【ネット時評 : 炭田 寛祈(情報通信研究機構)】
<シリーズ・ネットワーク融合進む欧州>(2)「欧州流NGN」真の狙いと日本の危機

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 2007年1月、NGN(次世代ネットワーク)標準化の発祥の地とも言える欧州電気通信標準化機構(ETSI)本部を訪問し、そこでNGN標準化を担当したTISPAN(タイスパン:Telecommunications and Internet converged Services and Protocols for Advanced Networking)のRainer Muench議長に欧州NGNの狙いについて話を伺った。彼の説明には前回解説した欧州のICT成長戦略が色濃く反映されていた。

 その話をまとめたものが以下の図だ。ポイントはNGNのネットワークアーキテクチャーを物理的なアクセス伝送機能とサービス機能の2つに大きく分け、そのサービス機能の部分で第三世代携帯(3G)用の技術として標準化されたIMS(IP Multimedia Subsystem)仕様を移動・固定網の両方に適用している点だ。これによりFMC(固定と携帯の融合サービス)の強力な推進と、オールIP化によるネットワークコストの低廉化を目論んでいる。

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FMCの推進
 
 議長がまず強調したのは、ETSIでの標準化にあたり、NGN環境で異なるサービスを連携させたいというニーズを持っていた産業界が、FMCに強い関心を示していたということだった。アクセス方法に依存せず共通したサービスを顧客に提供できる、つまり固定回線を使っている顧客が本来は移動回線用に開発されたアプリケーションを利用したり、逆に移動回線のユーザーが固定回線用のアプリケーションを利用したり、ということを可能にすることが要求されたのだという。 

 このため、NGNの中核技術として3G用のIMSが採用されたのである。タイスパンでのNGNの標準化作業は3GPP※との連携の下で行われたことにも注目すべきだろう。

※3GPP(Third Generation Partnership Project):ETSIに本拠を置く、第三世代携帯電話の仕様について検討する各国標準化団体による連携組織
          
 繰り返しになるが、NGNネットワークアーキテクチャーの基本構造は、無線と有線で技術仕様が異なるアクセス伝送機能とサービス機能とを完全に分離し、サービス機能においては移動・固定共通のIMS仕様を採用することでシームレスなネットワーク環境を構築しようとするものである。この基本構造は、ITUで標準化されたNGNでも変わりはない。NTTも採用を表明している基本構造である。
  
 ただし、詳細に見れば、もともと3G用技術として標準化されたIMSとNGN用に調整されたIMSとでは全く同一ではない。このため、移動・固定のIMSの協調性の改善作業が各ベンダーやETSIで鋭意、進行中である。フランステレコムが携帯子会社のオレンジに対し、IMS機器の調達に待ったをかけているのも、FMC推進体制の確立のため固定・移動間のシームレス性の改善作業を待ってから機器調達をしたほうが得策、との戦略的な判断である。また、BTも2010年までにIMSをベースとした簡素化したネットワーク構成に移行する上で、固定系と無線系(MVNO、Wifiなど)をすべてIMS仕様に集約する方針を表明している。

品質が確保された安価なネットワーク

 品質とセキュリティーを一定程度確保した上でオールIP化による安価なネットワーク構築することは、NGNの主要な目的だ。BTが2004年6月、オールIP化計画を公表し、年間2,000億円のコスト削減を期待する、としたのもこの文脈である。

 タイスパンの議長は次のように語った。「欧州のNGNについて『唯一の立場』はなく、各事業者ごとの戦略によってNGNの狙いは異なる。FMCに積極的ではない事業者にとって、NGNについての最大の関心事はその環境でPSTN(一般電話回線網)やISDNを代替できるか、だ。」

 つまり、すでにユーザーに広く普及している固定電話端末等を利用できるよう、現行のPSTNやISDNを擬似的に再現できることが極めて重視されているのである。その上で、TDM(時分割多重方式)ベースの技術からIPベースの技術に移行することで、コストを下げていこうとしている。

 このように、各種の技術連携により安価で簡便なサービスを追求するのは欧州市場の特徴であろう。

ETSIの今後の取組方針

 NGNの標準化について、ETSIとしては2005年12月にひとまずの作業を終えた。そしてその標準仕様が、ITUでほぼそのまま国際標準として採用された。現在、タイスパンではNGN環境での移動性の強化、セキュリティー機能の強化、IPTV(インターネットテレビ)、モバイルTVとの接続といった課題に取り組み、2007年末までの公表に向けて、以下の写真のとおり3GPPと共同作業を行っている。

 現実には固定/移動のIMS仕様には若干の差異があることは先述したが、その改善を図ることが現在のタイスパンの最重要課題となっているようだ。この点に関し議長は「タイスパンでの検討作業には、日本から固定通信事業者は参加しているが、移動通信事業者は参加していない」と付け加えた。

