【ネット時評 : 坪田知己(日本経済新聞社)】
牽引車は「創造大国の構築」ではないか――「IT新改革戦略」に欠けた視点

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 2001年に始まった政府のe-Japan戦略の後継として、昨年12月8日に「IT新改革戦略」(案)が発表された。日経デジタルコアは年末の27日に内閣官房の伊藤元内閣参事官を招いた月例勉強会で、その内容を解説してもらった。しかし、この戦略は、IT(情報技術)を矮小化しているように思えてならない。日本のいう国をどこに導くかという大きなビジョンが欠落しているのではないか。

インテルの選択に学ぶ

 「少子・高齢化」――これが日本が直面している最大の危機だ。人口の減少は、市場の縮小につながる。そういう状況の中で、日本経済の活力を維持することが、今後の日本の最重要課題である。
 現在の日本の賃金水準は、国際的に見ても最高水準にある。これを維持できる経済力をどう維持していくのか――。高付加価値の産業をどう育てられるのか――といったときに、参考になるのは、インテルの戦略だ。
 かつて日本は世界一の半導体生産国だった。しかし、今はMPU(マイクロプロセッサー)のインテル、DRAMのサムスンの挟撃にあって、整理統合でしのいでいる状態だ。
 インテルは、1985年にDRAMから撤退し、MPUに経営資源を集中した。高付加価値製品にシフトすることで、地位を守ったのだ。
 DRAMは投資の規模と決断がモノをいう世界。一方MPUは高度な技術開発が要求される世界だ。日本が選択するのは後者のパターンしかないと思う。

「創造大国」こそが戦略目標
 
 日本が世界の経済大国になったのは、世界中の情報を集めてきたことと、識字率が高く、勤勉な国民性によるところが大きい。しかし、日本の教育が「知識詰め込み型」であり、創造性を尊重するものではなかったという点では、19世紀型を温存していたともいえる。
 これからの日本が目指すべきは、高付加価値の商品、サービスを世界に送り出す「創造大国」ではないか。そのための情報流通基盤として、ブロードバンド・インターネットは世界でもっとも速く、安い国になっているのだから。
 しかし、インフラが整っただけでは、条件は整わない。ボトルネックは著作権問題だ。
 ユーザーから見て「いつでもどこでも、自分のほしいコンテンツが手に入る」という環境、供給者側から言えば、リーズナブルな料金が徴収できる環境--があるべきだ。

 昨年12月の「ネット時評」で慶応義塾大学の金助教授も、「保護する対象としての文化」と「創造する対象としての文化」の対比を述べていたが、これまでの著作権制度は、前者に大きく偏っていたといわざるを得ない。社会の進歩が遅い時代はそれでもよかったが、現代のように進歩が速い時代には、保護期間が長いこと、許諾に時間と手間がかかりすぎることは、インフラ充実という好条件を全く生かしていないことになる。

 新年に『知の編集工学』(松岡正剛著、朝日文庫、原著は1996年刊行)を読んでいたら、以下のような記述があった。

 経済文化はひとつの概念だ。その経済文化はネットワーク状になっている。マルチメディア社会とはそのような「ネットワーク経済文化」が進むという社会のことである。そして、そこでは「内容(コンテンツ)」が交換されるたびに経済行為を生んでいくということがおこってほしい。ITに期待をかける企業は、そうおもっている。しかし、そのような期待とはうらはらに、業界は「コンテンツ」づくりよりも、あいかわらずハードづくりに熱心なのだ。

 この本が書かれた10年前と何も変わっていないのは、政策の怠慢ではないかと思う。

情報流通基盤が機能する国でありたい
 
 梅棹忠夫氏は、『情報の文明学』で、情報を、非実用的な(とくに娯楽系)の「コンニャク情報」と、実用的な「非コンニャク情報」に分けたが、コンテンツとしてはどちらも重要だ。
 前者の方では、ポケモンとか宮崎駿監督のアニメは世界に通用するだけの質を持っている。韓流ドラマが日本を席巻したように、世界に広めていくだけの文化輸出政策を持つべきだろう。また、原作を利用して、より魅力的なコンテンツを作る「再創作」についても、それを認知して保護することが重要だ。
 このことは、1昨年ヒットした平原綾香の「jupiter」が、ホルスト作曲の組曲「惑星」からの再創作だったことからもわかるはずだ。
 後者の方では、私は、日本という企業社会全体が一つのグループウエアを共有することをイメージしている。情報化の目的は、「選択における不確実性の減少」あるいは、「判断を早く正確に行うこと」だ。これまでの「効率化」をテーマにした情報化を越え、「判断が出来る人に、すばやく情報を渡して、判断させる」(これは、ゴール前にいる選手にパスをするサッカーのイメージに似ている)という分散型の意思決定の基盤にもなる。知的情報の生産者に報酬が得られるような、その情報が広く頒布されるような情報流通基盤(インターネット普及の前段で米国が考えた情報スーパーハイウェイの目的はそれだった)を改めて俎上に載せるべきだ。

 日経メディアラボは、慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構(DMC)、コンテンツ政策研究会と「クリエイティブ産業政策フォーラム」を立ち上げて、創造大国に向けたコンテンツ政策の提言をしていこうと考えている。政府の方でも内閣府のコンテンツ専門調査会を中心に、著作権制度の見直し、通信・放送の融合などの議論が進んでいる。しかし、やはりそれはIT戦略の中で、最重要課題として取り組むべきではないか。
 今回の「IT新改革戦略」で、医療や環境、安全、便利などの課題が挙げられていることに反対しているのではないが、小粒の課題の羅列ではなくて、今後20-30年というスパンで日本がどういう国となるべきかという「グランドビジョン」を持って、それを中核にすえた巨視的な戦略であって欲しいと思う。
 繰り返すが、日本が生きる道は「創造大国」であって、国民の創造性を引き出し、「一億総クリエーター」ともいえるような、コンテンツ流通基盤の整備がITの最重要課題だと私は考える。

<筆者紹介>坪田 知己(つぼた ともみ) 日本経済新聞社 日経デジタルコア事務局代表幹事/日経メディアラボ 所長
1972年日本経済新聞社入社。大阪・経済部、社会部、名古屋・報道部、東京・産業部などで記者を務めるとともに、日経BP社「日経コンピュータ」副編集長も歴任。1994年以降、日本経済新聞社のインターネット事業戦略の立案に関わる。マルチメディア局企画開発部長、電子メディア局企画担当局次長を経て、2000年3月にデジタル関連の情報と人脈交流を目的とした日経デジタルコア事務局を設立し、同代表幹事に就任し現在に至る。2003年から慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科教授を兼任。2005年3月、「日経メディアラボ」の発足と同時に初代所長に就任。著作に「マルチメディア組織革命」(東急エージェンシー刊)、「大逆転!インターネット時代の仕事革命」(主婦と生活社共著)ほかがある。

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