【地域情報化の現場から】
第33回「病院の今を『見える化』~たらい回しゼロに取り組む神戸市第二次救急病院協議会の救急医療情報システム」

神戸市第二次救急病院協議会救急医療情報システムの 事務局がある神戸看護専門学校

 人口150万人の神戸市。日本全国各地で救急車のたらい回しなどが騒がれる今日、神戸市には「たらい回し」の文字がないという。救急医療現場の「今」にこだわり、救急医療の質と量の向上を目指した地域情報ネットワーク「神戸市第2次救急病院協議会救急医療情報システム」(以下、「2次救システム」)が神戸市の2次救急を支えている。こうした体制を作るには、関係者の並々ならぬ情熱があった。

各病院の最新情報を常時更新

 救急車を呼んで病院に行こうとするが、病院側が「医師がいない」「空きベッドがない」などと受け入れを断る。別の病院に向かうが、そこでも断られ、それを繰り返しているうちに容態が悪化し、取り返しのつかないことになってしまう――マスコミが「救急車のたらい回し」と呼ぶこうした現象は全国で多発している。
 夜間・休日の救急搬送の問題は、ベッドが埋まっているという理由だけではない。日本の医療安全神話は市民の医療に対する要求を高めた。医師たちは自分の専門外の患者を診療した場合の医療事故を恐れている。善意で患者を診た結果、医療事故が起きて訴訟を起こされてはたまらない。当直医が患者の受け入れを断る最大の理由はそこにあるとも言われている。

 神戸市では、救急車が出動するときに、「2次救システム」の救急車対応情報をプリントアウトして現場に向かう。救急隊員は患者の様子を見て、その対応情報から、搬送先の病院を決めて搬送する。
一般的な救急医療では、地元の当番病院に電話して、受け入れの可否を確認し、不可であれば次へというのが搬送のルールだが、神戸の場合は受け入れ態勢の整っている病院に最終確認するだけでよい。「今、どの病院で、どのような治療ができるの?」というきめ細やかな情報が常に更新されているからだ。

 各病院には毎日最低2回の情報更新を義務付けているが、夜間はさらに頻繁に情報を更新してもらう。情報の更新された時刻が表示されることで情報の鮮度が一目でわかる。情報が正しく更新されているか、事務局は厳しくチェックし、情報の「信頼性」と「新鮮度」の確保に努めている。リアルタイムで更新することが、「今」、診療や手術が可能な病院のみを検索可能にする絶対条件だと考えてるからだ。

 兵庫県には、県全域としては、「広域災害・救急医療情報システム」という医療情報システムがある。阪神・淡路大震災をきっかけに、県主導で整備されたシステムで全国の救急医療情報システムの先駆け的存在である。しかしながら、情報が更新されない。正しい情報が提供されていない。高額なメンテナンス費など多くの問題を抱え、その実態は2005年に朝日新聞にも取り上げられ、批判された。兵庫県と神戸市、一見大きな違いの見えない2つのシステムだが、神戸市の「2次救システム」は、なぜここまで機能するようになったのだろうか。そこには、このシステム立ちあげと運用に熱意をそそいできた人々がいた。

「たらい回しは起こさない」

兵庫県民間病院協会会長の吉田耕造氏

 神戸市第二次救急病院協議会が設立されたのは約30年前。立ち上げの中心を担ったのは民間病院のネットワークだった。1979年、神戸市内の民間病院を中心に61病院が参加し、神戸市東西2ブロックに外科・内科の2科目を基本科目として夜間・休日の救急医療(病院群輪番制方式)を開始した。その後,専門科目として脳神経外科・小児科、循環器疾患など平成10年には後方支援輪番制も整った。順調に医療体制を整えていったが、1999年に輪番制に参加する病院で専門外の患者を転送する際に、いわゆる「たらい回し」が起こった。これはマスコミにも大々的に取り上げられ、それが契機となって2次救急病院間で情報を共有しようという動きが起きた。中心となって動いたのが、兵庫県民間病院協会会長の吉田耕造氏だった。

