【ネット時評 : 藤元健太郎(D4DR)】
「照明」インフラ化計画・IT主戦場はリアル空間へ

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 エコポイントもスタートし、我が国の環境対策は一般生活レベルでも身近な存在になりつつある。また国際レベルの地球温暖化対策をめぐる交渉の中で、日本も中期目標の設定を行う必要があり、落としどころをめぐり国内でも意見が別れ議論が紛糾している状況だ。
 

 CO2削減を強力に進めるとGDP(国内総生産)を押し下げることになるというシミュレーション結果もあるが、オバマ政権も提唱しているように、ITを有効活用してエネルギーを効率的に消費していく「スマートグリッド」など、新しい産業創出を行うという考え方も強くなりつつある。

 筆者は環境対策を行いつつ新しい産業を創造する施策として、「照明」という身近なアイテムをキーにした構想を提案したい。


LED照明の可能性

 照明は現代社会に必要不可欠なものだ。現在、家庭の電力消費の16%を占めているのは照明器具の電力消費である。白熱灯から蛍光灯への置き換えで省エネ化を行う動きが推奨されているが、蛍光灯も水銀が利用されており(一部水銀レスの蛍光灯も開発されてはいる)環境に必ずしも優しいわけではない。

 そんな中注目されているのはLED(発光ダイオード)照明である。LED照明と言うと冬の街を彩るイルミネーションのイメージが強い。だが技術開発が進み、蛍光灯に比べて年間消費電力を大きく削減することもできるため、普通の照明としても実用化の時期を迎えつつある。現在、LED照明は初期コストの高さが最大の課題だが、主要な特許が切れる時期が近づいており、初期コスト低下も見込まれている。

 LED照明は寿命が長いことも特徴だ。大きなオフィスビルや商業施設では照明器具の取り替え作業にかけているコストも膨大であり、電力コスト以外のランニングコストも低減効果が期待できる。

 色を変えることができるメリットもある。一部の街路灯の色を青い色に変えて犯罪や自殺を減らす取り組みをしている地域もあるように、色は人間の心理に影響を与える。エンターテインメント的な利用や、警告を与えるなど様々な利用シーンを考えることができる。

 これが次世代のLED技術である有機ELになると、映像なのか照明なのか区別がつかないような使い方も想定される。形状も格段に自由にでき、壁一面や柱を照明にしたり、ということも可能になるだろう。

 そしてもうひとつの可能性が可視光通信である。光の点滅に携帯電話などのカメラを対応させることで、指向性のある通信ができる。指向性があるため、特定の場所や範囲だけに情報を届けることができ、電波で問題になる、部屋の壁を越えて漏洩するようなこともない。セキュリティーの視点で考えても活用範囲は広い。


照明をユビキタスモジュールに

 このようにLED照明は照明以上の可能性を秘めている。可視光通信機能だけでなく、各種センサー(赤外線や映像カメラ、音声マイクなど)や無線通信機能を照明機器の中に実装し、ユビキタスモジュール化する、というのはどうだろう。照明機能と通信機能を同時に実現するモジュール機器にして、日本中の照明を置き換えていけば、環境に優しいユビキタスネットワークの空間を実現できるのではないだろうか。PLC(電力線搬送通信)を活用すれば電力線と照明機器だけで通信ネットワークを構築することも可能である。

 ビルや街中の照明を、この新しい照明モジュールに移行していくだけで、新しい社会インフラが誕生することにつながるのだ。


リアル空間高付加価値化の取り組み

 次のITによる市場創造のフロンティアはリアル空間の高付加価値化にある、と思う。そのためには低コストでリアル空間に通信デバイスを大量に設置していくことが必要だ。そこで、この照明による通信インフラが大いに活躍する。

 例えば最近注目されているAR(オーグメンティッド・リアリティー、拡張現実)という技術は、リアル空間をカメラなどで撮影した映像に仮想空間のデジタル情報をオーバーラップさせることができる。そのアプローチは、詳細なリアル空間の位置情報を元に、仮想空間の情報をマッピングしていく、というものが中心だ。もし、全ての照明から固有の情報が配信されていれば、カメラを向けるだけでその場所の情報を照明から入手することが可能になる。

 また飲食店などで座っているテーブル毎に、別々の情報を天井の照明から配信することもできるだろう。もちろん通信方式は必ずしも可視光通信に限ることはない。ワンセグの電波を活用して、シェフが店内にいる人向けに自分の調理動画をワンセグ放送し、お客の携帯に配信するようなこともできる(現在は実験免許を申請する必要あり)。


