう中から中海再生の宣言が生まれた。
宣言
中海。
それは先人から受け継いだ貴重な財産。
かつては豊かな漁獲量を誇った汽水湖群であった。
日本全土を見渡しても、このような自然体系はあまり見られない。
しかし、私達はその中海に対し、背を向けて現代を生きてきたかもしれない。 私達は、この中海が市民一人一人にとってかけがえのない貴重な財産であることを再認識し、この中海の豊かな自然環境を街の活性化にいかし、さらに市民の憩いの場として共生できるように、そしてこの中海が、郷土の象徴として誇れるよう努力することを、今、ここに宣言します。
平成14年1月4日
中海テレビ放送
中海物語出演者一同

 合言葉は「10年で泳げる中海にしよう」だ。
 活動の一つが、中海体験クルージング。多くの市民に、中海を湖上から体験してもらおうと、2002年に始まった。市民団体が、中海についての知識を深めてもらおうと「中海環境フェア」を開催した。

中海アダプトプログラムの仕組み
 活動の中心になっているのが「中海アダプトプログラム」。「アダプト」とは「養子にする」という意味。周囲84キロの中海の湖岸を数十メートル単位で区切り、その範囲を、担当する企業や学校などの団体が責任を持って美化活動をしようというものだ。これには90以上の企業、学校、団体が参加している。
 さらに「中海未来マップ」の制作という活動もある。中海の未来の姿、活用方法を描いたポスターを鳥取県西部の小中学生から募集して、コンクールを実施する。また夕日の美しい湖岸でコンサートを行ったりもしている。
 2007年にはNPO法人「中海再生プロジェクト」が発足した。
 最新のプログラムは「中海ウォーターフォレフロント計画」。地球レベルの水問題を解決するため、水環境ビジネスのフィールド、最先端の水浄化技術の展示場にしようというもの。国や鳥取県、島根県に働きかけをしている。
 中海テレビは、毎月、鳥取県・島根県の県議会議員の討論会を生放送しているが、この討論の議題にも中海再生プロジェクトなど市民運動の評価や中海の水辺利用などを取り上げてきた。

地域の情報源として支持率トップ

 中海テレビは鳥取県西部の行政、企業、個人170社が株主となって1984年に設立され、89年に開局した。ケーブルテレビの接続は約45,000世帯。カバーエリアの47%が加入している。売上高は約22億円(2007年度)。
 山陰地方(鳥取県と島根県)はNHKのほかに民放が3局(鳥取市の日本海テレビジョン放送、松江市の山陰中央テレビジョン放送、米子市の山陰放送)がある。 NHKも放送局が鳥取市と松江市にある関係で、地域ニュースのエアポケットになっていることが、中海テレビには有利に働いている。
 だからこそ、「地域ニュースは我々が頑張るしかない」という気負いがある。自主放送を6チャンネルも持っているのも、他のケーブル局にはない編成だ。うち文字放送が2チャンネル、映像系は4チャンネルだ。
 メインの「中海4チャンネル」は総合編成チャンネルで、金曜日の夜に初回放送(ケーブル局の場合は、同じ番組を繰り返し放送する)する生活情報番組「Chukai情報広場パルディア」、県会議員の討論会、「中海物語」はこの枠で放送している。
 「コムコムスタジオ」はニュース専門チャンネルで、平日の夜6時から30分が初回放送で、翌日までリピート放送している。さらに一般市民の制作した番組を放送する「パブリックアクセスチャンネル」、交通情報やイベント告知などの「生活情報チャンネル」がある。
 NHK放送文化研究所が2006年から2007年にかけてケーブル加入者に調査したところ、地域情報番組の中で、「Chukai情報広場パルディア」を見ている人は、NHKや民放の同種番組に引けを取らない率。さらに米子市のニュース・できごとを知る手段として最もよく使う情報源は、トップが中海テレビの41%、2位が地域の民放番組だった。また、災害時の情報源としてもNHKと比肩する率を示した。

事件や事故、火災の情報が即座に画面に流れる
 中海テレビは災害に対しては特別な取り組みをしている。消防署が消防車の出動命令を出すと、テレビ画面にテロップでそれが表示される。「これは公共の情報」と高橋専務が行政に掛け合って実現させたものだ。
 10人いる記者は、ビデオカメラを常時持っていて、自宅にも持ち帰る。火事の情報は携帯電話にも流れるので、それを見て、近くであれば夜中でも現場に飛んでいって、撮影する。

五役を一人で、「自分で考える」記者たち

 ケーブルテレビは一言で言えば設備産業だ。ケーブルによって地上波放送・衛星放送の再送信や多チャンネル放送で収益を上げるのが普通だ。
 しかし、中海テレビ放送は「地域への貢献」の旗を掲げている。

