【ネット時評 : 市川明彦(日立製作所)】
途上国のネットは無線・携帯から――パラグアイの事例

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 今年、南米パラグアイでは約60年ぶりに政権交代が起こり、8月15日にフェルナンド・ルゴ新大統領が就任した。同国の産業界からは、規制緩和など経済の停滞打破へ向けた政策が期待されている。
 
 私はちょうど新大統領就任の少し前、独立行政法人国際協力機構(JICA)の短期専門家派遣制度によりパラグアイの首都アスンシオンを訪れていた。電子商取引について2週間に渡る講義をするためだ。同時にこの国のネット事情を視察し、途上国ではネット普及のプロセスが、必ずしも先進国と同じにはならないという事実に直面した。そのキーワードは「無線」と「携帯」である。
 

パラグアイの概要

 パラグアイは、南米の大河ラプラタ川の中・上流に位置し、南緯約19度から27度(北半球の日本付近で言うなら、ほぼ台湾付近)に位置し、ブラジル、アルゼンチン、ボリビアに囲まれる内陸国だ。日本とは地球の反対側である。日本からはニューヨーク、サンパウロで飛行機を乗り継ぎ、搭乗時間は28時間ほど。現地の季節はすでに冬だったが、朝晩の冷え込みこそ0度近くまで下がるものの、日中は天気がいいと20度以上になる。面積は日本の約1.1倍だが人口は約600万人と日本の20分の1ほどで、1人当りGDPも約1,500ドル/年と日本のおよそ25分の1の経済的途上国である。

 現地の物価水準は、食事や給与の話を聞いて考えるに実質的には日本の4分の1から5分の1と考えられる。ほかのスペイン語圏の国と同様、シエスタ(昼寝)の風習の名残があり、民間企業の一般的な勤務時間は8~12時、14~17時半で、12~14時は昼休みとなっており、家で昼食を取る人も多いとの事である。また一般の公務員の勤務時間は7~13時で給料が安く、午後は別の仕事に就く人も多いと聞いた。鉄道がなく、移動はバスなど自動車が中心。都市の中心部でも、まだ荷物を引く馬車を見かけた。私が歩いた感じでは道路、歩道の舗装なども決して良い状態とは言えなかった。このような数百年のスペイン、ヨーロッパ文化の歴史と、政治と政策的不安定による経済力の不足から来るインフラ未整備のギャップは、パラグアイのネット事情、電子商取引事情にも現われているように見える。


マイクロウェーブ方式による無線ネット

 最近の調査によると、パラグアイのインターネット普及率は約4.5%で一般的な回線スピードは64Kbpsである(ちなみに、同じ南米のブラジルは約22.8%、800Kbps、アルゼンチンでは、約40%、1Mbpsである)。基本通信回線は、全株式を政府が保有するCOPACO社が独占している。ISP(インターネット接続事業者)は約80社あるが、「PARAWAY」ブランドでISPサービスも提供しているCOPACO社及びCOPACOから回線を借りている25社で合計シェア約90%を占める。有線ADSLまたはマイクロウェーブ方式の無線でネットを提供しており、料金は25~80USドル/月(料金は回線スピードによる)程度だ。大学卒の初任給が約500USドル/月だというから、かなり割高だと言える。PCは安くても1台500USドル台である。現地では、64Kbps以上をブロードバンドと称していた。インターネット利用環境に関しては、日本の1995~97年当時に相当するのではないか。

 インターネット接続にマイクロウェーブ方式というのは日本ではあまり聞かないが、私が滞在したJICAの提携先事務局オフィスもこの方式だった。オフィス内も無線LAN方式でPCやプリンタが接続されていて、スピードは業務に支障なかった。要するに、この国でネットワークといえば通信ケーブルによる有線でなく無線方式が主流なのである。


携帯ショートメッセージがインフラに

 パラグアイにおける電子商取引についてのデータ、例えばネットショップ数や、ネット上の取引高などに関する統計データはまだ存在しない。今回の講座に参加した約20人は、ネットショップを始めたばかりの人か始めようとする人、企業の担当者、ネットビジネスのコンサルテーションを中小企業向けに行なおうとするコンサルタントといった人々であった。

 講義の合間に、通信、インターネットに関連するさまざまな機関、企業を訪問した。どこでも聞かされたのが、COPACO社による通信回線独占とそれによる低速度高料金の問題だ。日本の経団連に相当するパラグアイ産業連盟会長との懇談では、日本の電電公社民営化とその後の自由化、規制緩和、通信サービス競争政策について、当初予定を大幅に越え1時間半も話す事になってしまった。また、産業界が新大統領の規制緩和政策へ大きな期待を持っている事を多くの人が口々に語っていた。

 インターネットの普及率は約4.5%に過ぎないが、携帯電話の普及率はすでに約65%に達している。富裕層はハウスメイドを雇っているが、そのメイドさんも携帯を持っている。実は、パラグアイの電子商取引の現在のインフラは、この携帯電話を使ったショートメッセージサービスである。ショートメッセージサービスの1回の送信メッセージ数は150文字だが、これを越えた文字数は分割送信され、携帯側で自動的に組合せて1つのメッセージとして扱えるという。もっとも携帯画面の表示がフォント縮小モードにしても1画面で約40~50文字と少ないので「あまり長いメッセージは嫌われる」とのことだ。

 多くの企業、機関は、メーリングリストやメールアドレスをデータベース化する代わりに、携帯電話番号のリストをデータベースとして整備・保持しており、私がパラグアイ産業連盟で行なった講演の案内も約2000通のショートメッセージ発信で行なったと聞いた。

 一方で、日本でのように携帯電話でeメールを送受信したり、Webサイトにアクセスしたい、というニーズは聞こえてこなかった。インターネットの特徴である「世界性」を一般の人は必要としていないのかもしれない。ショートメッセージレベルでパラグアイ国内での生活、ビジネスに役立てば良い、という事なのだろう。ショートメッセージを利用したビジネスとしてはプロモーションメッセージが代表的で、記載の電話番号へ電話をかけ、広告を聞くと抽選で賞品が当たる、というようなものである。

 携帯電話関連の新しいビジネスとしては、「おサイフケータイ」サービスを大手携帯電話サービス会社Tigo社が、ちょうど私の滞在中に「Tigo Cash」のプランドでサービス開始した。利用可能店舗は約400店で、すでに1万人の利用者登録があるとの事だ。


途上国に共通する特徴か

 通信回線サービスの国家・企業独占、高い携帯電話の普及率、マイクロウェーブという無線方式によるインターネット接続というパラグアイの特徴は、もしかするといくつかの途上国に共通するひとつのパターンなのかも知れない。日本や欧米先進国が歩んできた、まず有線回線とデスクトップPCによるインターネット利用があり、しだいに回線高速化、無線・移動共存化へと進んだステップとは異なる発展段階があることを実感した。

<筆者紹介>市川 明彦(いちかわ あきひこ)
日立製作所 公共システム事業部 情報保全管理センタ 副センタ長
日立製作所 情報通信事業グループにて電子商取引ビジネス推進を担当し、現在は公共システム事業部で電子政府などを含む海外の公的部門へのソリューションビジネス展開を担当。流通経済大学講師、日本経団連ITガバナンスWG委員などを歴任。公認システム監査人、公認情報セキュリティ監査人。著書に「インターネットコマース新動向と技術」(2000年2月、共立出版)がある。

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