【ネット時評 : 関根千佳(ユーディット)】
インクルーシブ社会の実現を進めるもの、阻むもの

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 10月始めに、スペインのサンセバスチャンという町で開催されたAAATEという国際会議に出席した。ヨーロッパのリハビリテーション工学や支援技術の研究者が集まる学会である。

 前夜祭で、事前説明なしに始まった少女たちのダンスに驚いた。みな、かなり重度の知的障害をもっていたからだ。プロのダンサーとして、素晴らしい演技を1時間以上続け、会場は万雷の拍手に沸いた。同じ障害をもつもっと小さな子どもたちが、食い入るように見つめていたのが印象的だった。彼女たちは、未来のロールモデルを見ていたのである。

 ICTのアクセシビリティー標準に関しては、米国が2001年に施行した改定リハビリテーション法508条が有名だ。この法律は、連邦政府や公共機関が調達するIT機器や Webサイトのアクセシビリティーを義務づけたものだが、現在、より実効性のあるものとするための見直し作業が国際的に進められている。

 そしてEUも、関連する指令の策定を行っている。ICT機器やWebサイトのアクセシビリティーを法制化しようというものだ。現在、EU域内ではこれに関して民事罰・刑事罰さえ存在する国もあれば何もないところまである状態だが、そこに最低基準を設けようとするものである。

 もともとICT企業の少ないEU各国にとっては、メーカーへの規制というよりも、調達基準への配慮という意味合いが強い。だが、その説明を聞くうちに、EUの理想としているものが見えてくる。それは、インクルーシブ(全員参加の)社会を作ろうという信念である。EUの市民である限り、決してこのICTの進歩から「一人も置いていかない」という信念だ。年齢、性別、能力、人種だけではなく、異なる文化背景、言語体系、経済格差も含めて、インクルーシブな社会を目指している。

 私にとって、スペインは聖地の一つでもある。この国のサラマンカという小さな町で、インクルーシブ社会を目指す国際的な宣言が1994年に出されたからである。この宣言は、すべての子どもたちを、普通教育の中で育てる決意を表明したものだ。その前年には国連総会で「障害者の機会均等化に関する標準規則」が出されている。その規則六は「政府は障害を持つ児童・成人の統合された環境での初等・中等・高等教育機会均等の原則を認識すべきである。政府は障害を持つ人の教育が、教育体系の核心であることを保障すべきである」と明記している。

 サラマンカ宣言は、この国連規則に基づいて出されたものだ。少し長いが、一部を引用してみよう(嶺井正也・監修、「共育への道」編集委員会編『共育への道「サラマンカ宣言」を読む』アドバンテージサーバー刊より。前述の国連規則の訳文も同書による)。

・特別な教育ニーズを有する人々は、そのニーズに見合った教育を行えるような子ども中心の普通学校にアクセスしなければならない。
・インクルーシブな方向性を持つ普通学校こそが、差別的な態度とたたかい、喜んで受け入れられる地域を創り、インクルーシブな社会を建設し、万人のための教育を達成するためのもっとも効果的な手段である。
・さらにこうした学校は大多数の子どもたちに対して効果的な教育を提供し、効率性をあげて、結局のところ教育システム全体の経費節約をもたらすものである。

 この宣言を受けて、それまで分離教育が行われていた各国は、ほとんどがインクルーシブ教育へと体制を変えていった。英米を始め、EU各国のインクルーシブ社会を支えている根本に、この宣言と、それに基づく教育の仕組みがあるのである。「分けない」という考えのもとに、ニーズに応じた教育を、地域で受けられ、その結果、社会の多様性も広がっていった。ICTのアクセシビリティ義務化もその方針に基づいたものだ。

 だが、私は振り返る。G7の中で、このサラマンカ宣言を、唯一、無視し続けている日本のことを。まったくこの情報を国内に流すこともなく、分離政策を続けている日本の政府や文部科学省のことを。この部分が変わらないかぎり、日本は、インクルーシブな社会を実現することは難しいだろう。地域の中にはいつも多様な人がいて、共に生きるための知恵をみなが知っていて、年令や能力や環境の違いをみなが受け止められる柔軟な社会になっていないからだ。教育の分離政策を受けて、企業も多様な人を受け止める知恵を持たないゆえに、障害者専用の特例子会社を作って障害者雇用率だけカバーしようとするようなことが横行する。キャリアプランも何もない。メインストリームのなかで管理職に登用される可能性も薄い。これが明らかな国連の方針への違反であることを、政府は知っていて何も言わない。アメリカの京都議定書無視を批判できる立場といえるのだろうか?

 だが、もしかしたら、少し風向きは変わるかもしれない。政府が、国連の障害者権利条約に署名する決定をしたからだ。

 長く生きれば歳をとる。歳をとれば、なんらかの障害を持つ。そのとき、自分がこの国に生まれたことを後悔しないためにも、「分けない」「誰も置いていかない」というインクルーシブな社会に、少しでも近づける意識のユニバーサルデザインが必要なのだろう。


<筆者紹介>関根 千佳(せきね ちか)
ユーディット(情報のユニバーサルデザイン研究所)社長
九州大学法学部法律学科卒。日本IBM SNS(スペシャルニーズシステム)センター課長を経て、98年株式会社ユーディット (情報のユニバーサルデザイン研究所)を設立。 WebサイトやIT機器を、多様な人々に使いやすくするためのコ
ンサルティングを行う。経済産業省日本工業標準調査会、総務省情報通信審議会、国土審議会計画部会などの各省の審議会・委員会や、多くの自治体でUDやITに関する委員会に参加。美作大学客員教授、東京女子大・東海大学非常勤講師。主な著書『「誰でも社会」へ』岩波書店 2002年、『スローなユビキタスライフ』地湧社 2005年、『市民にやさしい自治体ウェブサイト』NTT出版 2005年
(共著)など。
 
ホームページ:http://www.udit.jp/


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