【ネット時評 : 炭田 寛祈(情報通信研究機構)】
<シリーズ:ネットワーク融合進む欧州>(4)「未来のテレビ法」に見る仏大統領のイニシアティブ

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 放送と通信の融合が進むフランス。2006年5月、シラク大統領が国民に向けて演説を行った。ここで大統領は、「これからのデジタル新時代においてフランスの未来を切り拓くためには、地上デジタルテレビ放送の推進など、デジタル戦略の策定と実行が必要だ」と説いて、国民の理解と協力を求めた。そして、その政策を実現するための「未来のテレビ法」が先日、仏国会で成立した。大統領演説から1年、シラク大統領の後を受けサルコジ氏が大統領に就任したが、産業政策に熱心なサルコジ大統領は強力にデジタル戦略を進めていくに違いない。まずは、昨年のシラク大統領の演説を振り返ってみよう。

大統領演説の要旨

 「2005年3月、地上デジタル放送の開始により一つの現実が目の前に現れた。デジタル技術の普及である。デジタル技術は映像品質と番組の向上、インタラクティブなサービスなどを通じ、私たちの日常生活に革命を起こすものだ。近い将来、全てのコンテンツがあらゆるネットワーク、あらゆる端末上で、特にモバイル端末での利用が可能になるだろう。

 放送と通信との融合の加速は、新しいサービスの発展、そして新しい経済をもたらす。これは我が国の電器産業にとって大きな潜在成長力となる。新しい市場をもたらし、経済、社会、文化の革命を起こす。言いかえれば、我々の未来だ。デジタル放送だけでなく、第三世代携帯電話やブロードバンドサービスが離陸し、フランスはデジタル時代のまっただ中にいる。しかし、それは世界規模の競争の中にいることも意味する。このため、私が先頭に立ってその道を切り拓くことを国民に宣言したい。

 まずテレビジョン放送のデジタル化推進と全国民への浸透が第一の任務となるだろう。次に、アナログテレビからデジタルテレビへの完全移行を5年以内に実行する。野心的な目標だが、これ以上遅らせることはできない。我が国の一大プロジェクトである。私は、あなた方一人一人に対し協力を求めたい。未来に向け十分な準備を進めることは国家の使命である。」


未来のテレビ法とは

 2006年7月、大統領演説の具体化のための法案が閣議決定された。通称、「未来のテレビ法」である。議会でいくつかの修正が加えられた上で、本年2月、上下両院合同委員会で可決、憲法評議会の審査を経て3月5日に公布された。未来のテレビ法は今後のフランスの放送政策の改革の方向性を定めたものであり、以下のとおり3編から成っている。

 第1編:地上デジタルテレビ放送の推進方策と、2011年11月30日までの地上アナログテレビ放送の完全停波に至るプロセス
第2編:ハイビジョン放送とモバイルテレビの推進方策
第3編:ビデオゲームのコンテンツ制作支援のための税制措置と、映画・テレビのコンテンツ制作支援基金に充当するための目的税の課税対象をISP(インターネット接続事業者)などへ拡大

 この第一編の中核を成す、地上テレビ放送のデジタル化の推進方針について、詳しく見ていきたい。


地上テレビ放送デジタル化の狙い

 地上テレビ放送のデジタル化の狙いを、大統領は「放送と通信が融合するデジタル新時代に向けた、フランスの未来をかけた国家戦略」と位置づけた上で「国民にとっても無料で視聴できる地上波テレビ番組が大幅に増加する」と強調した。これについて政府の説明は一貫しており、ぶれはない。

 この説明に対して、メディア戦略に責任を持つ首相府メディア開発庁副長官が、もう一つの側面「競争の促進」を付け加えた。「デジタル化により現在の6番組から18番組へと拡大する。この結果、放送事業者間の競争が促進され、コンテンツの質の向上が期待できる」。さらに、「新規参入の障壁を出来るだけ低くするため、デジタル化の当初段階ではハイビジョンを導入しないことに決めた」と解説してくれた。

 つまり、フランスではデジタル化のメリットとして、ハイビジョン導入による画質の飛躍的な向上よりも、新規参入の促進を優先したわけである。

 未来のテレビ法では、地上アナログテレビジョン放送を2011年11月30日までに完全に停波すると定めている。そして、その停波は地域ごとのデジタル化の進捗度を考慮しながら段階的に進めていくとしている。他方、アナログ停波は地上デジタル波の無料テレビ18番組の全フランス国民への浸透が条件とされているが、そのデジタル化の進め方は、①配信手段としてのアクセス手段の提供と、②家庭にあるテレビ受像機のデジタル化対応、という2段階に分けて、同法では以下のように定めている。


国土を100%カバーするアクセス手段

 2011年11月までに、あらゆるアクセス手段を用いて地上デジタル波のすべての無料テレビ18番組の全フランス国民への提供を確保する。そのための具体策として、地上デジタル波で国土の約95%をカバーする計画を明記したほか、集合住宅の建築主に対しデジタル受信装置の設置義務を課すなど、種々の措置を講じている。

