【ネット時評 : 今川 拓郎(総務省)】
「xICT」 あらゆる産業・地域とICTとの融合

imagawa2.jpg
 
 日本の国力の低下が懸念されている。豊かさの象徴ともいえる一人あたりGDPで、日本は20位に低迷。93年には2位を占めていたが、後退が止まらない。スイスのIMD(経営開発国際研究所)による国の競争力ランキングでも、92年には1位を占めていたが、08年は22位にとどまっている。
 

 このような閉塞感の中、日本に最も必要なのは成長力を回復することである。経済財政諮問会議でも、成長戦略が幅広く議論されている。しかし、さまざまな「成長」の方向性がある中で、成長力の回復を軌道にのせるには、日本がどのようなモデルを目指すのかという明確なビジョンを国民の間で共有する必要があるのではないか。ひとたび設定された目標に向けて実行する底力にかけては、日本人は定評がある。


範とすべき北欧の成長モデル

 図表1は、一人あたりGDPの上位20カ国の比較である。04年から06年にかけて、一人あたりGDPが2年連続マイナス成長となっているのは日本のみ。やはり危機的な状況にある。

 上位諸国の成長の柱は、資源、金融、ICT。天然資源に恵まれず、バブル後の失われた10年で金融の国際競争力もすっかり低下した日本にとって、残された選択肢はICTしかない。WEF(世界経済フォーラム)がICTの競争力ランキングを毎年公表しているが、その競争力指数と一人あたりGDPとの相関は明白で、ICTの成否が一国の経済成長を左右することは疑いようがない(図表2)。

061001.gif

061002.gif

 上位20カ国の中でも、日本が範とすべきモデルは北欧諸国ではないだろうか。一人あたりGDPとICTランキングの双方で、デンマーク(7位、1位)、スウェーデン(9位、2位)、フィンランド(11位、6位)、アイスランド(4位、8位)、ノルウェー(2位、10位)と、各国はいずれも上位を占めている。

 北欧諸国は、国土が狭くて人口は少なく、社会保障が充実していて平均寿命も長いという特徴がある。しかし一方で、税金が高く、公的部門の比率が高いという面もある。人口減少や高齢化に直面している日本は、北欧モデルを参考として、「高福祉・高負担」の道に進むか否かという「守り」の決断が必要な一方で、産業の競争力強化という「攻め」の政策ではICTを機軸とすることが必須である。


情報通信基盤の徹底活用が日本の課題

 WEFのICT競争力ランキングで日本は19位に沈んでいるが、総務省が実施した情報通信基盤の国際比較では日本は1位となった。国際機関等の公表データをそのまま利用し、情報通信基盤の「料金」「高速性」「安全性」「モバイル度」「普及度」「社会基盤性」の6分野12指標の偏差値で評価すると、日本は総合評価で1位となる(→詳細はこちら)。

 2003年策定のe-Japan戦略Ⅱのころから指摘されているが、WEFにおける日本の低評価の理由はICTの利活用にある。図表3はICTシステムの分野別利用率だが、電子商取引(ネット通販など)や交通・物流(ICカード乗車券など)の分野では利用が進んでいるが、企業経営、教育・人材、医療・福祉、就労・労務、行政サービス等の分野では、相変わらず低調にとどまっている。

 一方、安心・安全の面でも課題がある。図表4はICT利用の分野別安心感だが、ICT利用全般についての安心感は23%にとどまった。特に、サイバー社会に対応した制度・慣行の整備や新たな社会規範の定着についての不安感が高くなっている。ただし、利用者のリテラシーが高まるにつれ不安感が減るという傾向も得られ、ICTシステムの普及と利用が進めば安心感も徐々に改善していくと考えられる。

