【デジタルコア・ニュース】
ITは村を救えるか?――東峰村、インターネットで5時間テレビ

 福岡県の東峰村は2月21日、インターネット動画配信システムを使い、住民によるIT活用の取り組みについて5時間にわたり生放送形式で紹介した。

 

 これは新たに村内に設置した情報発信の拠点「リアルカフェ」のオープニング記念イベントとして実施したもの。東峰村はすでに「バーチャルカフェ」であるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を導入しており、この2つを両輪とした「東峰メディアカフェ」で村内の情報共有と対外的な情報発信を進めていく考えだ。


住民が出演、手作りでネット放送

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(左から)岸本晃さん、小林純一さん、和田勲さん

 「始まってますよ!」
 「はい、じゃあ、おはようございます。えー、なんとか無事に始まりましたが…」
 「毎回(準備が整うのが)1分前ですねえ。というかマイナス1分前(笑)」

本番直前まで準備に余念がない
 午前10時、ゆるい空気で始まったインターネット5時間テレビ。しかし出演者が言うように、本番開始直前まで準備作業が行われていた。多くの村民が出演しライブ放送するだけでなく、さまざまなVTRを流したり、村内から電話リポートを受けたり、他の地域とネット会議システムで結んだりと盛りだくさんな企画を予定しているためだ。刻々とスタートが迫り、あせりがちになってきたところに「大丈夫、まだ30分ある」と冷静に声をかけたのは、2年半にわたり東峰村のIT活用プロジェクトに協力してきた岸本晃さん。熊本で、地域住民が自ら映像番組を制作し情報を発信していく「住民ディレクター」運動を立ち上げ、全国に紹介してきた地域情報化のリーダーの一人だ。今回のイベントも東峰村における住民ディレクター活動の延長に当たる。

 岸本さんと、東峰村IT推進室の小林純一さん、和田勲さんの軽妙な掛け合いで放送が進んでいく。和田さんは出演しながらカメラマンも兼務するというように、みな一人二役、三役をこなしている。この日のメーンスタッフは3人に加え、福岡県の情報政策課から応援に駆けつけた荒木晃一さんと岩田憲和さん、そして東峰村で山村留学のインストラクターをしている野寄真有子さんの6人。「今日は大きなイベントなのでこれだけのスタッフがいるが、放送するだけなら一人でもできるようにした」と小林さんは胸を張る。村の人が気軽に情報発信できる、というのがこのリアルカフェの重要なコンセプトだ。

高倉秀信村長
 東峰村の高倉秀信村長も足を運んでスピーチし「東峰村は2005年に合併により誕生したが、知名度はまだまだだ。メディアカフェを活用し、もっと幅広くアピールしていきたい」と意気込んだ。続いてこのイベントの趣旨を紹介した小林さんは「テレビ放送の完全デジタル化や、テレビを使ったネット情報配信の登場などを考えると、これからは自らのメディアで情報発信できない地域は生き残れない時代になる。その仕組みを先んじて作ったのがこのメディアカフェだ」と力説した。

元永英美さん
 村民によるIT活用の取り組み紹介のコーナーでは、住民ディレクターとして活動している元永英美さんがインタビューに答え「仲間たちと一緒に教えあいながら番組を作ってきた。これからも、東峰村のいいところを発信していけたら」と抱負を語った。

野寄真有子さん
 またこのイベントのスタッフの一人、野寄さんも住民ディレクターの一人だ。この活動に触れるまでは動画の編集などしたこともなかったが、今では地域づくり団体「田舎いい仲東峰」の活動を番組で紹介するなど、村の情報発信に一役買っている。「住民ディレクターになることで、普通に暮らしているだけでは知り合えないような人から多くの話を聞くことができた」と話す野寄さん。今後は自分の仕事である山村留学についても紹介したいというが「仕事をしながら撮影していると手ブレしてしまって」と笑う。

(左から)澁谷博昭さん、井上靖子さん、村議会の養父正利さん
 住民が自ら「先生」となり、自分の持つさまざまな知識やノウハウを地域の人々に伝える「東峰そんみん塾」も東峰村IT活用の目玉事業だ。出演したそんみん塾・塾頭の澁谷博昭さんは「このリアルカフェを積極的に活用していくためにも、村民がここにある情報機器の操作を一人でもできるぐらいに技術レベルを底上げしていかなくてはいけない」と述べ、そんみん塾で開いているパソコン教室などの活動に今後も力を入れていく考えを示した。副塾頭の井上靖子さんも「こういう場ができると、あまりパソコンに関心を持たない50代以上の人もインターネットに興味を持つようになるのでは」と期待を寄せた。井上さんによれば、メディアカフェを作ったらどうか、という発想が生まれたのは、2007年に新潟県で開催された「日経地域情報化大賞」の討論会に参加した日の夜のことだったという。

「しかコロッケ」をPRする佐用町のみなさん
 また全国各地と中継で結ぶコーナーでは、福岡市や東京都杉並区など、全国数カ所の地域情報化関係者らがネット出演。兵庫県の佐用町からは、農作物に被害を及ぼすため駆除した鹿の肉を有効活用した「しかコロッケ」をPRしようと、町の若者らが鹿の着ぐるみでダンスを披露。商品のインパクトとユニークなパフォーマンスにカフェが沸いた。さらに中継地は海外にも飛び、東峰村出身で米国インディアナ州に留学中の野寄はるかさん(真有子さんの妹)が「コンビニより先にネットカフェができるなんて」と驚きの声を寄せた。

