【ネット時評 : 加藤幹之(富士通研究所)】
人類共有のインターネットを議論・国連IGFリオデジャネイロ会議報告(前)

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 11月12日から4日間、国連のインターネットガバナンスフォーラム(IGF)がブラジルのリオデジャネイロで開催された。IGFは、インターネットの管理や活用について世界各国の政府関係者や民間企業、そして市民社会の代表らが話し合う大規模な国際会議だ。昨年のアテネでの会合に続き2回目となる。本稿では、その模様と意義について2週にわたりリポートする。

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開幕直前のIGFメイン会場の様子

 市街地から車で30分ほど南に下った、風光明美な海岸沿いの近代的ホテルでの開催だったが、あいにく期間中はほぼ毎日が雨。しかしホテルの会議場では、各国から集まった1,500人以上が、近づく夏以上に熱い議論を繰り広げていた。

 初日午前はオープニングセッションとして、ホスト国ブラジルの大臣を筆頭に、各国政府の幹部や、国際電気通信連合(ITU)やインターネットソサエティー(ISOC)といった国際組織のトップなど16人が数分ずつスピーチを行った。これまで常にインターネットガバナンスの議論で批判の矢面に立たされてきた、IPアドレスやドメイン名を管理している米国の民間団体ICANN(The Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)のポール・トゥーミーCEOも登壇した。彼はICANNが全員参加型の開放された組織であり、今でも世界から2万人以上が何らかの形で活動に関与していることを強調した。

 日本からは総務省の森清審議官がスピーチし、インターネットのコスト配分の最適性、NGNと競争政策、情報セキュリティーという3つが重要な政策議論であることを指摘した。また、民間企業のトップとしてただ一人発言した富士通の秋草直之会長は、インターネット社会の発展のため、情報機器のエネルギー消費を削減するなど環境問題を考慮する必要があること、インターネットを健全に活用できるようにするため、企業経営者はもっと議論に参加すべきことを主張した。

 インターネットの初期から開発に関与してきた、コンサルタントのジョン・クレンシン氏は、インターネットが全く政府の関与無く発展してきたことを指摘した上で、今IGFで議論している多くの問題は、インターネット固有の問題というより、より広く社会全体で考えるべき問題であると述べた。

 
重要インターネット資源
 
 初日午後から、5つの具体的なテーマについて議論が始まった。
 今年は、前回の「アクセス」「多様性」「開放性」「セキュリティー」という4つのテーマに「重要インターネット資源(CIR=Critical Internet Resources)」が加わり、最初に議論された。
 
 CIRが第一のテーマとして取り上げられたことには、大きな政治的理由があった。今年始めに行われたIGF準備会合で、中国やイラン、ブラジル、ロシアなどが、ICANNが米国主導の管理組織であるとして、その見直しを議論するセッションを提案した。ICANNが管理するトップレベルのドメイン名(.comなど)の管理権限を各国に委譲すること、IPアドレスの配布方式をさらに議論することなどを議論しようというのである。過去数年間にわたり、さまざまな国際会議の場で噴出したICANNや米国政府への批判を再燃させようとする動きでもあった。
 
 実際にこのセッションでは、やはりICANNとその権限に関する問題がひとつの中心的話題となった。ICANNが米国政府だけにコントロールされていると言う指摘や、国連でCIR問題についてワーキンググループを作るべきだという意見もあった。しかし過半数は、IGFの母体となった一昨年の国連世界情報社会サミット(WSIS)チュニジア会合での合意通り、今のICANN体制を維持したいと言う意見だった。その後、ロシアがCIRのセッションが不十分だとしてコミュニケを出すと言う噂が広まったが、実際はIGF会議のアドバイザーの選出や役割の見直しを提案するにとどまった。
 
 CIRのセッションでは、ICANNに関する問題以外にも、ルートネームサーバー(ドメイン名とIPアドレスを対応させる重要なサーバー)の管理、技術的標準、インターネットエクスチェンジポイント(IXP、インターネットプロバイダー同士の相互接続ポイント)、通信インフラ、多言語対応への移行など、多岐にわたる課題が議論された。
 
