【地域情報化の現場から】
第37回「ユーザーがリードしてあらたなうねりへ~鹿児島テレビのNikiNikiから生まれた交流~」

鹿児島テレビ放送の本社(鹿児島市紫原)

 市街地の真向かいに巨大な活火山・桜島が迫る鹿児島。ここで地域SNS(ソーシャルネットワーキング・サービス)から新たなうねりが始まろうとしている。鹿児島テレビ放送が運営するSNSから、ユーザーが主導してカフェが生まれ、大声コンテストを実施、さらに地域の産品のネット通販が始まろうとしている。そこには鹿児島に移り住んだ一人の女性の地域に向けた思いがあった。

社内協力は不調

NikiNikiの発案者であり運営担当の池田耕毅さん

 鹿児島テレビ放送(KTS)はフジテレビ系列の地方民間放送局。ここが地域SNS「NikiNiki」を始めたのは、2006年4月だった。提案したのは、報道制作局コンテンツ推進部の池田耕毅さん。
 鹿児島テレビ放送は2000年以降、広告収入が伸び悩み、一方でインターネットの伸長をにらんで、放送とインターネットを連携させたクロスメディアを考え始めた。その結果、技術畑で、ネットの業務にも関わっていた池田さんを2005年、1年間、東京のデジタルハリウッド大学院大学に派遣して、ネット事業の勉強をさせた。
 池田さんはそこで、大学や同期の学生たちがmixiなどのSNSを活用しているのをみて、鹿児島で地域SNSを運営してはどうかと、会社に提案した。これが認められてのスタートだった。
 NikiNikiとは、鹿児島弁で「新しい」ということを「にけ」「にき」などと言うことと、「日記」をつなげた「新しい日記」という意味。
 放送やクチコミで会員を集める一方、会員たちと放送スタッフの密な交流が必要と考え、当初は、社内の報道、制作などの部門に、放送に関連したあれこれを日記に書いてもらっていたが、スタッフの負担がしだいに大きくなり、だんだんとペースダウンしてしまった。

飲み屋街にSNSカフェを開店

NikiNikiのマドンナ、「めいさん」こと川原由技さん

 NikiNikiが現在のように活性化したのは、2006年8月に<めい>さんこと、川良由技さんが加わってからだ。
川良さんは、法律事務所に長く勤めていて、「甘い誘いに乗って、失敗しては」とはじめは慎重だったが、参加してからは、毎日日記を書き、友人の日記に積極的にコメントし、一気にNikiNikiの中心になった。

鹿児島市・名山堀にあるSNSカフェ「めいさん」

 「毎日、リアルとバーチャルをつなぐ場所がほしい」という川良さんの提案で、鹿児島市役所の近くにある飲み屋街「名山堀」にカフェを開こうということになった。そんな中家賃3万円の2階建ての空き店舗が見つかった。行ってみると、ゴミの臭いで窒息しそうな廃屋だった。しかし、「ニキラー」(Nikinikiのメンバーの愛称)、延べ300人が、解体から内装工事などを手伝い、2007年7月7日に、「SNSカフェめいさん」開店にこぎ着けた。

SNSカフェ・めいさんには毎晩メンバーが集まってくる

 今では毎晩、ニキラーがやって来て、お酒を飲み、めいさん自慢の料理を食べながら会話を楽しんでいる。カウンターはわずか10席ほど。そこでわいわいとした話が夜遅くまで続いている。

ネットラジオ「ゆくさ」のスタジオは「めいさん」の2階

 「めいさん」の2階では、2008年末まで、毎週木曜日の夜9時から1時間、ネットラジオ「ゆくさ」の生放送が行われていた。「ゆくさ」は、センター側から飲食店や観光情報、ゲストとパーソナリティの対話などをStickamという仕組みを使って、動画で流した。視聴者はそれを見ながらチャットで合いの手を入れたり絡んだりして楽しんでいた。ニキラーがゲストとして登場したり、NikiNiki発のイベントを紹介することも。リアルの場である「SNSカフェ めいさん」と、バーチャルへの入り口の「ゆくさ」が、組み合わされて、NikiNikiの情報ハブを作るという形だった。現在、「ゆくさ」は休止中で、2008年4月からリニューアルして復活する予定という。

