【ネット時評 : 楠 正憲(マイクロソフト)】
電子政府の次は「政党の電子化」で国民参加の道を~インターネットのトリレンマ(9)

kusunoki2.jpg
 
 衆院選が18日公示され、選挙戦がスタートした。各党のマニフェストについてはメディアやネット上でさまざまに論評されているが、財源や効果、副作用や実現性といった主な論点は評価が非常に難しい。各党内でどのような議論を経てマニフェストが作られたかが明らかになれば、有権者はもっと判断しやすくなると思うのだが。(本稿は「NIKKEI NET IT PLUS」に掲載したものです)
 

 マニフェストには突き詰めると実施しないことには分からないところも多い。例えば民主党の「公務員の総人件費を2割削減」という項目について、単に地方や民間に移管するのか、給与水準の見直しや分限に踏み込むかではまったく意味合いが異なる。行政サービスの水準を維持するか否かも重要な論点となるだろう。

 自民党の成長戦略では「10年で家計の手取りを100万円増やす」としているが、数字が名目であればインフレで自然と達成される可能性がある。実質であるならば試算の根拠や実現性が気になるところだ。

 分からないところが多いマニフェストだが、個々の政策がどういった議論を経て作成されたのか、どこまで具体的に詰めたのか分かるだけで多面的な視点で読めるようになる。地方自治体の首長であれば具体的なマニフェストを実現に移すだけの権限が集中しているが、国政はそうはいかない。国際政治や経済環境など外部要因が大きく、現実には市場や世論と対話しつつ臨機応変に政策を進める必要があるためだ。


■情報公開が進んだ行政、遅れた政党

 この10年で行政や立法府による情報公開は大幅に進展した。役所の研究会について資料や議事録が迅速にインターネット上に公表されるようになり、報告書 (案) などに対してパブリックコメントの機会が提供され、コメントに対する回答も概ね公表されるようになった。法案の手前の段階で幾度もの調整の機会があり、政策日程も公開されている情報から概ね予想がつく。法案成立後も、立案過程での様々な調査や議論の経過を追うことができる。

 国会も身近になった。テレビでは予算委員会や本会議の一部しか中継されていなかったが、委員会もネット中継で確認できるようになり、過去の議事録検索も容易になった。個々の議員が考えていることも、ブログやミニブログの「Twitter」で発信されるようになった。

 一方で政党の動きは外からは見えない。誰がかかわって、どういった経緯で両党のマニフェストができたのか、まったく明らかになっていない。Twitterで「マニフェスト作りが進んでいる。しかし、多くの議員にその内容が公開されない。どんなマニフェストになるのか、皆目見当がつかない」と書いた議員もいた。

 マニフェストに限らず、党の政調会での検討プロセスや日程、どういった資料を元に何を議論したかなど、ウェブサイトをみてもまったく分からない。党の動きに関心があっても、個別に議員会館を取材するほか情報にアクセスする手段がない。党からの情報発信は今なお、新聞報道に負うところが大きい。


■「政治主導」が政策論争を国民から遠ざける皮肉

 橋本龍太郎首相が推し進めた行政改革以降、政治主導・官邸主導の動きは次第に強まり、議員立法の本数が増えるなど、政策過程に占める政党の役割が増している。特に2007年に与野党が衆参で逆転する「ねじれ国会」となって以降は、政府案がそのまま通らず与野党協議で実質的な議論が行われる機会が増えた。

 与野党で内容を合意してから法案が国会に上程されると、公開の場である国会で議論されるのは細部の解釈に対する各論ばかりで、法文を詰めるうえで議論されてきたはずの「そもそも論」が避けられがちだ。微妙なバランスで合意した法文を引っくり返してはまずいのかもしれない。

 長く続いた55年体制では、業界や消費者を含む利害関係者の声を広く吸い上げて政策に反映する役割は主に官僚が担ってきた。与党の政務調査会では、政府提出法案が利害関係者との調整を終えた提案であることを前提に、国会を通すための政治的な調整が図られたのではないか。

 問題は議員立法が増えて以降も、党内プロセスが政府提出法案の検討過程と大きく変わっていないところにある。政府提出法案の政府での検討プロセスや国会での審議と比べて、議員立法を検討する党内プロセスは性急だが公表されていない。

 選挙を経て国民の負託を受けた政治家は、官僚と比べればより幅広く政策決定を任されるべきではある。しかし上下院議員が主体となって立法に携わる米国などと比べて、日本は政党の政策立案機能が著しく弱い。米国の議会が弁護士資格者のキャリアパスとして優秀な人材を吸い上げてきたのに比べ、日本は政界が若い政策専門家に対して安定した魅力的なキャリアパスを提供できていないためだ。しかし官僚支配からの脱却を標榜(ひょうぼう)するのであれば、これまで霞が関が担ってきた利害関係者との調整や政策立案人材の育成を誰が担うべきか、真剣に考える必要があるだろう。


■電子政党の実現で国民参加型の政策立案を

 行政や立法府による情報公開は大幅に進展し、政治家へのネットを通じた献金や、衆院選候補者による率直な意見表明の機会も増えている。今こそ電子化の空白地帯となっている政党が大胆な電子化を図るべきではないか。

 電子政府が行政や立法の情報公開に寄与したように、ITは政党の政策プロセスに専門家や市民社会を巻き込む大きな武器となり得る。プロジェクトチームの議事録や資料を公表し、広く国民からの意見を受け付ける。新聞記事に収まるよう要約された曖昧な情報だけではなく、矛盾と葛藤をはらんだ意思決定過程そのものをオープンにすれば、もっと幅広い知恵やアイデアを集められる可能性がある。

 自分の問題提起や政策提言を受け入れてくれる場として政党が機能することを有権者が実感すれば、もっと主体的な参加意識を持つ安定した支持者が増えるだろう。オバマ米大統領は就任前、ウェブサイト「Change.gov」を通じて国民の意見を幅広く吸い上げた。自分から提案することは難しくても、他人の提案に賛同やコメントするだけであればハードルは比較的低い。

 これまで政党のネット利用というと、メールマガジンやホームページを通じた情報発信、動画投稿サイトを通じた演説の中継など一方向的なものが中心だった。これらは報道だけからは分からない政治の息吹を伝えるうえで大きな役割を果たしたが、もっと国民の声を直接吸い上げ、政治への参加意識を醸成するためにネットを活用できないか。

 これから直面する厳しい経済環境や財政問題、少子化による人口減少を考えると、耳あたりのよいばら撒き政策だけで日本が立ち行くとは考え難い。痛みとトレードオフを伴う政策は、政治家と有権者が困難と制約条件を共有し、共に悩まなければ実行することはできない。
 
 

<筆者紹介>楠 正憲(くすのき まさのり) マイクロソフト 法務・政策企画統括本部 技術標準部 部長 
1977年、熊本県生まれ。ECサイト構築や携帯ネットベンチャー等を経て、2002年マイクロソフト入社。Windows Server製品部Product Manager、政策企画本部技術戦略部長、技術統括室CTO補佐などを経て2009年より現職。


トラックバック

このエントリーのトラックバックURL
http://www.nikkeidigitalcore.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/381

コメント一覧

メニュー