 その決め手が、フランス国民が無料で受信できる衛星放送により国土を100%カバーする計画であり、この計画を法律に盛り込んだ。実際、18の無料テレビ番組を提供する衛星サービスは、本年6月に開始される予定だ。前回、説明したが、フランスの地上テレビ放送は全国放送が基本であるため、衛星は全土を一挙にカバーするための有効な手段になっている。これで、アクセス手段としては何重にも国土を100%カバーする。これが仏政府の描くシナリオだ。


テレビ受像機のデジタル化

 問題は家庭内にあるテレビ受像機のデジタル化をこれから4年半でどうやって完遂するかだ。まずは、テレビ受像機の買替需要に期待している。このため、全国的な周知活動を政府と放送関係者に義務付けたほか、デジタルチューナー内蔵を義務づける製造・販売規制も盛り込んだ。具体的には、メーカーには2007年12月以降、デジタルチューナーを内蔵しないテレビ受像機の出荷を禁じたほか、小売店に対しても2008年3月以降の内蔵機種以外の受像機の販売を禁止した。

 また、テレビ受像機の買い替えを予定していない者に対しては、「デジタルチューナーを購入すれば無料で視聴できるテレビ番組が6番組から18番組へと大幅に増える。大きなメリットなのだからチューナー購入代金の40ユーロ(6,400円)は国民にとって大した負担ではない」と、大変に割り切った説明に徹している。冒頭に引用した大統領演説でも同様の文脈で国民に協力を求めたものであり、これこそが大統領演説の真の狙いであったと言えよう。

 さらに、念には念を入れて、経済的・社会的弱者対策として救済基金の設立を決めている。弱者に対して、デジタルチューナーや衛星パラボラアンテナなどの取得を財政的に支援する計画だ。

 地上デジタル放送で先行したわが国だが、フランスでは大統領のイニシアティブの下、あらゆる手段を講じて2011年11月までに100%浸透を確実なものにしようと躍起になっている。わが国の停波期限は2011年7月。フランスはわが国の頼もしい好敵手になりそうだ。


インターネット課税

 視点を変えてみよう。未来のテレビ法の議会審議では、最大の論点の一つにインターネットへの課税問題があった。実は、フランスでは映画やテレビのコンテンツ制作に対する財政支援基金(2004年実績で年間300億円規模)が設立されているが、その財源は現在、地上テレビ放送事業者に対する目的税で賄われている。そして今回、この目的税の課税対象を地上テレビ放送事業者からテレビ番組のアクセス提供事業者に拡大する中で、ADSLテレビが新たに課税対象に含められたという経緯がある。

 自由な流通を標榜するインターネットの世界に目的税を課すことには、当初、政府も腰が引けていた。しかし「アクセス中立性」を徹底すれば、CATVとADSLテレビを区別する理由は何もない。勿論、インターネット活動全体が課税対象になるのでなく、ADSLテレビに関する収入に課税対象は限られている。この問題は「自由な流通」と「アクセス中立性」という2つの命題のバランスの問題であり、私達も冷静に理解することが必要だろう。
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                         ◇   ◇  ◇

 フランスは革命を生んだがナポレオンも生んだ国。国家に対する権利主張にはうるさいフランス国民も、世界を相手にした国家の目標に関しては、政治がイニシアティブを取り痛みを分かつことに寛容なようだ。これも歴史が育んだ国民性だろうか。フランスと日本では政治体制も国民性もテレビ放送の歴史も大きく異なる。ご紹介した制度を日本に持ち込むことには十分な検証が必要だ。何より日仏双方が相互の知恵を学び切磋琢磨に励むことが肝要であろう。

 「未来のテレビ法」がもたらすインパクトの中で、もう一点、見逃せない改革がある。それはコンテンツ制作への財政支援の対象を従来の映画とテレビ番組から、新たにビデオゲームに拡大した点だ。次回は、この改革が有するインパクトについて欧州委員会が進めるコンテンツ政策を踏まえながら検証してみたい。

<筆者紹介>炭田 寛祈(すみだ ひろき)情報通信研究機構欧州(パリ)事務所長
1986年、東京大学法学部卒業。旧郵政省入省、IT政策の企画立案に従事。1996年、郵政省電気通信局電波利用企画課課長補佐。1997年、同局総務課課長補佐。2000年、同局電波環境課推進官として「電気通信機器等に関する日EU相互承認法」制定プロジェクトを担当。2001年から4年半、総務省総合通信基盤局電波政策課調査官・企画官として、「電波開放戦略」推進のための法改正プロジェクトを担当。2005年8月、パリの情報通信研究機構 欧州事務所長に就任。著書に「電波開放で情報通信ビジネスはこう変わる(東洋経済新報社)」など。

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