【ネット時評 : 高橋明子(オフィス アクション・リサーチ)】
ブロードバンド環境のない村で高品質テレビ会議・東峰村の挑戦

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 福岡県東峰村。福岡県中央部の東端に位置し、陶器の小石原焼で有名な小石原村と、宝珠山村が2005年に合併して誕生した人口約2800人、合併後も「村」を継承するのどやかな山村である。

 2007年5月25日、福岡県で唯一、一般に利用できるブロードバンド環境がないこの東峰村と、慶應大学三田キャンパス、同藤沢キャンパス、福岡県庁を結び、4地点の遠隔中継、高品質テレビ会議による講演・討論会「グローバル化とイノベーション-伝統産業の再生-」を実施した(主催:東京アメリカンセンター・慶應義塾大学、慶應義塾創立150年記念イベント)。ゲストはマサチューセッツ工科大学(MIT)のスーザン・バーガー教授。かつて米国製造業が衰退した原因を日欧との比較から検証して話題を呼んだ「Made in America」プロジェクトの主要メンバーだ。モデレーターは國領二郎慶應義塾大学総合政策学部教授が務めた。

 「ブロードバンド環境のない村で、高品質テレビ会議システム?」「山村で国際シンポジウム?」「テーマはグローバル化とイノベーション?」いくつもクエスチョンマークが並んでしまいそうなイベントの舞台となった福岡県東峰村で、今何が起こっているのか。國領教授のもと、慶應義塾大学SFC研究所所員として、同イベントをコーディネートさせていただいた立場から、2つの報告をしたい。

なぜ東峰村か?

 「なぜ東峰村か」に関しては、いくつもの伏線がある。まず、麻生渡福岡県知事が、県内各地をめぐり現地の声を聞く「移動知事室」の一環として東峰村を訪れた際、ブロードバンド空白地域である東峰村にIT戦略作成を指示したこと。これを受けて、2006年度に福岡県東峰村と慶應義塾大学の飯盛義徳研究室が、「ITによる東峰村の活性化戦略」づくりに共同で取り組んだ。さらにその実践として、地域情報化の代表的な成功事例として全国に広がりつつあるプロジェクトを東峰村に導入するという試みも行った。熊本県で始まった「住民ディレクター(映像制作プロセスを通じた総合的な企画力の養成)」、富山県発の「インターネット市民塾(いつでも、どこでも、だれでも講師、受講生になれる学びの共同体)」、福岡県の隣、佐賀県の「鳳雛塾(地域産業を研究して教材を作り、ディスカッションを通じて戦略的思考を要請する経営塾)」などである。

東峰村の棚田を見学するバーガー教授ら
東峰村の棚田を見学するバーガー教授ら(撮影:慶應義塾大学4年 田中里実)

 プロジェクトも終わった今年3月のことだ。東京アメリカンセンターと慶應大学は、スーザン・バーガーMIT教授の来日に合わせた講演・討論会を企画していた。その会議の席上、「プロフェッサー・バーガーがコイシワラ(東峰村小石原)に行きたがっている」という話が飛び出した。家族から小石原焼のことを聞き、興味を持っていたらしい。全くの偶然だ。そこで國領教授が「高品質テレビ会議システム(Digital Video Transport System:DVTS、注1)を活用した遠隔会議の実施」を提案した。そのねらいは(1)空白地である東峰村にもブロードバンド環境は整備できることを示す(2)バーガー教授の研究テーマである「グローバル化とイノベーション」にたびたび取り上げられている「情報技術による伝統産業の活性化」について、小石原焼という伝統産業を持つ東峰村を舞台に議論するという二点である。

 3月末に突然決まった遠隔・高品質テレビ会議システムによる国際シンポジウム。行政の予算措置なども当然に間に合わず、終わってみれば人のつながりだけで乗り切った感もあるイベントとなったが、一連のプロセスを通じて形成された人的つながりこそが、情報技術によってもたらされる最大のネットワークであり価値なのではないかと改めて感じた2カ月間であった。東峰村の東半分にあたる旧・宝珠山村の名は、西暦547年に岩屋神社に隕石(宝珠)が振ってきたと伝えられていることに由来する。國領教授に「隕石が人を惹きつけ、今回のイベントが成立した」と紹介されたバーガー教授は、シンポジウム直前に、プライベートの時間を割いて東峰村を訪問し、岩屋神社へも参拝した。


陸の孤島でDVTS

 大変失礼な表現だが、私にとって東峰村はネットワーク的な「陸の孤島」だった。高速LANは村の公共施設には通っているが、外部の者はアクセスできない。PHSによるモバイルネットワークは、村の中心部でもつながらない。携帯電話の通話可能地域はキャリアによって大きく異なるが、私の加入している携帯は村の中心部以外入らない。よって東峰村に出張すると、ネットもつながらないし、携帯電話も入らない。

