【ネット時評 : 片瀬和子(未来工学研究所)】
「IT先進タウン」で起きた悲劇――危険回避における情報リテラシーの重要性

katase2.jpg
 
 2007年4月16日、米南部バージニア州ブラックスバーグにあるバージニア工科大学で起きた銃乱射事件の惨劇は記憶に新しい。事件後、同大学のサイトには、Tragedy at Virginia TechApril 16th Memorial Website Virginia Techといった、事件を追悼するページやブログが開設された。また、Guest Book for Virginia Tech Shooting Victims
には、2007年4月24日現在、各地から38,000件を超える追悼メッセージが寄せられている。さらに、Podcastによって学長や警察関係者のメッセージを聴くことができ、追悼式のネット中継も行われたようだ。追悼のために、インターネットが大きな存在感を示している。

ブラックスバーグ電子村
 
 私は、米国の先進的なサイバーコミュニティー活動事例を調査するため、2000年3月にバージニア工科大学を母体とする地域情報化推進機関「ブラックスバーグ電子村」(Blacksburg Electronic Village)を訪問する機会を得た。ブラックスバーグ電子村のディテクターを勤める同大学の先生方へのインタビューとディスカッションを通じて、理想的な地域情報化の姿に触れ、感慨を深くした思い出深い町である。
 
 ブラックスバーグは、米国でも屈指のIT先進地域としても知られている。このブラックスバーグの地域情報化を先導してきたのがブラックスバーグ電子村にほかならない(注)。
 
 ブラックスバーグ電子村はインターネットの黎明期にあたる1993年に活動を開始し、次の3分野に関する取組みを同時並行で推進した。
 
 (1)独自のインフラ整備:通信事業者と協力して独自のネットワークを構築し、大学関係者以外も含めた地域住民や地元企業向けにインターネットアクセスサービスを提供
(2)ユーザーのITリテラシー向上策:インターネットの有用性をコミュニティーのキーパーソンに啓発し、高齢者をも対象とした様々なIT講習会を開催
(3)ローカルコンテンツの充実:多様なローカル情報がアップされた地域ポータルサイトの構築、運営、コンテンツ更新体制の確立

 インフラ、リテラシー、コンテンツの3分野をバランスよく実践した結果、2000年の時点で、ブラックスバーグはすでに住民の80%以上がインターネットユーザーとなり、サイバーコミュニティーを確立して米国一とも言えるIT先進タウンに発展していた。そして、サイバーコミュニティー活動がブラックスバーグというリアルな地域の活性化をもたらしていた。
 
 ブラックスバーグでのインタビューを通じて、細部まで考え抜かれた緻密、かつ地道な地域情報化活動に強く感銘を受けた。その当時、わが国の地域情報化は自治体主導のネットワークインフラ整備が先行していて、リテラシー、コンテンツまで含めてネットワークの円滑な利活用まで考慮した、バランスの取れた情報化活動はほとんどなかったのである。
 
 その後ブラックスバーグ電子村とバージニア工科大学は、アクセス回線のブロードバンド化にもいち早く取組んだ。2005年には全住民の約60%が自宅もしくは勤務先・学校で、有線・無線のブロードバンドによりインターネットを利用するようになり、米国有数のブロードバンド先進地域となった。ちなみに、非ブロードバンドユーザーも含めたブラックスバーグ市民のインターネット利用率は約90%に達している。学生、教員等大学関係者が多数を占めているとはいえ、この比率は驚異的である。

最先端の学内ネット

 バージニア工科大学は、学内のネットワーク環境整備とその運用策においても模範的だった。学内にCommunications Network Services Virginia Tech(略称CNS)という機関を設け、大学施設、寮、学外の学生アパートまで含めたLANを構築・運用し、大学関係者に対して動画まで視聴可能な有線・無線のブロードバンドネットワークをはじめ、音声電話、ビデオ会議等のサービスを提供している。CNSにおいてもやはり緻密なプランを練り、細部まで気を配ったITサービスやユーザーサポートを行っていたようだ。

