【ネット時評 : 加藤幹之(富士通研究所)】
転換期迎えたインターネットの国際管理体制・国連IGFエジプト会議報告(上)

kato.jpg
 
 11月15日から18日まで、国連が主催しインターネットの管理のあり方を論じる国際会議「インターネットガバナンスフォーラム(IGF)」が、エジプトのシャルム・エル・シェイクで開かれた。現在、インターネットの国際管理体制はひとつの転換期にあるとも言える。それを象徴する光景が垣間見られたこの会議の模様を、2回にわたりリポートしたい。
 

 第一回のアテネから4度目となる今年の会議では(過去のIGFやインターネット管理問題については、以前本欄で報告した記事を参照いただきたい)、直前にICANN(The Internet Corporation for Assigned Names and Numbers、IPアドレスやドメイン名などを管理している非営利法人)が米国商務省との覚書(MOU)を解消し、より独立した国際組織となることが発表されたこともあり、米国主導と言われてきたインターネットの国際的管理の行方が興味の的となった。一方、IPv4資源の枯渇問題とv6への移行、「ドット日本」のようなトップレベルドメイン名(TLD)の国際化の早期実現、新たなTLDの登録制度等、実務的な課題も存在した。また、当初5年間という時限的な取り組みとして開始したIGF会議自体を来年以降どうするのか、もしIGF会議をこれで終わりとするなら、インターネットの国際管理について今後どういう枠組みの議論を行うのか、政治的な決定を行う期限も迫っていた。

image01.jpg
<国際会議場の正面入り口。ホテル群を抱える巨大な施設で、中東諸国の多くの国際会議を開催している>

 会議が行われたシャルム・エル・シェイクは、シナイ半島の南端にある温暖なリゾート地である。巨大な国際会議場周辺には、欧米風のリゾートホテルが立ち並ぶ。シナイ半島の北東部に位置するパレスチナでは紛争が続いており、会議場でも警戒は厳しかったが、治安上の不安は感じなかった。昨年のインド・ハイデラバードIGF会議では、直前にムンバイで爆破テロがあり、筆者を含め参加を断念した人があったのとは違い、平穏な4日間であった。地元のエジプト政府は、タレク・カメル情報通信大臣が4日間ほとんど会議に参加したのを始め、ムバラク大統領夫人やナジフ首相も演説し、国家的に会議を支援した。会議にはメディアの120人を含め、112カ国から約1800人が参加した。

 今年の会議の特色は、多くの国や組織の代表がIGFの活動を評価し、来年以降の継続を要望したこと、米国主導という批判の強かったICANNへの風当たりが弱まったこと、これまでIGF参加には消極的とも言える対応を見せていた米国政府が、支持の立場をより鮮明にしたことなどだ。昨年まで、米国政府の代表として会議に参加していたデビッド・グロス氏(元国務省国際通信情報政策コーディネーター・大使。現在はワシントンの弁護士事務所所属)は、「これまでのIGF会議の中で最高」と賞賛した。

image02.gif


IGF支持が相次いだオープニングスピーチ

 会議初日は、午前中からIGF会議の背景や概要の説明で始まった。同時に、9つのワークショップやセミナーもスタートした。会議の4日間、メインセッションと並行して、合計90ほどの別会議が、様々な国や団体の主催で行われたのだが、これもIGF会議の特徴である。IGFという対話の場を通じて、NPOを始め多くのボランティアグループがイベントを主催し、その中から「ダイナミック・コアリション」と呼ばれる具体的な提言を行うグループが生まれて来たことは、大きな成果と言えよう。

image03.gif

 初日の午後は、政府や国際機関等の幹部らによるスピーチが行われた。
 
 最初にあいさつした国連事務局の沙祖康次長は、IGFに価値があるか?改善の余地があるか?目的を達成したか?について意見が聞きたいと問いかけた。後に述べるが、4日間の会議のいろいろな局面で、政府、民間、市民団体を含む広いステークホルダー(利害関係者)の議論の場としてのIGFの役割が大きな議題の一つとなった。
 
 続いてエジプトのカメル大臣は、エジプトがインターネットや情報通信分野に力を入れていることを紹介した後、ドメイン名の国際化に触れ「インターネットがアラビア語をしゃべることができるようになる」と述べると、会場からは大きな拍手が起こった。
 
