【ネット時評 : 炭田 寛祈(情報通信研究機構)】
<シリーズ・ネットワーク融合進む欧州>(3)「ADSLテレビ最先進国」放送・通信融合で先行するフランス

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 欧州のネットワーク融合を分析する上で、こと「放送と通信の融合」に関しては、フランスのADSLテレビの急速な普及に注目すべきであろう。昨年末の段階で、フランスでは220万世帯がADSL回線で地上波のテレビ番組を視聴している。これは、フランスの全世帯の1割に迫る数字であり、その拡大は今も続いている。この発展を支えるキーワードが『テレビ番組へのアクセス中立性』だ。今回は、その現状と放送事業者の捉え方、そして規制当局の基本方針についてご紹介したい。

ADSLテレビ先進国・フランスの現状

 地上波などのテレビ番組をADSL回線経由で視聴する、いわゆる「ADSLテレビ」は、フランスでは2004年3月にトリプルプレーサービス(ブロードバンド・IP電話・ADSLテレビ)の一環として商用サービスが開始された。その加入数は、2006年12月末現在、220万である。

 増加傾向も著しい。昨年6月末のADSLテレビの加入数は110万だったので、わずか半年間で倍増したことになる。この間のADSL回線の契約数の増加率は約15%であり、それを大きく上回った。パリ地下鉄の広告でもトリプルプレーサービスの広告が溢れている。各社が主力商品として戦略的に営業活動を行ってきたことも、普及の一因なのだろう。

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 ADSLテレビの視聴料金には多様な料金プランが用意されているが、およそ月額30ユーロ(約4,700円)でADSLテレビを含むトリプルプレーサービスが提供されると考えていただきたい。これにより、地上アナログ波の全ての無料テレビ放送6番組と地上デジタル波の全ての無料テレビ放送18番組、さらに多数の独自番組の利用が可能になる。もちろん、追加料金またはペイテレビ方式により多様なVOD(ビデオ・オン・デマンド)サービスの利用も可能だ。

 以前紹介したが、下図は一般的なトリプルプレーサービスのイメージだ。余談になるが、インターネットを使用する部屋とテレビを見る居間とは別なケースが多い。そこで、モデムとテレビ受像機のデコーダーはPLC(電力線通信)で結合されるなど実用的な構成になっている。デコーダーとセットでのPLCの市場投入がADSLテレビの普及を促した点も興味深い。

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事業者サイドの視点から

 放送事業者はテレビ番組の国民への配信手段についてどのように考えているのか。以前、公共放送「フランステレビジョン」の関係者にインタビューした際、ADSLテレビに対する基本方針を尋ねてみた。「アクセス手段が多様化することで番組がより多くの人々に届くことになる。地上波アンテナがない家庭や衛星パラボラアンテナのない家庭にも番組が届くことは喜ばしい。ADSLという技術が新しいだけで、権利処理も全く変わりない。衛星やCATVへの番組提供の延長線上にある」と説明してくれた。そして「番組の利用は同時再送信に限り、番組内容を改変することは出来ない。また、ADSLテレビ利用者がISPの設定する基本料金で視聴できるように求めている」とのことだった。

 フランステレビジョンはその財政基盤の3分の2を受信料により賄っているので、広告収入に基盤を置く民間放送事業者とは事情が違うかもしれない。ただ、フランスの放送事業者は地上波以外のアクセス手段についても積極的に活用しようという傾向が相対的に強いようだ。

行政サイドの視点から

 今後のフランスのデジタル戦略を定めた「未来のテレビ法」が国会で成立し、去る3月5日に公布された。そして、同法により視聴覚法(日本の放送法に相当)の基本原則に「技術的中立性の原則に基づき」という文言が追加された。放送コンテンツの編集者に対し、配信媒体の違い(地上波、衛星、CATV、ADSL、モバイル)による差別的取扱いを禁じるという趣旨である。ここには規制当局の「アクセス中立性」を推し進める方針が見て取れる。

 また「未来のテレビ法」は、地上アナログ放送停波の法定期限である2011年11月までに、あらゆるアクセス手段を使い地上デジタル波の無料テレビ番組を全フランス国民に視聴可能にする方針を定めている。勿論、ADSLテレビにも期待をしている。ちなみにフランスの世帯数は2,540万であるが、地上波以外のテレビ番組へのアクセス手段の昨年末時点での統計値は、CATVが590万、衛星が410万、ADSLテレビが220万である。これらのアクセス手段で全世帯の約半分を占めている。

 ただし、この基本原則の改正は新しい改革ではない。これまでの運用実態を法律上、再確認したものだ。従来から視聴覚法はもちろん、フランスの著作権法制や実務においても、少なくとも有線通信という分類の中では、CATVとADSLに対して基本的に共通の制度を適用してきたことが、一つの証左であろう。

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日本に追いつけ追い越せ・モバイルテレビ

 フランスの第三世代携帯電話では、通信回線を使用して地上波のテレビ番組など50以上の番組の視聴が可能になっている。10ユーロ程度のオプション契約が必要だが、原理はADSLテレビと同じだ。ただし、通信用の周波数しか確保されていない携帯電話テレビではその展開にも限界がある、というのが関係者間の共通認識である。本格展開には放送専用の周波数を使用するモバイルテレビの登場を待つ必要がある。