 広域災害・救急医療情報システム」を利用するよう県から要請が来るが、協議会の「2次救システム」が軌道に乗り始めた矢先の事であり、吉田会長は県を説得し「兵庫県広域災害情報システム」へ「2次救急システム」から救急医療情報を提供するようになる。2005年には情報の新鮮度と精度を高めるためにシステムのインターネット化を検討する。2007年には、救急隊向けの救急車対応情報と一般市民向けの急病対応情報の2つのシステムが完成し、情報提供を開始した。

 2003年頃から国の医療費削減政策により医師不足の顕在化、小児救急医療の崩壊、周産期医療の崩壊など様々な問題が起き、2000年に協議会に参加していた病院は64病院だったが、2007年には53病院にまで減少した。
2006年度の神戸市の搬送患者実績を見てみよう。二次救急患者搬送総数は124,702人、初期救急が26,985人と二次救急が圧倒的に多い逆ピラミッド型になっている(神戸市保健福祉局地域医療課調査)。また神戸市第二次救急病院協議会に参加する53病院のうち47病院が民間の病院で、公立病院は6病院しか参加していない。2005年度神戸市消防白書によると神戸市内での救急車搬送患者数は58,421名。うち39,921名を協議会に所属する病院群が受け入れている。つまり、神戸市の二次救急は民間病院が支えている形だ。

救急急病情報の更新画面

 「2次救システム」は救急車対応情報と急病対応情報の2つに分けられる。前者は救急隊向けの情報、後者は一般市民向けの情報だ。「2次救システム」は、入力者がリアルタイムに正確で簡単に情報を入力するための様々な工夫がされている。1つは、誰が入力しても簡単なようにチェックボックス形式を採用したことだ。例えば情報の入力時間は「現在」または予約入力用の「日付指定」の2つに絞られ、一目で情報を選択できる。空床の有無、急病対応科目の指定(診療可能な場合に指定科目をチェック)もその方式だ。もちろん、入力内容の確認(過去・本日)を間違いがないか確認できる。

 現場の要望に合わせて生まれた優れた機能もある。過去の情報を参考にしたり、コピーしできる機能だ。例えば1年前の年末など忙しい時期の情報を確認し、今年の診療体制の参考にできる。会員病院は一週間単位での診療プログラムを組んでいることが多く、特に昼間の救急情報についてはシフトがほぼ同じ病院も多いため、シフトを複写して使用したいという要望があった。そこで過去の情報などを確認後、同じような情報を選んで「参考にして新規追加」という機能を組み込んだ。同じような情報を入力することの煩わしさを解消し変更点だけを入力することで、入力者に余計な手間をかけない工夫の1つだ。

「積極的受入」を表示

「積極的受入」は赤字で示されている

 救急車対応情報には「積極的受入」という表示がある。輪番当番病院は救急車対応可能科目、手術可能かを赤字で表示しなければならないのだが、当番でなくても今できる(受け入れ可能な)診療科目を赤字で表示し、「積極的に受け入れます」という意思表示がこれだ。そこで、救急隊は、当番病院はもちろん、積極的受け入れを示す病院に患者を搬送するようになる。全国にある救急医療情報システムは空床数を示すものが多いが、「今、何ができるのか?」という情報を示しているのは「2次救システム」のオリジナルだ。
 「積極的受入」によって神戸市の管外搬送比率は兵庫県内の他の市に比べて圧倒的に少ない。神戸市4.0% 西宮市14.5% 芦屋市44.7% 伊丹市24.6% 加東市46.6% 猪名川町99.6%というような実績だ。夜間休日の当直医は1、2人とそもそも人数が少ない。当番病院が手術中などで受け入れができない場合でも、積極的受入を表示している病院に患者を搬送できているからだ。