061003.gif

061004.gif

 以上を総合すると、日本がICTを成長の機軸として推進していく上での課題は、安心・安全を確保しつつ、世界最高水準の情報通信基盤を徹底活用することに尽きるといえる。


世の中の「原則」が変わる

 情報通信基盤の徹底活用に向けて、何をすべきか。まず、ICTの技術革新に伴い、世の中の「原則」が変わるということを社会全体で認識する必要がある。

 総務省は、2011年に「完全デジタル元年」を迎えるべく、ブロードバンドの全国普及や地上デジタル放送への完全移行を進めるとともに、「いつでも、どこでも、何でも、誰でも」ネットワークに簡単につながるユビキタスネット社会の実現に向けて、u-Japan政策を展開している。e(電子化)の世界からu(ユビキタス)の世界へ進んでいく中で、ネットワークの常識が大きく変わろうとしている。例えば、「いつでもつながるネットワークから、いつでもつながっているネットワークへ」「人のネットワークから、人・モノ全てのネットワークへ」「自ら所有するシステムから、皆で共有するシステムへ」といった不連続的な技術革新の到来だ。

 この技術変化に伴い、社会の共通ルールも大きく変わらなければならない。例えば、「紙が基本から、電子が基本へ」「自分でつくるから、皆で協働するへ」「生産者が主役から、消費者が主役へ」といった変化である。このような不連続的な環境変化を世の中に定着させることで、ICT利活用は飛躍的に深化するのではないだろうか。例えば、「紙が基本から、電子が基本へ」を定着させることで、電子申請や電子納税が基本となり、紙を提出するのは例外的となる。つまり、電子手続の手数料を割り引くのではなく、持参や郵送の手数料をコストに応じ割り増すのだ。しかし、そういった新しい「原則」を定着させるには、現状維持を図る勢力からの抵抗を乗り越え、長い坂道を駆け上がる改革が必要となる。


xICTで産業が変わる、地域が変わる

 総務大臣が主催する「ICT成長力懇談会」では、以上の認識に基づき、ICTと成長力を結ぶ経路を強化するための方策を検討中だ。6月末に最終報告書を公表する予定だが、世の中の「原則」を変え、情報通信基盤の徹底活用を促す改革のコンセプトとして、“xICT”を打ち出すこととした。xICTは「○×ICT」の意味で、さまざまな産業や地域が、eの世界からuの世界へ進む中でICT利用を深化させることにより、生まれ変わることを示すものである。「○」には、ICTを利用する主体であれば何を入れても良い。例えば、医療×ICT=u-Hospital、住宅×ICT=u-Homeなどと整理することが可能であろう。

 また、“xICT”の“x”はXMLと同様に“extensible”とも読め、ICTの発展形や汎用化と理解することも可能だ。2011年の完全デジタル元年に向けて、ICT利用産業がICTを徹底活用して適応力を高め、世界や地域で大きく成長する姿が、次世代のICTのあり方であることを示唆する。

 以上の考え方や産業・地域が変わるイメージの素案を、「ICT成長力懇談会」において取りまとめ骨子案として5月29日に公表した(→取りまとめ骨子案はこちら。PDFファイルです)。今後、6月末の最終報告書の公表に向けて議論を収束させていく予定だが、拙稿をお読みいただいた読者の皆様からのフィードバックもぜひお願い申し上げたい(→お名前、ご連絡先をご記入の上、ict-seichoukon@ml.soumu.go.jp へメールをお送り下さい)。

(本稿中、意見にわたる部分は筆者の個人的な見解である)


<筆者紹介>今川 拓郎(いまがわ たくお)
総務省 情報通信政策局 総合政策課調査官
1988年東京大学教養学部卒業、90年同大学院広域科学専攻修士課程修了、同年郵政省入省。97年米ハーバード大学経済学博士。大阪大学大学院助教授、総務省情報通信政策局総合政策課課長補佐、同総合通信基盤局公正競争推進室長等を経て現職。専門は、情報経済学、産業組織論、都市経済学、金融等。“Economic Analysis of Telecommunications, Technology, and Cities in Japan” (Taga Press)、「高度情報化社会のガバナンス」(NTT出版、共著)、「デフレ不況の実証分析―日本経済の停滞と再生」(東洋経済新報社、共著)等、著書・論文多数。静岡県出身。


トラックバック

このエントリーのトラックバックURL
http://www.nikkeidigitalcore.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/260

コメント一覧

メニュー