【ネット時評 : 加藤幹之(富士通研究所)】
クラウド時代のインターネットを議論・国連IGFエジプト会議報告(下)

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 前回に引き続き、今年11月、エジプトのシャルム・エル・シェイクで開かれたインターネットの国際管理体制を話し合う国連主催の「インターネットガバナンスフォーラム(IGF)」についてリポートする。
 

ICANN・米国政府の関係変化と国際協調

 前回述べたとおり、ICANNは2009年9月30日に、米国政府と「コミットメントの確認(Affirmation of Commitment)契約」を締結したと発表した。そもそもICANNが1998年に設立されるまでは、インターネットの管理権限は米国政府が保有していた。当時のクリントン民主党政権の自由化の思想に基づき、インターネットをより自由に民間の国際的な非営利組織に管理させるべきだとして、米国政府はICANNをスタートさせた。しかし、米国政府はICANNとの覚書の中で、インターネット管理に関する要望を定めており、その覚書の存在自体が米国主導のインターネットだという批判を生んでいた。覚書はこれまで7回更改されたが、今回の決定で終了した。一方ICANNは、「コミットメントの確認」という形でマルチステークホルダーによる民間の非営利団体としてのICANNを維持することを確約した。

 実は、これまでもICANNは、こうした自主的な宣言を行ってきている。そういう意味で、そもそも覚書には実質的意味は少なかったし、今回覚書が無くなり「コミットメントの確認」だけに置き換わっても大きな違いは無いと言える。しかし、ICANN設立から11年が経過し運営も安定したことから、米国政府が覚書をやめたことは、「成人として独立したICANNを認知した」ことを態度で示したという見方もできる。ICANNはITU(国際電気通信連合)を含む国連のさまざまな組織や、その他多くの国際機関のように、参加国間の条約や国家権力の下に成立するものではない。あくまで法的には、独立した民間の非営利団体の形である。インターネットにかかわる世界のいろいろな人々がボランティアベースで参加し運営する組織という考えであり、それに少しでも関与した人々にとっては、今回の「成人式」には感慨も大きいと思う。
 
 ICANN と米国政府の関係は、これですべて無くなった訳ではない。世界のアドレス配布の元締めという役割を果たすIANA(Internet Assigned Numbers Authority)はICANNの組織の一部であるが、IANA運営に関する米国政府との契約には、米国政府の管理権限が残っているという指摘があるからだ。IANAの契約では、各国のccTLD(国別コードトップレベルドメイン、例えばドットjp)の運用を各国の機関にICANNが再委任するにあたって、米国政府の承認を受ける必要がある。今回のエジプト会議でも、IANA契約が残っている限り、ICANNの米国政府からの独立は完全ではないというコメントがあった。現在のIANA契約は、2006年から5年を最長として毎年更新されているが、その動向は今後のIGFでの議論のひとつになろう。
 
 「コミットメントの確認」は、ICANNが「世界のインターネットユーザーに対するアカウンタビリティー(説明責任)や透明性、そしてユーザーの利益を確保する」ようコミットすることなど、ICANNの義務を記述すると共に、それを担保するために各種の「レビュー」を行うことを規定している。レビューは項目ごとに徹底して行われることとされており、その手続きや具体的なレビューメンバーの選定などについて、今後も議論が続くものと思われる。また、ICANNには各国政府代表が参加する政府諮問委員会(GAC)が存在するが、その権限はあくまでアドバイザーであり、監督、管理権限ではなかった。今回の米国政府との関係の変化においても、このGACの地位は変わらなかった。
 
 今回のIGF会議では、こうしたICANNの変化に対して、おおむね好意的であった。スウェーデン政府は、EUを代表してICANNの決定を歓迎すると表明、イタリアのGAC代表もこれに賛同してICANNのモデルは最良のものだと述べた。
 
 これまで国連の場では、ICANNに代わる国際的な政府機関がインターネットを管理するべきだと主張するものがあった。IGFスタートを決めた2005年の世界情報社会サミット・チュニス合意の中に、「拡大された協力体制」を意味する「エンハンスト・コーポレーション(以下EC)」という語句があり、これが新たな国際的管理の仕組みを意味するものだと主張する者もいた。今回のエジプトでは、そうした議論がかなり少なくなり、ECはまさに言葉通り、各国が協力してインターネットをより良くする「対話」を意味し、IGFはその役割を果たしてきたという指摘もあった。またECを実現するために、各国政府がICANNのGACに積極的に関与し、GACの運営が改善されたという指摘もあった。いずれにしても、ICANNイコール米国政府、従ってECの文言を通じて新たなインターネットの国際管理の仕組みを作るべきだという議論は、弱くなってきていると感じた。
 