このようなブラックスバーグでの4月16日の惨劇に、わが耳を疑った。特に、一斉同報メールで学生たちに第一報が伝えられたのは、最初の事件発生から2時間後と知り、情報伝達の遅れに大変驚いた。IT利用環境が整っていて、一斉同報メール等により迅速な周知が可能であったはずなのに、これらが十分生かされなかったのである。

危険情報配信の難しさと真の情報リテラシー

 わが国では、総務省が中心となって、「地域安心安全情報共有システム」の導入実験(平成16~17年度)、「安心・安全な社会の実現に向けた情報通信技術のあり方に関する調査研究会」(平成18年度)、「ユビキタスネット技術を用いた子どもの安全確保システム及び高齢者の安全確保システムに関する事例」の収集と公表(平成18年度)など、地域あるいは子供や高齢者の安全確保に関連する取組みが行われている。そのなかの「地域安心安全情報共有システム」の実験では、各地の参加者より「正確な犯罪発生や不審者等の情報を地元警察からもっと早く提供して欲しい」などの要望が出された。

 現実には、正しいと判断される危険情報を、リアルタイムに近い状態で携帯電話やPCに等にメールで送ることは非常に難しい。バージニア工科大学でも、情報の信憑性・正確性の追求と検証に時間を要し、さらに危険性の過少評価や過度の思い込みなどが加わって、対応の遅れをもたらしたのではないかと推察される。
 
 この惨劇から、私は、ネットワークを駆使したスピーディーな情報配信の仕組みが整っていても、精度の高い危険情報のタイムリーな周知は、情報を流す人間自身の的確な判断力、洞察力にかかっていると感じた。当たり前のことだが、情報の内容や発信のタイミングを決断する人間側の対処能力が危険回避に大きく影響するのである。言い換えれば、コンピューターなどのツールの使い方を心得ているだけではなく、情報の質や価値の評価・関連付け、タイムリーな情報発信ための状況判断も含めた「情報活用能力」が重要だということだ。このような情報活用能力こそが、真の情報リテラシーではないだろうか。

 わが国ではメールによる同報サービス以外にも、IPネットワークを介したカメラ映像による遠隔監視、GPS(全地球測位システム)による位置情報の把握、ICタグによる児童生徒の登下校チェックなど、新しいツールを取り入れた安全システムが導入されつつある。これらの情報も、適時適切な価値判断がなされることによってこそ、危険回避につながりその効用が発揮される。繰り返しになるが、有事の際に安心・安全確保の仕組みが生きるためには、この仕組みを使って危険情報などを円滑・迅速に流通させる人間自身の情報リテラシーが不可欠なのだ。
 
 最後に、銃乱射事件で犠牲になられた方々のご冥福を心からお祈りするとともに、このような痛ましい事件が再び起こらないよう願ってやまない。

 
注)「ブラックスバーグ電子村」の成り立ちについては、ディレクターであるバージニア工科大学Andrew M. Cohill教授,Andrea L. Kavanaugh教授の著書、『エレクトロニックビレッジ』公文俊平/CANフォーラム訳,くまざさ出版社(1999年)に詳述されている。


<筆者紹介>片瀬 和子(かたせ かずこ)
未来工学研究所 情報通信研究グループ リーダー
民間のシンクタンク勤務等を経て1991年未来工学研究所入所。「豊かな社会を実現するために、どのように新しい技術を活かすべきか」という視点から、情報通信関連の調査研究に従事。最近の主な調査研究分野は、サイバー・コミュニティ活動及び関連ビジネス、ブロードバンド関連サービス、欧州・韓国におけるブロードバンド・ICTの利活用。教育機関・行政機関の情報ネットワーク化。デジタルコンテンツ関連ビジネス等。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL
http://www.nikkeidigitalcore.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/183

コメント一覧

メニュー