【ネット時評 : 土屋大洋(慶應義塾大学大学院)】
「帝国の磁力」アメリカ大統領選挙とメディア

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 アメリカ大統領選挙の民主党予備選は接戦が続いている。圧倒的優位と数カ月前まで言われていたヒラリー・クリントン上院議員が苦戦し、バラック・オバマ上院議員が勢いをつけている。共和党では年齢的に難しいと見られていたジョン・マッケイン上院議員がリードしたと思ったら、スキャンダルが飛び出してきた。


1992年選挙との比較

 今回の選挙は1992年の選挙と比較してみるとおもしろい。まず異なる点は、今回の選挙で現職のジョージ・W・ブッシュ大統領は引退するのみで、直接的には選挙に関わらないことである。それに対して1992年の選挙では当時現職だった(父親の)ジョージ・H・W・ブッシュ大統領が再選をかけて出馬した。冷戦を終わらせ、新世界秩序を求めるブッシュ大統領がどう見ても再選確実だと思われていた。ところが、泡沫候補といわれていたビル・クリントン知事(アーカンソー州)が逆転勝利を飾った。

 似ているところは、長く続いた共和党政権の交代への期待が強いことである。特に父親のブッシュ大統領が再選をかけた1992年には冷戦という大きな戦争が終わり、経済活性化への期待がかかっていた。ブッシュ大統領は副大統領としての8年、そして現職大統領としての4年の「経験」を国民に訴えかけた。それに対してビル・クリントン候補は「変革」を主張し、庶民の支持を集めた。

 今回の選挙では、共和党の「経験」豊かな上院議員であるマッケイン候補がブッシュ大統領のイラク派兵増員を支持し、イラク戦争に嫌気がさしている人々から批判を受けている。一方の民主党のヒラリー・クリントン候補も「経験」を訴えている。夫のビル・クリントン大統領とワシントンに乗り込んできたときはアウトサイダーだったが、大統領夫人としての8年、そしてその後の上院議員としての経験からすっかりワシントンのインサイダーに変わってしまった。それに対して、かつてのビル・クリントンのように「変革」を主張しているのがオバマ候補である。彼もまた上院議員であり、ワシントンのインサイダーであるには違いないが、彼の生い立ちは、ブッシュ・ファミリーやクリントン夫妻とは違う清新な印象を与えている。


メディアが作り出すイメージ

 しかし、こうした見方もメディアが作り出したイメージである。先週、アメリカのホテルでテレビのチャンネルを変えながら予備選の結果を見ていた。各局の番組は、予備選の結果を速報で流し、各候補の集会の様子を中継し、CNNのラリー・キング・ライブにはマッケイン候補が登場してインタビューに答えていた。やはりマスメディアの威力は大きい。テレビで繰り返し流される映像はインパクトを持ち、新聞や雑誌に掲載される写真は、プロのカメラマンがほんの一瞬の表情を切り取ってイメージを作り出している。

 もちろん、インターネットもまた、大統領選挙とともに進化してきた。1992年の大統領選挙では情報スーパーハイウエーが公約となり、1996年の選挙では電子メールやメーリング・リストが活用された。2000年の選挙ではオンライン献金が使われるようになり、2004年の選挙ではブログやフラッシュ動画が使われた。

 今回の選挙では早くからユーチューブなどの動画共有サイトを各候補が利用した。そして、遅ればせながら欧米で盛り上がっているSNSも活用されている(日本より遅れてSNSが盛り上がっているのは、おそらくようやく欧米でもブロードバンド技術が普及してきたからだろう)。テレビの選挙演説を見ていると、アメリカ人もケータイのカメラを使ってやたらと写真を撮っているのがおもしろい。

 しかし、インターネットの力だけで選挙が完全にひっくり返ってしまったり、マスメディアの影響力が急激になくなってしまうこともないだろう。選挙に関するテレビ番組を見ていても、もはやインターネットをこわごわ使っているという感じがしなくなった。むしろ、補完的に組み合わせて使っていこうという姿勢がはっきりしてきている。候補者から見ても、マスメディアがなかなかカバーしてくれないメッセージをインターネットで発信することができる。根強い支持者を引き留めておくには強力なツールである。


世界の人々を引きつけるアメリカ大統領選挙

 むしろ、メディアは大衆動員のツールであるということを再認識させられる。アメリカの大統領選挙は複雑なシステムで、一見すると直接選挙に見えるが、間接選挙である。間接選挙であるにもかかわらず、各地の集会にあれだけたくさんの人が熱気を持って集まり、お祭り騒ぎを繰り広げる。前の州の予備選での盛り上がりが次の州に引き継がれるのも、マスメディアがカバーして情報を拡散させ、インターネットで意見がわき上がるからである。

 そのメディアの力が、アメリカという帝国の磁力に変わっていく。大統領選挙は世界の人が楽しめるエンターテインメントなのだ。無論、それはアメリカのグローバルな影響力の大きさ故であるし、役者の個性が豊かでもあるからだろう。日本ばかりでなく、ヨーロッパでも中国でも中東でも、誰が次のアメリカ大統領になるのか見守っている。アメリカ国外にいるわれわれは、直接的には選挙の行方を左右することはできない。しかし、見てて飽きない引きつける力をアメリカ大統領選は持っている。

 日本のソフトパワーを向上させる一つの方策は、世界の人々が見て飽きない役者政治家を揃え、メディアを使って日本の将来ビジョンを存分に闘わせることだ。早くネット政治を解禁したほうがいいだろう。

<筆者紹介>土屋 大洋(つちや もとひろ)
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科准教授
1970年生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科准教授。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)助教授などを経て現職。専門は国際政治学、情報社会論。主著に『情報による安全保障―ネットワーク時代のインテリジェンス・コミュニティ―』(慶應義塾大学出版会、2007年)、『ネットワーク・パワー―情報時代の国際政治―』(NTT出版、2007年)等。

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