【ネット時評 : 大木登志枝(日本総合研究所)】
電子行政サービスに不可欠な国民ID番号制度――海外のケースから

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 例の年金問題が発覚して以来、転職を2回経験している私は自分の支払い分が5000万件のなかにはいっているかもしれないと気がかりである。このようなとき、オンラインでチェックできたらと思う。さらに自分が支払った年金の総額、受給時期別の受給金額プランなどもチェックできたら便利であり、そうなってほしいと願う。

 お隣の韓国ではそのようなサービスがすでに実現しているが、わが国では遠い将来の話に思える。日本では、社会保険庁の怠慢といった管理上の問題もさることながら、電子行政サービスの仕組みが不十分であり、充実する兆しが見えない。ここでは、何が不十分であるかについて私見を述べたい。

遅れている日本の電子行政サービス

 まず電子行政サービスの現状を概観する。国連の電子行政サービス調査(UN “World Public Sector Report 2003”)などを参照にすると電子行政サービスは次のようにな5段階に分けられるだろう。

 第一は、政府の様々なサービスをインターネットで利用する際、最初の入り口となるホームページ、いわゆるポータルサイトの構築。第二は、統計や白書など、政府が提供する情報がインターネットで入手し利用できること。第三は、住所変更や運転免許の更新など、行政手続きの電子化である。市民は役所に行かずして、手続きを進めることができ、利便性が向上する。第四は、クレジットカードや銀行支払いのシステムなど決済機能で、交通違反の罰金や税金の納付手続きがインターネット上で処理することができるようになる。第五は、電子公聴会や電子投票など、国民のインターネットを通した政策決定プロセスへの参画である。

 電子行政サービスが進んでいる(以下「IT先進国」という)欧米やアジア諸国と日本を比較してみると、日本は第一や第二のサービスでは総じて遜色がないものの、行政手続きのオンライン化である第三のサービスや決済機能を持つ第四のサービス、および政策決定プロセス参画の第五のサービスでは、後塵を拝している。日本は行政手続きのオンライン化で進展が止まってしまっている感がある。

 政府は、行政手続きのオンライン利用率50%を2010年までに達成することを掲げ、施策に取り組んでいるものの、利用はなかなか進まない。その大きな理由のひとつに、個人情報を統合的に管理する方法が確立されていない、つまり、本来その機能をもつ国民ID番号制度(日本の場合は住民基本台帳ネットワーク(以下「住基ネット」という)が十分活用されていないことにあると思う。(7月のネット時評(「総背番号制」に反対するのは誰か?-年金騒動に思う )の前川氏と同じ意見である。)

 一方、海外を見ると、国民ID番号制を利用した電子行政サービスは当然のこととして受け止められている。とりわけIT先進国といわれる国々では、電子行政サービスは充実しており、利用率も国民の評価も高い。

 
IT先進国では国民ID番号制はすでに導入済み

 欧米、アジアの主要国で、国民ID番号制が導入されながら利用されていないのは、おそらく日本だけだろう。下表に示すように、国民ID番号に類する制度は、欧米、アジア諸国のIT先進国では、かなり以前から、住民登録番号や社会保障番号として導入されていた。最も古くは1936年に米国で年金制度の加入資格を持つ市民に対し社会保障番号が付けられ、次いで、40年代から70年にかけて、欧州やアジアで、全国民に住民登録制度に基づき番号が付けられた。

<表:諸外国における国民ID番号を利用したサービスの状況>

国名 国民ID番号の種類 導入年 対象者 行政サービス分野
米国 社会保障番号 1936 全市民、永住者、労働許可のある外国人 税務、社会保険、年金、運転免許証(一部の州)等
シンガポール 身分証明番号 1948 全国民、永住者 税務、社会保険、運転免許証、パスポート取得、教育等
ノルウェー 住民登録番号 1970 全国民 税務、社会保険、諸統計、教育、選挙等
カナダ 社会保険番号 1964 全市民、永住者 税務、失業保険、年金等
英国 国民保険番号 1948 16歳以上の市民 税務、社会保険、年金、 失業等
デンマーク 住民登録番号 1968 全国民 税務、年金、住民管理、諸統計、教育等
スウェーデン 住民登録番号 1968 全国民 税務、社会保険、住民管理、諸統計、教育等
フィンランド 住民登録番号 NA 全国民 税務、社会保険、住民管理、諸統計、教育、選挙等
韓国 住民登録番号 1962 韓国籍を有する全ての者 税務、社会保険、年金、住民管理、教育等
日本 住民票コード 2002 全国民 転入・転出手続き、住民票写しが必要な申請手続きの簡素化等

