【ネット時評 : 江川 央(デジタルメディア・コンサルタント)】
暗雲の時代に求められるコミュニケーション術

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 世界経済を暗雲が覆っている。サブプライム問題に端を発した米国経済、それに続く世界経済の停滞は今や出口が見えないどころか、底なし沼になりかねない様相すら見せ始めている。
 

漂う停滞感

 私のオフィスがあるニューヨークのマンハッタンでも、五番街に並ぶ名店のショーウインドーを飾るホリデー向けの装飾が、心なしか寂しそうな感じがする。それが自分の先入観なのか、人の手によって作られたものは、ごく自然に時代の空気を反映する運命にあるものなのかは、私には分からない。

 IT業界も、あまり明るいニュースがない。ヤフーはマイクロソフトからの買収提案を拒否し、グーグルと手を結ぼうとしたものの、それがとん挫した結果、今後の方向性を見失ってしまっている(もっとも、マイクロソフトが再び同社の検索ビジネスを取り込む動きに入ったという噂もある)。そのグーグルがけん引する検索広告市場の売上げも減速しており、2009年第一四半期には、同ビジネス発生以来のマイナス成長になるという見方も、一部アナリストの間に出てきている。


企業コミュニケーションを再考する

 日本が経験した「失われた10年」に匹敵する状況――そんな言葉すらささやかれる中、企業は、経営のかじ取りに大きな影響を及ぼしかねないビジネスパートナー達や消費者に対するコミュニケーションの仕方を再考すべき時期に来ている。これが昨今の私のテーマであり、周囲の人達とも頻繁に議論を重ねている。

 サブプライム問題の発生以来、クレジット(Credit)という言葉がよく聞かれるようになった。この言葉は主に金融業界に関連する記述の中で「信用」と表現されることが多いが、実際には、評判、名声、名誉といった意味も強い。言うまでもなく、これらは自ら求めて手に入れるというよりも、むしろ企業による言動の結果として後から付いてくるものである。私は企業の対外コミュニケーションの核となるべき概念は、このクレジットという言葉にあるように思える。マクロでとらえた時の経済問題の核が「信用の回復」であるように、ミクロでとらえた時の企業コミュニケーションの核も「売らんかな」メッセージから数歩引いた「評判の維持」とすべきなのではないか。もっとも、これは何ら新しい話ではない。コミュニケーションのイロハであり、それを見直すべき、という事が言いたいのである。


受け取る側の心情にも配慮を

 もちろん、企業から発信されるメッセージは真実に基づいており、必要以上に脚色されず、何よりも誠意に満ちたものである事が前提である。先日、日本を代表する一部上場企業が、自社工場の生産減少に伴う従業員の削減に関するコメントを求められた際に、「社員を減員したのは請負会社であり当社は状況を把握していない」という主旨の、責任転嫁ともとらえられかねないような対応をしたようだが、派遣というシステムが社会問題化している状況下で、そのような空気の読めないメッセージを発信することは愚の骨頂である。現在の企業コミュニケーションは、暗雲の時代に差し掛かっている社会に生活する生身の人間たちが相手である。受け取り側の心情を考慮すべきであり、理屈だけで逃げ切るべき性格のものではないし、それが出来ると少しでも考えているのだとすれば、それは企業のごう慢である。


コミュニケーション戦略の再構築へ

 企業が社会に情報発信する際、様々なツールがある。マスメディアを利用した広告の掲載や、広報活動、イベントへの参加、インターネットを含むニューメディアの利用。それらの計画をメディア戦略と呼んだりする。景気が悪くなれば、当然の事ながらそれらの抜本的な見直しが行なわれ、より費用対効果の高い戦略の構築が求められることは言うまでもない。だが私は、今回の経済の停滞が、そこからもう一歩踏み込んだ企業のコミュニケーション戦略の抜本的な見直しをするのに良い機会になるのではないか、と考える。

 景気の低迷は、人々の生活を堅実なものにする。生活していくために、余分なモノや情報は整理し、切り捨て、「素」に近い、シンプルなライフスタイルへ変貌を遂げていくだろう。同時に、景気の良かったころに比べて、人々は情報の収集により注意深くなり、取捨選択基準も厳しくなっていくだろう。余分な情報や、飾り立てられたメッセージをうのみにすることによって、自らのビジネスや生活に直接的な損害が与えられる可能性を懸念するからである。こうした流れの中で、企業が社会でどのような役割を担っていくのか、いきたいのか、力で押し付けるのではなく、相手の目線で分かり易い形で伝えていく。そしてそのメッセージを裏付けるような商品やサービスを市場に投入していく――そんな事が、今後数年、求められていくような気がする。


暗黒時代に立ち向かう

 私は年末から年初をめどに「Simple Web Shop (www.simplewebshop.com)」、「C WORKS NEW YORK (www.cworksny.com)」という2つのサービスを始める予定だ。前者は、主に個人事業主を対象として、シンプルで分かり易いウェブサイトの制作と管理を安価で提供すること、後者はニューヨーク在住の各種コンサルタントたちとネットワークを結び、マーケティング・広報宣伝分野を中心に、日本企業による米国への進出の相談に乗るための組織の設立である。このコラムで考えてみたコミュニケーション理論も、それらの仕事の中で実践できるよう、努力する所存である。

 暗黒の時代を乗り切るには、誠意に基づいたビジネス関係の確立と、真実に基づいたコミュニケーション戦略の構築という、一見地味な考え方が最も重要であると私は信じる。数年後、眼の前に広がっている霧の向こうに光が見えてきた時、その考えが正しかったと言えるような状況に自分を持っていきたいと心から願っている。


<筆者紹介>江川 央(えがわ なかば)
デジタルメディア・コンサルタント
1965年米国ニューヨーク生まれ。1987年、自由学園男子最高学部卒業後、キヤノンに入社。海外マスコミ対応、多国語版社内報制作、F1鈴鹿グランプリにおけるスポンサー・チーム渉外、新規技術広報等を担当した後、1995年よりニューヨーク駐在。同年3月より、キヤノン初のウエブサイト設立を担当、設立後に同ウエブサイトの企画・制作業務を統括。1998年より、インタラクティブ・コミュニケーションズ・マネージャーとして、同ウエブサイト運営に加え、オンライン広告を中心にインターネット・ビジネスの展開に幅広く関与。2001年3月に、キヤノンを退社、デジタルメディア・コンサルタントとして独立。現在はマンハッタンにある大手法律事務所、Debevoise & Plimptonのナレッジ・マネージメント・チームをはじめ、依頼に応じて企業ウエブサイトの開発や、オンライン・マーケティング等に関するコンサルテーションを実施する一方、インターネット関連コラムへの寄稿をはじめ、ビジネス、社会、日米文化等にもテーマを広げた情報発信、創作活動を展開中。

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