【デジタルコア・ニュース】
デジタルコアとIGF-Japan、東京でセミナーを開催
日経デジタルコアとIGF-Japanは12月14日、「クラウド・ソーシャル時代のインターネットガバナンス」と題し東京・大手町の日本経済新聞社でセミナーを実施した。
インターネットガバナンスとは、世界中で重要な社会インフラとして使われているインターネットを国際社会がどう維持し、運営していくのかという問題意識を指す。国連では、2005年の「世界情報社会サミット(WSIS)」以降、政府や民間、市民社会の垣根を越えてインターネットに関する問題を幅広く議論する「インターネットガバナンスフォーラム(IGF)」を毎年開催している。
このほど国内でインターネットガバナンスに積極的に取り組む「IGF-Japan」が発足したのに伴い、今回の企画となった。日経デジタルコアでは2004年にインターネットガバナンス研究会を設置している。
渡辺武経IGF-Japan議長、桜井俊総務省総合通信基盤局長
IGF-Japanの渡辺武経議長、ゲストとして出席した総務省総合通信基盤局の桜井俊局長があいさつした後、インターネットガバナンスの現状や、世界中が注目しているサイバーセキュリティーの問題点についての講演、そしてパネル討論が行われた。
講師、パネリストの発言のポイントは以下の通り。
■講演「国連IGF会議の動向とIGF-Japanの活動報告」
IGF-Japan副議長 加藤 幹之氏
インターネットガバナンスというと、ドメイン名やIPアドレスといった資源をどう管理するか、という狭義の意味と、技術的、社会的にインターネットがかかわる問題をどう解決していくか、という広義の意味とがある。2005年のWSIS以降設置されたIGFは、後者の立場を取っている。
IGFの特徴は、各国から政府、企業、市民社会といった様々な立場の人が参加し「マルチステークホルダー」で議論を進めていくことだ。立場を超えた柔軟な連携を通じて課題解決に取り組む「ダイナミック・コアリション」の動きも活発だ。
IGFはあくまで意見交換の場であり、意思決定機関ではない。強制力もない。このため当初はその役割に懐疑的な見方もあったが、活発な議論、多くの提言がなされるようになってきたことで評価も高まり、各国政府も真剣に臨むようになっている。最近は企業も実に積極的だ。インターネットの仕組みを議論し、提言に加わることは、自分たちのビジネスのあり方に大きな影響を及ぼすからだ。
日本からももっと盛り上げていこうと、今年IGF-Japanが発足した。IGF同様、誰でも参加できる。法人格は持たないが、中身のあるものにしたい。違法有害情報やセキュリティー、クラウドなど複数の専門部会を設置し、具体的な議論を進めていく予定だ。
■講演「サイバー攻撃に揺らぐインターネットの信頼性
~DigiNotar(オランダの認証局)不正証明書発行事件を検証する」
情報処理推進機構(IPA)セキュリティセンター 研究員 神田 雅透氏
日本のネット人口は9000万人を超えた。オンラインショッピングの利用者も6000万人以上にのぼると見られる。そこで必要不可欠なのが公開鍵基盤(PKI)の技術だ。これは言ってみれば「騙されないための保険」。しかし、その信頼性を大きく揺るがす事態が今年、オランダで発生した。
PKIは、公開鍵証明書を認証局(CA)が発行する形で運用されている。今年の夏、オランダの認証局DigiNotarが「イラン在住のクラッカー」を名乗る存在に機能を乗っ取られ、不正な証明書が多数発行されていたことが分かった。
それだけなら実害は少なかったが、当時、イラン国内でDNSサーバーが故意に書き換えられていたと見られ、不正な証明書を使った偽のサーバーに誘導されたユーザーの通信内容が盗聴された可能性が高い。
これは犯行声明も出された不正アクセスの事件だが、DigiNotar側のずさんな運用管理に問題があったことは否めない。しかも不正証明書の発行に気付きながら、根本的な対策を取らないまま事実を隠ぺいし、被害を大きくしてしまった。
こうした事態への対応策としては、不正な証明書をいかに早く失効させるかがポイントだ。それには、ユーザーが緊急のセキュリティーパッチを速やかに適用する必要がある。これは防御のための最低条件だ。