 また、今回のリオ会議では、IPv4資源の枯渇とIPv6への移行問題を大きく取り上げた。このセッションでも、v6への移行促進のためにはプロバイダー間で政策議論を進めるべきであり、IXPのコストを政府が補助すべきだとの意見も出された。

 
アクセスと多様性
 
 会議の2日目は、「アクセス」と「多様性」が議論された。
 
 日本ではインターネットが国民全体に行き渡り、インターネットへのアクセスが政策課題に上ることは少なくなった。日本でブロードバンド化が急速に進み、価格もほぼ世界一安くなったことは、会議中多くの賞賛の的となった。一方で、世界の多くの国と地域では、今でもインターネットをどう手に入れるかが中心的課題である。「世界のインターネット人口は10億人を超えた。しかし、いかにして次の10億人に、そしてさらに残った数十億人にインターネットを届けるかがより大きな問題だ」という声がよく聞かれた。
 
 今回のリオ会議の5つのテーマ「アクセス」「多様性」「開放性」「セキュリティー」「重要インターネット資源」の中で考えると、日本ではやはりインターネットの安心・安全、つまりセキュリティーの議論に最も関心があるだろう。しかし、リオ会議に集まった多くの人々にとっては「まずアクセス」なのである。「一日2ドルで生活している人々は、ひと月に2ドルの通信料金を支払うことも難しい」という現実的な指摘もあった。
 
 アフリカ地域からは、各国ごとに別々の活動を行うのではなく、国境を越えたより広い地域での開発の必要性、そのための政府と民間の協力の重要性も指摘された。また、市場原理の重要性を認識しながらも、マーケットの力だけですべての問題を解決することは難しいという意見もあった。多くの参加者は、アクセスの問題を解決するには、ローカルと国際の両方のバックボーンを共に整備する必要があることに同意した。その両方に競争の原理が成り立てば、価格が下がることが経験上分かっているからである。
 
 多様性(ダイバーシティー)のセッションでは、多言語、文化的多様性、放送などメディアの多様性、障害者に関係する多様性が主に議論された。
 
 特に筆者の興味を引いたのは、タイの盲目のパネリストであった。「世界の6億5千万人の障害者を代表して」と前置きし、彼は「多様性とは、すべてのステークホールダー(立場の人々)が参加することにより成しうるものだ」と述べた。インターネットによって、これまでいろいろな活動に参加できなかった人々に新しい機会が与えられるのだとしたら、我々はこの可能性をもっと追求すべきと感じた。
 
 リオには、日本からDaisy(Digital Accessible Information System、視覚障害者に向けたデジタル録音図書の国際標準規格)を推進しているNPOの方々も参加していた。障害者に優しいパソコンとなるよう、いろいろな技術標準の作成過程で、障害者向けに必要な仕様を織り込むよう働きかける活動を手弁当で進めているとのことであった。IGFの活動は、確実に広がりを見せていると確信した。
 
 ドメイン名の多言語化は、筆者の長年の関心事である。すでに、「.jp」や「.com」の前に漢字などの文字を入れることは国際的に普及しているが、「ドット日本」とか「ドット大学」のように、トップレベルのドメイン名の多言語化は実用化されていない。これについて、現在実証実験中であり、実現が見えて来たことが報告された。一方で、類似の名前や文字によって起こる混乱や、不正な目的によるドメイン名の取得、いわゆるサイバースクワッティングへの対応が急務であることも指摘された。

 
開放性とセキュリティー

 三日目は、開放性(オープンネス)とセキュリティーがテーマとなった。

 開放性の議論では、まず、米国の国際通信情報政策の最高責任者である、国務省のデビッド・グロス大使が、2005年のWSISチュニジア会合での合意を引用しながら、表現の自由や情報の自由な流通の重要性を指摘した。また、オープンソースソフトウエア(OSS)の発展に触れ、OSSや開かれた標準についてもコメントした。

