【ネット時評 : 楠 正憲(マイクロソフト)】
官民サイトが連携 「Government 2.0」の可能性と課題~インターネットのトリレンマ(10)

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 選挙戦でインターネットを積極的に活用したオバマ氏が大統領になった米国では、政府機関のIT活用が加速し、ネット業界からの関心も高まっている。「Web 2.0」を提唱したティム・オライリー氏は、広義の電子政府を中心とした次世代の政府の形としての「Government 2.0」を唱えている。日本にもGovernment 2.0の時代は訪れるのだろうか。(本稿は「NIKKEI NET IT PLUS」に掲載したものです)
 

 オライリー氏はネット関連のニュース・情報サイト「TechCrunch」への寄稿 (http://jp.techcrunch.com/archives/20090904gov-20-its-all-about-the-platform/) で「市民と政府の関係を根本的に再編し、政府は自らサービスを提供するだけでなく、民間がさまざまなサービスを開発して提供するためのメカニズムそのものを提供するようになったら? つまり、政府がプラットフォームになったら、どういうことが可能になるだろう?」と問いかける。


■米政府が民間サービス活用

 インターネットもGPSも、もともと米軍が運営していた技術が民間に転用されたものだ。時刻、地図、交通渋滞、天候、地震など、政府が保有し民間サービスに資する情報は非常に多い。反対に政府が民間サービスを活用することで、低コストで迅速なサービス展開を実現するケースもこのところ増えている。

 オバマ大統領は政策を素早く立ち上げるため、政策立案を支援する既存の仕組みを活用しているのだと考えられる。これは政権交代後、参院選までの短期間で成果の求められる鳩山新政権にも参考となるのではないか。

 例えばFCC(米連邦通信委員会)は、9月11日からアイデア共有サイトの「IdeaScale」上でブロードバンド化の推進に向けた政策アイデアの募集を始めた(http://broadband.ideascale.com)。「クッキーを使った認証では簡単に不正ができるので、支持するアイデアに投票する仕組みを改善した方がいいのではないか」という提案が多くの支持を集めるなど運営は手探りの段階だが、開始から数日で「米国のモバイルブロードバンド料金を世界水準に」「衛星インターネットや貧弱な768Kbps以下の回線には投資すべきでない」「韓国に追いつくべきだ」といった意見が寄せられている。


■国会中継を動画サイトで流したら

 こういった行政アイデアの共有は、日本でも掲示板や地域SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)など様々なかたちで試みられてきたが、サイトが荒れることを防ぎながら建設的な議論に誘導できるか、議論された内容が実行に移された実感を参加者が持てるかといったことが課題といえるだろう。その点では政府が新たにサイトを構築するよりも、サイトの運営ノウハウを持つ民間企業に業務委託した方が、集客が容易で迅速かつ効率的に質の高いサービスを提供できると思われる。

 日本でもヤフーが公有財産や税滞納者の差し押さえ品を競売にかける「官公庁オークション」を運営するなど、官公庁や自治体が民間事業者の仕組みを活用する試みはある。しかし、もっと活用できる領域は広いはずだ。

 例えば国会の本会議や委員会などの審議映像を配信するサイトの同時視聴者収容数は少ないらしく、これまでも国会審議への関心が高まった時にサイトがダウンしていた。視聴者の収容能力を高めることも考えられるが、議題によって視聴者の数の差が大きい国会中継のためだけにインフラを増強するのは無駄が大きい。例えば「GyaO」や「ニコニコ動画」といった動画配信サイトを活用した方が、低コストで大規模かつ高機能なサービスを提供できるのではないか。


■官民連携でサービスの向上も

 官民の情報を連携させることで、より精緻なサービスが実現する可能性もある。ウィルコムは基地局にカメラやセンサーを取り付けて交通情報や気象情報を企業や自治体に提供する事業を計画している。NTTドコモも基地局で気象情報を集め、外部に販売することを検討しているという。

 カーナビで詳細な渋滞情報が表示されるのは、幹線道路などに設置されたセンサーによる混雑の情報と各車の速度データを組み合わせているためだ。地域のごみ収集日をメールで伝える「ゴミカレ」 (http://www.53cal.jp/) というサイトもある。住民向けの情報発信も自治体ポータルだけでなく、民間事業者が請け負うことで、かゆいところに手の届くサービスが増えるケースもあるだろう。


■ID管理やプライバシー保護が課題に

 もっとも民間への委託には課題もある。行政サービスのつもりでアクセスしたサイトが、民間事業者のサービスの一部であることに違和感を持つ人はいるだろう。先のFCCのサイトへも「このサイトはFCCの公式サイトからリンクされ、公式アナウンスも出ているにも関わらず、プライバシーポリシーが何も書かれていない」といった指摘が書き込まれている。

 調べてみると、確かにIdeaScaleの約款しか表示されない。利用者がサイトに登録した時点でIdeaScaleの約款に合意したのだとの見方もできるが、公共機関に対してアイデアを提供するために、私企業にメールアドレスなどのプライバシー情報を渡す必要があることに抵抗を覚える人も多いだろう。

 国が持つ情報と民間が持つ情報とを、どう切り離すかも重要な問題だ。韓国では大規模なウェブサイトに対して、本人特定を行えるようユーザー登録に際して住民登録番号の入力を義務づけていた。だが、盗んだ住民登録番号で容易になりすましできることや、取得した住民登録番号が売買されることが問題となり、現在は住民登録番号の代わりに使え、個人で番号を変更できる「I-PIN」と呼ばれるIDが利用されるようになった。同様の仕組みで電子政府向けには「G-PIN」が用意されており、I-PINとの統合が予定されているという(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/nextg/pdf/siryou_21.pdf)。

 FCCのようなアイデア共有サイトなどであれば、電子政府と切り離して個別の公開ウェブサイトとして運営することは容易だろう。電子政府の一部として民間サービスと連動させようとした途端に利用者のプライバシーを適切に確保しつつ、ID連携やデータ連携を図るための工夫が必要となる。


■まずはカジュアルなサービスから

 動画配信などは希望する複数の事業者に配信することも考えられるが、アイデアを募る場合は窓口を集約する必要がある。先の衆院選ではニコニコ動画で「ネット出口調査」が行われたが、その結果と実際の投票結果のずれは小さくなかった。ネット上では大手サイトであっても利用者層や思想傾向に偏りがあり、どのサイトがホストするかによって意見に偏りが生じる可能性がある。

 そもそもネットに頻繁にアクセスして意見表明できる層は、まだ国民全体からすれば多数派とは言いがたい。ネットリテラシーが低い層がサイトを使いやすくするための配慮や、ネット以外の方法でもネットと同等の情報を入手し、意見を取り入れるための工夫も必要だ。

 様々な課題があるものの、公益目的での民間サイト活用は、迅速かつ低コストで柔軟な電子政府を構築するうえで強力な道具となる可能性がある。日本でもカジュアルなところから使い始めつつ、高度な官民連携サービスの実現へ向けたID基盤や制度整備を検討する必要があるだろう。
 
 

<筆者紹介>楠 正憲(くすのき まさのり) マイクロソフト 法務・政策企画統括本部 技術標準部 部長 
1977年、熊本県生まれ。ECサイト構築や携帯ネットベンチャー等を経て、2002年マイクロソフト入社。Windows Server製品部Product Manager、政策企画本部技術戦略部長、技術統括室CTO補佐などを経て2009年より現職。

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