【ネット時評 : 土屋大洋(慶應義塾大学大学院)】
サイバー・セキュリティが米新政権の課題に

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 アメリカ大統領選挙でどちらの候補が勝とうとも、サイバー空間での政府の活動は拡大することになりそうである。サイバー安全保障は、アメリカ政府の安全保障政策においてトップ・プライオリティの一つになりつつある。
 

戦場になるサイバー空間

 来年度のアメリカの国防予算で最も大きな割合を占めているのはサイバー安全保障関連の予算だとワシントンポスト紙は伝えている。それも内容はあいまいで、どうにでも使えるようになっているというのだ。

 今年になって国防総省が出した報告書では、「あらゆる領域」での国土防衛を行うとしており、「あらゆる領域」とは、海洋、空、宇宙、陸、そしてサイバー空間であるとしている。物理的な空間と並んでサイバー空間も戦場として認められたことになる。

 軍縮・兵器管理関連に携わっている国連職員に話を聞いたときにも、これからの国際的な安全保障問題の焦点はサイバー・セキュリティ、宇宙、北極になるとの見通しだった。どれも北の大国が積極的に動いているからのようである。昨年のエストニア、今年6月のリトアニア、そして最近のグルジアでもサイバー攻撃が行われた。

 宇宙も情報通信と関連している。軍事目的で作られたGPSはすでに不可欠の通信インフラになっているし、GPSに対抗する欧州のガリレオ計画もまだ死んでいない。いったんは遅くて使いにくいとされた衛星通信だが、もう一度脚光を浴びつつある。音声のようなずれを許さない双方向通信には使いにくいかもしれないが、他の用途なら使い道はある。ユビキタス通信の一角として人工衛星は見直されることになるだろう。


FISA改正法成立

 こうした動きを背景にすると、先月アメリカ議会を通過したFISA(外国インテリジェンス監視法)改正法案を違った視点から見ることも可能だろう。FISAは、1970年代のウォーターゲート事件を機に成立した法律で、アメリカ国内で外国勢力の活動を監視する際のルールを定めたものである。この法律では、テロや安全保障上の懸念に基づいて通信傍受を行う場合、令状の取得を義務づけている。しかし、ブッシュ政権が9.11後から令状無しで海外とアメリカの間の通信傍受を行っていたことが、2005年12月のニューヨークタイムズ紙のスクープで明らかになった。

 「プログラム」と政権内で呼ばれているこの活動は、インターネットによって通信のトラフィックがあまりにも拡大したため、いちいち令状を取っていられなくなったために行われるようになった。ブッシュ大統領は、それを認める権限が自分にはあると主張しているが、外国勢力ばかりでなく、関係のないアメリカ国民の通信までも傍受されている疑いが濃厚なため、強い批判が巻き起こった。政府とプログラムに協力を求められた通信会社に対して複数の訴訟が起こされ、おおむねブッシュ政権に不利な判断が出ている(まだ結審していない)。

 ブッシュ政権はいったんプログラムの停止を発表したが、議会にFISAの改正法成立を求めるとともに、協力する通信会社が訴訟に合わないようにする免責条項も求めた。この改正法成立には人権団体による反対運動が組織され、投票が延期されるなど、否決の見通しもあったが、上下両院は改正法案を可決させた。


新政権も踏襲

 ブッシュ政権は、さまざまな面で批判されつつも、安全保障関連の政策ではほとんど求めた法案を成立させてきた。例えばテロ対策を目的にプライバシーを制限した2001年のパトリオット法(愛国者法)もそうである。今の議会は人権問題に敏感な民主党が優勢なのにもかかわらず、このFISA改正法案が成立した点に注目すべきである。当初は反対を表明していた民主党のバラク・オバマ大統領候補も賛成に回ったため、支持者から強い批判が巻き起こった。サイバー空間における安全保障を確保するためにこの改正法案は必要であるというロビーイングが強く行われたと見るべきだろう。

 オバマ候補は大統領選挙でインターネットを駆使していることからも、その重要性に気づいているし、科学技術政策への関心も高い。共和党のジョン・マケイン大統領候補が当選すれば言うまでもなく、オバマ候補が当選してもサイバー空間へのコミットメントは強まると見るべきだろう。
 
 

<筆者紹介>土屋 大洋(つちや もとひろ)
マサチューセッツ工科大学国際関係研究所客員研究員
1970年生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科准教授。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)助教授などを経て現職。専門は国際政治学、情報社会論。主著に『情報による安全保障―ネットワーク時代のインテリジェンス・コミュニティ―』(慶應義塾大学出版会、2007年)、『ネットワーク・パワー―情報時代の国際政治 ―』(NTT出版、2007年)等。マサチューセッツ工科大学国際関係研究所客員研究員として渡米中。


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