【ネット時評 : 中村 伊知哉(慶應義塾大学)】
ネット有害情報規制法案に反対する

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 インターネットやケータイの有害情報から青少年を守る。そのための法案が与野党で議論されている。青少年保護という目的は美しい。だが、手段を間違えるととんでもないことになる。中でも自民党青少年特別委員会が審議している案は、ネット空間にガソリンをまいて火をつけるようなもので、その空間はきれいで安全になるかもしれないが、そこには誰も住まなくなり、かつ、悪者は海外や地下に潜る。青少年を守るためには、企業の対応強化、技術開発や教育など、ほかにすべきことがある。
 

何が問題か?

 その法案は、以下の措置を講じることとしている。
1) 内閣府委員会での有害基準の策定と主務大臣の行政命令
2) ウェブサイト管理者に対する有害情報の削除義務
3) 携帯電話会社に対する未成年フィルタリングの義務化

 これらには次のとおり重大な問題がある。
1)「違法」でない「有害」な情報という主観的であいまいな基準を政府が策定し、主務大臣が恣意的な行政命令権を持つことは、利用者及び事業者を萎縮させ、「表現の自由」を侵す。

2) ウェブサイト管理者に対する有害情報削除の義務付けにより、新聞社や放送局のサイトはもとより、個人のブログに他人が有害情報を書き込んだような場合でさえ措置をとることを強制される。国民の表現活動が制約を受け、誰もが情報発信を行う手段というデジタル技術の効用を損ね、「デジタル文化を萎縮」させる。

3) 携帯電話会社に対する義務化は、保護者がフィルタリングを外すことに同意しても青少年が利用できなくなる措置であり、有害ではないサイトへのアクセスまでも制限される可能性のある現状では、日本が誇るモバイル産業とモバイル文化の衰退につながる。ケータイコンテンツ事業者やその投資家が日本市場から撤退する事態を招くだろう。

 コンプライアンス不況という言葉がある。安全を確保するために規制を強化した結果、経済が打撃を被る事例が多いことを示す。耐震偽装問題の結果、建築基準法が強化され、建築業界が打撃を受けた。貸金業法が強化され、借金がしにくくなり、自己破産が増加した。本法案も、そうした結果をもたらす可能性が高い。議員たちは法律を導入する影響を検証しているのだろうか。


民間の努力に水をさすな

 出会い系の事件が2007年前半だけで1000件近くに達し、2006年に認知された ネット―ケータイでのいじめは5000件にのぼるという。4万近く存在すると言われる学校裏サイトの半数で「キモい、ウザい」などの中傷が書き込まれているという。措置が必要だ。それには誰も反対しない。警察や学校は対応に追われている。関係業界もフィルタリング等のサービスに力を入れ始めている。だからこそ、それらをサポートする制度が求められる。今回の法案は、逆にこうした動きの高まりに冷や水を浴びせる。

 現在、産学の連携のもと、フィルタリング運用に関する第三者機関設立の動きが活発化している。私もMCF(モバイル・コンテンツ・フォーラム)が中心となって設立した「モバイルコンテンツ審査・運用監視機構」に参加するとと もに、AMD(デジタルメディア協会)での「コンテンツアドバイスマーク」を軸とするフィルタリング組織「インターネット・コンテンツ審査監視機構(I-ROI)」に協力している。今回の法案は、こうした民間の努力を促すというより、ビジネスからの撤退を促し、業界として努力にかけるコスト負担を避けさせる危険が高い。

 もちろんフィルタリングは万能ではない。現状の携帯フィルターはキメが荒く、高校生も小学生も一律に扱ってしまうし、親や家庭が手元で選択する自由もない。悪質な業者はひんぱんにアドレスを変更するなどしてフィルターをすり抜ける手も使うだろう。だから、時間をかけて精度を高め、サービスを充実させていく必要がある。通信業界やコンテンツ業界にはこれまで以上のコスト負担と努力が求められる。


規制の前にすべきこと

 技術的にできることもある。違法な言葉や映像を自動検出してカットする技術。子どもが見たサイトを親に教えてやるサービス。端末で作法テストをクリアしたらやっと利用免許がもらえる子ども向けケータイの開発。ネットいじめの書き込みを発見したら言葉を書き換えてしまう変換技術。思いつくだけでも、まだまだある。

 教育の充実も必要だ。情報リテラシー教育が不足している。そもそも教材や教科書が足りない。公益法人が教師向けのテキストを開発したり、世田谷区では子どもが自らネット作法のカルタを作ったりする例がみられるが、こうした取り組みを全国的に厚くすべきだ。専門家も足りない。こうした教育を学校の教員に担わせるのは酷である。ネットのアドバイザー認定スキームなどを充実させるのがよい。

