【ネット時評 : 炭田 寛祈(情報通信研究機構)】
<シリーズ:ネットワーク融合進む欧州>(5)「視聴覚メディアサービス指令」改正が意味するもの

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 「放送と通信の融合」分野で先行した欧州が現在直面している課題は、ADSL回線上で流れるテレビ番組やビデオ・オン・デマンド(VOD)などの動画像伝送サービスの提供者に、伝統的な放送事業者に対するものと同じような広告規制や青少年保護対策、欧州製コンテンツ振興などの義務を新たに課すかどうか、その決断である。

 EUは動画像コンテンツの品質確保に関する共通基準を策定し、各国政府が自国発のコンテンツの最小限の品質維持を約束することで、域内の映像情報の自由な流通を保障し映像産業の発展と文化の多様性を目指す取組みを進めている。2005年12月、欧州委員会は「国境のないテレビ指令」を「視聴覚メディアサービス指令(AVMS指令)」へ改正する案を欧州議会及びEU理事会に提案し、関係業界団体を巻き込んで本格的な検討がスタートしたが、交渉は難航を極めた。フランスがコンテンツ規制の代表格とすれば、英国が非規制派の筆頭格という構図だ。だが、その厳しい交渉も今年5月24日、EU文化相理事会で妥結した。これから、欧州議会での審議が予定されているが基本的な枠組みは維持された上で、今秋には採択される見通しだ。まずは、視聴覚メディアサービス指令の改正動向を紹介したい。
 
AVMS指令の妥結案
 
 5月24日のEU文化相理事会で全会一致で採択された指令案の全容は以下の表をご覧いただきたい。なお、欧州各国政府は同指令案の欧州議会での承認・官報掲載後、2年以内の国内法制化が求められる予定である。

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 議論の実質的なポイントは、ADSL回線上で提供されるVODやウェブキャスティング、ユーチューブ、検索サイト、オンラインゲームなどの動画像伝送サービスについて各国がその情報の発信者に対し地上波テレビに準じたコンテンツ規律を適用するかどうか。また、適用する場合の規制内容だった。これに比べADSLテレビやモバイルテレビについては、先のレポートで説明したテレビ番組へのアクセス手段(プラットフォーム)の中立性原則から、地上波テレビと同水準のコンテンツ規律を適用することは、スタート時点から大きな問題とはなっていない。
 
 難航を極めた交渉の中でも最大の論点の一つが、AVMS指令の適用対象となる「視聴覚メディアサービス」の定義。今回新たに示された定義を要約すれば「職業的な編集責任を伴う公衆向けの電子的手段による動画像伝送サービス」がAVMSの対象ということだ。この定義に従えば、VODやウェブキャスティングはAVMSに該当することになるが、ユーチューブや検索サイト、オンラインゲームなどは「職業的な編集責任」を伴わないものとして、AVMSに該当せず指令の適用対象外として整理される可能性が高くなる。
     
商業広告に関する規律
 
 具体的に視聴覚メディアサービスにどのようなコンテンツ規律が適用されることになるのか。これらの動画像伝送サービスの提供は職業的な編集責任を伴うものである。たとえ、ADSL回線上の活動であっても、「表現の自由」と「社会的影響力」とのバランスが問題になることは言うまでもない。
 この点、最も厳しい規律が要求されるのが商業広告。交渉が難航した論点の一つだ。日本では商業広告も表現の自由の保障対象と理解する意見も多いようであるが、欧州では少し事情が異なる。本来的な表現の自由とは一線を画しているようだ。

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 商業広告については、先ず、サービス提供者の編集責任の下にあるコンテンツと商業広告との判別をユーザーが適切に認識できるための措置が求められる。ユーザーにとり判別不可能なサブリミナル手法は全面的に禁止されている。また、番組中に広告商品をさりげなく忍ばせるプロダクト・プレースメントについても原則禁止とし、その例外的な実施には厳しい注文をつけている。その他、タバコや処方せんが必要な医薬品等について、その広告やこれら企業等からのスポンサーシップを全面的に禁止している。
 さらに、これから説明する「リニアサービスかノンリニアサービスか」の違いにより、規制内容に差が生じるが、未成年保護や人種差別の助長禁止、健康侵害への配慮規定、さらに1時間当たりの商業広告の放映時間は12分以内とする、また30分番組中に広告による中断は1回に限るというような具体的な制限措置等も含まれている。今後、これら広告規制が、ADSL回線上の公衆向け動画像伝送サービスにも適用されることになるわけだ。
 
リニアとノンリニア

 ADSLテレビとVODサービスを果たして同等に扱うべきか。この課題に関して、指令案では両者の持つ社会的な影響力の違いに着目して、VODサービスには必要最小限の規律を、ADSLテレビには従来の地上波テレビ放送と同水準の規律を適用することを提案している。
 これは、ADSLテレビではサービス提供者が番組提供スケジュールを作成し番組内容や視聴時間帯をコントロールする形態(リニアサービス)であるのに対して、VODではサービス提供者は番組リストを作成するが、ユーザーが見たい番組を見たい時間帯に見ることができる形態(ノンリニアサービス)、つまりユーザーに選択権があることを重視した区別である。
 そこで、リニアに比べてノンリニアの形態はその社会的影響力がより小さいと判断し、規制内容もコンテンツの自己規律を求めるために必要となる、サービス提供者情報の開示や未成年保護対策等のための最小限の規律にとどめたわけだ。

