【ネット時評 : 城所岩生(国際大学GLOCOM)】
「ネットも本も」覇権握るグーグル(下)――和解内容の詳細とわが国への示唆

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 前回、グーグルの「ブック検索」をめぐる訴訟の経緯と、それが和解に至った背景を紹介した。今回は、グーグルが年商200 億ドル(2兆円)の1%にも満たない1億2500万ドル(125億円)の和解金と引き換えに得たものを、グーグルがサイトに掲載した文章「和解で得られる利点」に基づいて説明する。和解についてのグーグルの発表資料はほかにもあるので、必要によりそれらも紹介するが、特に説明がないかぎり、引用部分はこの「和解で得られる利点」からのものである。
 

 
図書館、著作者、ユーザー、そしてグーグルそれぞれの利点


この和解が承認されると、Google は、引き続き著作権のある書籍およびその挿入物をスキャンして電子的な書籍データベースを作成すること、学校、企業、その他の機関に対して書籍データベースへの登録を販売すること、消費者に個別の書籍を販売すること、書籍のページに広告を表示することを認められます。Google は、版権レジストリ (以下「レジストリ」) を通じ、この使用により得た全収益の63%を権利者に支払います。レジストリは、この収益をレジストリに登録している書籍および挿入物の権利者に分配します。(以下、省略)

 「和解が承認されると」とあるのは、裁判所の正式な承認が必要だからである。11月19日、ニューヨーク南部地区連邦地裁のSprizzo判事は承認の仮決定を行っている。また「引き続き」とあるのは、すでに着手ずみだからである。「挿入物」とは、本の紹介のようなものをいう。「版権レジストリ(以下「レジストリ」)」については後述する。

 「収益の63%を権利者に支払う」ということは、グーグルの分け前は37%ということになる。グーグルはデジタル化に伴う投資額を公表していないが、6~8億ドル(600~800億円)と推定されている。総額1億2500万ドル(125億円)に上る今回の和解費用とあわせると、10億ドル(1000億円)に近づくかもしれない投資額となり、果たして回収できる数字なのかどうかは分からない。

 「検索ユーザーと書籍の新たな出会い」というブック検索のキャッチフレーズにあるように、ウェブ検索サービスにもたらす効果はもちろん期待できる。しかし、そのウェブ検索でさえグーグルの二人の創業者は、検索結果に対する利用者の信頼性に悪影響を及ぼすことをおそれて、当初は広告なしでサービスを開始した。その後、検索連動広告という金脈を掘り当てて、大ブレークしたわけである。今回のブック検索でも、ある意味ではライバルであるアマゾンなどのオンライン書店へのリンクを検索結果から張ることに対して「ユーザーにとって便利だから」との理由で、社内で特に反対は出なかったそうだ。こうした目先の利益にとらわれないユーザー志向が、長い目で見れば大きく結実することを期待しての収益配分割合かもしれない。


この和解案によって、Google は、公共図書館と高等教育機関の図書館に書籍データベースへの無償アクセスを提供することも認められます。(以下、省略)

 グーグルが書籍データベースへの無償アクセスを提供することによって関係者が得られるメリットについては、別のページに掲載されている「Googleブック検索のこれから」(以下、「ブック検索のこれから」)の「2.ブック検索の変更点/図書館や大学へのアクセス」にある以下の説明がわかりやすい。


図書館や大学をはじめ、さまざまな組織が有料の組織購読を利用できるようになります。これにより、ユーザーは膨大な蔵書の全文にアクセスできるようになり、同時に著者や出版社にはこのサービスに対する報酬が支払われます。学生や研究者は、国内の著名な大学から提供された蔵書をまとめた電子図書館にアクセスできるようになります。米国内の公立図書館や大学の図書館は、数多くの絶版のまたは市販されていない書籍の全文にアクセスできる端末を提供することもできます。

 図書館にとって、グーグルの書籍データベースを利用できるメリットは大きい。まず、デジタル化にはコストがかかる。加えて、自館の蔵書ですら著作権者の許可なく、デジタル化して、利用者に検索させて、全文を閲覧できるようにすることが、著作権法に違反しないかという問題もある。安全策を取っていちいち著作権者の許可を取ろう(オプトインしよう)とすると、これまたコスト増要因となる。しかしデジタル化は避けて通れない。紙の書物は確実に劣化するし、保存のための場所も必要とする。加えて検索できないという重大な欠陥もある。ブック検索プロジェクトのデータベースが完成すれば、集積された人類の英知が容易に発見、利用できるようになる。ユーザーも含め、すべての図書館関係者に計り知れない便益をもたらすのである。

 ユーザーは図書館に行かないでも多くの便益を享受できる。「ブック検索のこれから」の「3.3種類の書籍」が以下のように説明している。


今回の契約により、ユーザーは Googleブック検索に登録されているさまざまなカテゴリの書籍にアクセスできるようになります。

1. 著作権で保護された刊行中のまたは市販されている書籍
刊行中のまたは市販されている書籍とは、出版社が現在販売している書籍で、書店などで見つけることができるものをいいます。著者や出版社が「プレビュー」および「購入」モデルを有効にすることで、ブック検索を通じて書籍を簡単に入手できるようになり、刊行中のまたは市販されている書籍のオンライン市場が拡大します。

