【ネット時評 : 古矢眞義(古矢リサーチグループ)】
セキュリティ対策はユビキタスなワークスタイルの足かせか?

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 ITの飛躍的進展にともなって「どこでもオフィス」的な働き方をとりいれる企業が増えてきた。国土交通省が2005年に実施した調査によれば、在宅勤務やモバイル勤務などのテレワークを行っている人は674万人にのぼっている。これは、就業者人口の10.4%にあたる。つまり10人に一人は、従来の固定的なオフィス以外でITを活用して仕事をしているということを意味する。たしかに、交通機関の中やカフェなどでノートPCを開いている人の姿を見ることも多くなった。

 ところが、一方でノートPCの社外持ち出しを全面禁止するようになったという企業の話もよく耳にする。個人情報保護法が施行され、情報セキュリティへの関心が高まったこともあり、情報漏えい事件が数多くマスメディアで報道されるようになった。こうした事件が企業経営に著しい影響を与えるようになったために、ともかく情報が外に漏れる機会を可能な限り小さくするという選択をする経営者が増えてきたためであろう。それは、一度でも顧客情報や企業情報の漏えいなど企業の信用を失うような事態が起こると、信用回復に多大な時間とコストがかかるからである。
 
 しかし、顧客先を回る営業やサポートをメインの仕事としている社員にとっては、これは大きなストレスになっている。顧客先で打ち合わせをしていても即答ができない、「いったん社に持ち帰って検討して回答します」では思うような営業活動もできない、という声が聞こえてくる。もちろん、ノートPCを自宅に持ち帰ることもできなくなるので、そうした会社では、在宅勤務の制度があっても現実にはできないということになってしまう。また、スケジューリング、経費の精算、決裁などさまざまな社内手続きをイントラネット上で(のみ)行うような仕組みを構築している企業も多い。ノートPCを活用したモバイル勤務ができなくなると、外出先からこうした処理もできなくなり、営業報告や経費の精算のためだけにわざわざオフィスに戻らなければいけない、といった非効率な働き方に戻ってしまう。ひょっとしたら、このことによって労働時間も増えているかもしれない。こうなると、効率性を求めて構築した企業の情報システムが、かえって足かせになってしまっているような気もする。
 
 もっとも、情報漏えいが心配でノートPCの社外持ち出しを禁止してしまう企業がある一方で、これまで通りノートPCを効果的に活用して「どこでもオフィス」的な働き方を推進している企業もある。両者の間で何が違うのだろうか。
 
 前者は、少々ビジネスの効率が落ちても、物理的に持ち出しを禁止することによって情報漏えいというリスクを回避した方が良いと思いこんでいるのだろう。個人情報が漏えいした事件のほとんどがノートPCを置き忘れたり、盗まれたりしたことによるのであれば、それも理屈である。だが、ノートPCが車上荒らしや盗難に遭遇する機会がないわけではないが、情報漏えいの多くはWinnyなどのファイル交換ソフトを使ったり、メールの誤送信、紙情報の不用意な廃棄などでも発生している。これらは持ち出し禁止以前の話である。一方、これまで通りノートPCを活用している企業の多くは、二重・三重の防護策をとり、仮に置き忘れや盗難にあっても、PC内のデータが読み取れないような対応策をとっている。もちろん、セキュリティに100%の安全はない。しかし、現時点で利用可能な技術を用いて二重・三重のセキュリティ対策をとることで、かなりのリスク低減が可能となる。
 
 こうしたなかで、記憶装置を持たない「シンクライアント」端末に対する関心が集まっている。シンクライアントにもいくつかのタイプがあるが、基本的にはアプリケーションやデータを保存するためのハードディスクを物理的に取り去り、サーバー側で処理する。そのため、仮にPCを置き忘れたり、あるいは盗難にあった場合でも、重要なデータが外部に流出する危険性はほとんどなくなる。このため、セキュリティ対策の救世主のようにいわれることもある。しかし、現状では従来のPCを用いたシステムに比べてコストが高くなる、高速なネットワークインフラがない場所では、ただ重いだけの箱になってしまうといった課題を抱えていることもあり、急速な普及というところまでには至っていない。しかし、最近では、既存のPCを用いて、シンクライアント型のシステムを安価に構築できるツールも発売されており、今後の普及が期待されている。特に、「どこでもオフィス」的な働き方をしたいと思っていても、セキュリティを堅固にするための大規模なシステム投資が困難な中小・中堅企業にとっては、既存の情報システムのもとで、セキュリティが確保されたアクセスが可能になる。
 
 情報化が進み、働き方も情報化を効果的に活用する方向に進んできた。その典型が「どこでもオフィス」的な働き方であるといえる。しかし、情報化がもたらす負の側面(情報セキュリティにかかわるさまざまな問題)が、こうした働き方にブレーキをかけることにつながっている面も否定できない。このジレンマ、これからもセキュリティの確保を第一に考える部門と、働き方を戦略化したいと考えている部門双方にとっての悩みのタネであることは間違いない。


<筆者紹介>古矢 眞義(ふるや まさよし)
古矢リサーチグループ代表取締役

1946年生まれ。一橋大学商学部卒。財団法人日本総合研究所を経て、古矢リサーチグループ代表取締役。テレワークなどを含め、新しい働き方やITの効果的活用など、これからの時代のワークスタイルを調査研究している。自らも「どこでもオフィス」的働き方を実践。著書としては「知識創造のワークスタイル-来るべきユビキタス社会における新しい働き方の提案」(共著、次世代オフィスシナリオ委員会編)など。

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