【ネット時評 : 金 正勲(慶應大学)】
「情報通信省」議論の前に考えるべきこと

kim.jpg
 
 今年に入って再び浮上した「情報通信省構想」。今からちょうど10年前、橋本内閣の行革議論の際に登場して以来、今回で4度目である。しかし、その度に政治的な利害が先行し、国民のための冷静な議論が行われないまま消えていった。このような不健全なサイクルは早期に断ち切り、国民主体のオープンかつ透明な政策議論を始めるべきだ。情報通信省に象徴される、メディア融合時代の規制機関の制度設計問題について「振興政策と規制政策の統合」「独立委員会方式の導入」「規制管轄の統合」の3つの問題について考えてみたい。

 融合は確実に進む。そのなかで規制機関をどのようにデザインするか、という点は極めて重要な問題である。ただ、情報通信省構想を含む省庁再編の議論はあくまでも手段であり、それ自体が目的ではない。従って、先行するべき議論は情報通信省を具体的にどうデザインするかという器の議論ではなく、何のための情報通信省なのか、なぜいま情報通信省のような省庁再編が必要であるか、といったソフトウエア、あるいはアーキテクチャー次元の議論である。この順序を誤ると、手段と目的が逆転した本末転倒な議論に発展する危険性が高い。


振興政策と規制政策の統合について

 情報通信省構想の1つ目の論点は「振興政策と規制政策の統合問題」である。具体的には、放送・通信と関連する振興政策と規制政策を統合するのか、それとも分離するのか、という問題である。日本の場合現行では、放送と通信に関する振興と規制はひとつの省庁(総務省)の下に統合している。これはOECD(経済協力開発機構)加盟国では珍しい体制である。

 日本を除く主要先進諸国では、振興政策と規制政策は分離するのが一般的だ。その背後にある考え方としては、技術や市場の変化が激しい情報通信分野の場合、政府の企画・振興能力には限界があり、デフォルトとして市場メカニズムに任せ、そこに何らかの歪みが確認(特定)された場合のみ、政策的な介入が正当化されるという考え方である。いわゆる事後規制を前提とした競争政策中心の体系である。

 このような振興政策と規制政策の分離については根強い批判もある。例えば、そもそも振興政策と規制政策の概念自体があいまいなため、両者間での明確な線引きも難しく、業務領域の重複が発生しやすい。それが管轄権争いに発展する可能性もある。また両者間で政策的な方向性のズレが生じた場合は、政策の効率的な企画・執行が妨げられ、政策的な一貫性が保てなくなる点も指摘できる。


独立委員会方式について

 2つ目の論点は、独立委員会方式の是非である。これは、振興機能は省庁に残し、規制政策機能は独立委員会に移管するというアイデアだ。ここでいう独立の意味は、国によっても異なるが、1930年代から独立委員会方式を採用している米国のFCC(連邦通信委員会)モデルでいえば、それは行政府や立法府(議会)からの独立というよりは、むしろFCCに対する統制権限が行政府と立法府に均衡に分散されることを意味する。例えば、大統領はFCC委員の任命権を保持するのに対し、議会はFCCの業務に対する監督権を持つことで、政策のチェック&バランスをはかる仕組みである。

 こうした独立委員会方式が持つメリットとしては、規制の中立性や透明性を確保することによる政府干渉の最小化と、一貫した政策推進が可能になるという点が挙げられる。ただ、独立委員会の場合、責任の所在が不明確で、メディア融合など、急速に進行する環境の変化に迅速に対応できないという批判もある。特に、議院内閣制下で調整や根回しを重視する日本において独立委員会方式はなじまないという指摘もある。