中海テレビ放送の高橋孝之専務
 高橋専務は、「NTTが光ファイバーを全国的に広げているのは、密かな脅威。光ファイバーでテレビが見られるなら、ケーブル局はなくてもいいことになってしまう。地域から『この局は絶対に必要』と思われれば、存続ができる」と語る。
2008年11月には、高橋専務が呼びかけてテゴネット(鳥取県西部広域交流ネットワーク)という組織を立ち上げた。
 「テゴ」とは地元の言葉で「お手伝い」の意味。鳥取県の西端の日南町では、過疎と高齢化が進み、地域を維持できなくなりつつある。そこで米子市や境港市などと広域で人的な交流を深め、助け合っていこうというものだ。
 高橋専務は「地域貢献などというと、企業が持ち出しでやる仕事のように思われるが、中海テレビにとっては、経営の根幹。地域コミュニティを強化することで、活力が生まれ、地域の自立とケーブル局の発展が保証される」という。
 自主放送のCMの料金は15秒で1回当たり270円と、敷居を低くしている。このため多様なCMがあつまり、年間約8300万円が広告収入。それが自主番組の制作費と見合っているという。しかも「パチンコ屋のCMは受け入れない」(高橋専務)と、儲け一本やりではないと強調する。
 大西喜久子さんは、鳥取県の部長を務め、現在は中海テレビのトータルアドバイザー。「放送局、ジャーナリズムというと、行政を監視したり、批判したりするのが仕事のように思われている。しかし中海テレビと行政は車の両輪。共に地域を良くしようということで頑張っている。行政は『平等に』というしがらみでできにくいことも多い。ところが地域メディアは比較的自由。テゴネットなどは、中海テレビだからできる発想だ」という。

 中海テレビの職員は50人弱。一つの家族のようなまとまりがある。

上田和泉記者
 上田さんは、民放局を志望していたが、中海テレビでアルバイトをしたことがきっかけで、入社した。「入って正解だったと思います。地域の人から信頼されているのがよくわかるので、やりがいがある」という。
報道制作・編成統轄マネージャーの松本毅氏
 地元の民放局を定年退職し、現在は中海テレビ放送の報道制作・編成統轄マネージャーを勤める松本毅氏も「民放は視聴率が基準なので、報道すればおしまい。中海テレビは、地元の問題を掘り下げて、解決の方向を示そうとする。記者が『自分で考える』姿勢をもっているのが強み」と自己分析している。
 中海テレビの記者は、分業が一般的な放送業界のスタイルとは違うビデオジャーナリスト方式で仕事をする。企画し、取材して、ビデオを編集し、原稿を書き、ナレーションを入れる五役を全部一人でやる。そのことで、素材に対して責任と思い入れを持って放送に取り組めるのだ。
 地上波のデジタル化は2011年7月に完了する。デジタル化の投資で、地方の民放局は経営が悪化、さらにインターネットで映像伝送が一般化すれば、かつていわれた「炭焼き小屋」になりかねない。そうした時代に地域貢献にこだわる中海テレビの姿勢は、地域メディアの一つの方向を示していると言えそうだ。

(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程2年 深野木優太)
(日本経済新聞社 日経メディアラボ所長 坪田知己)

<参考>
株式会社中海テレビ放送HP http://gozura101.chukai.ne.jp/


評価と課題

 2007年10月と2008年11月、中海テレビ放送を2度訪問して取材した。
 私の問題意識は、「地域メディアは生き残れるのか」だった。
 民放テレビ局の大半は、東京や大阪のキー局の系列下にあり、自主制作番組の比率は10%以下。キー局の番組を放送すればネットワーク保証料という、広告料のおこぼれに預かれるので、自社で営業することなく、収入が入る。極端に言えば、制作費がかかって営業収入が取りにくい自主放送の比率を下げる方が経営効率が良くなるという構造だ。
 一方でケーブルテレビ局は、設備産業。加入料を取ることで成り立っていて、ここでも経費をかけて番組を作るのは利益を減らす要因になる。
 とすれば、地域の情報を担うメディアはどうすれば、成立するのか。
 中海テレビ放送は、いわば「米子のNHK」と言えそうだ。
 本文では書かなかったが、高橋専務は、サテライトコミュニケーションネットワークという衛星配信の会社と山陰ビデオシステムという制作プロダクションを経営している。地元サッカーチームの遠征を中継するために中継車を派遣したり、特集番組を作るのに、この2社と自在に連携している。これも大きな武器になっている。
 もう一つは、高橋専務の人脈だ。地元の政財界にしっかり食い込み、飾らない人柄で、コネクター的な役割を果たしている。
 放送で収益を上げるというより、地域の情報ハブとなって、行政とは別の面から地域に不可欠の役割を果たしていくやり方は注目に値する。
 情報のエアポケットという地理的条件も幸いしてはいるが、何より「地域のために」の姿勢が素晴らしい。
 第2第3の中海テレビ放送を、他の地域でも見たいと思う。

(日本経済新聞社 日経メディアラボ所長 坪田知己)

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