「大声コンテスト」で盛り上がる

2008年4月に開いた大声コンテスト

 会員が集まれる拠点ができたことで、NikiNikiに新しい流れが生まれた。2007年の年末には、カフェの横の駐車場でチャリティー餅つきを行って、周囲の店に配った。募金も3万円集まった。終わった後、ゴミ一つ残さず片付けたことで、周囲の店から感心されたという。
さらに、めいさんが「大声コンテストをやろう」と言い出した。西郷隆盛の墓のある南洲神社に隣接する南州公園から、桜島に向かって、大声で夢や希望を叫ぼうというもの。会員たちは半信半疑だったが、南洲神社などの協力があって、見事に実現した。
4月27日、お立ち台に上がったのは5歳から75歳までの106人。「プロ野球選手になりたーーーい」「一人一人が輝く鹿児島を作る」など、思いを込めて叫んだ。
声の大きさと、内容を審査し、大声賞子どもの部1位は小学5年生の広川大智君。「警察官になりたーーい」と絶叫して、賞に輝き、「気持ちよかった」と笑顔で語ったという。
大声コンテストのあと、市民に省エネを呼びかけるキャンドルナイトもめいさんでの相談から生まれた。

会員は3000人

 NikiNikiは2つに分かれている。招待制の地域SNS「NikiNiki-R」は、2006年4月に運用を開始し、ユーザーは約2500人。2007年9月にスタートした「NikiNiki-G」は、招待なしで自由に登録でき、約1600人が参加している。
 鹿児島テレビは、情報サイト「WHAT'S NEW かごしま」を運営し、生活情報やニキラーが提供する口コミ情報、番組系のブログへのリンクなどを掲載している。 NikiNikiからは1日10件程度、事務局が選んだ日記や写真を、ニキラーの承諾を得て転載する。今後は、自社製作の放送コンテンツと、SNSの口コミ情報を連携させ、グルメや温泉についての情報を載せていくという。
 鹿児島テレビは、物販サイト「NIKI MONO」も運営している、鹿児島やNikiNikiに関連する商品を販売し、SNSの利用で加算されるポイントを使って買い物ができる。(前述の日記転載でもポイントが得られる)人気はNikiNikiリストバンドという赤いシリコン製のリストバンド。これをしているとNikiNikiの仲間であるということの証になり、協力店へ行くとさまざまな特典がある。

「鹿児島の産品を売ろう」

 めいさんたちは、去年末、NPO を立ち上げている。「鹿児島応援NPO NIKIA」というのが看板で、定款にも「鹿児島県民がゆとりと豊かさを実感し安心して暮らすことのできる社会の実現に寄与することを目的とする」と書かれている。
 めいさんたちは、今回、NPOの事業内容の中にNikiNikiと連携する物販を組み込んだ。
 池田さんは、SNSが関わる通信販売が、一般のネット通販とは違う商品流通のパターンを生み出すと期待している。
 これまでの商取引は、基本的に供給者主導型だったが、SNSが介在することで、供給者と消費者の「協働型」のビジネスモデルが可能になると考えている。
 つまり、企業の一方的な宣伝ではなく、SNSの会員が買い、使ってみた商品の実感を紹介することで、共感を持って商品を買ったり使ったりする人が増えるという形だ。
 池田さんは企画書に「商品を買わせるという考え方ではなく、顧客と情報を共有して、共に盛り上げ、文化を創っていくという取り組みが大切になっている」と書いている。
 商品についても候補を探索中で、椿油、ポンカン、大隅産の安納芋などの地元の特産品から、手作りふりかけセット、アロマ石けん、野菜ソムリエのドレッシングなど、Nikiらーやその友人たちの手作り商品がリストアップされている。
 NIKIAが企画開発した商品を、鹿児島テレビのサイトで売り、決済なども鹿児島テレビのシステムで処理する。
 カフェめいさんでは、販売候補の商品も持ち込まれ、「これっていいわよ」と話題が広がっている。