 そんな東峰村で、高品質テレビ会議システム(DVTS:Digital Video Transport System、注1)による遠隔会議を実施したのだ。DVTSとは、慶應義塾大学村井純研究室(WIDEプロジェクト)が中心となって開発した、DV (Digital Video)の配信を、IPネットワークを介して行なうためのアプリケーションで、テレビ映像並みの品質でネットによる遠隔会議が実現できる。

 しかし、DVTSを実現するには通信速度最低毎秒30メガビットの帯域保証のあるネットワークが必要で、当然東峰村にはそれに耐えうる回線はなかった。そこで、まずは臨時回線を整備することが可能なのかどうか、村井研究室(担当チーフは、博士課程1年工藤紀篤さん)がWIDEの人的ネットワークを駆使して調査するところから始まった。どうやら回線整備は可能と判明し、福岡県、九州電力グループ、九州大学、慶應大学の連携により、コストを最低ラインに抑えつつ臨時回線を開通させ、今回のイベントのインフラを整えた。

会場の様子
慶應大学三田キャンパス会場の模様。画面は左上:東峰村の高倉秀信村長、左下:福岡県の麻生渡知事、右上:慶應三田キャンパス会場、右下:慶應藤沢キャンパス会場(写真撮影:慶應義塾大学SFC研究所 松澤佳郎)

 5月25日のシンポジウムでは、このDVTSを活用して、東峰村の会場映像・音声のみならず、デジタルビデオで録画してあった資料映像もふんだんに送信したが、全くストレスなく、各会場に送信できた。三田会場に参画した参加者は「テレビの映像を見ているようだった」と口をそろえる。また、総合司会を東峰村から筆者が担当した。これはDVTSを活用した余興のひとつくらいに考えていたが、これにより「議論の舞台(中心)となっているのは東峰村」という認識が各会場に生まれた。技術により空間の壁を越え、多くの主体が同じ立場で連携する可能性を体感できる、予想外の副産物となったようだ。

 もちろん、テスト段階でパケットロスが発生したり、本番でも数分は東峰村からの音声が途切れたりと、トラブルは皆無ではなかった。しかし、東峰村からプレゼンテーションを開始したまさにその瞬間に「音が届かない」というトラブルに陥ったネットワークも、見事数分後にリカバリーし、逆に私はDVTSの安定性を体感した。

 福岡県庁に設けた会場からは、麻生知事も参加した。ここで面白かったのは、県庁側はDVTSではなく、既存のテレビ会議システムを活用したため、インフラ及び会議システム的には東峰村のほうが圧倒的に優れた仕組みを利用するという逆転現象が起きたことだ。

 創意工夫とWIDEプロジェクトを中心とする人的ネットワークがあったからこそ実現した今回の東峰村のインフラ環境ではあるが、技術の進展により、わずかな費用でインフラのデジタルデバイドを解消できるようになっているのだということを目の当たりにした出来事だった。


ITはGadgetか?

 前述の通り、東峰村では2006年度「ITによる東峰村の活性化戦略」に取り組んだ。2007年2~3月には、わずか2カ月間で「住民ディレクター」「インターネット市民塾」「鳳雛塾」という3つの地域情報化プロジェクトの導入実験を行ったため、東峰村では「嵐が吹き荒れた」とも「(慶應の)黒船がやってきた」とも言われていた。そこへ追い打ちをかけるように今回のシンポジウムが開催された。しかしこの数カ月の東峰村の変化は、驚くべきものがあると言っても過言ではない(注2)。

 成果の一例を挙げてみよう。シンポジウムでは、テレビ番組の制作プロセスを通じて企画力を養成することを目的とする住民ディレクター活動の手法を用い、東峰村企画振興課の小林純一係長が中心になって制作した多数の映像番組が発表された。そのリアリティーあふれる映像は、遠隔会議の臨場感を飛躍的に高めることになった。またインターネット市民塾参加者を核に、4月には「東峰そんみん塾(澁谷博昭代表)」が立ち上がり、4月29日に実施された山開きでは、WEBサイト内に作り方講座を開設した「甘酒」を、実際に参加者にふるまうなどの活動を展開している。東峰そんみん塾の参加者はシンポジウムの前日、東峰村からのプレゼンテーション(持ち時間20分)の構成を深夜まで議論し、当日は住民ディレクターの映像もまじえ説得力のある見事なプレゼンテーションを披露した。このように東峰村では、2006年度に実施した事業が着実に根付き、地域で融合しながら活動が展開されている。
  
 しかし一方で、そうした盛り上がりが具体的な村の問題解決(経済活性化)には直接結びついていないという現状もある。プロジェクト開始後数カ月でこれ以上具体的な成果を求めることは時期尚早かもしれないが、今回のシンポジウムのメインテーマは「グローバル化とイノベーション」だ。情報技術によってヒトに起こったイノベーションを、産業に転化し、さらに地域の伝統産業をグローバル化していくためにはどうしたらいいのか。2006年度に実施した東峰村との共同事業、ひいては地域情報化プロジェクトの推進におけるひとつの課題であると感じつつ、個人的には具体的解決策を持たないまま、シンポジウム当日を迎えた。

