【地域情報化の現場から】
【CANフォーラム共同企画】第22回「『あるものは何でも使おう』の精神でブロードバンドを整備~長野県協同電算(JANIS)の挑戦~」


月栄村月岡地区
栄村月岡地区
 長野県・栄村。新潟県境の小さな村の40世帯が、「通信と放送の融合」の谷間に立っている。テレビが見えない山奥の村で、ブロードバンドでテレビを再送信するという意欲的な試みに日本民間放送連盟がストップをかけているのだ。

 サービスを行っている長野県協同電算は日本で初めてADSL(非対称デジタル加入者線)を商用化した会社。インターネット型のやり方が、既存放送を戸惑わせている。

IP技術で「巨人戦が見られる」

IP送信のテレビ画像(関谷さん宅で)
IP送信のテレビ画像(関谷さん宅で)
 栄村月岡地区の関谷美彦さん(60)宅。長野県で放送されている民放4チャンネルが全部、鮮明に見える。「我々の若い時代は『巨人・大鵬・卵焼き』。巨人の試合を見るのが夢だった」と関谷さん。
 見たところ、普通のテレビと全く同じ映像だが、実はこの映像を送っているのはインターネットに使われているIP(インターネットプロトコル)技術によるものだ。

 栄村は、長野市から千曲川沿いに約60キロ、新潟県境にある面積271平方キロ(東京23区の44%に相当)、人口2600人の村だ。昭和20年には7メートル85センチの積雪を記録した豪雪地帯でもある。

月岡地区にある中継局
月岡地区にある中継局
 この村は1998年に有線放送電話の更新を行った。
 有線放送電話とは農業協同組合、市町村などが設置する固定電話と放送を兼ねた設備。日本電信電話公社の一般加入電話が普及していない農林漁村で、生活改善の目的で設置されていたもので、通常の電話のほかに、役場や農協からの天気予報、農産物の市況、行事予定などの情報をスピーカーで聞けるようになっている。
 加入者同士なら通話料は定額で、工事費も一般の電話より安くなっている。
 この更新の際に、村役場から道路で30キロ、直線でも20キロ奥にある秋山郷地区まで、光ファイバーの幹線を引いた。

栄村役場
栄村役場
 2003年に村は、総務省のeまちづくり事業と長野県ブロードバンド活用モデル事業の補助金を受けて、「栄村安心生活支援事業」と名付け、難視聴解消に乗り出した。
 村内にはNHKの中継アンテナが5本、民間放送のSBC(信越放送=TBS系)とNBS(長野放送=フジテレビ系)の共同アンテナが1本ある。NHKは32集落、約900世帯のすべてで視聴できるが、SBCとNBSは25集落、村内に中継アンテナがない日本テレビ系のTSB(テレビ信州)とテレビ朝日系のABN(長野朝日放送)が見られるのは1集落74世帯だけだ。
 難視聴解消は、古くからの課題で、NHKがアンテナを設置した1979年以降、村は地元民放局に陳情や署名活動を行ったが、実現しなかった。
 そこで、村が考えたのが、更新した有線放送電話設備の活用だった。

栄村役場にある送信装置
栄村役場にある送信装置
 長野県では、長野県農協の情報処理部門である長野県協同電算という会社が、1999年9月に日本で始めてのADSLによるブロードバンド事業を始めて以来、有線放送電話でのADSLサービスが他の市町村でどんどん実用化されていた。
 「ブロードバンドなら映像が送れる」ということで、村で唯一全チャンネルが見られる白鳥地区から、光ファイバー経由で最奥の秋山郷まで、テレビの映像情報をIP方式で再送信することにしたのだ。光ファイバーのおかげで、家庭に引き込んだADSLの末端でも12メガビット/秒のスピードが出る。2-3メガビット/秒あれば映像が送れるので、全く問題がない。サーバーなどかかった総費用は1500万円。2003年12月にサービスをはじめた。

栄村高橋主査
栄村高橋主査
 ところが、ここで障害にぶつかった。
 栄村産業建設課の高橋真太郎主査は、「そんなことは簡単にOKがもらえると思っっていた」というが、日本民間放送連盟から2004年3月に村に届いた回答は「再送信に同意できない」というものだった。
 しかし、関谷さんのように、巨人戦を楽しみにしているお年寄りは多い。特に冬の間は豪雪で家から出られないため、テレビは娯楽の王者なのだ。

 結局、栄村は、実証実験期間の2004年3月末以降は「放置する」ことにした。もちろんサーバーの運営費はかかっているが、課金をしないままに、映像を垂れ流している。
 関谷さんは、「交流戦はなかなか面白かった」と楽しみを奪われないままに過ごしている。同様の状況で再送信を受けているのは村内の40世帯だ。