「一時休診情報」 の画面

 さらに大きな特徴の1つとして「一時休診情報」がある。「何時から何時までは休診しますよ」という情報を提供するものだ。夜間、休日の当直人数は少ない。そのために手術などが入ってしまった場合に受入れできなくなる。通常、救急車は当番病院に搬送しようとするが、受け入れができない病院が複数あると「たらい回し」の状況になる。そういった事態を避けるための機能だ。
また、救急隊が通常検索する場合は、検索結果から一時休止病院が外れるようになっており、一時休止は設定時間が過ぎると自動解除される。また時間前に手術などの予定が終了すれば、ボタンひとつで解除できる。

GIS(地理情報システム)を利用し、家や職場から近い順番に病院が表示される

 「2次救システム」はASP(アプリケーションソフトを複数の施設がWeb上で共有できる仕組み)で動かしているので、ネットの運営費程度の低コストで済んでいる。また救急において大事な要素は時間と距離。そのためGIS(地理情報システム)を利用し地理的条件を加えている。一般市民向けの急病対応情報を調べる際に家や職場、現在おかれている場所を登録でき、そこから近い順番に病院が表示されるようになっている。

 先にも述べたように兵庫県には県主導で整備された「広域災害・救急医療情報システム」という医療情報システムがある。技術的には、神戸市のシステムよりも優れているものの、情報の更新が頻繁でないため、救急隊が信頼して使える情報にはなっていないという。名前だけ聞くと似たような2つのシステムだが、現場の救急隊にとって両者の存在の差は大きい。

「あなたの入力が救急隊を動かす」

執務する神戸市第二次救急協議会事務局長の志藤義明氏

 「2次救システム」がなぜここまで使えるシステムとして機能するようになったのか。そこには吉田耕造会長、志藤義明事務局長をはじめとする人々の「正しい情報」「使える情報」への強いこだわりがあった。
 システムの開設当初は現場の大半の人は入力が上手くできず、特定の人に入力してもらうしかない状態だった。そこで入力支援シートを作成し、紙にチェックボックスをつくり必要事項をチェックしてもらい代行で入力してもらっていた。入力が不完全ではシステムは機能しない。看護学校の情報教室で事務員向けの指導を行い。画面を立ち上げるところから指導をはじめた。

国際航業の和田直人氏

 「オペレーション指導も重要ですがそれ以上に大切なことがあります。情報の価値を理解してもらうことに努めたのも工夫の1つです。ただコンピューターに対して情報を入力するのではなく、あなたが入力した情報が神戸市の救急隊を動かし、救急医療を支える基盤となる情報になるのです」。ベンダーの国際航業㈱の和田直人氏は、「こう伝えたときのインパクトは大きかった」と振り返る。
 一方で、「そんな責任は追えない」という事務職員からの反応もあった。和田氏によると「2次救システム」の成功は熱意とそれに応える技術のマッチングだという。吉田会長や志藤事務局長がこの入力する情報が救急医療を支える基盤となる情報であるということを熱心に説き続けたことと、現場の要望に応えようと改善に改善を重ねた和田氏の努力の結晶の賜物だ。
 今でも救急隊から様々な要望がくる。「情報が更新されたらアラームが鳴ってほしい」というような難しいリクエストが来るのも、利用されているからこそといえる。

