【ネット時評 : 炭田 寛祈(情報通信研究機構)】
<シリーズ・ネットワーク融合進む欧州>(1)「欧州流NGN」支える成長戦略

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 国際電気通信連合(ITU)によるNGN(次世代ネットワーク)の標準化を契機として、我が国においてもNGNに向けた取り組みが本格化してきている。しかし、欧州の目指すNGNと我が国のNGNとでは、そのイメージに若干の違いがあるようだ。

 端的に言えば、我が国ではNGNというと固定網の光化、オールIP化による高度サービスの提供がイメージされるのに対し、欧州のNGNでは固定・移動網のオールIP化による「ネットワーク融合」が強調されている点に違いがある。

 ICT技術のグローバル化が進む中で、日米、そして日欧との連携・協力の必要性が一段と高くなってきているが、特にNGNや移動通信技術の分野においては、欧州との連携協力が米国との関係以上に極めて重要になってきている。ネットワーク構成の違いは、今後我が国のICT産業の国際競争力に決定的な影響を及ぼす。NGN標準化を先導し、かつ主導した欧州勢のNGNのねらいを正しく理解することが重要だ。

ICTビジネス成長戦略の日欧比較

 日欧のNGNのイメージの違いを理解するには、ICTビジネス成長戦略における重点の置き方を比較してみると分かりやすい。

 我が国における、FTTH(家庭向け光ファイバー通信サービス)の加入者が800万人に達し、全携帯電話の7割が第三世代携帯、という状況は欧州の産官学の識者から驚異的な発展と評価されている。我が国が世界最先端のブロードバンド国家である、ということは確かなようだ。

 ただし、これを手放しで喜べるわけではない。欧州では欧州なりの工夫、特に技術を上手に連携していく傾向が強く見て取れる。FMC(固定と携帯の融合サービス)やIPTV(インターネットテレビ)などにより、いわゆる「クワドロプルプレー」(電話、ネット、モバイル、テレビの複合サービス)を実現させたり、第二世代携帯(2G)と第三世代携帯(3G)のデュアルネットワークを普及させる、といった具合にだ。FMCやIPTV、クワドロプルプレーなど、異なるサービスの融合という分野では、欧州は我が国よりも相当先に進んでいることも、また事実ではないかと感じる。

 ICTサービスでは日欧の成長戦略に違いがあり、これらの違いがNGNのねらいにも反映されてくるのではないか、というのが私の主張である。

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 ひとくちに日欧の成長戦略の違いと言っても、各企業ごとに濃淡があり、絶対的な基準は存在しない。だが傾向として言えることは、日本の成長戦略が新しい技術をどんどん先取りして高いサービス品質を追求する傾向が強い「技術先取型」なのに対して、欧州のそれは既存の異なる技術を連携させ、安価で簡便なサービスを追求する傾向が強い「技術連携型」だ。日本においては固定網ではADSLから光ファイバーへ、移動網では2Gから3Gへと常に新たな技術への脱皮が模索されているが、欧州ではFMCやIPTV、デュアルネットワークなど、技術をいかに連携させるかに力を注いでる。この戦略の違いは、国際競争力や規制政策にも決定的な影響を及ぼし得るものだ。

英仏通信業界ウォッチ

 融合サービスの体制を築くことで生き残りを図ろうとする傾向は、特に英国で顕著だ。以下の表は2006年に起きた英国での再編動向を示したものである。

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 英国では、この1年間に「放送と通信」、「移動と固定」、さらにその組み合わせで業界のダイナミックな再編が進んだ。例えば、英国CATV最大手のNTLはコンテンツの豊かなCATV業界第二位Telewest Globalの買収に続いて、英国で最初にMVNO(仮想移動体通信事業者)であり、400万人の加入者を抱えるヴァージン・モバイルを買収してクワドロプルプレーの体制を整えた。また、英国最大民放のITV買収を企図したとも報じられている。

 もともとBTの携帯子会社であったO2(現在はBTから完全に資本分離)は、固定ブロードバンド会社を買収したほか、現在、BTと事業提携を進めているとの報道もなされている。そのBTは2004年にボーダフォンと事業提携し世界に先駆けてFMC体制を整えたが、今回は逆に、ボーダフォンがFMCサービスの展開に向けてBTと事業提携を行い、2007年1月からブロードバンドサービスを開始した。その他の企業でも多数の再編が行われている。

 フランスに目を転じると、携帯最大手のオレンジは今もフランステレコムの100%子会社のままだ。フランステレコムは、企業戦略の中心に稼ぎ頭である携帯サービスを据え、事業再編と経営資源の配分見直しを進めている。昨年半ばに、フランステレコムはそのブロードバンドサービスのブランド名を携帯子会社の社名である「オレンジ」に統一した。これは言ってみればNTTグループが光ファイバー/ADSLサービスのブランド名を「ドコモ」に変更して、携帯とブロードバンドの一体営業を行っているようなものであり、そのインパクトは大きい。フランスの規制当局であるARCEPの幹部は、携帯市場のSMP規制(強大な市場支配力を持つ事業者の規制)に関連して「今後は料金を監視することよりも、携帯会社と固定会社の資本関係をチェックし、公平なバンドルサービスが確保されるように努めることになるだろう」と予測している。携帯との融合が固定会社の生命線を握ることになることを踏まえ、通信市場でのダイナミックな競争を促進するためには、資本関係に依存せずFMCサービスをできる環境が必要、と指摘したものである。

 今後、我が国でもICTビジネス界の視線が融合サービスに集まるようになれば、英国のように携帯・固定会社の資本分離を進めるか、ARCEP幹部が予測したような規制政策を取るか、といった選択が課題に上る可能性があるだろう。

 ちなみに、フランスのブロードバンド加入者数は2006年9月末時点で1,176万である。フランスの人口が日本の半分弱であることを考えれば、普及率は我が国に匹敵する。それ以上に、ADSLテレビの加入者数が2006年10月時点で約150万加入に上っていることは注目に値する。ADSLテレビの普及に関しては、フランスは世界最先端と言えるようだ。なお、こうしたADSLテレビ発展の鍵は、地上波テレビ放送の同時再送信とPLC(電力線通信)の活用にあるが、これらの詳しい説明は、このシリーズの後半に譲りたい。

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 次回は、欧州のNGN戦略について、欧州電気通信標準化機構(ETSI)にインタビューした内容をお伝えする。

<筆者紹介>炭田 寛祈(すみだ ひろき)情報通信研究機構欧州(パリ)事務所長
1986年、東京大学法学部卒業。旧郵政省入省、IT政策の企画立案に従事。1996年、郵政省電気通信局電波利用企画課課長補佐。1997年、同局総務課課長補佐。2000年、同局電波環境課推進官として「電気通信機器等に関する日EU相互承認法」制定プロジェクトを担当。2001年から4年半、総務省総合通信基盤局電波政策課調査官・企画官として、「電波開放戦略」推進のための法改正プロジェクトを担当。2005年8月、パリの情報通信研究機構 欧州事務所長に就任。著書に「電波開放で情報通信ビジネスはこう変わる(東洋経済新報社)」など。

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