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 このほかにも、リニアサービスに区分されるADSLテレビについては、地上波テレビ放送と同様、報道等による権利侵害について個人又は法人の権利回復手段としての反論権も保障されている。この点は、我が国でも近い将来、検討課題になる可能性がある。
 
グローバル化のための相互主義

 今後、情報流通のグローバル化が進行すれば、いずれわが国も欧州との間で、ネット上での動画像の円滑な流通を図るべく相互主義の機運が高まってくることになるだろう。その際に、わが国にとって課題になるのが、AVMS指令が各国政府に求める動画像番組の質の確保に関する基準の遵守になる。この際、特に課題になるのは、広告及びスポンサーシップに関する基準と、未成年保護対策になるのではないかと私は予想している。
 特に重い課題となるのは暴力的な映像から子供たちを保護するという欧州の視点ではないだろうか。この点は、欧州社会と日本社会では、その許容度が大きく異なるように私は思う。日本社会では子供のみならず大人からも絶大な支持を集めた冒険ヒーローアニメを、フランスの大統領候補が以前強く非難していた事実は最近、日本でも報じられたところである。
 
 日本も、これから技術・サービスレベルで放送と通信の融合が進むだろう。その次に直面する課題のヒントが、今回のAVMS指令の中にいくつか示されている。
 
子供戦略
 
 欧州のコンテンツ政策の企画立案に最大の影響力を有するのはフランスだ。AVMS指令後のコンテンツ政策を展望するため、本稿の締めくくりとして、フランスにおけるコンテンツ振興政策の最新動向を紹介したい。そこからは、AVMS指令の狙いと同様に、国家の未来を担う子供の健全な成長に重点を置く「子供戦略」が見えてくる。
 前回のレポートでも紹介したが、フランスには映画やテレビのコンテンツ制作に対する財政支援基金(2004年補助金総額:約300億円)がある。このコンテンツ制作費用への財政支援の対象が、この度の「未来のテレビ法」成立により、従来の映画とテレビ番組のみならず「税額控除」方式で新たにオンラインを含むビデオゲーム用ソフトに拡大された。
 具体的には、開発に2400万円以上の費用をかけたゲームソフトが、仏国立映画センター所長から優良ソフトと認定された場合には、その開発費用の20%に相当する金額の税額控除を申請できるという仕掛けである。
 
 また、これまでのコンテンツ産業支援基金の具体的な補助対象を金額ベース[2004年実績]で分析すると、最大分野がフィクション(約40%)、次いでドキュメンタリー(約35%)、アニメ(約15%)の順になっている。これを過去3年の傾向でみると、その特徴はアニメの総額に占める割合が2002年の9%、2003年の10%から2004年には15%に拡大している点だ。
 
 アニメ部門の強化に続く、支援対象のビデオゲームソフトへの拡大。フランスのコンテンツ政策の重点が、子供戦略に移行しようとしている。

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                       ◇ ◇ ◇

 AVMS指令は、コンテンツ振興の目的で、リニアサービスの提供者に対し、ニュース番組などを除く番組の放映時間に占める欧州製コンテンツの割合を過半数以上にすることを求めるなど相当踏み込んだ内容となっている。だが、コンテンツの中身そのものに関する基準については表現の自由に十分配慮し、禁止規定は総論的なものではなく主として子供の保護など特定分野に限定した規定となっている。歴史の中で自由思想を育んだ欧州。表現の自由の主張と制約。そのバランス感覚も絶妙だ。
 また、フランスは未来のテレビ法の中で、子供戦略の一環としてビデオゲームソフトの振興策を講じた。子供の精神的な成長に強い影響力がある動画像コンテンツ。地上波テレビ、ネット上の動画像、そしてビデオゲームへと、ネットワーク融合の概念さえも超えて総合的な視点でコンテンツ振興策を講じている。いかにもフランスらしい、国家的な総合戦略だ。

 第3世代携帯電話、光ファイバー、モバイルテレビと、世界の先頭を行く技術先取型の日本。しかし移動と固定、さらに放送と通信の融合など技術連携分野では欧州が先行している。我が国のICT産業が国際競争力を強化し日本経済の発展を強力にけん引するためのヒントを、欧州の技術連携策の中に見出すことができるのではないだろうか。

<筆者紹介>炭田 寛祈(すみだ ひろき)情報通信研究機構欧州(パリ)事務所長
1986年、東京大学法学部卒業。旧郵政省入省、IT政策の企画立案に従事。1996年、郵政省電気通信局電波利用企画課課長補佐。1997年、同局総務課課長補佐。2000年、同局電波環境課推進官として「電気通信機器等に関する日EU相互承認法」制定プロジェクトを担当。2001年から4年半、総務省総合通信基盤局電波政策課調査官・企画官として、「電波開放戦略」推進のための法改正プロジェクトを担当。2005年8月、パリの情報通信研究機構 欧州事務所長に就任。著書に「電波開放で情報通信ビジネスはこう変わる(東洋経済新報社)」など。

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