 
充実してきたワークショップやセミナー
 
 メインセッションと並行してワークショップやセミナーが、同時に最大9つ、合計で90ほど行われたことは前回述べた。
 
 筆者も、民間主導で世界的なIT普及の活動に取り組んでいるGIIC(世界情報基盤委員会)とWITSA(世界情報サービス産業機構)が共催した「世界的経済危機環境の中での、継続投資とデジタル成長の維持」と題したワークショップにパネリストとして参加した。現在のような未曾有の経済危機の下、途上国におけるIT投資の鈍化がより深刻となっており、情報の南北格差が広まりつつある。そこでこのワークショップでは、情報投資と有効な活用こそ経済危機を救うものだということを関係者が議論したものだ。


<GIICほか主催のワークショップで議論するパネリストたち>
 
 まず、OECD(経済協力開発機構)の情報経済グループ長であるグラハム・ビッカリー氏が、OECD各国のICT分野の政策の優先順位について比較分析した。同じOECD諸国でも、R&D投資を重視する国、イノベーション促進を強調する国、ベンチャー事業への融資を増やす国、インフラ整備を続ける国、というように差があるという指摘だった。財政規模が大きい日本の場合は、ICT戦略の違いによる効果の差もより大きくなるだろうと感じられた。
 
 筆者は、クラウドコンピューティングという新しい時代において、富士通がヒューマンセントリックな社会を目指してセンサー技術や新しいソリューションを研究、提供していることを紹介した。そのうえで、コンピューターのハードやソフト、そしてデータセンターも自分で保有する必要は無く、利用は自由にできるというクラウドの環境こそ、途上国にとって大きなチャンスを生むのではないかと指摘した。
 
 ケニアやインドの代表は途上国の状況や、政府と民間の更なる協力の重要性を述べた。例えばインドでは携帯電話の加入が爆発的に伸びているが、多くの端末は1台15ドル程度であり、98%の利用者はプリペイドの料金支払いを行っている。日本企業がグローバル市場で活躍するには、日本のビジネスモデルは通用しないことを常に痛感する。
 
 最後に米国国務省で国際情報通信政策を担当しているリチャード・ベアード氏が、4人の発言を引用しながら、各国の事情に合わせたICT戦略が重要なことを強調した。先進国ではICT技術の融合の結果、スマートフォンが生まれ、利用のシーンが拡大しているが、その一方でインドでは15ドルの携帯電話が普及しつつあり、ICT活用のシーンは全く異なる。当然ビジネス方法も変われば、政府の政策も変えていく必要がある、と指摘した。誰もが、ICT投資をうまく活用することによって、経済危機を救うことができるという意見で一致した。
 
 筆者が注目したワークショップに「クラウドコンピューティングがプライバシー問題に与える意味」と題したものがあった。米FTC(連邦取引委員会)のパメラ・ジョーンズ・ハーバー委員をはじめ、カウンシルオブヨーロッパのアレクサンダー・セーガー氏、オラクルのチーフ・プライバシー・オフィサーであるジョセフ・アラデフ副社長ら、この分野では世界的に見てもトップクラスの専門家が参加していた。
 
 クラウド時代になって、プライバシーの保護やセキュリティーがどうなるのかについて、漠然とした不安はあるものの、十分な検討が進んでいるのか、いささか疑問である。特に、日本で本格的な議論が行われているようには思えない。クラウドを利用する側からすると、どこから情報が来たのか、どうやって結果が得られたのか、そんなことは知る必要がないのかもしれないが、クラウド環境を利用することで何らかの権利を侵害し、他人に被害を与える結果になるとしたら大きな問題だ。同じように、知らないうちに自分のプライバシーが侵害されていたら、やはり大きな問題となる。さまざまな企業がオープンに利用できる、いわゆる「パブリッククラウド」の日本での普及はこれからだが、大事件が起こる前に議論を開始しておく必要があろう。
 
 特に法的に検討が必要となる分野は、一般消費者対一般消費者の責任関係が考えられる。クラウドの利用者は誰でも簡単に情報やサービスの提供者になれる。そこで事故や損害が発生した場合に、どうやって責任を分担するのかについて、過失の軽重を比較するという法的枠組みだけでは解決できないものがありそうだ。米FTCでは、この問題について公聴会を行うとのことであり、日本も国際的議論に入っていく必要がある。
 
 以上2つのワークショップの例を見ても分かる通り、IGFは、「ICANNによるインターネット管理問題」という当初の課題をはるかに越えて、インターネットから生まれる多くの問題を専門家が議論する場に変わりつつあることが実感できた。
 