(資料)行政情報システム研究所「行政サービス向上のための個人コードのあり方に
     関する調査研究報告書」1997年度
     自治体国際化協会「韓国の住民登録制度について」1997年
     電子商取引推進協議会「欧州におけるモバイルECの動向」2001年 ほか
     UN "Benchmarking E-Government" 2002年

 ID番号とともに登録される情報の内容は、各国ごとに異なるものの、総じて日本より多い。日本では氏名、住所、生年月日、性別の4つの情報が登録されるのに対し、米国では、氏名、住所、生年月日、人種、両親の氏名、失業保険・生活保護・老齢年金の業務に関係する情報などが、また、シンガポールでは、氏名、住所、生年月日、顔写真、指紋などが登録される。こうした情報は、各国の担当機関によって一元管理されている。

 さらに、ID番号を利用した行政サービスの分野は、納税、社会保険、年金など広範にわたっている。加えて、ID番号は、身分を証明するものとしてだけでなく、銀行口座開設やクレジットカードの発行など民間サービスを受ける際にも必要となるなど、日常生活には不可欠なものとなっている。

 こうした国々において電子行政サービスとは、もとより存在していた国民ID番号を利用した行政サービスがオンライン化されただけである。これによって、国民がすでにID番号を利用したサービスの機能やメリットを理解していたため、オンライン化に移行した際、国民は抵抗なくむしろ利便性が高まるものとして受け入れた点が日本と大きく異なる。


IT先進国における個人情報保護への取組み

 情報の電子化、行政サービスのオンライン化は事務作業の効率化を促進させる一方、内部からの不正利用や外部からのハッキングなどデータ漏洩のリスクを増大させる。このリスクへの対策として、IT先進各国は、個人情報を保護する制度の整備に注力している。

 たとえば、個人情報が共有データベース化され、一般公開されているフィンランドでは、個人情報の開示は個人の承諾が必要となっており、情報の利用を監視するオンブズマン制度がある。個人データ法、データ保護法、政府活動公開法、国民登録法、電子行政サービス法など多くの関連法も制定されている。また、シンガポールでは、公務安全保障法(筆者訳、原文はOfficial Security Act)によって、情報を扱う公務員および民間人が守秘義務に違反した場合の罰則が厳しく規定されている。

 
国民ID番号制の活用に向けて

 このように見ると、電子行政サービスの仕組みに関し、日本が海外IT先進国と異なるのは、国民ID番号制を利用したサービスを受け入れる環境が醸成されていなかったこと、およびそのオンライン化に対応する個人情報保護の制度が整備されていないことといえよう。

 とりわけ、日本では国民ID番号制にあたる住基ネットが導入後5年を経過して普及が進まない現状を鑑みると、政府の「新IT改革戦略」における住基ネット活用に関する施策よりも、根本的なアプローチが求められていると思う。

 繰り返すが、日本は他国と異なり、国民ID番号制度を活用した経験がなく、その機能が国民の間で周知のこととなっていない。まして、国民の反対も強いなか普及を進めるには、国民を納得させることが必要であろう。

 なによりも、政府は、住基ネットの必要性、メリット・デメリット国民に対し説明し、国民との議論の機会を設けるべきである。このプロセスをないがしろにして、なし崩し的方法で促進施策を実施しても利用率は高まらないと思う。インターネットを利用した社会は、利用者ひとりひとりが力を持つ社会である。十分に論議をつくし、メリットを理解したうえで、国民が住基ネットを拒むのなら、それが日本の選択-電子行政サービスの拒否-といえるだろう。

<筆者紹介>大木 登志枝(おおき としえ) 日本総合研究所 研究事業本部 主任研究員
静岡県生まれ。津田塾大学学芸学部英文学科および米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)経営大学院修了。さくら総合研究所などを経て、日本総合研究所に入社。主として国内外のICT関連の受託調査・研究に従事。専門はアジアのICT政策・ICT産業。関心のある分野は、医療、環境、エンターテイメント分野におけるICTの活用。主要著書に「アジアインターネット白書」(2001年12月、アスキー)、共著に「情報サービス産業白書2005」(2005年、情報サービス産業協会)、「アジア FTAの時代」(2004年、日本経済新聞社)、「アジアネットワー ク」(1997年、日本経済評論社)がある。

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