 このセッションにパネリストとして参加した筆者は、こういう発言をした。「この会合では、『IP』と言うと、みなさんインターネットプロトコルを思い出すでしょう。しかし、世間一般では知的財産権(Intellectual Property)を思い出す人も多い。この二つは、全く相反する方向性を持っているように見えるが、実は共存しうるものです。」そして、日本のプロバイダー責任法に関連して、民間団体が協力して自主的にガイドラインを作り、運用している例を紹介した。
 
 議論では人権擁護の見地から、アクセスを選別するフィルタリングなどの技術の広がりを懸念するような強い主張も見られたが、参加者はおおむね、開放性の議論は、オープンかクローズかという二律背反の議論ではなく、程度の問題(そしてバランスの問題)だということで合意できたと思う。
 
 知的財産権の保護の行き過ぎについても、教育分野や科学技術分野ではもっと例外を作るべきだという議論や、著作者が利用条件や範囲を自由に設定する「クリエイティブ・コモンズ」のようなオープンな環境作りへの言及もあった。
 
 サイバー空間に適用する新しい法体系への要望も聞かれた。法の分野は、常に技術やビジネスに遅れる傾向がある。IGFのような場を通じて、新しい問題にグローバルに取り組む動きが出ることに期待したい。
 
 続くセキュリティーのセッションには、日本からNHKの今井義典解説主幹がモデレーターとして参加した。

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セキュリティーセッションの司会を務めたNHKの今井義典解説主幹(右)
 
 まず、当然ながらセキュリティーは非常に重要な問題だという指摘が多かった。しかし、セキュリティーにも、国家的な安全保障、ビジネスの安全、ユーザーの安全、ネットのインフラや信頼性などさまざまな局面があり、それぞれに観点が違い、対応も異なってくる、ということが確認された。
 
 法律でどこまで規制するべきかも議論された。特に刑事罰の範囲については、ドイツの法学者の説明に対し、オンラインでもオフラインでも犯罪として同様に扱うべきと言う意見が多かった。法規制に対しては、立法の不備の問題よりも、国際的な犯罪には各国の法律では対応できないという、執行の問題が特に指摘された。国際的な法のハーモナイゼーションやネット空間の新しい法制度への要請が叫ばれた。
 
 各国の法律やサイバー犯罪に関する欧州の条約のようないわゆるハードな法だけではなく、経済協力開発機構(OECD)ガイドラインのようなソフトな(つまり直接的な強制力を持たない)ルールも、柔軟性や国際ハーモナイゼーションの観点から有効だとの指摘があった。OECDの代表は、「サイバーセキュリティー文化」作りが重要だとも述べた。
 
 プライバシーとセキュリティーの関係についても触れられた。これまでは、セキュリティーの行き過ぎがプライバシーの侵害につながるという議論が中心だったが、むしろプライバシー関連の制度が普及することによって、個人や団体の保護という意味でセキュリティーが向上する、という指摘があった。個人のIDが盗まれるのは、プライバシー、個人情報の保護制度が確立していない国に多い、というのがその論拠である。(次回に続く)

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<筆者紹介>加藤 幹之(かとう・まさのぶ)富士通 経営執行役 法務・知的財産権本部長兼安全保障輸出管理本部長
1977年3月東京大学法学部卒業。同年4月富士通に入社し、海外関係の法務案件に従事。84年6月ミシガン大学ロースクール留学(法学修士)。87年7月サンフランシスコ駐在(法律事務所にて紛争処理担当)。89年8月同社ワシントンD.C.事務所開設に伴い、ワシントンD.C.に駐在。02年6月、15年ぶりに帰国し、04年6月より現職。 富士通の法務、知的財産権、輸出管理等の問題を広く担当。ワシントン時代から継続して、インターネットや電子商取引、知的財産権、独禁法、科学技術政策等の制度議論に参加し、国際的に活動中。Internet Law & Policy Forum (ILPF)名誉会長や、Global Information Infrastructure Commission (GIIC)電子商取引委員長、Internet Corporation for Assigned Names and Numbers (ICANN)のアジア太平洋豪州地域代表理事等を歴任した。米国(ニューヨーク州、ワシントンD.C.)で弁護士資格を持ち、専門分野での論文や講演も多数。

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