2. 著作権で保護された絶版のまたは市販されていない書籍
絶版のまたは市販されていない書籍は、今では出版、販売されていません。このような書籍を入手する唯一の方法は、図書館や古本屋で探すことです。契約が承認されると、絶版のまたは市販されていない書籍がデジタル化された形でオンラインからプレビュー、購入できるようになります。ただし、著者や出版社がその書籍を「無効」に設定した場合は適用されません。この機能は、著者や出版社が市場から永久に消えたと思っていた書籍から利益を得ることを可能にします。これにより出版界には多大な恩恵がもたらされるでしょう。

3. 著作権が失効した書籍
著作権が失効した書籍をブック検索で表示する方法は変更されません。ブック検索のユーザーは、これまでどおり書籍を読んだり、ダウンロードしたり、印刷したりできます。

上記の中で、著者や出版社がその書籍を「有効」や「無効」に設定できる、とあるが、これについて「和解で得られる利点」では下記のように説明している。


権利者は、Google に対して書籍および挿入物の各種の「表示使用」を行わないよう指示することができます。この表示使用については、提案通知書和解契約書で説明されています。刊行中のまたは市販されている書籍の権利者が、Google に対して自らの書籍を一部またはすべて表示使用できるようにすることを望む場合は、レジストリに通知する必要があります。絶版のまたは市販されていない書籍は、その権利者が Google に指示しない限り、自動的にすべて表示使用されます。

 また、著作権保護期間満了などにより、パブリック・ドメインとなった書籍は従来どおり、自由に利用できる。


表示パターンと著作者の選択肢

 上記の「提案通知書」は39ページ、「和解契約書」は200ページを超えるが、いずれも日本語訳はない。それらによれば、和解契約によってグーグルは以下の「表示使用」ができるようになる。

(1) アクセス使用―組織単位での加入、個人購入、図書館等でのアクセス、その他の方法によって書籍全部を利用できるようにする。

(2) プレビュー使用―ユーザーが書籍全体の最大20%まで閲覧できるようにする。ユーザーが書店で購入する際の「立ち読み」に相当する機会を与えるもの。

(3) スニペット表示―ユーザーの検索に対して、3~4行のスニペット(前回参照)を表示する。

(4) 書籍関連情報の表示―表紙、目次、索引などを表示できる。

 前回紹介したとおり、現在は全文表示、スニペット表示、プレビューなしの3種類の表示のみだが、新たに(2)のプレビュー使用が加わることになる。以上の「表示使用」を、権利者がGoogle に対して、行わないようにしたり、行うようにしたり指示できることについて、上記3種類の書籍の分類に従って説明する。

(A)著作権で保護された刊行中のまたは市販されている書籍

権利者が表示使用を希望する(オプトイン)することによって、ユーザーは(2)のプレビュー使用ができるようになる。これまで(3)の数行のスニペット表示にとどまっていたのが、書籍全体の最大20%まで閲覧できるようになった。ただし、これまでは、オプトアウトしないかぎりスニペット表示していたが、今後は許諾なしには(オプトインしないかぎり)スニペットも表示しないことになった。

(B)著作権で保護された絶版のまたは市販されていない書籍

権利者は表示使用を行わないよう指示する(オプトアウト)することによって、グーグルは(3)のスニペット表示もしないようにできる。上記(1)の刊行本では、オプトインすればプレビュー使用が可能になる反面、オプトインしないかぎり、スニペット表示もしないという譲歩をした。絶版本については、そうした譲歩をせずに収益を分配するだけで、オプトアウトを認められたわけだが、そのメリットは大きい。グーグルは、これまでにデジタル化した700万冊中、400~500万冊、つまり60~70%は絶版本であるとしている。全書籍の5~10%にすぎないといわれる刊行本とは桁違いのシェアを誇るわけである。以下の「ブック検索のこれから」の「2.ブック検索の変更点/絶版のまたは市販されていない書籍」の説明のとおり、図書館プロジェクトを始めたそもそもの理由も絶版本をアクセスしやすくすることにあった。


これまで、図書館プロジェクトを通じてスキャンした著作権で保護される書籍のほとんどは、本文の一部をスニペット表示できるだけでした。このような書籍のほとんどは絶版になっているか市販されていないので、実際に書籍を読む場合は、書籍を提供した図書館や古本屋に行って探すしかありませんでした。

今回の契約により、絶版のまたは市販されていない書籍の多くをプレビューしたり、読んだり、購入したりできるようになります (米国のみ)。ブック検索で図書館プロジェクトを開始したそもそもの理由は、絶版のまたは市販されていない書籍を継続して入手できるようにすることです。Googleと、著者、図書館、出版関係のパートナーが、人類の文化史をこのような方法で守ることができるということを大変栄誉に思います。

