【ネット時評 : 築地達郎(報道ネットワーク/龍谷大学)】
「NHK民営化」を議論する前に

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 「日本のテレビはつまらないですね。どのチャンネルを見ても同じ内容だし、見たいときに見たい番組がない」。日中を股に掛け、コンテンツビジネスで活躍する中国人起業家がこんな不満を漏らした。

平均チャンネル数は50にも

 平均的な家庭で視聴可能なチャンネル数は、日本の「6~8」に対して中国はヒト桁上の「30~50」に達する。自由主義国・日本と共産主義国・中国でこの逆転現象はなぜ起こったのか。その構造の向こう側に、日本のマスメディア環境の特異性が透けて見える。
 そういえば以前上海に出張したとき、ホテルで視ることができるチャンネルのあまりの多さに驚いたことがある。
 NHKに当たる中国中央テレビ(CCTV)だけで16チャンネル。地元の上海テレビ(STV)が8~9チャンネル。チベットや内モンゴルなど各省クラスで発信している衛星テレビが10数チャンネル。そして、香港や欧米各国、日本のNHKの衛星チャンネルも。ホテルに備え付けのチャンネル表は延々3ページにわたった。
 中国では最低でも15チャンネル、平均的な家庭で30チャンネルは当たり前という。音楽や経済などの専門チャンネルも充実し、視聴者にとっては快適この上ない。また、現地からのブログを見ると、かつて外国人に限られていた日本や台湾の衛星放送受信も事実上野放し状態で、日本円で2万~3万円も払って衛星アンテナとチューナーを設置すれば簡単に視聴できるらしい。まさにアジア随一の多チャンネル先進国だ。

なぜ日本は多チャンネル化しないのか

 前出の中国人起業家に聞かれた。「なぜ日本は多チャンネルにならないんですか?」と。はて、なぜだろう?
 もちろん日本でもいろんな種類のチャンネルを選ぶことはできる。ただし、CATVを引くとか、2つか3つのパラボラアンテナを取り付けるといった、結構面倒な追加設備投資が必要だ。受動視聴に慣れた日本の視聴者にとっては低くないハードルである。そのことが1つの要因だろう。
 もっと大きいのは収益構造だ。多チャンネル化するとチャンネル当たりの広告売り上げが減ってしまうから、局の側に多チャンネル化へのインセンティブが働きにくい。知人の放送局経営者は「地上デジタルは鬼門だ」としきりにぼやいていた。日本の放送人は誰しも、本音ベースでは多チャンネル化に反対なはずだ。
 で、中国人起業家に逆に聞いてみる。「中国の放送局はなぜ多チャンネル化が可能なの?」と。CCTVをはじめ、中国の放送局は原則として独立採算で、国からの補助はない。なぜ多チャンネルで視聴率が薄まっても広告が取れるのだろうか。
 彼の答えは単純明快だった。「できるだけ専門化したプログラムを流さなければ広告が集まらないじゃないですか。中国の企業はシビアですから、日本のように誰が見ているか分からない番組には広告を出しません」。

専門性高い中国広告業界

 聞けば、中国には約60,000社もの広告会社があるという。その全てが中小で、日本の電通・博報堂(電博)に当たる巨大広告会社はない。当然の事ながら、中国の広告会社はなんらかの専門性を持って商売をすることになる。多チャンネル化によって生まれる専門チャンネルの方が、与し易いはずだ。
 それに対して、日本の放送局は、どうしても電博が出稿しやすい(クライアントに売りやすい)プログラムづくりをしないわけにはいかない。電博がつかんでいるのは日本のトップクラスの企業ばかりだから、当然、チャンネル数は増やさず、万人受けする番組を作ろうというインセンティブが働く。
 2004年の中国の総広告費は前年比20%増の1200億元(約1兆6800億円)。日本の総広告費は2兆8000億円でほぼ横ばいだから、この調子でいけば3年後に市場規模で日本を追い抜くのは必至だ。その多くが専門性の高い内容で勝負するタイプのものになる。インターネットなども含めて、広告メディアはますます専門性を高めていくことになるのだろう。
 ひるがえって日本。このところNHKの民営化論がかまびすしいが、その前に、中国を参考にして広告業界のあり方を考えておく必要があると思う。

民放をもう1局つくるのか

 今、首相周辺から出ている議論は、NHKの受信料を廃止し有料放送化(具体的にはスクランブル放送化)しようというものだ。だが、現実にはこれは不可能だろう。技術的にもビジネス的にも政治的にも。むしろ、スクランブル放送化を否定して、広告メディア化への道筋を開くのが狙いなのではないか。
 既存の民放や新聞は反対するだろう。しかし、広告業界にとっては、未だかつてないほど強力なマスメディアを手にすることになる。そういう力学が働いているように、筆者には見える。
 だが、それは、NHKが他の民放と同じようなプログラム作りへの途を歩むことを意味するのではないか。民放をもう1局つくろうというのだろうか。薄く広くという従来の民放の路線が、“みなさまのNHK”路線と融合して、大衆迎合路線がさらに強調されるように思う。
 電通は戦時中、同盟通信社と呼ばれた。報道部門と広告部門を持ち、全国の新聞社に対して記事と広告を取りまとめて供給する体制を造りあげた。軍部による情報統制のためだった。
 戦後、現在の共同通信社、時事通信社とに分かれたが、現在もこの3社は資本的に深いつながりがある。電通の支配的なシェアは戦後も温存された。私たちが日頃触れている民放のコンテンツはその強い影響下にある。
 この構造をそのままにしてNHKを民営化してしまうのなら、いつまで経っても多チャンネル化は進まないだろう。
 民営化は社会改革の有効な手段の1つだ。だが、ボタンを掛け違うと容易に寡占につながる両刃の剣である。NHK民営化を論ずるより前に、広告業界の“戦後処理”が先決なのではないか。

<筆者紹介>築地 達郎(つきじ たつお) 報道ネットワーク社長/京都経済新聞社社長兼編集長/龍谷大学社会学部助教授
 1960年生まれ。日本経済新聞記者を経て95年独立。97年に報道ネットワークと京都経済新聞社を設立し、小規模報道機関のネットワーク構築に注力。2005年から龍谷大学助教授を兼ね、後進の指導にも当たる。  著書は『ジャーナリズムの条件(第3巻「メディアの権力性」)』(共著、岩波書店)、『ロボットだって恋をする』(中公新書ラクレ)、『ビル・ゲイツが大統領になる日』(ウェッジ)、『CALSからECへ』(日本経済新聞社)など。

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