有線放送電話を利用してADSL網を構築

 「たった40世帯に対する不同意」--まさにブロードバンドのレベルが、放送でしか送れない映像を送れるところに達したことによる珍事だ。
 こういう“事件”が起きた背景には、長野県協同電算のユニークなブロードバンド化戦略があった。
 いまや(2005年7月現在)、全国で1367万加入(2005年3月末現在)を超えたADSLによるブロードバンドだが、その原点は、1997年夏、長野県伊那市の有線放送電話施設を使って行われたADSLの実験だった。
 海外で、電話回線の両端にADSLモデムを設置して、1メガビット/秒を上回る通信が実用化されていたが、NTTは、「64キロビット/秒のISDN(総合デジタル通信網)との干渉が起きる」としてADSLへの移行を渋っていた。

JANIS佐藤部長
JANIS佐藤部長
 そんな中で行われた伊那の実験に、長野県協同電算の佐藤千明氏(現・ネットワーク部長)も参加し、「これは行ける」という手ごたえを得た。  長野県は全国の有線放送電話の5分の1が集積し、約9万戸の加入がある。しかもその多くは農協と運営や情報提供で深い結びつきがある。
 通常のNTT回線ではないので、干渉問題もない。
 そこで、佐藤氏の主導で、99年9月、長野市川中島の有線放送電話設備を使って、本邦初のADSLサービスを始めた。月額5500円の定額サービスだった。
 伊那の実験を主導した数理技研とソネットが「東京めたりっく通信」を設立してサービスを開始したのが同年12月。NTTも12月にADSL導入に踏み切った。JANISは両社より3ヶ月早い導入だった。

 この直前の8月初旬、佐藤氏はJANISの幹部会で窮地に立っていた。アクセス系は有線放送電話が使えるが、各地のセンター同士を結び、さらに長野市のセンターを結ぶ中継回線をどうするかだった。
 NTTの中継網を利用すれば1カ月十数万円かかる。しかし、アクセス線をつなぎ合わせれば、コストは格安になる。問題は総務省がこれを認めるかどうかだった。NTT網利用ではコストが高すぎて、幹部会で否決される可能性が高かった。
 午後1時からの幹部会のわずか20分前、総務省からかかってきた電話は、「有線電話全体を構内と見なせば、(中継網は)アクセス系と解釈できる」というものだった。

 「これが決定的だった」と佐藤氏は振り返る。
 事実、東京めたりっく通信は中継網をNTTに頼ったために、コストが高くなり行き詰った。ソフトバンクの孫正義社長は2000年5月にJANISを訪れ、6月に「ヤフーBB」のブランドでADSL参入を発表した。ソフトバンクのネット構築もJANISの方式を参考にしていたのだった。
 JANISは2001年2月にNTTの光ファイバー中継網の利用を始めた。これもNTTが開放を決めた1ヵ月後と早かった。「いいものはどんどん利用する」という佐藤氏の決断だった。

原点は「農村の振興」

長野県協同電算本社
長野県協同電算本社
 長野県協同電算は、長野県農業協同組合中央会の情報処理部門。決して一般のISP(インターネット接続業者)ではない。「なぜ農協か?」には佐藤氏の想いがある。
 佐藤氏は大学を出て外資系のコンピュータ会社に勤め、故郷の長野に帰ってJANISに転職した。実家は信濃町の農家だ。
 ADSLや光ファイバーといったIT(情報技術)の最先端に取り組みながらも、「農業・農村をパワーアップする」という原点をしっかりとにらんでいる。

 長野県協同電算の役割は、県内の農協の支所をつないで、金融サービスや各種の農業関連情報をやりとりすることだ。「農家の人たちが丹精込めて育てた作物を、都会の人に喜んで食べていただきたい」と、2000年に農産物のサイバーモール(電子商店街)を立ち上げた。2004年には栽培記録管理システムを立ち上げ、さらに農家と消費者を結ぶ農産物とレーサビリティー支援システムの構想もある。インフラからアプリケーションまで、積極的に積み上げている。

 佐藤氏のユニークさは、「先進技術を積極的に取り入れること」「オープンな発想」だ。
 インターネット接続サービスやADSL網も、一義的には、長野県協同電算が農協の支所など500カ所を結ぶLAN(構内情報網)を作るという社内的な必要がベース。その回線網をパケット方式にすれば、帯域にあまりが出る。それを組合員や一般に開放して、サービス当たりのコストを下げようという発想だった。
 この発想は、まさにインターネット的な発想だった。インターネットは信号さえ通れば、メタル(銅)でも光ファイバーでも、インフラを選ばない。つまり、異なったインフラの上に共通のサービスが構築できる。そのことによってトータルコストが下げられる。それを実践しているのだ。

 現在、JANISのネットは4万2000世帯、法人約800事務所に利用されている。長野県や各市町村のLANやWAN(広域情報網)としても、利用を呼びかけている。
 「10万世帯は行きたかった」と佐藤氏は悔しがるが、NTTや電力会社を相手にして健闘中だ。  日本の都道府県で、先端的な岡山県や兵庫県は県が光ファイバーによる情報スーパーハイウェイを敷設、もしくはNTT回線を借り上げて使用している。長野県は現時点で、そうしたネットワークを持っていない。これについて、JANISはNTTなどに競合する形で、県に採用の申請を出している。2005年末には決まる見通しだが、これに採用されれば収入面での安定性が高まると佐藤氏は期待する。