 これまでICANN主導のインターネット管理に強い反発を示して来たITU(国際電気通信連合)にも変化が見られた。例年、名指しでICANNを批判してきたハマドゥーン・トゥーレ事務総局長は、ICANNが米国政府とのこれまでの覚書を終了し、新しく「コミットメントの確認(Affirmation of Commitment)契約を結んだことを歓迎」し、6月からICANN事務局のCEOに選任されたロッド・ベクストロム氏をお祝いすると述べた。会議3日目の午後、ITU電気通信開発部門のトップであるエル・バシーア氏は、さらに踏み込んで「我々はICANNと、とても良い関係にあり、おこりうるすべての誤解を過去のものとするための覚書を結ぶべく作業している」とも述べている。
 
 開会のあいさつでは、参加各国からIGFへの賛辞も続いた。EUの情報社会・メディア担当のビビアン・レディング委員が「IGFは(来年以降も)継続するべきである」と口火を切ると、ブラジルの科学技術副大臣や、フランスの外務大臣も、議論の場としてのIGFを評価し、今後の継続を訴えた。米国国務省のヴェルヴィエール大使も短い挨拶の中で、「IGFは間違いなく成功であることから考えると、IGFは将来も継続されるべきというEUやブラジルの友人たちの意見に、米国は心をこめて同調するものである」と述べた。IGFの成功と、今後の継続は、初日から大きな流れとなったように感じた。
 
 初日のあいさつは、非政府部門からも行われた。ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)の父として知られるティム・バーナーズ・リー氏は、インターネットが1969年に最初にパケットを送信してから20年後の1989年にHTMLプロトコルを提案した経緯を説明した。彼は「ウェブにとって最も重要なことは、それがユニバーサルなものであることだ」とし、ウェブは常にひとつでなくてはならないと強調した。彼は、その後1994年にウェブの発展のためにWWWコンソーシアムを作ったことにも触れ、ロイヤリティーを払わない形で標準化が進むことが重要だと主張した。そして最後に、ウェブはひとつであるべきだという彼の思いを実現するために、WWWファンドが本日(この発言の当日)スタートしたと発表した。

 企業からは、ヤフーの創始者であるジェリー・ヤン氏が登壇し、インターネット発展の重要性を訴えた。彼は、インターネット利用人口が10%増えると、経済が1.3%成長することを指摘した。またインドのIT企業タタ・コンサルタンシー・サービシズのラマドライ副会長は、インド内陸の貧しい農村を例にインターネットの貢献を説明した。その農村では作物が取れず農民が自殺にまで追い込まれるような窮状だったが、情報キオスクを設置し、天候や農作業の効率化についての情報を提供するようにしたところ、収穫高が向上し生活が改善したのだという。


IPv6、新TLD、国際化ドメイン名
 
 2日目午前は、重要なインターネット資源をどう管理するかという、IGFとして最も政治的な問題が議論された。議論は、各テーマについて最初の5分間だけ専門家が背景を説明した後、会場の聴衆やネット参加者が遠隔地から自由に議論する形が取られた。

image04.jpg
<1000人以上を収容できるメイン会議場。両側のスクリーンには、発言内容を同時通訳し英語で表示する。メインスクリーンの一部には手話も表示>

 ネット会議と言うと、昨年筆者は、テロの余波でインド出張を断念し、ネットで4日間の会議に参加したことを思い出した。今年もネットで画像や発言字幕の配信が行われ、世界の関係者から意見が寄せられたが、やはり会場で直接触れる臨場感には、ネットとはかなりの差があった。また、通訳の数等の理由で、ネット中継や、英語の字幕の同時中継がメインセッションに限られたことも、現在のネット会議の限界を示している。
 
