【ネット時評 : 碓井聡子(日本ユニシス)】
バーチャルなタバコ部屋のススメ

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 最近心が傷んでいる社員が増えている。こっそりとしかも確実に。年齢層は上から下までまんべんなくだが、特に目立つのは30代前半までのいわゆる若手社員。若手社員にも入社3年以内で当初から悩みつつ出口が見つからないタイプと、入社以来走り続け、若手転職期限と言われる35歳を目前に、走り続けられなくなったことに悩み始めるタイプがある。キャリア制度やメンタルヘルスなど人事面からの支援は当然としても、表面化してからの対症療法ではすでに遅すぎることもある。健康維持・病気予防にさまざまなITが活躍しているように、社員の心の健康・やる気の健康を損ねる前に予兆をつかみ、予防するのにもITを用いることはできないだろうか。

本音をつかむためには

 会社に入ってしばらく経つと、この会社での振舞い方の流儀が身につく。公の場で発言して得をすることと損をすることの見分けがついてくる。そして、損をすること(得をしないこと)については、言わなくなる、というより言えなくなる。昔のような飲みニケーションでの発散は30代社員にはそぐわない。喫煙者にとってのタバコ部屋など、短い密談以外には、社内で本音や悩みの持っていきようがないのが現実だ。悩みは多岐に渡る。会社の方向性が見えない、自分のキャリアと今の仕事とのつながりをどうとらえてよいかわからない、これパワハラではないか、子供ができたら仕事は無理なのか、こういうやり方はおかしいなどなど、メンタルヘルスの問題では解決しきれない悩み事や言えない本音が脂の乗り始めた30代社員を取り巻いている。そして徐々にやる気や心をむしばんでいく。真面目な社員ほど今の環境と自分の思いとのギャップに悩み、折り合いがつけられない自分を責める。経験が少ない分、自分なりの逃げ道を見つけられないということでもあるだろう。こうした本音は、若手を会議室に集めても出てはこない。タバコ部屋での会話のように、自主的にぽろっとプライベートに吐露する形、または同じ意見に同意することでようやく見えてくる。


バーチャル・プライベートな「タバコ部屋」

 そこでITを活用して、社内にバーチャルな、そしてプライベートなタバコ部屋的空間をつくることはできないだろうか。さりげない形で。その主な条件には次のようなものが挙げられる。

・ふとした時に仲間にぽろっと本音がつぶやける雰囲気があり、誰かの意見が聞けること
・仕事中のちょっとしたすき間時間に気分転換できること
・マネジメント・フリーな領域であること

 別にセカンドライフのように3次元である必要はない。もちろん実際に部屋を用意するということでもない。ちょっとした拍子に仲間に本音を漏らせるような場所として、社内のSNSは使えないだろうか。SNSであれば参加者の数だけプライベートなタバコ部屋をつくることができる。自分のつぶやきを漏らす範囲を自分で選ぶことができ、仕事中のすき間時間に書き込んだことに、ほかの人が考えを重ねてくる。お互い顔を合わせていない人同士でも「さりげなくつながってる感」「文字コミュニケーション」「リアルとバーチャルの間の空間づくり」ができるのがITやネットワークの得意とするところ。必ずしも顔見知りである必要はなく、いろいろな人からの助言や苦言をもらえる感覚は、一般のSNSと同じである。つぶやく元気すらない同僚のことを心配して駆け込めるような仕組みがあってもいい。


マネジメント・フリーな環境が必要

 ただしこういう議論は、会社のヒエラルキーがある環境ではできない。上司が必ず部下の書き込みを見ることができるような環境下で、本音や悩みをぶちまけられる部下は少ないだろう。マネジメント・フリーがある程度担保されない限り、本音は影を潜める。あくまで従業員の悩みをくみ、個人をケアするため、経営からは見えない問題点の指摘を促す仕組みであり、人事評価や現実のヒエラルキーからは切り離されていることが担保されなければならないだろう。

 最近大手企業を中心として社内向けSNSを運用しようという動きも広まっている。しかし、せっかく導入するのならと、ヒエラルキーを含むいろいろな機能を詰め込んだ結果、まるでグループウエアか!というようなものになってしまうものも少なくない。主な理由は、SNS導入の費用対効果が見えにくい、ということだが、それではSNSの最も優れた利点がいかせない。


社員の心の声を可視化する

 社内SNSでのプライベートな議論は社員の心の声だ。通常はこっそりとタバコ部屋や飲み屋で会話される内容であり、今までであればうかがい知ることができなかった内容だ。それが可視化できる状態になり、データとして分析でき、事前に解決の糸口をつかめることこそ、貴重な財産であることをもっと認識すべきだろう。それはとりもなおさず、社内の問題を草の根から把握することができる唯一の手段かもしれないからだ。

 カスタマーセンターに寄せられる苦情が、商品の問題点把握や次の商品企画に生かせるように、SNSでつぶやかれる問題点も社内のマネジメントのあり方や社員にくすぶる問題意識の把握・解決に役立つはずと考えるべきなのではないだろうか。このような目的のもとに費用対効果を考えれば、従業員満足度向上や離職率の減少、改善案数の増加、社内問題点の解決数など、測定指標には困らない。費用をかけて育てた30代の社員が辞めていく、病んでいくことによる費用的ダメージを計算してもよい。社員の内なる声に真摯に対応し、社員に選ばれる会社であり続けることは会社の競争力を高めることに直結する。CS(顧客満足)で顧客の声の可視化に費用をかけるのであれば、内からの声の可視化に目を向けない理由はないだろう。現在ニュースになっているような情報漏えいやコンプライアンスに反するような対応も、社内で長年くすぶった結果吐き出されたものだ。本当の意味での防止は、セキュリティーや制度による管理強化で締め付けるだけではなしえない。

 個人が病気の予防に力を注ぐかのごとく、悩める若手に限らず会社自体の病気予防を図る。そのためには、近年広がりつつある内部統制による業務の見える化だけでなく、社員の「本音」の見える化にもITを使って取り組むことで、より実効性が増すのではないだろうか。


<筆者紹介>碓井 聡子(うすい さとこ)
富士通総研 ビジネスデザインコンサルティング事業部 マネジングコンサルタント
1997年から海外ネットビジネスに関する調査・発信を手がける。Webを含むITを活用したビジネスおよびマーケティングの企画立案、戦略設計に従事。インターネット、IT自体の「性質」を知り尽くし、既存ビジネスに、新規ビジネスに、そして企業(社員)自身の競争力強化のためにどこまで使いこなせるかが、企業生き残りの鍵となると考えている。 近年の主な企画立案・戦略設計・調査テーマは以下の通り。
■既存事業の中でInternetインフラ、Webメディアをどう使いこなすか
■IT環境の普及や中国市場開放という環境の中、新規ビジネスで何ができるのか
■マーケティングツールとしてどう使いこなすか
■HRM(Human Resource Management)、eラーニングの観点から、企業自身、社員の競争力をどう高めるか)

主な著書:「インターネットビジネス白書2002」、「既存企業VSドットコム企業」(監修)、 「図解B2Beコマース」(共著)


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コメント一覧

社内SNSの期待値についてはその通りと感じます。しかし、導入にあたり、社内SNSの場合は匿名性が確保しにくいなど課題も多いですね。掲示板とは違うSNSの良さを生かした社内SNSの運用について考えて生きたいと思います。

投稿者 : 八木 宏 2007-9-28 17:53

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