短距離の無線通信技術がカギ

 ポイントは極めて短い距離の通信手段の確保だ。これまでの無線技術は広範囲を面でカバーする技術が多かったが、リアルなビジネスでは店先3mやお客さんが座っている席など、ピンポイントの場所が重要であり,緯度・経度では表現できない非常に小さい空間単位が重要になる。人々はまさにその場所でその時、その瞬間に適切な情報を入手することを求めている。そのお店に入ろうかどうしようかは店頭の入り口で判断することが多いだろうし、もう100m先まで歩いてみるかどうかは、その瞬間の判断材料となる情報がそこにあるかないかで全く異なる。

 これまで、情報を入手するのは自宅やオフィス、移動中の電車の中などが多かった。つまり、ほとんどの情報は事前入手型であったと言える。携帯が便利になったとはいえ、まだまだ街中で自分に最適な情報を検索するための時間と手間はかなりかかる。今いる場所に限定された情報だけを、簡便にデジタルで入手する手段はまだあまりない。急速に普及しているデジタルサイネージもひとつの方法ではある。しかし、全ての場所にサイネージを設置するのはコスト的にも景観的にも現実的ではないだろう。そこで、生活者が持っている携帯端末とリアル空間が通信を行うことは現実な解と言える。


今だけ、ここだけ、あなただけ

 これまでのITは「いつでも、どこでも、誰にでも」通信を行うことを目指してきたが、リアルのビジネスでは「今だけ、ここだけ、あなただけ」に情報を届けることで価値を生み出すことが可能になる。さらに、そこに行かなければ手に入れられない情報や、そこにいるからこそ入手できる情報があることで人々の行動は変わる。事前に自宅のPCで入手した情報よりも、現実に、いま手に入れた情報の方が行動の意思決定に関わる影響度は大きいだろう。その結果、不特定多数の人を人通りの少ない通りに誘導することができたり、ターゲットとなる人だけを看板の無いビルの最上階の店舗に誘導できるようになれば、地価の概念も変わるはずだ。

 価格設定をリアルタイムで変えることで、特定時間帯しか混まない店舗の稼働率を平準化することができれば、平均価格を下げながら利益率を高めることも可能になるかもしれない。そもそも冷静な状態でショッピングを行うEC(電子商取引)に比べ、リアルな空間では人間の欲望を喚起する仕掛けがたくさん用意されている。そこに人件費をかけないで適切に情報提供できる手段が加われば、現在5兆円と言われる消費者向けEC市場の27倍、135兆円もあるリアルな小売り市場の活性化が期待できる。

 社会インフラとなればビジネス以外も多いに活用できる。街路灯は防犯インフラにもなるだろう。配信する情報はアクセシビリティーの向上にも役立つ。タウンマネジメントや都市設計そのものの概念を変えるかもしれない。


政策としての検討に期待

 この産業群が育つことは、新しい競争力としてのサービス業を高度化し、わが国の国際競争力増進に大きく貢献することが期待できる。問題は、リアル空間へのインフラ投資はベンチャー企業などにとっては大きなハードルとなることだ。ベースのインフラや基本となる情報構造の定義さえできてしまえば、あとは照明を次々と置き換えることでインフラは整備できるし、そこから先はベンチャーの創意工夫により新しいサービスモデルをどんどん生み出してもらうことができるのではないだろうか。

 繰り返しになるが、新しいITイノベーションの大きな柱はリアル空間の高付加価値化だ。この分野のサービスモデルやプラットフォーム事業者、新しいデバイスををいち早く生み出して輸出産業化し、日本の国際競争力を高めるためにも、日本中の照明を新しいLED照明モジュール化するような思い切った施策を今こそ打ち出す時期ではないかと考える。

<筆者紹介>藤元 健太郎(ふじもと けんたろう) D4DR社長
1993年からサイバービジネスの調査研究、コンサルティングに従事、日本初のビジネス実験モール「サイバービジネスパーク」のトータルプロデュースを行う。99年5月、8年間在籍した野村総合研究所を離れSIPSを手がけるフロントライン・ドット・ジェーピーの代表に就任。2002年にD4DRを設立し,広くITによる社会システムや,ライフスタイル,企業戦略の変革のコンサルティングや調査研究,プロデュースを行っている。

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