【ネット時評 : 藤元健太郎(D4DR)】
「消費者庁」議論は自己責任社会を前提に――モンスター化するコンシューマーとフィルタリング問題

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 メーカーの偽装問題や、食の安全に関する話題が続いたことで、消費者を保護するための「消費者庁」創設への勢いは日増しに強くなっている感がある。


消費者のエンパワーメントが持つ副作用

 消費者は弱者であり、強者である企業は常に監視され、社会の公器として責任を追及される存在である――そういう考え方はもっともであり、正しいことだと筆者も考える。

 だがその論理が支配する中で、現在何が起きているか。ひとたび非難の声があがると、感情的になったITによってエンパワーメントされたネットユーザーが、掲示板やブログなどの消費者発信メディアによって主張を増幅させる。さらにマスメディアとの相互作用によってそのムーブメントを爆発させ、非常に大きなエネルギーとなり企業を襲うようになりつつある。

 襲われた方はとにかく謝罪である。反論したりしようものなら、その態度がいけないと猛烈な批判にさらされる。確かに責められる方には非があるため、もはやひたすら謝罪し、嵐が過ぎ去るのを待つしかないという状況だ。そしてその対象は企業のみならず、芸能人や政治家といった個人までも、社会の「公人」としてその様々な発言のひとつひとつについて責任を追及されるようになっている。

 このように、非対称的な立場にある関係がいびつになっている現象は他にもいろいろある。例えば理不尽なものを含め一方的な主張を繰り返す“モンスターペアレンツ”が学校現場で問題になっている。このバランス感覚を失った親の主張は教師達を萎縮させ、教育現場を多大な混乱に陥れているのだ。しかし、サービスを享受する立場の生徒とその親は強い発言権を有しているため、彼らを制するメカニズムが存在しない。


社会的コスト増大への懸念

 最近マスメディアでたびたび伝えられている救急車の問題もそうである。さほど緊急を要しない症状の人が気軽に救急車を呼ぶケースが増え、そうした出動のために本当に救急車を必要とする人が利用できない事態が起きているという。確かにけがをした人、病気の人は救急車に乗る権利を持っているが、軽い症状なのに病院までのタクシー代わりに使われては、そのコストを税金で負担することが望ましいのか当然大いなる疑問がわく。しかし救急車側が乗車を拒絶することは立場上非常に難しい場面も多く、適正な判断は利用する側に委ねられている。

 権利を有している人が、大局的に物事を考え、何が大事なのかを判断する力を失い、一方的に意見を主張する。それを認める方向に動くことは、社会的なコストを増大化させることになるのではないか、と筆者はとても危惧している。

 賞味期限や消費期限のルールが厳格になることで廃棄される食料はさらに増大するのではないか。輸入された食料を全部検査するために膨大な検査人員が必要になるのではないか。株主のためにあらゆる社員の行動を監視しようと膨大な投資を行う企業、親の要求に全て応える学校、あらゆるけが人に対応する救急体制……などなど、本当にこれが正しい社会の姿なのだろうか。


政治の機能不全はいかにして起きるか

 そしてもうひとつ大きな問題は、本来社会の様々な制度を立案する正しい判断を行うべき政治家も、こうした劇場型世論形成のメカニズムの中で、モンスター有権者の動向に判断のバランスを崩されかねない状況にあることである。

 現在携帯電話の有害コンテンツを規制するべきという「フィルタリング問題」が話題になっている。これは出会い系サイトや自殺サイトなどを利用した未成年者が事件に巻き込まれることが増えているという理由で、相互にコミュニケーションを発生するような掲示板を有しているサイトは、親の許可がなければほぼデフォルトで未成年に利用させないようにする動きであり、政治家にとっては分かりやすく子供を持つ親の心情に応える政策であるが故に熱心に進められている。

 そして、これにより多くの携帯コミュニティーサービスを未成年者が突然利用できなくなるという状況が生まれつつある。確かに誰もが危険から少しでも子供を遠ざけたい気持ちは同じであるが、バランスをとった議論を行う前に、感情論で一方的に「臭いものにはふた」の方法を持ち込むことは非常に危険である。これにより、携帯ネットを通じて自由な創造性を発揮し、ケータイ小説を発表していたような子供達の活動の場まで一気に閉じてしまうことになるからだ。日本発の競争力あるイノベーションを多数生み出す可能性を秘めた、若い世代の携帯活用を本当に制限してよいのか、真剣に考えるべきだろう。


イノベーションの火を消さないために

 確かに、多様なネットが生み出すイノベーションは新しい問題を引き起こす。しかし、それを社会的にある程度許容しなければ、そもそもイノベーションなど生まれるはずがない。消費者がパワーを持ちつつある現在、最も弱い立場に置かれているのはイノベーションを起こそうという人々である。そうした人が生み出そうとしているものは、現在のルールに従えば何らかのトラブルを引き起こす可能性を持っていることが多い。しかし消費者保護の名の元にそれらイノベーションに対する試みを全て排除してしまうことは大きな損失である。例えばこれらを保護し、インキュベーションしていくための特区といったような施策がますます重要になるだろう。

 ぜひ、消費者庁を組織化する議論の中で「バランス」を作るメカニズムを検討することをお願いしたい。何が重要で、何を優先するべきなのか。セーフティーネットをどこで引くべきか。どんなに消費者のためになることでも、全てのコストを税金で負担するのは現実的に無理がある。

 ITはすべての人に「個」としての大きな力を与えようとしている。しかし、それは我々がさらなる自己責任社会に進むことも意味するのだ。その原則を確認しなければ、社会コストは膨らむばかりである。消費者庁はまず、その自己責任社会の啓蒙とセットの上で消費者を守る、という方針を打ち出すべきだと考える。

<筆者紹介>藤元 健太郎(ふじもと けんたろう) D4DR社長
1993年からサイバービジネスの調査研究、コンサルティングに従事、日本初のビジネス実験モール「サイバービジネスパーク」のトータルプロデュースを行う。99年5月、8年間在籍した野村総合研究所を離れSIPSを手がけるフロントライン・ドット・ジェーピーの代表に就任。2002年にD4DRを設立し,広くITによる社会システムや,ライフスタイル,企業戦略の変革のコンサルティングや調査研究,プロデュースを行っている。

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