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フランスのモバイルテレビ

 「未来のテレビ法」の法案を担当した文化コミュニケーション大臣は議会審議でこう語った。「モバイルテレビという新技術分野では、日本と韓国が世界の先頭にいる。今こそ、モバイルテレビをフランスで立ち上げて世界をリードしたい。必要な措置は『未来のテレビ法』に定めている」と。日本のワンセグ方式が南米ブラジルで採用されたインパクトは大きい。大げさに聞こえるかも知れないが、フランス産業界は、「このままでは、南米諸国、世界を日本と韓国方式が席捲する。その前に立ち上がろう」という背景があるようだ。

 「未来のテレビ法」では、モバイルテレビに地上公共放送のテレビ番組の同時再送信義務を明記した。このほか、担当大臣は民間テレビ番組や独自番組などを含め全体で20番組程度の送信を想定していると議会に説明した。また、産業界の多数は携帯電話端末によるテレビ放送受信と従来の携帯電話サービスとのバンドルサービスを前提にビジネスプランを検討していることを踏まえ、モバイルテレビのネットワークは携帯電話事業者が構築するという枠組みを同法で定めている。この点がわが国と異なっている。

フランスのテレビ放送史

 テレビ番組へのアクセス中立性の前提を正しく理解する上で、フランスのテレビ放送に関する歴史と意義に触れておく必要があるだろう。

 フランスではドゴール政権の誕生以降、中央集権国家確立のための有効な手段がラジオ、そしてテレビ放送であり、長らく国営放送の独占体制にあった。こうした中で、1982年のミッテラン社会党政権の誕生により国営テレビ放送への対抗軸として民間テレビ放送局が誕生した。その流れが今の放送政策の基本にある。このため、公共・民間を問わず放送局は全国放送が基本であり、ローカル放送は小規模だ。これらの背景が、全国放送に適した媒体である衛星放送やADSLテレビの普及に有利に働いたことに留意すべきであろう。

 なお、昨年この点に関し放送規制当局(視聴覚最高評議会)の幹部にインタビューしたが、規制当局のローカル放送に対する姿勢は、独立運動が生じているコルシカなどへの対応もあり、基本的に慎重な姿勢との印象を受けたことを申し添えたい。

 フランスでは、このように民間テレビ放送の歴史も比較的浅いし、テレビ放送が基本的に全国放送である点は、わが国の放送体制とは異なる大きな特徴である。 

              ◇   ◇  ◇

 フランスにおけるテレビ番組へのアクセス中立性という原則は、ADSLテレビ、モバイルテレビ、そして近い将来に普及するであろう光回線上のIPTV(インターネットテレビ)など、IT産業のダイナミックなビジネス展開を生みつつある。現在、フランスのブロードバンド市場はADSLがその大勢を占めており、FTTHの展開はまだ僅少にとどまっているが、フランスにおいても本年末からハイビジョン放送の本格展開が始まる予定だ。そうなると、有線系でもADSLテレビから光回線上でのIPTVに移行したいというユーザーの意識が高まるのではないだろうか。コンテンツが先行し、後からアクセス手段が追いかけるという展開だ。高水準のコンテンツがフランスのブロードバンド市場の発展を促す契機となる可能性は十分にあると認識している。

 前回のレポートでは、説明のポイントを明確にするため、欧州の目指すNGNについて移動通信と固定通信の融合に焦点を当てて説明したが、欧州ではNGNをテレビ番組へのアクセス基盤としても位置づけようとしていることを、今回ご理解いただけたと思う。移動と固定、そして通信と放送など複合的な融合環境をネットワークレベルで構築していく動きが底流にあることは、欧州のネットワーク融合を分析する上で重要な視点と考える。

 放送と通信の融合分野では世界のトップランナーになったフランス。自らが汗を流して制作した質の高いコンテンツを、多様なアクセス手段でできるだけ多くの国民に届けたいという放送界の純粋な願い。これを支持する政府。結局、どのアクセス手段を選択するかは、ユーザーの判断に委ねるということなのであろうか。いかにもフランスらしい、味のある対応だと思う。

 次回は、フランスのデジタル戦略の中核を成す地上テレビ放送のデジタル化推進に向けての仏政府の決断について、新たに制定された「未来のテレビ法」に沿って紹介したい。

<筆者紹介>炭田 寛祈(すみだ ひろき)情報通信研究機構欧州(パリ)事務所長
1986年、東京大学法学部卒業。旧郵政省入省、IT政策の企画立案に従事。1996年、郵政省電気通信局電波利用企画課課長補佐。1997年、同局総務課課長補佐。2000年、同局電波環境課推進官として「電気通信機器等に関する日EU相互承認法」制定プロジェクトを担当。2001年から4年半、総務省総合通信基盤局電波政策課調査官・企画官として、「電波開放戦略」推進のための法改正プロジェクトを担当。2005年8月、パリの情報通信研究機構 欧州事務所長に就任。著書に「電波開放で情報通信ビジネスはこう変わる(東洋経済新報社)」など。

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