 結論から述べれば、シンポジウムでも回答は出なかった。しかし國領教授は「ゴールは経済の活性化か?」、バーガー教授は「ITはGadgetか?」とそれぞれ疑問を投げかけた。
経済が活性化することはもちろん重要だが、果たしてそれだけでいいのか。そしてITやインターネットはGadget、つまり「目新しくて面白い道具」にすぎないのか、あるいはそれを使い続けることで何か新しい可能性が開くのか――。これらの論点について、東峰村を中心にシンポジウム後も熱いディスカッションが続いている。

 東峰村そんみん塾で続いている議論を許可をいただいて公開する。メンバーの小野豊徳氏より、「1)小石原焼の進むべき道は、高級陶器か日用雑器なのか。伝統を受け継ぐのか新製品開発なのか。2)なぜ小石原焼は日本でそして世界での知名度が低いのか。ITがその役割をどう担えるのか。3)小石原焼窯元の所得の向上が最終目的なのか。生活ができる程度の所得は必要だが、別の価値観があるだろう」という問いかけがあり、同じくメンバーの井上靖子氏より「(シンポジウムで)明確な回答や方向性は示されませんでしたが、これは地元に暮らす私達自らが見出すものではないでしょうか?そんみん塾を継続していったらきっと光が見えてくる筈です」といった発言があるなどのやりとりが、シンポジウム終了直後から展開されている。

 一方、共同で取り組んだ慶應大学の側にも変化が起き、新たな取り組みが始まった。2006年度に住民ディレクターの手法を学んだ慶應義塾大学総合政策学部4年の田中里実さんは、今回のイベントを契機に、「グローバル化とイノベーション」を意識しながら、住民ディレクターの手法を用いた小石原焼の紹介番組を英語で発信するという取り組みを開始した。バーガー教授の「小石原焼に関する英文紹介サイトがない」という指摘にも応え、慶應義塾大学総合政策学部のサイラス・ロルビン訪問講師の研究会で運用されているabcjpという日本語学習者向けのサイトに、5月24日から、「小石原焼」の英文による紹介映像を放映中だ。

 「ITはGadgetか」というバーガー教授の問いかけに対する回答は、まだ、ない。多くの皆さんが「宝珠」に引き寄せられて動き出した東峰村をひとつの舞台に、私自身も、地域情報化のあり方を、今後も現場でアクションしながら、リサーチ(研究)していきたいと考えている。

 最後に、本当に個人的な一言を付け加えさせていただくと、私は十数年前からの小石原焼の大ファン。結婚式の引き出物を、わざわざ小石原の窯元に発注したほどで、今も我が家の食器の半分は小石原焼だ。私自身も「宝珠」に引き寄せられて、今回のプロジェクトに参加させていただいていると感じている次第である。
 
 
 
注1
DVTSはDV(Digital Video)の配信を、IPネットワークを介して行なうためのアプリケーション。WIDEプロジェクトが1998年より開発を進めており、同年フロリダのオーランドで行なわれた Supercomputer Conferenceでデモンストレーションを行なった。現在、DVTSは様々なオペレーティングシステムに対応しており、IEEE1394インターフェースを介してPCとビデオデッキ、カメラなどを接続することで、高品位な動画配信システムを手軽にかつ安価に構築することを可能にしている。また、これらに加え、DVTSがカメラやビデオと一体となったハードウェア化や組み込み型の開発も行なっている。
WIDEプロジェクトは1988年に、学術研究を目的として開始された日本のインターネット研究プロジェクト。慶應義塾大学環境情報学部 教授 村井純が代表を務める。
URL: http://www.dvts.jp/  http://www.wide.ad.jp/

注2
2006年度の慶應大学との共同事業に対しては、次のような感想が寄せられた。東峰村企画振興課の小林純一係長による住民ディレクター番組(映像資料)はこちら
・今回参加して本当によかったと思う。聞いてみるよりまずやれということ。
・自分たちの事は自分たちでやっていかないといけない、
・きらっと光った村になるためには、自分たちがきらっと光った村を作っているんだという意識をもつことが重要なんだと思う。
・長いこと行政にいて、今回ほど衝撃を受けたことはない。一言で言えば住民が主人公であった。役場が裏方であった。東峰村に今までにない動きが出てくるのではないかと楽しみにしている。二ヶ月で何ができるの心配だったが、逆に集中していい結果になったと思う。来年度からもじっくり進めてほしい。
 (出典:福岡県東峰村・慶應義塾大学、「東峰村元気プロジェクト報告書」、2007年3月)

<筆者紹介>高橋 明子(たかはし あきこ)1992年三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社、地方公共団体の情報化計画立案等のコンサルテーション、研究活動を経て2007年4月、退社、独立。地域情報化の現場でのアクションをふまえた研究(リサーチ)を展開中。05年、地域住民が映像制作を通じて活動する「住民ディレクター活動」(杉並TV)を杉並区で開始。三菱UFJリサーチ&コンサルティング客員研究員、慶應義塾大学SFC研究所上席所員。07年5月よりCANフォーラム運営委員長兼事務局長を兼務。

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