 これまでは、14基幹局間が1ギガビット/秒、109局間が100メガ、33局間が10メガだったが、これを18基幹局間を2ギガ、77局間を1ギガ、53局間を100メガ、25局間を10メガに増強し、希望する自治体や企業・団体に100メガビット/秒のサービスを提供するのが目標だ。そのためには光ファイバーの敷設も進めていくという。
 「県内全ての市町村で、何らかのブロードバンドサービスを受けられるようにしたい」というのがJANISの「信州ユニバーサル・ブロードバンド構想」だ。佐藤氏は「中央にいじを見せたい」とも言う。

 県域レベルの会社がこれだけの雄大な構想を持って取り組んでいる例は、JANISと兵庫県で展開中の関西ブロードバンド(本社・神戸市)しかない。山深く、条件としては全国でも最悪クラスの長野県が、国家レベルのブロードバンド整備を先取りしているところが、なんともユニークだ。

(坪田 知己=日経メディアラボ所長/慶応義塾大学大学院特別研究教授)


評価と課題:「ユニバーサルサービス」という美しいコインの表と裏

 「信州ユニバーサル・ブロードバンド・サービス」を提供する――長野県協同電算が掲げる目標だ。総務省によると「9割近い自治体で何らかのブロードバンドサービスが提供済み」となっている。しかし、この数字にはちょっとした「仕掛け」がある。役場付近の人口密集地帯でサービスが開始されていれば「サービス提供済み」としてカウントされる。いわば「点(役場付近)を見て面(地域全体)を塗る」カウント方法だ。問題は「市町村間のデバイド」ではなく、「市町村内のデバイド」だということに関係者も気づきつつある。このデバイドをいかに効率的に解消するか、そのヒントが長野県協同電算の取り組みに隠されている。

 同社の取り組みで着目すべき点は、既に存在するリソースを最大限に活用して条件不利地域への事業展開を進めていることだ。官の所有物である地域公共ネットワークや県の情報ハイウェイを民間企業に開放することで通信基盤整備を進める事例は多くある。しかし、同社のユニークな点は、本業で構築したで県下のJA支所500拠点を結ぶネットワークを一般向けサービスの基幹網として共用していることだ。このほかにも有線放送電話ネットワーク(県内で約9万戸が加入)を始め、NTTのダークファイバーと、使えるものは何でも使っている。この徹底的な効率性の追求は高く評価できる。

 これは、栄村におけるADSL網を利用したIPマルチキャストによる地上波テレビ放送再配信実験にも反映されている。山間部の難視聴地域に安価にテレビ放送を届けたいという願いから、手近にある資源(有線放送電話網を利用したADSL)を使った実証実験を行った。栄村での実証実験のように、放送、通信という全く性質を異にするサービスが、CATV網以外の伝送路上で共存することが可能になれば、難視聴対策に取り組み続けてきた地域にとっては朗報となろう。

 CATV事業には補助金が出るとはいえ、総事業費数十億円、整備期間2~3年の事業は自治体にとって大きな負担となる。整備対象地域の地理的条件、自治体の財政事情、利用者の意向を柔軟に反映できる技術選択が可能になると難視聴対策への負担が軽くなるだろう。

 伝送路の共有に話をもどそう。長野県協同電算の事例は、農協用に構築した網の空き帯域に一般加入者向けサービスが相乗りしているとも言えるし、法人向けサービスからマス向けサービスへという企業内相互補助の仕組みを利用していると言えなくもない。原理的には、農協用に整備したネットワークの余剰帯域を使って一般加入者向けサービスを展開しているから、前者の形態だといえる。しかし、同社がユニバーサルサービス提供義務にあえぐNTT東西地域会社の電話網と同じ運命をたどらないという保証はない。ユニバーサルサービス問題は、その言葉が持つ「公共性の高いサービス」というイメージの裏側で、「誰がコスト負担をするのか」という難問を抱え続けてきた。長野県協同電算が事業会社としての利益追求と公共性の高いサービス提供の両立を図ろうとすれば、どうしてもこの壁に突き当たる、そこを独自の工夫で回避できるか。試金石として注目したい。

 長野県出身の佐藤千明氏が長野県のことを思い、手塩にかけて育ててきた「信州ユニバーサル・ブロードバンド・サービス」構想。地域を知り尽くした、地域の人による、地域のための通信基盤整備が実を結び、利活用につながる姿が栄村にあった。栄村の実証実験は既に終了しており、今後解決すべき大きな課題が残っている。通信・放送を問わずニーズのあるものを、既存リソースを活用して効率的に届けようと奮闘する長野県協同電算の取り組みの意義の大きさとともに、通信・放送の垣根の大きさを実感して帰路についた。

(藤井 資子=慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程)

 

この記事は、日経デジタルコアとCANフォーラム(地域情報化を推進する人々のための情報交換・交流を目的とした非営利団体)が共同で執筆しました。

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