 (米国のみ)とあるが、「2.ブック検索の変更点/米国外のユーザー」に以下の説明がある。


この契約は米国における訴訟の解決となるもので、契約の影響を直接受けるのは、米国内でブック検索にアクセスするユーザーのみです。米国外におけるブック検索の機能はこれまでと同じです。しかし、将来的には各国の業界団体や個々の権利者と協力して、この契約がもたらすメリットを世界中のユーザーに広めたいと考えています。

(C)著作権が失効した書籍

 権利者が権利を主張できないので、表示使用についても何もいえない。書籍全体の20%ぐらいがこのパブリック・ドメインに属するといわれている。


権利集中機関の設置は問題か


Googleは、レジストリの設立と、和解の管理のためのその他の費用として、3,450万ドルを支払います。レジストリは、著者、パブリッシャー、その他の権利者を特定し、Googleの権利使用による収益を権利者に分配します。

 音楽業界にはASCAP(American Society of Composers, Authors and Publishers:全米作曲家、作詞家、出版者協会)とよばれる権利集中機関がある。JASRAC(日本音楽著作権協会)の米国版である。そのASCAPの書籍版を設立しようという試みである。


Googleはさらに、権利者が和解への辞退を望む場合、原告団が当事者に通知するべき期限日 (以下「不参加期限」) において、Googleが許可なくスキャンした書籍および挿入物の権利者による既存の申し立てを解決するために、少なくとも 4,500万ドルを支払うこととなります。このような権利者は、現金での支払いを受けるために申し立てを行うことができます。(以下、省略)

 すでに許諾なしにデジタル化した書籍については著作権者に対して、4500万ドル(45臆円、一冊につき推定60ドル)を支払うわけである。
 
 今回の和解契約自体、もちろん問題がないわけではない。しかし最大の懸念は権利集中機関(レジストリ)設立が反トラスト法上問題ないかであるが、これだけで一大テーマとなるので別の機会に譲る。最後に、この一件がわが国へもたらす示唆について考え、本稿を結ぶこととしたい。


わが国への示唆―フェアユースの導入を急げ

 和解契約は米国での訴訟の解決策なので、その効力は米国内に限られるが、将来的にグーグルはその恩恵を世界中に広めたい、としている。その際、障害になりそうなのは他国の著作権法である。日本も含め、多くの国はフェアユース規定を導入していないからだ。現にわが国で唯一プロジェクトに参加している慶応義塾図書館は、福澤諭吉関連の図書など著作権保護期間が切れて、パブリック・ドメイン入りした書籍を対象にしている。

 「エコノミスト」誌08.9.16日号に掲載された「日本のネットビジネスを殺さないために-著作物の複製・再利用を広く認める『フェアユース』規定を導入せよ」と題する小論で、筆者は「日本のネットビジネスが著作権侵害訴訟の乱発で窒息しかかっている。著作物の複製・再利用を広く認める『フェアユース』と呼ばれる米国の法体系を導入しなければ、日本のネットビジネスは今後も外国勢に奪われ続けるだろう」と指摘し、具体例としてウェブ検索サービスを紹介した。技術は同時期に芽生えたにもかかわらず、フェアユース規定のないわが国で、著作権侵害のおそれを回避するため、ウェブページを複製するのに著作権者の了解をいちいち取るオプトイン方式で対応したために、オプトアウト方式で対応した米国勢に日本市場まで制覇されてしまった。また最近の例としては、通信・放送融合関連サービスも取り上げた。今回の和解によって、ブック検索サービスも外国勢に市場を奪われるネットビジネスの仲間入りをしたことが判明した。

 国内では、同様にフェアユース導入を提言している、いわゆる「ネット法」構想(デジタル・コンテンツ法有識者フォーラム)に対する批判が少なくない。許諾権を報酬請求権に切り下げるなど、権利者の反発を買うことが必至の踏み込んだ提案をしているだけに批判されるのも当然だろう。しかし、わが国はもはやそのぐらいの蛮勇をふるわなければ、とても追いつけないような状況に追い込まれたことを、和解のニュースに接して痛感した。ブック検索サービスはグーグルも月ロケット打ち上げ計画と位置づけているが、今回の和解をグーテンベルグの印刷機発明に匹敵する快挙と評価する論者もいるぐらいの大プロジェクトだからである。フェアユース規定の一刻も早い導入を切望してやまない。


<筆者紹介>城所 岩生(きどころ いわお)
成蹊大学 法学部教授/米国弁護士

東京大学法学部卒、ニューヨーク大経営学修士・法学修士。1965 年NTT入社、1986年から米国現地法人の幹部を歴任した後、1994年退社。米国弁護士、国際大学グローバル・コミュニケーションズ・センター客員教授を経て、2004年から現職。専門は情報通信法、アメリカ法。著書:「米国通信戦争」(1996年、日刊工業新聞社)、「米国通信改革法解説」(2001年、木鐸社)


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