 しかし歴史をひも解いてみると、実は日本でもごくわずかな期間ではあるが独立委員会方式を採用していた時期があった。戦後間もない頃、明治憲法下で強力な権限を行使していた当時の逓信庁をGHQ(連合国軍総司令部)が主導で解体し、米国のFCCをモデルに独立行政委員会として「電波監理委員会」が設置されたことがある。これは放送の軍事的な利用を排除するための措置として、放送を政治権力から独立させるための試みであったが、GHQ主導の独立行政委員会の設置には日本政府内での抵抗が強く、1952年のGHQ占領終了後、電波監理委員会は解体され、郵政省に統合されることになる。

 それから45年後の1997年、橋本内閣の行革会議が提出した中間報告書の中で、独立行政委員会構想は再び浮上することになる。具体的には、情報通信の規制監督機能を総務省の外局として新設する「通信放送委員会」に移管させ、情報通信の振興機能は当時の通商産業省(現経済産業省)所管にするという案が示された。しかし、これに当時の郵政省や郵政関連の政治家が強く反発する。結果的には、郵政省が解体され、情報通信関連行政はそのまま新しく誕生した総務省に移管されることになる。


規制管轄の統合について

 最後の論点は、「規制管轄の統合問題」である。規制管轄を一元化することの主なメリットとしては、規制の重複による非効率性や制度的な不確実性を是正し、規制の一貫性を高める点である。昨年「放送か、通信か」を巡って省庁(総務省と文化庁)間で解釈の相違がみられた「IPマルチキャストにおける著作権取り扱い」を巡る一連の騒動は、規制管轄の重複による制度の不確実性がもたらす弊害を表す典型的な例である。

 日本の場合、規制管轄を巡る焦点は2つある。ひとつは総務省が管轄する放送・通信政策と、経済産業省が管轄する情報機器・サービス政策の統合である。これは80年代以降、何度も繰り返されてきた議論であり、当事者は敏感に反応するところだ。これに加え、最近提唱された案として、総務省、経済産業省、文部科学省、内閣府の情報通信担当部局を統合する情報通信省構想がある。

 これはコンテンツ政策を軸にした省庁統合案である。確かに、コンテンツ政策の場合、複数の省庁が複雑に関係しており、例えば、国家戦略としての知財の活動面では内閣知財戦略本部が、文化政策的側面は文部科学省が、ネットワーク政策的側面は総務省が、コンテンツ関連の振興政策は経済産業省が、文化外交面では外務省が、観光政策面では国土交通省が、労働政策面では厚生労働省が、そして競争政策面では公正取引委員会が何らかの形でコンテンツ政策に関わっているのが現状である。これをどのような方向性でまとめあげ、推進していくのかというのが当面の最重要課題である。

 ただ、この状況を省庁再編を通じて実現するのか、それとも既存の省庁間のより緊密な連携・調整体制の構築を通じて実現するのか、というのは議論が必要なところである。特に、文化の発展を主な政策目標とする著作権政策と、産業の発展を主な政策目標とするコンテンツ政策の間での規制目標や哲学の違いが調整されないままであることが気になる。

 情報通信省に象徴される省庁再編は構造的には明確で議論としての魅力もあるが、この種の議論は利害関係者の直接的な対立を生み、結論が出ないまま不必要に議論だけが長引くリスクがあるという点も認識すべきである。省庁再編より、今必要なのは、日本が国家として目指すべき未来戦略の構築やそのための国民主体の深みのある議論ではないだろうか。

<筆者紹介>金 正勲(Junghoon Kim)慶應義塾大学 デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構 准教授
韓国生まれ。1999年から2002年まで米国インディアナ大学テレコミュニケーション学部アソーシエイトインストラクター、『情報社会論』、『情報通信産業経営論』等を担当。知的財産研究所外国人招聘研究員、ドイツ連邦防衛大学標準化研究部門客員研究員、欧州共同体(EU)標準化教育プロジェクト・エキスパートパートナー、英国オックスフォード大学知的財産研究センター客員研究員。主な研究分野は、メディア融合論、デジタルコンテンツ産業論、技術標準化と知的財産権等。2004年から慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構准教授。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL
http://www.nikkeidigitalcore.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/178

コメント一覧

メニュー