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インターネットとの競合

 最後に、議長は次のように語り話を締めくくった。「ここ数カ月の間にインターネット側からのアプローチとNGNからのアプローチが競合関係にあることがはっきりしてきた。NGNは一定のセキュリティーとQoS(品質保証)を確保するもの、というアプローチ。インターネットがセキュリティーとQoSを全く確保できないと言うわけではないが、NGNのように恒常的には保証できないのではないか。」

 最近、タイスパンではNGN環境とホームデバイスやカスタマーネットワークとの接続標準策定に着手すると決定した。単にNGNを固定回線と携帯電話の融合の手段と考えるだけでなく、ユビキタス環境の実現に向けて、あらゆるネットワークを融合するNGNへと、その進化を図ろうとしている。その動きの中で、インターネットとの競合関係は一層深まることになるのかも知れない。

サービスの高度化か、国際競争力か

 インタビューを終えて、NGNのフェーズで日本が国際競争力を獲得できるか、改めて考えさせられた。ユーザー参加の百科事典サイト「ウィキペディア」によれば、NGNとは「FMCと呼ばれる固定・移動体通信を統合したマルチメディアサービスを実現する、IP技術を利用する次世代電話網」と、欧州風の定義をしている。それから、「NTTグループのNGN」についての個別説明が続く。これが私の問題意識を象徴的に示している。

 我が国におけるサービスの高度化と独創性。これは私も大切にしたい。だが、産業界の国際競争力をどこまで意識するのか、そのさじ加減をどうするのか、ということを私は問いたい。

 我が国の第三世代携帯電話は技術レベルにおいて世界最高水準にある。しかし端末やネットワーク機器の国際競争力は、少なくとも欧州市場では後れをとっている。

 そこにはこういう事情がある。我が国の3G携帯の多くはシングルモード(3Gのみ利用可能)端末であるが、欧州には3Gのシングルモード端末は基本的に存在しない。欧州では2Gが全域をカバーしており、ブロードバンド環境を求めるユーザーは2Gと3Gのデュアルモード端末を使用する。異なる携帯電話システムのデュアルモードの開発には、放熱処理とバッテリーの消費という2つの大きな課題の解決が必要だった。欧州メーカーが端末の開発に3年の月日を要したのもそのためだ。しかも欧州の2GはETSIで標準化されたGSM方式であり、日本の2GであるPDCとは異なる。GSM技術とパテント、さらに端末のデュアル化技術において日本製品は遅れを取っているのだ。ネットワーク構成の違いが、日本の3G端末が欧州で売れない主な要因なのである。

 夢のあるネットワークとしてのNGN。欧州の主要オペレーターは、NGNに関して世界に先駆けてダッシュをしたが、今は、少し速度を緩めて移動ネットワークとの接続確保を確実なものにしようとしている。BTやフランステレコムは、機器メーカーに移動性確保に関する厳しい注文をつけていると聞く。NGNの基本コンセプトである、固定・移動融合環境で最大の実力を発揮できるように、ということを、まさに実践しようとしているのだ。

 近い将来、我が国はNGN固定ネットワークでは世界最高水準に達するだろうと期待している。しかし、移動との融合を欧州水準で実現しなければ、日本のメーカーはNGN機器でも国際競争力を失う懸念があることを忘れてはいけない。走りながらも、この点を少し考えてみることが必要だ。

アプリケーションレベルにも懸念

 そして、タイスパン関係者からはこんな気になる話も聞いた。「パーレイグループ」の動向についてである。同グループはプラットフォームに左右されずアプリケーションの利用を可能とするための共通プログラム(API、アプリケーションプログラムインタフェース)構築に取り組む欧米の主要業界団体の一つである。タイスパンとは大変緊密にあり、パーレイグループによる業界標準はそのままETSI標準として採用されることが多い。

 その関係者によると「かつてパーレイグループには日本の固定通信事業者が積極的に参加していたが今ではすっかり影を潜めた。代わりに韓国企業が積極的に寄与している」とのことだ。

 ネットワーク機器だけの問題ではなく、アプリケーションレベルでも我が国産業界の国際競争力が問われることになるかもしれない。

<筆者紹介>炭田 寛祈(すみだ ひろき)情報通信研究機構欧州(パリ)事務所長
1986年、東京大学法学部卒業。旧郵政省入省、IT政策の企画立案に従事。1996年、郵政省電気通信局電波利用企画課課長補佐。1997年、同局総務課課長補佐。2000年、同局電波環境課推進官として「電気通信機器等に関する日EU相互承認法」制定プロジェクトを担当。2001年から4年半、総務省総合通信基盤局電波政策課調査官・企画官として、「電波開放戦略」推進のための法改正プロジェクトを担当。2005年8月、パリの情報通信研究機構 欧州事務所長に就任。著書に「電波開放で情報通信ビジネスはこう変わる(東洋経済新報社)」など。

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