しかし、多くのユーザーが暗号化を確認することすらなくオンラインショッピングをしているのも事実だ。ネットの信頼性は技術的に守られるというイメージが強いかもしれないが、制度や仕組み、ネットを使う人の運用の仕方や心がけといったリテラシーに負うところが大きいとことも周知していかなくてはならない。
■パネル討論「クラウド・ソーシャルメディアの台頭で『インターネットのルール』は変わるのか」
総務省 総合通信基盤局 データ通信課長 齋藤 晴加氏
今年は政府レベルでインターネットに関する議論が多数行われた。5月に仏ドービルで行われたG8サミットでは、宣言の中にインターネットに関する内容が盛り込まれた。「インターネットはグローバル経済成長のけん引力」であるとし、民主主義の実現にも必要なものだと位置づけた。サイバー攻撃への対応、青少年保護の環境整備などにも言及している。さらに、この会合に先立ってグーグルのシュミット会長やフェイスブックのザッカーバーグCEOらを招き「e-G8フォーラム」も開かれた。
6月にOECDがインターネットエコノミーに関するハイレベル会合を開き、11月は英国政府が「ロンドン国際サイバー会議」を主催した。
米国政府の動きとして注目されるのは、クリントン国務長官が昨年の1月と今年の2月、2回にわたりインターネット政策についてスピーチしていることだ。1回目に中国などが行っているインターネットの検閲を批判し、2回目にインターネットがオープンであることは国の繁栄につながるものだと主張し、賛同を呼びかけた。そこでは「自由とセキュリティー」「透明性と秘匿性」「表現の自由と敬意」という、それぞれ相反することを両立していくことが必要であるとしている。
日本はどうか。6月に、ワシントンでインターネットエコノミーに関する日米政策協力対話を行った。これを受けた共同報道発表では、セキュリティーや青少年保護といった国境を越えた情報流通の増加に伴う政策課題についての5原則を挙げている。インターネットのオープンさや相互運用性の維持、商業ネットワークセキュリティー向上のための情報共有などだ。11月には日英ICT政策協議、日仏ICT政策協議も開いている。
震災以降、災害時の通信インフラの確保や、ICTによる復興支援などに各国から関心を寄せられている。総務省でも4月から「大規模災害等緊急事態における通信確保の在り方に関する検討会」を設置した。パブリックコメント募集を経て、間もなく最終取りまとめの予定だ。
イー・アクセス株式会社 執行役員 小畑 至弘氏
通信事業者の立場から意見を述べたい。かつて、通信事業者は「通信の秘密」を守ることを絶対としていたが、インターネットの時代になって状況は大きく変わっている。以前はサービスの運用に必要なことであっても、通信の内容は誰にも分からないように設計するのが基本だったが、オンラインショッピングではクレジットカードの情報が複数の事業者間でやりとりされる。つまり、限定的とはいえ通信の内容を「見える」ようにしていることになる。
通信事業者の競争環境も変化した。通信キャリアとコンテンツ事業者といった、レイヤーの異なる企業が競合したりする。
事業者の立場では、青少年保護問題のような課題が生じたとき、それに対し何をするのか、いつまでに、どのぐらいの費用をかけるのか、ということを具体的に考えなくてはいけない。このため、なぜそれをしなければいけないのか、将来的にこの対策でいいのか、といった本質的な議論、将来を見据えた議論はしにくくなるのも事実だ。
だがIGFの場では、みな会社の立場をひとまず離れ、自由に意見を交わせる。そうすると、自然に本質的なところにまで考えが及ぶようになってくる。IGF-Japanが発足したことで、今後は国内でもそのような議論を進めていきたい。まずは本日のセミナーのように、活動を知っていただく場を設けることが大事だ。
ネット時代のビジネスモデルは、世界的にもまだうっすら見えてきている段階だと思う。戦うためには世界を見る必要がある。それも訴えかけていきたい。
ハイパーネットワーク社会研究所副所長/多摩大学情報社会学研究所教授 会津 泉氏
自分は市民社会の立場でIGFに参加してきた。IGFはもともと5年を期限としてスタートしたが、その5年を経過し、現在は言ってみれば「2期目」に入っている。その2期目を迎えるにあたり、国連はCSTD(開発のための科学技術委員会)で改善策を検討、報告することを条件とした。