 「コマーシャル」と称し、協賛者や行政からのお知らせも放送。税務署が電子納税について紹介するひと幕もあった。

使用されたWEBカメラ
 「リアルカフェ」は、かつて商工会に使われていた建物の2階部分にある。懐かしい雰囲気の木造の建物に、椅子とテーブルと配置しただけの簡素な施設だ。ネット環境はADSLで「実効速度は7~8Mbps程度」という。それでも村にとっては待望のブロードバンドだ。そこに持ち込んだ数台のパソコンと小型のWEBカメラ、そして中継画像を映し出すプロジェクターというだけの設備で今回のイベントに臨んだ。放送には無料のライブ動画配信システム「スティッカム」を、各地との中継にはテレビ電話も可能な無料のインターネット電話「スカイプ」を用いた。最小限度の設備と予算で、この5時間ライブ放送というイベントを実現した。


ブロードバンド空白地から一躍先進地域へ

美しい自然に囲まれた東峰村
 東峰村は、福岡県中央部の東端、大分県との県境に面した人口2700人ほどの山村だ。2005年に小石原村と宝珠山村とが合併して誕生した。小石原は生活用品の中に美しさを表現し、全国にファンの多い陶芸「小石原焼」で知られ、一方の宝珠山は、西暦547年に落下した隕石をご神体として祭った岩屋神社があり、長い間山岳信仰の拠点だった。火山活動でできた奇岩群や棚田などがある風光明媚な土地でもあり、歴史、文化、自然に富んだ魅力あふれる地域と言える。しかしITインフラの整備は遅れており、一時は「福岡県で唯一ブロードバンドのない地域」となってしまった。

東峰村役場(宝珠山庁舎)
 2006年3月、福岡県の麻生渡知事が東峰村を視察。このとき、村民の一人がデジタルデバイドの窮状を知事に「直訴」した。これを受けて県側が支援策を講じ、慶應大学総合政策学部の國領二郎教授らが参加していかに情報化を進めるかの検討が始まった。ここではどうブロードバンドを引くか、ということよりも、ブロードバンドが来たらそれをどう活用するか、という視点で議論が進んだという。そしてまず他地域の先進的な情報化の成功事例を東峰村に移植するという試みがなされることになった。富山で起こった「インターネット市民塾」、佐賀県で始まった地域のケーススタディー用いる経営講座「鳳雛塾」、そして熊本発の「住民ディレクター」がモデルとして選ばれ、翌2007年から、それぞれのファウンダーをアドバイザーに招きつつ具体的な活動が始まった。その結果生まれたのが東峰村の住民ディレクター活動や、東峰そんみん塾である。


「継続は力なり」プロデューサー育成も

 2年以上、このプロジェクトに携わってきた岸本さんは、単に映像の撮影や編集のノウハウを伝えるのではなく、番組づくりを通じて何を社会に伝え、後世に残していくのかを考える企画力の育成に力を注いできた。その成果は多くの住民ディレクターの手による質の高い映像コンテンツとして現れている。これまで、そうした住民ディレクターをサポートし、刺激を与える「プロデューサー」の役割は岸本さん自身が果たしてきた。しかし、そろそろ「住民プロデューサー」を登場させ、東峰村の住民ディレクター活動を独り立ちさせるタイミングが来た、と考えているという。そして、行政の担当者であると同時に、住民ディレクターの一員として中心的に動いてきた小林さん、和田さんがプロデューサーになることを期待している。「もうノウハウも経験も十分。言ってみれば今回のイベントは卒業制作のようなもの」と“教え子”たちに太鼓判を押す。

 東峰村の取り組みは、福岡県の支援、慶應大学や岸本さんの協力がなければ成立しなかったかもしれない。しかし、そのきっかけは村民の知事への直訴であり、東峰村で生きる人々にそうしたサポートを十分に生かすだけの潜在的なパワーがあったからこそここまでの成果を上げることができたとも言える。地域情報化の成功事例は着実に増加しているが、うまくいかず計画倒れに終わったものも少なくない。成功と失敗を分ける要因について岸本さんはシンプルに「継続は力なり、だ」と言い切る。そして、その継続を支えるのがプロデューサーの仕事である。

 住民ディレクター、市民塾、経営講座、地域SNS、他地域との連携――。東峰村には、日本の地域情報化の成功事例がずらりと並んでいる。しかしそれが飾りではなく、住民が主体となってアクティブに動かし、かつ相互に連携させて新たな価値を生み出しているところに東峰村情報化戦略の真髄がある。今回のイベントは、その成果を村の内外に強くアピールする格好になった。

 東峰村では、一連のIT活用の取り組みを「東峰村IT劇場」と呼ぶ。「東峰村IT劇場」の第二幕が、今まさに上がろうとしている。

(参考リンク)
東峰村
http://www1.vill.toho.fukuoka.jp/

トーホー Media Cafe(SNS)
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メディアカフェのマスコットキャラクターは、隕石にちなんだ
宇宙人の「トポ」。東峰村で陶芸のインストラクターを務める
秋山紗季さんがデザインした
http://toho-sns.jp/tv/

ブロードバンド環境のない村で高品質テレビ会議・東峰村の挑戦http://www.nikkeidigitalcore.jp/archives/2007/06/post_106.html

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