 
IGFは5年を越えて継続か
 
 4回目を迎えた今年のIGFの大きな課題のひとつが、当初の5年間を越えてIGFを継続するかどうか、であった。IGFは国連が主催する会議であるから、IGFの将来をどうするかは、国連総会の決議事項である。このため、今回の会議の責任者である国連事務局の沙祖康次長が取りまとめて、来年早々にも提案書を作成する必要がある。4日間の会議の最終日には、これまでのIGFを評価し、将来を決めるためのセッションが設けられた。
 
 セッションは、事前に選ばれた47人の代表が各自3分間程度、意見表明する形で進められた。
 
 ボブ・カーンとビント・サーフという2人の「インターネットの父」が、IGFの意義をたたえた後、3番目にケニアの情報通信大臣が「2011年にはケニアでIGFを主催したい」と発言した。IGFは、来年9月に5回目の会議がリトアニアで行われることになっているが、その後も継続する前提で、開催を名乗り出るものが出てきた訳である。ケニアは、来年3月にICANNの総会も主催する予定であり、途上国代表としてインターネット政策にかける意気込みが感じられる。
 
 ほとんどの発表者がIGF継続を主張したのに対し、11番目に登壇した中国政府の代表は、「現在の形のIGFをさらに5年継続するのは賛成しないが、インターネット管理のあり方をECの脈絡で見直すために、さらに議論する場としてIGFを2,3年継続することを提案する」と述べた。後で発言したサウジアラビア政府代表は、IGFの役割を称えながらも、もっとECの議論をすべきことを主張した。


<IGFの評価を話し合うセッションでスピーチする筆者>

 筆者は、日本経団連を代表して、UNESCO(国連教育科学文化機関)に続いて14番目に発言した。「IGFはこれまでもマルチステークホルダーの議論の場として、素晴らしい成果を出しており、来年以降も継続すべきだ」と述べ、その理由として、「IGFで議論すべき新しい問題がどんどん発生している」ことを挙げた。具体的にクラウドコンピューティングを例に取り「プライバシーやセキュリティー、知的財産権の問題等がある」「クラウドへのアクセスの問題がさらに重要になる」ことを指摘し、「インターネットのスピードで進化する技術に対応して、IGFで新しい問題を議論していくべきだ」と結んだ。
 
 中国や一部の市民団体の懸念表明はあったものの、IGFを来年以降も継続すべきという意見は大勢を占めた。会議後公式に発表された議長サマリーによると、47人の内45人と、書面で意見表明した9人全員が、継続支持を表明したという。このことから、国連事務局がまとめる提案書も、おそらくIGF継続の線でまとめられるものと推測できる。今後の議論は、どういう形で継続して行くかという内容が焦点となるのではないか。例えば、現在まで事務局長として実質的に会議を運営してきたマーカス・クマー氏をはじめ、事務局体制とその予算をどうするか、筆者も4年間継続して参加してきた諮問委員会をどうするか、というような事務的な問題もある。来年2月には、ジュネーブで次の準備会合が開催されるが、その頃には、将来の方向性も少しは見えて来るかもしれない。
 
 1998年にICANNが誕生してから11年、2001年頃から国連でインターネット管理問題を議論すべきという声が聞こえ始めてからすでに8年が経過した。これから1年間、IGFの将来について国連がどう決定するかが注目される。今回のエジプト会議の様子を見る限り、民間主導でボランティア精神に基づいて進められてきた今のインターネットやICANNの仕組みは、国際社会にも受け入れられつつあるように思えてならない。

<筆者紹介>加藤 幹之(かとう・まさのぶ)富士通研究所 常務取締役
1977年3月東京大学法学部卒業。同年4月富士通に入社し、海外関係の法務案件に従事。84年6月ミシガン大学ロースクール留学(法学修士)。87年7月サンフランシスコ駐在(法律事務所にて紛争処理担当)。89年8月からワシントンD.C.に駐在。02年6月、15年ぶりに帰国し、法務、知財部門を6年間担当。08年9月からシリコンバレーで米州ビジネスを担当し09年7月帰国、現職につく。富士通の中央研究所の役割を果たす富士通研究所に所属して、富士通グループの技術ロードマップ作成等を担当。ワシントン時代から継続して、インターネットや電子商取引、知的財産権、独禁法、科学技術政策等の制度議論に参加し、国際的に活動中。Internet Law & Policy Forum (ILPF)名誉会長や、Internet Corporation for Assigned Names and Numbers (ICANN)のアジア太平洋豪州地域代表理事等を歴任した。米国(ニューヨーク州、ワシントンD.C.)で弁護士資格を持ち、専門分野での論文や講演も多数。

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