【ネット時評 : 加藤幹之(富士通研究所)】
インターネットガバナンス問題――ICANN問題を超えて、次の段階へ

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 11月16日から18日の3日間、チュニジアの首都チュニスで国連が主催する第2回世界情報社会サミット(WSIS)が開催された。近隣諸国からは元首級の首脳が参加、日本からも竹中平蔵総務大臣が駆けつけた。

土壇場での合意

 チュニスは、かってローマ帝国をもおびやかした名将ハンニバルを生んだカルタゴだ。地中海を挟んでイタリアを望むこの町は、いたる所にローマの遺跡を残している。二千数百年の歴史を刻むチュニスの町で、インターネットの将来が議論されたのだ。
 
 最大の課題は、インターネットガバナンス問題だった。WSISで閣僚が決議する草案は、9月の準備会合(Prepcom3)で決定する予定だったが、インターネットガバナンスの項目の内、「監督及びフォーラム」に関連した一連の条項が合意できなかった。そこで、WSIS本会議の直前の3日間、関係者がチュニスに集まり、継続準備会合(Resumed Prepcom3)として、最後の協議を行った。
(注)WSIS直前の論点については、「インターネット分断の危機?」参照。

 Prepcom3の協議がまとまったのは、WSIS本会議の前日である15日の夜7時を過ぎてからだった。まさに綱渡りのぎりぎりの決着だった。

議論の焦点

 9月のPrepcom3では、インターネットガバナンスの定義を広く規定し、スパムやセキュリティーなどインターネット全般にかかわる問題を今後の検討対象とすることには合意した。しかし、(1)ドメイン名やIPアドレスを国際的に管理する非営利組織であるICANNの権限を継続するのか?それとも新たな国際的な組織に権限を移す、または、そうした新組織が監督権を発揮するのか?と言う点、さらに(2)ICANNのかかわる問題以外の多くの問題を含め、国際的な議論の場(フォーラム)を作って議論を継続するのか?その場合、どうやって運用して行くのか?と言う点で、合意が得られなかった。
 (注)WSISに至る経緯の詳細については、「インターネットの国際管理議論――インターネットガバナンスの行方」を参照されたい。

 インターネットが自国発の技術であり、ICANNへの実質的な影響力を維持できる米国は、今のガバナンス体制を継続したいという意識が強い。一方、途上国は、インターネットやITの利用の拡大で経済格差が広がり、不健全なコンテンツも増加するなどインターネットの管理が野放しになっていると指摘し、インターネットの管理を国連のような国際政府組織に移管すべきと言う意見を持っている。EU諸国も、米国との覇権争いもあり、米国主導への批判を鮮明にした。

 産業界としては、こうした政治的なかけひきが、インターネットの自由な発展を阻害してしまうことを懸念する声が強かった。確かに弊害もあるものの、インターネットの今日の発展は、規制が比較的少なく、投資も活用も民間主導で行われてきたことが大きく貢献してきたからだ。インターネットガバナンスの問題が広く定義されるようになり、インターネットの接続料金の問題が議論の対象にあげられている。現実的ではないかもしれないが、現在無料で行われているサービスが有料となったり、課税されることになったりしたら利用者の抵抗は大きいだろう。インターネットの制度や規制が途上国も含めた政府間だけで議論されることに懸念する者も多いのだ。

チュニス合意の概要

 チュニスでの土壇場の合意では、(1)インターネットガバナンスの広い定義を支持した上で、(2)ICANNへの監督権を含め、それまでEUが提案していた「新協力モデル(新しい国際管理組織)」は採用されず、これまでの(ICANNを含む)管理体制が継続することとなった。しかし、(3)インターネットガバナンス問題を広く議論する新しい国際的フォーラム(インターネットガバナンスフォーラム -IGF-)の設置が決定した。
 (注)WSISの全体の決定事項については、総務省のウエブサイト「世界情報社会サミット(WSIS)チュニス会合の結果」参照。
 
 IGFの設立は、国連の事務総長に設置を要請する形となり、既にギリシア政府の申し出があり、来年の第2四半期の終わりまでにアテネで開催が予定された。IGFは、創設から5年で、その後の必要性を見直すこととしている。

 IGFは、インターネットガバナンスの鍵となる要素に関連した公共政策問題を議論する場であるが、既存の取り決めや、仕組み、機関や組織に置き換わるものではなく、また監督権限も持たない。それらの既存の組織等の能力を活用し、それらと重複することなく、自らは拘束力のないプロセスを取る。運営においては、地理的バランスを考え、また、政府、ビジネス部門、市民社会、政府間機関など全てのステークホルダーの参加を促す。事務局は国連が設けるが、全てのステークホルダーが参加できることを求めている。

今後の行方

 歴史的都市チュニスで、インターネットは分断の危機をかろうじて免れた。ICANNを中心とした、これまでの管理組織も継続することとなった。

 しかし、米国主導のICANNや、秩序の無いインターネット運用の弊害の議論は、今後も継続することは間違いない。米国が国際政治で孤立し、経済的なデジタルデバイドが拡大すればする程、インターネットガバナンスへの不満も拡大するだろう。
 
 IGFは、そうした不満の解消を図りながら、各国のあらゆるステークホルダーの調整を果たす必要がある。米国には、ICANN継続に一安心しながらも、IGFが新たな火種になり、ICANNや米国批判の場となることへの警戒心もある。事実、IGFが、ICANNによるインターネット管理という個別の事象だけに固執する場となれば、これまで2年間に渡って議論されて来たと同じ議論を蒸し返すだけとなる。
 
 インターネットにかかわる問題は、WSISの決議に述べるとおり、極めて広範囲にわたっている。IGFだけですべての問題をカバーすることは不可能であり、多くの組織や機関、グループがそれぞれの専門の場で検討して行くことが必要である。そうした場のひとつとして、今後IGFでの議論に参加していく必要があるだろう。

<筆者紹介>加藤 幹之(かとう・まさのぶ)富士通 経営執行役 法務・知的財産権本部長兼安全保障輸出管理本部長
1977年3月東京大学法学部卒業。同年4月富士通に入社し、海外関係の法務案件に従事。84年6月ミシガン大学ロースクール留学(法学修士)。87年7月サンフランシスコ駐在(法律事務所にて紛争処理担当)。89年8月同社ワシントンD.C.事務所開設に伴い、ワシントンD.C.に駐在。02年6月、15年ぶりに帰国し、04年6月より現職。 富士通の法務、知的財産権、輸出管理等の問題を広く担当。ワシントン時代から継続して、インターネットや電子商取引、知的財産権、独禁法、科学技術政策等の制度議論に参加し、国際的に活動中。Internet Law & Policy Forum (ILPF)名誉会長や、Global Information Infrastructure Commission (GIIC)電子商取引委員長、Internet Corporation for Assigned Names and Numbers (ICANN)のアジア太平洋豪州地域代表理事等を歴任した。米国(ニューヨーク州、ワシントンD.C.)で弁護士資格を持ち、専門分野での論文や講演も多数。

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