【ネット時評 : 楠 正憲(マイクロソフト)】
NGNとISPの相互接続、2方式の長所短所~インターネットのトリレンマ(7)

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 総務省のインターネット政策懇談会などで数年間かけて議論されてきた次世代ネットワーク(NGN)とインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)との相互接続方式を巡る調整が最終局面を迎えている。2つの方式が検討されているが、それぞれに一長一短がある。(本稿は「NIKKEI NET IT PLUS」に掲載したものです)
 

■業界内でも割れる評価

 NGNはネクスト・ジェネレーション・ネットワークの略で、インターネットの利便性と電話網の信頼性を持つ新しい通信網を目指し、国内ではNTT東日本とNTT西日本が整備を進めている。総務省は5月26日に、ISPがNTT東西のNGN網を通じてインターネットの次世代規格「IPv6」接続サービスを提供するための接続約款の変更案について、パブリックコメントの募集を開始した。

 この約款案では2つの接続方式が提案されている。1つ目は「トンネル方式」と呼ばれ、全てのISPがNGN網上で加入者との間の仮想的な通信路(トンネル)を確保するやり方。2つ目がNGN網に直接接続する代表ISPを最大3社までと定め、その他のISPは代表ISPを経由してNGNに接続する「ネイティブ方式」だ。

 トンネル方式は、加入者とISPを結ぶNGN内の通信と、インターネット接続とを振り分けるアダプターが必要になるため、事業全体の費用がかさみやすい。ただ、どのISPに対しても平等にインターネット接続サービスを提供でき、IPv6への移行にあたってISPのインフラや業界構造への影響を最小限に抑えられる。

 一方、ネイティブ方式は代表ISP3社を通じて接続するため、多くのISPが代表ISPにインフラの管理を委ねる必要があるものの、技術面でトラブルが生じにくく、ネットワーク本来の性能を引き出しやすいとされる。

 業界内でも評価は分かれており、ISPの業界団体である日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)はトンネル方式を推しているが、全国でISPサービスを提供する大手ISPは、ネイティブ方式を採用することを望んでいるようだ。


■IPv4アドレスの枯渇で顕在化した技術の課題

 今回の議論の背景には、これまでのインターネット通信技術の規格だった「IPv4」のアドレスが枯渇しつつある問題がある。次世代規格であるIPv6は既存のFTTHサービスでも「ひかりTV」や「ひかり電話」で利用が始まっている。いまのところISPを経由したインターネット接続にはIPv4、NTT東西の地域網内で提供する独自サービスにはIPv6を活用するというように両者はすみ分けている。

 ところがIPv4アドレスの在庫が数年以内に枯渇する公算が大きくなり、インターネット接続サービスもIPv6に移行する必要に迫られてきた。そこで、これまでNTT東西の地域網内で独自に提供してきたIPv6サービスと、これからISPが提供するIPv6によるインターネット接続サービスを共存させようというのが今回の問題の発端である。

 ISPがIPv6インターネット接続サービスを提供する場合、各ISPはIPv6アドレスを利用者に配布する必要がある。ところが利用者には既にNTTの地域網でのIPv6アドレスが配布されている。すると1人の利用者に対して複数のIPv6アドレスが割り当てられることになる。

 複数のアドレスが割り当てられた状態はマルチプレフィクスと呼ばれ、様々な問題を抱えることになる。例えばOSやアプリケーションソフトを滞りなく使うためには、パソコンがインターネットで通信しているかNGNで通信しているかを認識して、パケットの送信元アドレスや転送先を使い分ける必要があるのだが、それを解決する技術が標準化されていない。


■国際基準や規制の容易さも考慮すべき

 マルチプレフィクスに対してトンネル方式は、専用のアダプターでパケットの送信元のIPv6アドレスを自動的に書き換え、インターネットとNGNの両者を使い分けられるようにする。ISPの加入者宅に設置する専用アダプターやトンネル構築のコストがかさむほか、1Gbpsを超える超高速サービスでは性能の低下が予想される。さらに書き換えたIPv6アドレスとアプリケーション層のデータとの間で矛盾が生じて通信トラブルの原因となることが懸念される。

 ネイティブ方式は同じIPv6アドレスをISPとNGNが共有することで、マルチプレフィクス問題を回避する。専用アダプターによるアドレス変換や、トンネル構築の必要がないため全体として費用は抑えられ、ネットワーク本来の性能を発揮でき、互換性などの問題も生じない。しかし直接接続する事業者数に応じてNGNで管理すべき経路数が増えるため、現段階では3社までしか接続できない。そこで3社の代表ISPに各ISPがインフラを委ねる方式を取る。

 代表ISPは、その会社に接続することを望むISPを多く集めた上位3社を選ぶという。限られた事業者にインフラが集約されることで寡占化が進むと競争原理が働きにくくなるほか、接続先のサイトを制限するブロッキングや、そのほかのISPに対する接続の制限など規制が容易になりかねないことを懸念する向きもある。


■消費者目線で技術革新を見据えた競争政策を

 NGNのIPv6インターネット接続方式の検討にあたっては、新たなコスト負担を避けたい規模の小さな地域ISP、新たな収益機会を探る大手ISP、NGNを武器にNTTグループの影響力が強まることを警戒する大手通信各社、NGN事業そのもののありようを模索するNTTグループ各社などの利害が錯綜(さくそう)しているはずで、非常に困難な調整があったものと推察される。

 今回の案では、トンネル方式にかかるネットワークの改造費用は全ての加入者が負担する。一方、ネイティブ接続にかかるネットワーク改造費用はネイティブ接続の加入者だけで負担するため、トンネル方式のほうが実際にかかる費用が大きいにもかかわらず、ネイティブ方式のほうが利用者の負担が大きくなるという逆転現象が起きる公算が大きい。より高性能なサービスに対して、より高い対価が求められるのだから外形的には問題ないとの見方もできるが、最終的に費用を負担する消費者の立場に立った結論となるかは疑問も残る。

 政府による規制が市場での競争を歪(ゆが)めるべきではないが、無理に業界秩序を維持するために複雑な方式を採用して全体の費用が膨らみ、最終的に消費者の負担が増すことになっては本末転倒だ。今後も通信と放送の融合、固定網と移動網の融合など業種の枠を超えたサービスの高度化が予想される。事業者に対して公平であるだけでなく、消費者の利益と技術革新にも配慮した競争政策の在り方について、狭い業界で閉じずに議論を深めるべきではないか。
 

(参考)東日本電信電話株式会社及び西日本電信電話株式会社の第一種指定電気通信設備に関する接続約款の変更案に対する意見募集 ~NGNのIPv6インターネット接続に係る接続約款の措置~(http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/090522.html
 
 

<筆者紹介>楠 正憲(くすのき まさのり) マイクロソフト 法務・政策企画統括本部 技術標準部 部長 
1977年、熊本県生まれ。ECサイト構築や携帯ネットベンチャー等を経て、2002年マイクロソフト入社。Windows Server製品部Product Manager、政策企画本部技術戦略部長、技術統括室CTO補佐などを経て2009年より現職。


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