【ネット時評 : 湯川 抗(富士通総研)】
「クラウドコンピューティング」という流行語の使い方

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 ICT業界はファッション業界並みに流行の移り変わりの激しい業界だ。最近の流行語は、間違いなく「クラウドコンピューティング」だが、この言葉の使い方には注意が必要だ。
 

誤った使い方

 コラムニストのMike Elgan氏はクラウドコンピューティングを、新しい現象の描写や、漠然とした現象の明確化のために生み出された言葉ではなく、ある種のマーケティング用語だと評し、以前から存在してよく理解されている技術やサービスをもわかりにくくしてしまう可能性があると指摘する。この指摘は正しい。

 例えば “Web2.0”という言葉はTim O’Reilly氏が2005年当時、インターネットバブルを経て生き残ったビジネスの共通点を描写するために生み出した言葉といえる。しかし、クラウドコンピューティングは以前から言われていたユーティリティコンピューティングなどと全く同じ概念として捉えることが可能で、更には、O’ReillyがWeb2.0の原則として挙げた“Web as a Platform”という概念ともほぼ同じことを指す。

 クラウドコンピューティングを、サービス、ソフトウエア、コンピューティングリソースといったあらゆるものがインターネット経由で提供されるICT利用の形態と捉えれば、ほとんど全てのICT企業がクラウドコンピューティングに何らかのかかわりをもっている。したがって、企業によってその解釈や使い方は様々である。

 2006年からクラウドコンピューティングという言葉を操り、今やそのエバンジェリストになりつつあるGoogleのEric Schmidt会長兼CEOのいう「クラウド」は、主にPaaS(Platform as a Service::アプリケーションのプラットフォーム環境をインターネット上でサービスとして提供すること)やSaaS(Software as a Service)を指すのに対し、IBMが標ぼうする「クラウド」は明らかにハードウエア中心のインフラ部分を指す。

 GoogleやIBMはこれからの時代における自分たちの強みを強調するためにこのマーケティング用語をうまく活用しているが、自分たちの強みや方向感覚をもたないまま現場のキーワードとして用いると、以前と同じものを、まるで新しいものとして提供できるかのような誤解を社内や顧客に与えかねない。OracleのLarry Ellison CEOも、今までのビジネスとクラウドコンピューティングの時代との違いが見えないことを批判する。


正しい使い方

 Elgan氏の言うとおり、クラウドコンピューティングという言葉の使い方には注意が必要だろう。しかし、ICT関連サービスがインターネットの向こう側に移行した世界を強く意識させるためにこの言葉を用いるのは正しい。

 確かに、インターネットを通じたサービスの提供や資産の構築に以前から取り組んできた企業からみれば、クラウドコンピューティングという言葉は何ら新しいことを示しておらず、使い方を間違えると混乱を招く。しかし、インターネットビジネスにそれほど深くかかわってこなかった企業から見れば、この言葉は、自らの事業をインターネットビジネスへと大きく転換させる契機として用いることができるのではないだろうか。

 マイクロソフトの積極的な買収戦略やデータセンターへの投資は、ブラウザー戦争以降、実はインターネットビジネスにさほど積極的に関ってきておらず、今になって懸命にインターネットビジネスに舵を切っているかのように見える。未だ手の内を見せてはいないが、最近は幹部の口からもクラウドコンピューティングという言葉が聴かれるようなった。

 わが国の大手ICT企業のインターネットビジネスの世界での存在感はほとんどないと言っていい。半導体やPCではアメリカに遅れをとらなかったにもかかわらず、インターネットビジネスにおいて完全にアメリカの後塵を拝し、Web2.0の世界でも出遅れた。

 そして現在もクラウドコンピューティングという言葉をうまく使って、今後のビジネスのビジョンを示している企業はみあたらない。これが、「クラウド」をただの流行語と見たためであり、実は様々なサービス、リソースをインターネット経由で提供するための準備を密かに着々と進めているのであれば立派である。しかし、そうでないなら、今度こそ未来は危うい。ビジネスあり方をかえるために、この言葉を有効活用してはどうだろうか。


クラウドコンピューティング時代に向けて進む合従連衡

 インターネット経由でサービスやリソースを提供しなければならない時代が非常に近い未来にやってくる。メリルリンチは、クラウドコンピューティング市場が2011年には1600億ドル規模(950億ドルがビジネス関連、650億ドルが広告分野)になる予測している。また、すでにアメリカのインターネットユーザーの69%が写真などのインターネット上のデータストレージやSaaSを活用し、これが更に進むとの調査結果もある。

 こうした時代を予測し、クラウドコンピューティングという言葉をうまく活用して、大手企業の合従連衡が急速に進行している。GoogleとIBMの大学向けクラウドコンピューティング推進での協力、Salesforce.comとGoogleのCRMアプリケーション分野での提携、HP、Intel、Yahoo!のクラウドコンピューティング研究プラットフォームにおける協力体制構築などは、いずれも昨年後半から相次いで発表された。こうした企業間の動きが、先のLarry Ellison氏のいらだちをよんでいるのかもしれないと邪推しても仕方ないほど、クラウドコンピューティングという言葉を軸にした企業間連携が急速に進んでいる。

 これらの企業でさえ、単独での実現を考えられないほどクラウドコンピューティング時代への対応は難しく、その結果もたらされるインパクトは非常に大きい可能性がある。わが国の企業には、この流行語をうまく活用して前を向くこと、今後クラウドのどの部分で現在の自社のビジネスを展開しなければならないのかを慎重かつ冷静に検討すること、そして、どんなパートナーとどのような分野で協力するのかを考えることが求められている。


<筆者紹介>湯川 抗(ゆかわ こう)
富士通総研 経済研究所主任研究員
1965年 東京都生まれ。1989年上智大学法学部卒。96年コロンビア大学大学院修了(MS)。2005年東京大学工学系研究科博士課程修了(Ph.D.)。現在、横浜市立大学国際文化学部非常勤講師。SBI大学院大学教授を兼任。専門はインターネットビジネスとベンチャー企業。【執筆活動】「進化するネットワーキング」(2006年、共著)、「情報系マイクロビジネス」(2001年、共著)「クラスター戦略」(2002年、共著)など。

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