欠かせない住民の理解と協力

 今後の課題は救急車に携帯情報端末を持ち込むことだ。実は携帯電話用の情報システムを構築したがi-modeが使えないというハプニングがあり、現在は出動前に救急車対応情報を印刷しそれを頼りに搬送している。よりリアルタイムな情報を救急隊に伝えるのに携帯端末は有効なツールだ。予算の制約はあるが、救急隊の中には情報を活用しようとする意識はできあがっている。
 また「初期救急を担当する医師会との連携も今後は必要になってくる」と吉田会長は述べる。神戸市のパンク寸前の2次救急をこのシステムが支えているものの、2次救急患者に優先順位を付けて1次救急にシフトさせることが喫緊の課題だ。
 このシステムが持続発展していくためには住民側の協力、医療問題に対する高い意識をもつことが欠かせない。これは人口に対して、医療者が少ないという根本的な問題があるからだ。医療費削減、医師不足の流れの中でもっとも疲弊しているのは現場の勤務医だ。
住民はこのシステムがより充実した医療環境を提供しようという医療者側の思いで構築されたことを知る必要がある。このシステムを本当に必要としているのは緊急を要する重篤患者だ。住民が安易に、軽症でも2次救急を利用していては、医師の疲弊、システムの破綻につながる。
医療は医師まかせではいつか破綻する。住民が、このシステムの有効活用を心がけることが安定運用につながると思う。

(慶應義塾大学総合政策学部 3年 草野康弘)


評価と課題

 大きな社会問題となっているいわゆる「救急車のたらいまわし」が起きている要因は、救急者の搬送の問題、受け入れる病院側の体制の問題(これには、勤務医の労働環境の問題や、診療科別・臓器別の医師教育システムの問題も含まれる)、地域内の他の医療機関(たとえば一時医療を担う診療所)との役割分担の問題、そして市民・患者という利用者側のモラルや知識の問題が、複層的に絡み合っている。この問題解決の根本は、公共の社会基盤をどう設計するかということであり、医療者、行政、市民、企業等、社会を構成するあらゆるプレーヤーが、真剣に議論を重ねる必要があるだろう。
しかしながら現場の当事者は「今そこにある危機」を解決するために早急に手を打たなければならない。救急隊員は、目の前の患者を、一刻も早く搬送し、手当てをしてもらい、命を救わなければならない。そのためには「情報」がまさに「命綱」になる。
 「情報システム」は、医療現場の様々な問題解決のツールになると期待され、国や自治体もこれまで多くの予算をかけて整備を進めてきた。しかし、冷蔵庫に電気がなければただの箱で中身が腐敗していくのと同様、情報システムという箱だけ作ってもその中身が腐って使えなければ意味がない。
情報システムの命は、そこに載る「情報」であり、その鮮度と正確さが求められている。神戸市の「2次救システム」は、このことを最初から理解した上で、どうやったら使える新しい情報を刻々と更新できるか、その仕掛けに知恵を絞ってきた。最新の使える情報を集めるためには、いつどこで誰がどんな情報を入力すればいいのか、その際の入力の手間をどうやったら軽減できるのか等、工夫を凝らしてきた。
 最大の強みは、情報システムというツールそのものより、これを作り上げるプロセスにあったと考える。つまり、地域の救急医療のステークホルダーである救急隊、行政、受け入れる側の病院、システムベンダーといったプレーヤーが議論をして、良いものを作り、それをさらに改善していくというプロセスである。救急の問題を解決したいという「共通の目的や意識」を持った当事者の議論の成果が、たとえば、輪番ではない病院でも、受け入れられる科があれば、「積極的受け入れ」を表明するといった、特長につながっていると考える。
 今後の課題は、この「共通の意識」を、1次医療を担う医師会や利用者である地域住民と共有することであろう。公共の社会基盤である救急医療は、地域内の病院と診療所の役割分担と連携、そして住民自身の理解と節度ある利用によって支えられる。同じ兵庫県の丹波市では、疲弊した小児科医を守ろうと母親たちが「柏原病院の小児科を守る会」を立ち上げ、夜間救急の節度ある利用を同じ立場の住民に呼びかけている。「共通の意識」の輪を広げていくためには、この記事が掲載されるインターネットやマスメディア、地域メディアの果たす役割もあるかもしれない。これを書きながら、救急医療の崩壊を防ぐための取り組みの輪が広がっていくことに期待している。

(慶應義塾大学総合政策学部専任講師 秋山美紀)

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL
http://www.nikkeidigitalcore.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/294

コメント一覧

メニュー