 最初は、v6への移行問題について、アジア太平洋地区のIPアドレス配布を担当するAPNICから、ポール・ウイルソン氏が現状を説明した。彼によると、v6への移行は進んでいるが、スピードはゆっくりであり、今は全トラフィックの1%足らずしかv6が使われていないとのことだった。彼は、v6に移行するかどうかは、産業界が資源を投入するかどうかによるところが大きいと述べ、今は経済的判断で十分な投資がなされていないが、2年後に(v4資源が枯渇して来ると)v6が本当に必要となってくるのであり、今から計画することが重要だと指摘した。「本当にv6への移行が必要となるのは、5、6年後ではないのか」という司会の質問に対してウイルソン氏は、「2年後にはv4アドレスの新規割当はできなくなるので、今から計画することが必要」と答えた(参考:ICANNのベクストロムCEOは今年10月に来日した際の会見で「v4アドレス割り当ては2010年10月まで」と話している。v6への移行については、日本政府やエジプト政府からも教育等の取り組みを行っているという発言があったが、特に途上国から、v6への移行が遅れることにより、インターネットの利用がさらに遅れるという懸念が表明された。
 
 非常に印象的だったことは、ICANNのベクストロムCEOが、「インターネットの父」とも呼ばれ、ICANNの前会長だったビント・サーフ博士と最近話した内容を紹介した一幕だ。サーフ氏も、v6への移行が遅々として進まないことを懸念しており「政府が古いv4のシステムをv6に移行するためのインセンティブを作るべきだ」と述べたという。「国ごとに違って良いが、例えば税額控除であっても良いし、補助金やその他の補てんでも良い」とベクストロム氏は述べた。日本は、かってv6の技術面では進んでいた時期があったが、今でも普及は進んでいない。短期的な経済原理だけでこの問題をとらえて良いのか?むしろ早期実現によってビジネスチャンスが増えるようなことはないのか?専門家のさらなる検討を期待したい。
 
 新しいTLD(手続きを経れば自由にTLDを作れる、いわゆるTLD一般化)や国際化ドメイン名の採用については、ICANNで手続きが進行していることから、目立った議論は無かった。しかし、一度に多くのTLDを作ることになっても良いのか?特に技術的な面で、インターネットのルートシステムへの影響が無いのか?との指摘も多かった。
 
 アラビア語圏で行われた会議でもあり、最も注目されたことは、英語以外でドメイン名を表記する、国際化ドメイン名の進展であった。ICANNでは、国ごとのTLD(ccTLD)国際化のスピード審査手続きを発表し、エジプトのIGF開催中に申請の受け付けを始めた。会場では、ロシアとエジプトが、手続き申請第一号として宣言した。その後も、いくつかの国で申請が出されている模様である(日本でも、昨年から総務省の情報通信審議会情報通信政策部会インターネット基盤委員会で検討がなされている)。
 
 サーフ博士と並び、もう一人の「インターネットの父」であるロバート・カーン氏は、今のドメイン名システムだけがネットワークの技術とは限られず、出版業界ではコンテンツの識別のためにCNRI(Corporation for National Research Initiatives)の管理する「ハンドル・システム」が使われてきたように、別のシステムを考えても良いことを指摘した。同氏は、今のIGFの仕組みは、そうした議論の場にも使えるとも述べた。

                    ◇   ◇
 
 次回は、ICANNとIGFとの関係の変化についてもう少し詳しく述べるとともに、クラウド時代におけるインターネット管理とはどのようにあるべきかを考察してみたい。


<筆者紹介>加藤 幹之(かとう・まさのぶ)富士通研究所 常務取締役
1977年3月東京大学法学部卒業。同年4月富士通に入社し、海外関係の法務案件に従事。84年6月ミシガン大学ロースクール留学(法学修士)。87年7月サンフランシスコ駐在(法律事務所にて紛争処理担当)。89年8月からワシントンD.C.に駐在。02年6月、15年ぶりに帰国し、法務、知財部門を6年間担当。08年9月からシリコンバレーで米州ビジネスを担当し09年7月帰国、現職につく。富士通の中央研究所の役割を果たす富士通研究所に所属して、富士通グループの技術ロードマップ作成等を担当。ワシントン時代から継続して、インターネットや電子商取引、知的財産権、独禁法、科学技術政策等の制度議論に参加し、国際的に活動中。Internet Law & Policy Forum (ILPF)名誉会長や、Internet Corporation for Assigned Names and Numbers (ICANN)のアジア太平洋豪州地域代表理事等を歴任した。米国(ニューヨーク州、ワシントンD.C.)で弁護士資格を持ち、専門分野での論文や講演も多数。


トラックバック

このエントリーのトラックバックURL
http://www.nikkeidigitalcore.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/354

コメント一覧

メニュー