しかしそのCSTDのワーキンググループが政府からの委員だけで構成されそうになったため、各方面から強い抗議を受けた。自分たちも声を上げた。その結果「Invited Participants」というややあいまいな表現ながら、市民社会や企業の関係者も参加できることになった。
このワーキンググループでの議論はまだ合意に至っていないが、成果物をどう作るか、運営の形態、資金をどうするか、途上国などからの参加拡大をどう実現するか、関連する他の組織や議論の場とどうリンクしていくか、といったことを検討している。
だが日本はこのCSTDに加盟していないため、ワーキンググループに参加できない。これだけでなく、日本の影響力、そしてインターネットガバナンスへの関心が落ちてきていると感じる局面は多い。経済界や、技術面を話し合うコミュニティーなどがもっとかかわっていくべきだし、市民社会もいまひとつだ。誰が悪いということではないが、きょうもこれだけの人が関心を持ってこのセミナーに集まってくれた。それぞれの個人的な人脈も生かしつつ、工夫して活動を広げていきたい。
日本インターネットプロバイダー協会副会長 立石 聡明氏
昨年、香港でIGFの会合があったがそれがアジア太平洋地域では初めてだという。今年はシンガポールで開催された。インターネットガバナンスにおける日本のプレゼンスは次第に下がってきていると見るべきだ。
いま、海外から日本はどう見えているのだろう。ある人は「日本はすでに経済大国ではないかもしれないが、アジア地域における、数少ないネットの民主主義が実現している国だ」と語っていた。他の国で、ブログサイトの運営者が逮捕されたなどというニュースを聞くと、確かに日本はいい環境だと実感する。
日本は有害情報対策で先行している。携帯電話によるネット接続が早期に普及したので、フィルタリングなどの知見を積み重ねることができたからだ。こうした成果を、他の国に事例として公開していくことが重要だ。
例えば迷惑メールの発信について見ると、日本から他国にはほとんど迷惑メールが出ていないことが分かる。これは自慢していいことだと思うが、実は比較的単純な仕組みで実現できている。だが他の国にはそのノウハウがない。
青少年保護については国際協調が進んでいるが、それが公正さを保っているか、事業者やユーザー、すべての人々が注意して見守っていくべきだ。国際的な監督機関のようなものが必要かもしれない。IGFは、そういう機能も果たせるのではないだろうか。そこで日本のプレゼンスを発揮していければと考えている。
インターネット協会 副理事長 木下 剛氏(司会)
当初、IGFではドメイン名やIPアドレスといったリソースの管理が議論の的になっていたが、今年ケニアのナイロビで行われた会合に参加して感じたのは、インターネットを社会と密接に結びついた基盤としてとらえている、ということだ。
モバイルインターネットはますます重要性を高めてきている。また途上国では地域ごとのドメインではなく、フェイスブックがドメインの中心だったりする。こういった大きな変化をふまえながら、21世紀型社会における「インターネット」の位置づけを考えていかなくてはいけない。
もはやインターネットにアクセスできる権利は、水や食料を得るのと同じように、人権の一部に近いものとして考えるべきではないだろうか。ネットは新しい時代を迎えつつある。
クラウドやソーシャルメディアが広がりつつあることで、新しいITサービスとその利用形態が生まれ、セキュリティーの問題ひとつとっても高度化・複雑化が進んでいる。その一方でインターネットのオープン性をどう確保するかも考えていかなくてはいけない。マルチステークホルダーという、基本的には利害が一致しない枠組みでの議論を通じ、健全な発展を促していきたい。
そもそもインターネットはグローバルなリソースだが、これに関連した具体的な課題というのはほとんど国内で発生し、完結してきた。クラウドやソーシャルメディアによって、今後は国内だけでは取り扱えないテーマが続出するはずだ。日本は、国際的なルールづくりにより積極的に参加していくべきだろう。
2011-12-14 カテゴリー : デジタルコア・ニュース
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