 しかし今、何よりも大切なのは、親や家庭に対する教育である。子どもを守るのは第一に親。ケータイを買い与えるのも親。子どもは先端サービスを利用する先端ユーザーだが、親は実態を知らず、有害情報にうろたえ、その責任を企業や法律任せにしようとしている。まずは親が学び、かかわり、子どもと話し 合い、 その上で安全な社会を作ることが求められる。


「違法」と「有害」は違う

 ここで、「違法」と「有害」は違うということに注意する必要がある。児童ポルノ、名誉毀損、著作権法違反など、違法な情報に対する取り締まりは強化すべきだ。その対策は十分ではない。今回の法案は、それ以外の「有害」な情報を対象とするものだ。わいせつ、自殺関連、反日といった情報を有害と「思う」かどうかは、個人の価値観や家庭、地域等によって異なる。その価値基準を国が決めてよいのか。

 違法・有害情報への対策は、国際連携も欠かせない。ネットには国境がない。各国の公的機関やNPOの活動を連結して、世界的なネットワークで目を光らせ、手足を動かすことが求められる。さまざまな事例や成功例を共有することも大切だ。青少年のケータイ利用では、日本は幸か不幸かフロントランナーであり、強者としての苦しみを味わっている。その体験、技術、教育法等を世界に示したい。

 すべきことは山積している。本来、政府は、そうした取り組みを支援し、フィルタリングやサービスの面での技術革新を促して、日本の産業が世界をリードするよう図るべきだ。仮に法的措置を講ずるのであれば、そのような技術開発の促進、選択多様性や情報リテラシーなどの教育を充実させるための支援といった手段を、何よりもまず考えるべきではないか。


「情報通信法」の議論に影響も

 政府では通信・放送法体系を抜本的に見直し、「情報通信法」に再編する議論が続いている。そこではネット・コンテンツの規制について、表現の自由を最大限に尊重し、行政の介入がない方向で設計することが目されている。それでもネットの利用者からは、規制強化につながるとの懸念が表明され、慎重な審議が求められている。

 「情報通信法」について政府は2010年に法案を提出する構えだが、より時間をかけるべきとの意見もある。これに対し、議員立法での成立が目されている今回の有害情報規制の政党案は、国民を交えたオープンな論議もなく、現在の放送法による規制をはるかに超えた恣意的で直接的な情報への行政介入案である。政府の審議は水泡と帰す。

 政府提案でない議員立法が増加するのは、政高官低の流れの中で必然の動きかもしれない。しかし、こうした法案が現場感も検証もなく成立していくこととなると、政治の自殺行為となるだろう。自民党内でも、総務部会では別の案が検討されており、民主党でも議論がなされている。まっとうな審議を求める。


時間かけ、新しい社会を造ろう

 ネットやケータイは、楽しく便利。だからみんなが使っている。我々の世代と異なり、生まれながらネットとケータイが回りにある青少年にとっては、もはやデジタルは体の一部であり、それを引き離すのは痛みを伴う。そしてそれは新しい文化を形成している。ここ数年、日本から生まれた文化はほとんどがケータイやネットからのものだ。危険もある。だがそれは、デジタル技術の恩恵を最大に生かしながら、つまり、使いながら学びながら減らしていくべきものだろう。社会全体で、時間をかけながら新しい社会を造り上げていく覚悟が必要である。


<筆者紹介>中村伊知哉(なかむら いちや) 慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構教授
京都大学経済学部卒。大阪大学博士課程単位取得退学。ロックバンド・少年ナイフのディレクターを辞し、'84年、郵政省入省。電気通信局で通信自由化に従事した後、放送行政局でCATVや衛星ビジネスを担当。登別郵便局長を経て、通信政策局でマルチメデ ィア政策、インターネット政策を推進。93年からパリに駐在し、95年に帰国後は官房総務課で規制緩和、省庁再編に従事。
1998年9月~2002年8月、MITメディアラボ客員教授。2002年9月~2006年8月、スタンフォード日本センター研究所長。2006年9月から慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構(DMC機構)教授。
2002年9月からNPO「CANVAS」副理事長を、2004年4月から国際IT財団専務理事を兼務。(株)CSK顧問、ビジネスモデル学会理事、芸術科学会評議員。コンテンツ政策研究会幹事、ポップカルチャー政策プロジェクト世話人、メディア融合研究会世話役。内閣官房知的財産戦略本部 コンテンツ・日本ブランド専門調査会 委員、文化審議会著作権分科会専門委員。情報通信審議会専門委員。総務省参与。著書に『「通信と放送の融合」のこれから』(翔泳社)『インターネット,自由を我等に』(アスキー出版局)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)、『日本のポップパワー』(日本経済新聞社、編著)など。

中村伊知哉氏のホームページ
http://www.ichiya.org/

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