SNSに新たなパターン

 筆者らが鹿児島を訪問したのは2008年11月初旬。いつものように、ニキラーが集まってわいわい。
リリーさんは趣味がタロット占い。NikiNikiに参加して、カフェめいさんの2階でインターネット放送に出演して、占いを披露している。「こんなこともNikiNikiに参加しなければできなかったこと」と交友の広がりを楽しんでいる。
 米玉利さんは「いつも、食材を持ってきます。顔見知りとわいわいやるのは楽しい。ここに来れば誰かいるから」という。
 全国に300ほどあるといわれる地域SNSの中で、専用の集会所を持っている例は、少ない。NikiNikiの面白さと、盛り上がりは、こうしたリアルとバーチャルが重なる場所を持っていることだろう。
 そして、なによりもめいさんだ。めいさんは、博多育ち。鹿児島に来て法律事務所の事務員を長くやっていた。「犯罪とかの暗い話ばかり。社会の裏側のつらい話に付き合っていて、こういう世の中が少しでも明るくなれば・・・といつも思っていた」と話す。だから、毎日深夜、何十という日記や書き込みにコメントを丹念に返している。
 そうした、めいさんの思いが、NikiNikiの空気を作っている。

鹿児島テレビ放送コンテンツ推進部の萩原部長

 もうひとつは、鹿児島テレビと池田さんの存在だ。「僕は何もしてません」という池田さんだが、会員にとっては「テレビ会社という、世間的に信用のある会社がやっていることの安心感は大きい」(米玉利さん)という。
 池田さんは、「確かに最初は、会社がリードしていかねばという気負いはあったが、めいさんが登場して自然な流れができたので、それを尊重し、見守っているのがいいと思うようになった」という。
 鹿児島テレビとしてはどうか。コンテンツ推進部の萩原博部長は「広告収入が下り坂になったいま、放送外収入を増やすのは会社として大きな課題。SNSが直接的にその効果を生むとはいえないが、これまでの一方向の情報提供を双方向に変え、新たな何かが生まれるという期待はある。初めは細々と、とにかく試行錯誤です」と語る。
 民間放送にとっても、SNSは新たなチャレンジである。

(深野木 優太 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程2年)
(坪田 知己 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別研究教授)


評価と課題

 全国に約300ある地域SNSの大半は、ボランタリーなグループと行政が設置したものだ。マスコミが運営しているのは、仙台市の河北新報社の「ふらっと」と、佐賀新聞社の「ひびの」がある程度だ。いずれも、一方向メディアの新聞が、読者との双方向のチャンネルを持とうとして企画されたものだ。
 鹿児島テレビの場合も、当初は、番組制作の裏話など、局へのファン作りが狙いだった。しかし、めいさんの登場が、局面を大きく変えた。
 コミュニティー型のコミュニケーションは、放っておいて自然発生的に継続されるものではない。やはり、情報の中心となる「ハブ」がなければならない。運営側がハブになろうとすると、押し付けになってしまう。そのハブを自ら買って出たのがめいさんだった。
 面白いのは、熱い心を持ちながらも、コミュニティーに入ることをためらっていためいさんが、あるときから、水を得た魚のように活躍し始めたことだ。そういう意味では、めいさんは、自分に最適のコミュニケーション・ツールを見つけたわけだ。
 そのめいさんの活躍が、カフェの誕生、大声コンテストの成功、さらには地域活性化のための通信販売へと次々に好循環を引き起こしている。
 これを見ていると、メディアの誕生、盛衰は、結局人間の問題だということがわかる。技術的にすばらしいメディアでも、結局、使う人がそれになじまないと、普及しない。そして、このメディアに関わることで、潜在能力を大いに伸ばす人が生まれることも重要なファクターだ。映画の誕生でスターが生まれ、テレビでタレントが活躍するように。
 そうした典型を示していることで、NikiNikiは非常に興味深い。
 一方、放送局にとっても面白い実験だ。双方向ということが、どういうことであるのか。鹿児島放送の関係者は、目からうろこではなかっただろうか。
 一方向メディアと双方向メディアを掛け合わせる「クロスメディア」という手法が話題になっている。しかし、概念だけで、実際に成功している例はほとんど聞かない。
 そういう状況の中で、NikiNikiが、今後どのように発展していくのか、メディア関係者には気になるところだ。

(坪田 知己 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別研究教授)

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